45話 おっさんは再び宴を開く
豪邸である。中流の稼ぎしかない人たちが住むであろう住宅地。その中にドーンと存在する豪邸に違和感を感じる人も平時ならいたであろう。何しろ隣五軒を侵食済みの庭付きガレージ付き、家庭菜園付きの最近はジャグジーバスもついているオシャレな煉瓦風の豪邸なのだ。
しかし、今は眉を潜めてどんな悪いことをして稼いでいるのかしら、通報した方が良いわよねと興味津々なおばさん連中はいない。
というか、人がいないのだ。周りの家々は窓ガラスが割れていたり、ドアが血に染まっている。最近は周りのゾンビは駆除したので目にしないが少し離れれば、うぅ〜とうめき声をあげて徘徊するゾンビたちもいるのだ。既に人間の支配する時代は終わりだよと、アスファルトからは雑草が生えている。
人が住まねば、整備をしなければ、予想以上に早く荒れ果てるだろう景色であった。
そんな中に佇む豪邸の中、和室にドスンとフカフカな座布団に座っているおっさんがいた。草臥れたおっさんである。それ以上人物描写は必要ないであろう。
珍しく和服を着て、久しぶりのおっさんぼでぃの遥はソワソワと襖の向こうを気にしていた。早く来ないかと首を伸ばして楽しみな表情である。
てんてんてんと琴をサクヤが、部屋の隅で鳴らしている。雰囲気作りの一環である。何気に多芸な銀髪メイド。そして和服姿が色っぽい。
スラッと襖が開き、これまた和服姿が可愛く似合っている金髪ツインテールメイドが、お盆を持って入ってきた。
そっとテーブルに、お皿をのせるナイン。
「突き出しでございます」
小さく口元をニコッとさせて、ナインが料理を持ってきた。
「うむ。美味そうだ」
おっさんは偉そうに置かれた料理を見て頷く。
「食べ終えたら次をお持ちしますね」
襖を閉めて台所に戻っていくナイン。
今日はいつもと違う宴を、所望した仮称朝倉雄山がそこにいたのである。
おもむろに箸を持って出された料理を仮称朝倉雄山は食べ始める。上品な味で美味しい。おっさんは語彙が少なかった。
そして部屋の隅でてんてんてんと琴を弾いているサクヤを見る。
周りを見る。そしてうんうんと頷いて叫んだ。
「女将を呼べっ!」
数分後、飽きた遥はいっぺんに料理を持ってきて〜、一緒に美味しく食べようよとメイド二人を呼び寄せた。副音声で、お酌をしてほしいなぁと図々しい声も聞こえる。
一人で食べてもつまらなかったのだ。寂しかったのである。
我儘極まりない駄目なおっさんであった。
適当に料理を食べながら
「今回の新ステージは疲れたなぁ」
と、レキぼでぃをこき使う遥がそんなことをメイドに疲れていない顔で言ってみる。そして新ステージと言っている辺りに、既にゲームと現実がごっちゃになっている様子である。まぁ、最初からおっさん脳はごっちゃごちゃなので、あんまり変わらないかも知れないが。
「そうですね。今回の敵は強くなっていることを感じました。オリジナルミュータントを狙いながら浄化して周辺のミュータントも弱体化させていくしかないでしょう」
どうぞどうぞと、綺麗な所作で徳利を持って遥のお猪口に日本酒をトトトと注いでくる。
その素直でサポートキャラっぽいサクヤに警戒する遥。人の親切は素直に受けられない悲しいおっさんなのだ。
「そうですね。それとこれからは商売のことも考えないとですね、マスター」
ナインもそんなことを言いながらいつもどおりにあ〜んと、酒のつまみを箸で摘んで遥に食べさせようとする。
う〜ん、面倒だなぁと、あ〜んといつもどおり汚い口を開けて遥は食べさせてもらいながら思う。
レキぼでぃが有能な分、段々落差が酷くなってきたおっさんぼでぃである。最初からレキぼでぃ相手に勝ち目は無かったと思われるが。多分もしもこれは私の体です、返してくださいとレキの人格が現れたら、蚊よりも簡単にやられるだろうことは間違いない。
「まぁ今日は仕事を忘れて飲みましょう。食べましょう」
サクヤが、じゃんじゃん酒を注いでくる。悪意を感じる注ぎ方である。
だが、おっさんは仕事のことを忘れて飲むのは大好きなのだ。おっとっと零れちゃうよとおどけながら、お猪口を口にする。
「今日はマスターのリクエストした料理がメインなんですよ」
木目が美しいテーブルの上には、遥が食べてみたいと思っていた料理が並んでいる。鱧の湯引きに、鱧の焼き物。松茸の丸々1本を炭火焼きで焼いているもの。トドメは松茸と鱧のしゃぶしゃぶであった。
これは豪華だぜぃと、口に次々と運んでいく。こんな料理は崩壊前に食べたら幾らかかるかわからない。美味しい美味しいとむしゃむしゃ食べていく。そして隣にはお酌をしてくれるメイドたちがいるのである。
「わっはっは。美味いぞ。花板を褒めてやる!」
有頂天になっているゆーざんなおっさんである。まぁ実際は松茸よりもエリンギを焼いたやつの方が美味しいなぁとか、鱧ってなんかゴリゴリしてるなぁとか思っているが、贅沢な料理なのである。これが金持ちの食べる料理なのだろうと我慢しているのは内緒である。
「マスター、こちらもどうそ。お口直しにエリンギの焼き物とヒラメの刺身をお持ちしました」
素晴らしいメイドである。こいつめ、可愛すぎるだろうとナインの頭をナデナデしまくるおっさん。
「マスター。そろそろ装備更新が必要かと思われます。それから商売のために野菜を大量に作り、牧畜もする必要も出ると思われます」
ナインがそんなことを提案してくる。
「野菜とかはマテリアルで作ればいいんでは?」
段々酔ってきた頭で遥が問いかける。万能なマテリアルなのだ。チョチョイのチョイで簡単に作成できる。
「いえ、これからは商売ではなるべくマテリアルを使わない方がよろしいかと。取引の量は段々増えてくると思われますし」
なるほどね〜と納得する遥。
グイッとナインは顔を近づけて迫ってくる。
「なので、お持ちのスキルポイントを使用して、装備作成lv2、農業lv2まで取得することを提案します。お持ちのポイントは7あります。なので5消費で取れると思います」
相変わらずクラフト系ではグイグイと人が変わったように攻めてくるナイン。
「ホイホイ、了解」
可愛いナインのためなのだ。ポンポンと言われたスキルを取得するおっさんであった。
「さすがマスターです。さぁ飲んでください」
ニコニコ可愛く微笑みながらナインがお酒を注いでくる。勿論、サクヤもどんどん注いでくる。
その時点で、何か嵌められようとしていると気づいた遥であるが、全然気にしなかった。何しろ可愛いメイドたちのやることだからと駄目なおっさんは、またぼったくりバーに入るのであった。
チュンチュンと雀が鳴いて、カーテン越しに太陽の光が漏れてくる。眩しさに起きた遥はすぐさま二日酔いを治してベッドから起き上がった。
隣を見ると、可愛いナイトキャップに猫の絵柄のパジャマを着てナインがむにゃむにゃと寝ているのが見えた。反対側にはドドンと、ベッドの真ん中に、居座り寝ている青地の普通のパジャマを着ているサクヤがグースカと大の字に寝ている。またも、遥とナインを蹴って、隅っこに追いやったらしい。
広いベッドじゃないと落ちていたよと思いながらベッドから出る遥。飲んだ時にしか添い寝をしてくれないメイドたちである。まぁ遥が望めばいつも添い寝をしてくれるだろうが、一人で寝るのが好きなおっさんなのだった。何となく狭さを感じて寝付きが悪いのだ。
「おはようございます。マスター」
起きた遥に気づいたナインが、眠そうな顔をして挨拶をしてくる。
眠そうな顔も可愛いなぁと思いながら遥もおはようと返す。そうして寝室のドアをガチャリと開けて廊下に出る。
「廊下問題無し。部屋の大きさ問題無し」
周りを注意深く見ていく遥。ぼったくりバーの結果を見て廻っているのだ。
「考え過ぎだったか?」
首をひねりながら、チェックを続けるが特に何も無さそうだ。警戒しすぎだったかと、メイドに、ごめんと心の中で謝りながら、ふと外を見てみた。
「なんじゃこりゃ〜」
往年の殺された刑事と同じ言葉を発して驚くおっさんであった。
外を見ると、周りの家々が無くなり更地になっていた。そして未来の機械人形よろしくウィーンガチャンウィーンガチャンとマシンドロイドが多数、外を行き来していた。何だかアインに似ているマシンドロイドである。
「驚きましたか?マスター」
後ろからナインの可愛い声が聞こえたので、振り向くと可愛いパジャマを着ながら腰に両手をあてて、ナインのどや顔があった。凄い可愛いので撫でて良いだろうかと、一瞬思った遥だが直ぐに正気に戻った。
「うん。凄い驚いたよ。これは何かな? ナインちゃん?」
おっさんはびっくりだと手を上げて、猫なで声で聞いてみる。第三者が見たらナインを誘拐でもしそうな怪しさ爆発、通報確実なおっさんであった。
「大型のマテリアルに、機械人形統合用マテリアルのストリングスマテリアルを確保したことにより、拠点拡張が可能になりました」
教えてくれるナインをよそに慌ててスキルボードを遥が展開するとマイハウスが名前すら変わっていた。
名称マイベース
維持コスト0
防衛力24
防衛兵40機
スキル拠点聖域化
なんと驚きだ防衛兵までありますよと、呆然として口を馬鹿みたいに開けている遥にナインが続ける。
「半径400メートルは、マスターの基地になりました。また、防衛専門兵20機と農業、装備各種を作成できる兵20機のアイン量産型のツヴァイを作成。これで商売も完璧です!」
えっへんとナインが得意気に教えてくれる。
遥はこう答えるしか無かった。
「凄いです。ナイン」
パチパチと乾いた拍手をする、今回も拠点拡張時にハブられた脇役から逃れられない運命のおっさんであった。