457話 おっさん少女は折り紙を楽しむ
若木シティ、その中でも新築の遊戯館にて愛らしい幼気な少女が折り紙を楽しんでいた。
最近、各地区に建設された遊戯館は、ピカピカの壁に可愛らしいお花が書かれていて、新築ならではの綺麗さを見せている。遊戯館の中にはマシュマロみたいなふわふわマットレスが敷かれている部屋や、アスレチックに小さな会議場、そして図書館と様々な物が統合されており、なによりクーラーがあるので、真夏の暑い日々が続く中、人々の憩いの場となっていた。
設置されている売店からは景気の良い話し声が聞こえてきて、色々と食べ物を買っている人々の姿がある。
平和そうな雰囲気だが、その中でも畳敷きの小さな会議場はいつもとは違い異様な雰囲気に包まれている。
大勢の厳つく、むさ苦しい男たちが難しい顔をして集まっているのであるからして。しかも修験者やら袈裟を着込んだ者やら大勢いるので、通りすがる人はそれを見て、なんの集まりだろうと不思議そうに首を捻るのであった。
唯一の救いは、男たちに囲まれている少女たちであろうか。子供みたいな美少女と、巫女服を着込んだ大和撫子とボーイッシュな美少女たち。
周りへと目を向けなければ眼福の三人組である。周りを見なければ。
「おーりおり。おーりおり」
鈴の鳴るような愛くるしい声音で、フンフンと折り紙を折って楽しんでいる少女。周りの視線をまったく気にせずに楽しむのだが、周りがむさ苦しい男たちなので、残りの二人の少女たちは落ち着かない様子でもある。
「できました〜」
パンパカパーン、とできた折り紙を得意気に掲げて、フンスと息を吐く。その笑顔は愛くるしく、思わず撫でたくなるような可愛らしい姿を見せていた。
皆のアイドル、朝倉レキである。アイドルとは言い回しが古いかもしれない。肩には「まがたまはいふいいんちょう」と書いたタスキがかけてある。
「むふふ〜。お待たせしました、私の式神ができちゃいましたよ。それでは式神を使いましょう。最強にして最高の式神に間違いないです」
「んも〜、待ちくたびれちゃったよ。そんじゃ、式神を使ってみようか」
「駄目ですよ、まずは修験者さんたちの見本を見せてもらう約束でしょ?」
元気なボーイッシュ娘こと水無月晶と、大和撫子なお淑やかな水無月穂香が、それぞれ折り紙を手にして話しかけてくる。
二人共、セリフは違うがワクワクとした表情は隠せないので、非常に可愛らしい姉妹であった。
「そうですね、それでは大樹が改善改良した勾玉を渡しましょうか」
んしょ、んしょと、後ろに置いておいた段ボール箱から取り出す物に、修験者たちは顔を引き攣らせてしまう。
なぜならば、無邪気な笑みでレキが手に持つ物に戦慄を禁じ得ないからだ。
「なぁ、坊さん。あの少女の持つ物はなにに見える?」
筋肉ムキムキの老人、戸隠が老僧へと冷や汗をかいて尋ねる。
「うむ……焦るのはまだ早い……」
レキの手にするのはステッキである。先端に赤いハート型の宝石がついており、宝石の横には天使の羽を模した飾りがついている。もちろんステッキは白とピンク色の可愛らしい色彩であった。
「まさか、あれが?」
「いやいや、待つのだ」
「こういうときこそ修練を見せるのだ」
「レキたんの魔法少女コスプレもセットでお願いします」
最後の発言者に同意する者が少しだけいたりするが、レキは子供が玩具箱を漁るように、楽しそうにもう一つ取り出す。
それを見て、さらなる戦慄が修験者たちに走る。
「団扇だ」
「アイドルコンサートとかでよく見る団扇だ……」
「あれはなんなんだ?」
それは団扇であった。まがたまと団扇に丸文字で書かれており、裏には天使の羽がやはりハートマークの周りに書いてあった。しかもピカピカとネオンのように光っていたりもした。
レキは二つのアイテムを畳の上へと置く。そして、ペカーと輝くような笑みで説明を始めるのであった。
「これが勾玉ステッキです。可愛らしいですよね」
ていてい、と勾玉ステッキを可愛らしく振る小悪魔な少女。
「これが勾玉団扇。皆で使うと団結力大幅アップ間違いなし」
やあやあと、小柄な身体を揺らして勾玉団扇を楽しそうに扇ぐ、最早大悪魔なおっさん少女。酷すぎるので、遥に名称を戻すしかない。
「これらが勾玉を改良した装備です。どれを選んでも強力無比なこと間違いなし!」
えぇ〜と、顔を引き攣らせて不満しかない修験者たち。こんなのを持って術を使っていたら、確実に通報間違いなし。変態集団確定である。
誰も彼もが酷すぎる内容に言葉を失くす中で、老僧が何かに気づく。
「お嬢ちゃん、それはなんなのかな?」
「あぁ、これですか? 私が面白かっこいい勾玉ステッキや勾玉団扇をデザインする前に作られた品です。古ぼけた銀の腕輪なんてかっこ悪いですよね? 名前も神秘の鎖ですし。オリジナリティがないですし」
最後に端にちょこんと置かれたのは、鈍色でくすんで見える銀の腕輪であった。たしかにつけても全然目立たないことは間違いない。こんなスーパーなアイテムが目立たないアイテムだなんて、おっさん少女的にはノーサンキュー。
無論、おっさんの時は目立たないのは大歓迎だけど。
その言葉に皆がピクリと眉を動かして、お互いの顔を伺う。
「のう、嬢ちゃん。そういえば氷饅頭というのを買ったんだった。これと、その神秘の鎖を交換しないかい?」
老僧が今気づいたがと、さり気なさをまったく見せずにニコニコと好々爺のような雰囲気で氷饅頭を遥へと渡してくる。
「わぁい! 交換しま〜す」
はい、どうぞ。と老僧に手渡して、ハグハグと小さいお口で満面の笑みを浮かべて食べ始める子供な美少女。この美少女にはもはや中の人なんていないに違いない。
老僧はしげしげと神秘の鎖を見て腕につけると、満足そうに頷く。
「なるほど、勾玉よりも使いやすい感じじゃな」
「以前の勾玉と比較して、術威力20%アップ。消費精神力50%減少の効果がありまふ」
モキュモキュと愛らしい少女は食べながら、改良された効果を話す。それを聞いてそそくさと懐にしまう老僧。
「うぉ〜い! なに、さり気なくマトモな物を持っていってるんだよ、爺!」
戸隠が怒鳴ると、老僧はケッと口を尖らせて
「お互い爺じゃろうが。儂はあんなステッキやら団扇を持って戦えないからのう。儂のイメージが落ちまくるわ。戸隠は団扇が似合うのではないか?」
「儂も無理だからなっ? というか少女よ、他はすべてこの玩具しかしかないのか?」
戸隠が焦って尋ねてくるので、もちろんですと頷いて、悪戯小悪魔少女は団扇を勧めようとする。
が、コチンと頭を叩かれてしまう。
「駄目だよ、レキちゃん。ちゃんと渡さないと。僕は式神を使いたいんだから」
晶が少しだけ怒っているので、はぁいとおとなしく頷く。遥も式神を使いたかったので、同意する。
「仕方ないですね。からかいすぎました。はい、これ」
じゃらんじゃらんと、箱から神秘の鎖を取り出すので、心底安心して戸隠たちは手に取るのであった。
「なんだ、しっかりと用意してあったのか。最近の子供のやる悪戯はえげつないな……」
「いえ、レキさんの悪戯は子供の域を超えていますので………」
戸隠が胸を安心して撫で下ろすので、穂香は苦笑混じりに言う。悪戯に金をかけすぎる少女、それが朝倉レキという少女なので。
「はいはい、もう悪戯は終わりにしましたよ。では式神講座をしてください」
チェッと、唇を尖らして子供な美少女は不貞腐れたように言うが、そんな姿も可愛らしい。
「なんとなく納得できんが、まぁ、良いだろう。式神は自身の精神力を籠めて使う」
一枚の式神を懐から取り出して、神通力を籠める戸隠。
式神が淡い光に包まれて、その光が収まると1羽のカラスへと変化していた。パタパタと飛んで、そのまま戸隠の肩に止まる。
「これが式神だ。その中でも一番使う技、伝えたい相手まで確実に飛んでいく式神カラス作成だ」
「おぉ〜! 喋れはしないんですよね? 伝書カラスですか。屋内にいるときはどうなるんですか?」
コテンと可愛らしく首を傾げて、幼気な少女が質問する。その姿はそろそろなんでも知りたい年頃の幼女に見えるので、実に愛らしい。
「屋内には入れないからな。屋内に居続ける者ならば、外に伝言を受け取る短距離の警戒術を仕掛けておく。その術に伝書カラスが到着すると、中にいる人間が気づく訳だ」
「なるほど、仏教じゃないのに式神使って良いのですか? お坊さんたちは」
老僧たちへと話しかけると、のんびりとした口調で
「儂らの仏は寛容じゃ。式神も携帯も車も全て仏の前では平等じゃ」
「なんというか、便利な道具は普通に使いますって感じだね!」
ケタケタと晶が笑い、穂香も苦笑気味だ。まぁ、お坊さんがそれで良いなら別に気にしません。たしかにそのとおりだねと、遥も思うので。
「では穂香さん、晶さん、これを使って式神を作りましょう」
はい、どうぞと満面の笑みで勾玉ステッキを手渡そうとするが、既に姉妹は神秘の鎖を手につけていた。抜かりなさすぎである。おっさん少女の思考を完全に読んでいた。
「では、式神を作り出します。式神白猫!」
穂香の作った猫の折り紙が淡く光って、白猫となる。にゃあ、と鳴くので、遥もにゃあにゃあと鳴いて、白猫を撫でようとするが、するりと逃げられて穂香の腕へと飛び込んじゃう。
「可愛らしい白猫ですね。これが式神とは信じられません。毛並みも良いですし、触り心地も最高です」
穂香が優しく白猫を撫でると、嬉しそうに白猫はにゃあと鳴くので、羨ましい。私もケーンと鳴く子狐がいるので後で癒やされようっと。
「僕の番だね。式神柴犬!」
晶の手に持つ子犬の折り紙も同じように柴犬の子犬へと変わる。尻尾をブンブンと振って、ワンと一声鳴いた。子犬最高、撫でさせて〜。
ふらふらと子犬へと近づいて頭を撫でようと恐る恐る手を伸ばしたら、嫌がりもしないので優しく撫でる。
「もふもふ〜。これは最高ですね!」
柴犬の子犬を撫でることができるなんて、ここは天国かしらん。
「本当だ! 式神って凄いんだねぇ。お〜、よしよし」
晶も柴犬を撫でて嬉しそうに感想を言うが、そうだろうそうだろう。子犬最高。
「では、私の出番ですね! 式神鷹の雛!」
おっさん少女もワクワクとした表情で、なんか紙を丸めた物を掲げると、淡く光って
「これはなんですか?」
と、穂香が作られた物を見て小首を傾げて不思議そうな表情になる。たしか鷹の雛と言っていたはずなのに、これはなにかしらと。
「マリモ?」
晶も疑問を口にするので、えっへんと平坦な胸を張って教えてあげる。
「式神ウニですね。ウニになりました! ……あれぇ?」
そこにはポツンとウニが転がっていた。ウニだろうか? ただの黒い塊にしか見えないが、ウニと言ったらウニ、マリモと言ったらマリモかも? 私の可愛い鷹の雛はと遥はキョロキョロと周りを見渡すが、どこにもぴよぴよな小鳥はいない。私の雛はどこに?
それを見て、気まずそうに頬をかきながら戸隠が言う。
「あ〜、式神はちゃんと作りたい動物に似せた折り紙を作らないと駄目なんだ。嬢ちゃんの折った、折った? あの折り紙だと失敗したんだな」
「てい」
ポイッ、と柱の影に隠れて爆笑していた銀髪メイドにウニを投げておく。ウニは錬金術師の最初の攻撃アイテムなんです。
「あいたっ! レキ様、ちょっと酷いです。まったく、乙女の柔肌に傷がついたら責任をとってもらいますからね」
プンプンと怒ったフリをして、隠れていた、隠れていた? 爆笑していたので隠れる気はなかったと思われるサクヤが近寄ってくる。遂に若木シティにも現れ始めた碌なことをしないメイドである。
「あ、サクヤさんこんにちは」
「いつも元気そうだねっ! 私も元気だけど!」
老僧がサクヤを見て、少し警戒をしたが、のほほんとした表情に肩の力を抜く。アホそうな残念美女なので、大丈夫だと思ったのだろうか。
「レキ様は器用なのに、彫金や絵画、音楽などの芸術関係は苦手ですよね。プププ」
口元に白魚のような綺麗な手をつけて、含み笑いをするサクヤ。
この瞬間、レキは芸術関係が苦手となった。なぜならば後からスキルで芸術関係をとって上手くなったらおかしいから。
「頑張るから大丈夫。私なら明日まで練習すれば上手くなるよ、きっとなるよ」
とはならなかった。練習を頑張るよ、私はまだまだ小さい子供、これから頑張れば問題はないよとアピールである。たしかにそのとおりかもしれない。見かけ通りならば。中身は飽きっぽい齢をとったおっさんとか、眠ることに義務を感じているニートな戦闘民族少女でなければの話だが。
それでも周りから見たら、微笑ましい光景には見えたので問題はないはず。
「それじゃ、もう一個作りますね。おーりおり、おーりおり」
おっさん少女はめげないで、折り紙を開始するが、サイコロのロールは常に大失敗しか出せないイカサマダイスであるので、丸めた紙くずが量産されるだけであった。
「レキちゃん、先に私たちが使うね」
晶が見事な鳥の折り紙を作って、さらなる式神を作る。ピカリと光り鷹を産み出す。ぐぬぬ、器用度は人外なのにと悔しいおっさん少女。スキルを持たなければ失敗する久しぶりの弱点をレキはさらけ出してしまった模様。
「式神は半日程は保つ。以前は2回使えば、普通の者ならば精神力が限界であったのだが、その様子を見るにまだまだ余裕そうだな」
戸隠が感心したように神秘の鎖を眺めるので、得意気にフンスと息を吐くおっさん少女。小柄な少女が得意気にする様子は愛らしい。
「以前のは酷い物で均一に作られていなかったせいで、ランダムで消費精神力150%アップとかデメリットがついていたと科学者が言ってましたよ」
「天才科学者、銀髪のあの女神のような人ですよね。誰でしたっけ? 皆のアイドル、レキ様がベタぼれのあの美女な博士は? 今はメイド服を着ているかもしれません」
ここぞとばかりにアピールをしてくるサクヤである。もちろんスルーしておく。
「科学とは恐ろしい物じゃと今更ながらに思うのぅ」
老僧がその内容を聞いて、ため息を吐く。勾玉すらも道具として解析する人間の科学力が恐ろしいと思ってしまった様子。
ゲームのなんちゃって科学力だから気にしないほうが良いよと、内心で老僧を慰めつつ、遥は晶を眺める。
肩に鷹が止まっていて、その爪が食い込んでいそうで痛々しいが、晶が着ている巫女服は大樹特製品であるので、実際は痛くも痒くもないはずだ。
「宛先の者の名前と姿を思い浮かべれば、そこまで飛んでいく。途中で撃ち落とされたりしなければな」
戸隠の言葉に晶は頷いて、ふふふと楽しそうな笑みで口を開く。
「ナナシさんのところに飛んでいって! とりあえずテストということで」
鷹がその言葉に羽を広げ飛び立とうとして
「え?」
とおっさん少女はびっくりする。もしかして私のところに飛んでくるのだろうかと、鷹が羽ばたこうとする様子を見て焦るのであった。




