456話 仙崎、京都にて旧友と出会う
空中医療艦のブリッジではモニターに京都の景観を映し出していた。かなりの地域が燃えて無くなっており、激しい戦闘が行われたとわかる。
ビルは最近になって崩壊したと思われるし、家屋の破片が道路を塞いでいる。そして、自然にはできないだろうビルや家屋を覆いながら繁茂している見事な森林。
「どうやらたくさんの人が傷ついているようです。疲れてもいるでしょうし、一刻も早く着陸を求めます、艦長」
耳心地の良い美しい声が聞こえてくる。声のする方を見ると、イーシャさんが胡麻艦長へと急くように意見を言っていた。
「そう急かすもんではない。もう多くの艦艇が着陸している。儂らが少しばかり遅くなっても」
「馬鹿を言わないでください! 医療関係者はこの艦艇に乗っているんですからね! これだけの人口なら、必ず環境の汚染に伴う患者もいるはずですし、大きな戦闘があったのですから怪我人も多いんですから!」
イーシャさんが胡麻艦長の言葉に自分の言葉を被せて、珍しく怒りながら言う。相変わらずの人の良い女性だ。
「あ〜。わかったわかった。まったく怪我から治ったばかりなのじゃぞ? 少しは儂にも気を使ってくれ」
おどけるように耳を手で塞ぐ老人にため息で返すイーシャさん。腰に手をあてて、諭すように告げる。
「さっさと退院したのは胡麻艦長では? 引退の話はどうなったんですか?」
「もちろん、孫娘との約束を破る訳がないじゃろ。今の立場はバイトじゃ」
だから、引退済みじゃ、と酷い言い訳をする胡麻艦長へと呆れた表情をイーシャさんは向ける。
「そういう誤魔化し方をすると、孫娘からの信用をいつか失いますからね」
「わかったわかった。副長、着陸準備は大丈夫か?」
「問題ありません。着陸地点の選定も終わりました」
副長の言葉に胡麻艦長は頷きで返して、艦長帽を被り直して真面目な表情になる。
「よし、これより着陸を開始する。仙崎大佐、部隊の統率をせよ」
「はっ! 着陸後、部隊を展開させ、仮設基地を設立します」
突如として真面目な表情で仕事を始める胡麻艦長に内心で苦笑しながらも、真剣な表情で敬礼をして、戦火のあった街へと降り立つ。
俺たちは京都市内へと着陸するのであった。
着陸して、外へ出ると強い陽射しに目を細める。周囲では人々が押し寄せてきており、元自衛隊員が抑えながら叫んでいた。
「皆さん、落ち着いてください。重病人の方を優先しますので!」
どこか聞き覚えのある男の声だった。誰だっけか?
「グヘッ」
不思議に思いながら首を傾げていると、その元自衛隊員は民間人の一人に身体を強く押されて倒されてしまう。
考え込んでいる時間はないらしい。慌てて押し寄せようとする民間人へと対応をしようと、足を進めようとしたが
「皆さん、落ち着いてください。重病人の方を優先しますので!」
厳しいながらも、凛とした美しい声音で制止の声が響き渡った。その声を耳に入れて、押し寄せようとした民間人はピタリと足を止める。
声を響き渡らせたのは、もちろんイーシャさんであった。倒れてさり気なく踏まれている元自衛隊員と同じことを言ったのに、人々はその声に聞き惚れるように立ち止まったのだ。さすがはイーシャさん。
「大丈夫ですか?」
そのまま、可愛らしい足取りで倒れている元自衛隊員を起こそうと近づく。
「うぐぐ、酷い目に会いました………」
男がイーシャさんの手を取り、腹を抑えながら立ち上がる。
「痛いところはありませんか? お腹が痛ければ言ってください。すぐに治療しますので」
心配気に男を見つめるイーシャさんに対して
「いえ、大丈夫です。助けて頂いてありがとう、ご、ざ……」
男はお礼を言う。が、ようやく助け起こしてくれたのが、女性だと気づいたのだろう。イーシャさんの顔をまじまじと見つめて口籠ってしまった。
「あ〜……私は反町2佐、いえ、今は少尉です。よろしければお名前をお伺いしても?」
そして、外れかけた眼鏡を戻すと、キリッとした表情でイーシャさんの手を取り戯言を言い始めた。
「私はイーシャと言います。医者をしているイーシャです、反町さん」
輝くような金髪を陽射しに照らされながらニコリと女神のような優しい微笑みで返答をするイーシャさん。
「そうですか、それならば男反町、貴女の護衛をしっかりと、痛っ!」
ため息を吐き、反町の頭を軽く殴る。殴られた反町は頭を抑えて、こちらをキッと睨んできて驚く。
「仙崎ではないですか。貴方はいつの間に?」
「奇遇だな。生きていて何より」
「その姿! 軍人になったのですか? 警官になったでしょう、貴方は?」
久しぶりの悪友に対して、話を続けようとしたところ、イーシャさんがぱんぱんと手をうって止める。
「どうやら懐かしい再会みたいですが仕事をしましょう。重病人から見ますので、案内をしてください!」
イーシャさんの言葉に目の前で反町を押した人が、慌てたように案内をしていくのであった。
もちろん、俺も護衛につかなくてはいけない。部下には既に配置及びスケジュールは説明済みだ。あとやることは、イーシャさんの護衛だけだ!
「待ちなさい、仙崎! あの人は独身なんですか?」
「あぁん? もちろん独身だ。そして危険地域にも足を運ぶ女神のような女性だ。じゃあなっ!」
そうして勢い込んで、イーシャさんを追いかけるのであった。
しばらくして、仮設病院も設置されて、重病人は医療艦の集中治療室へと運ばれる。忙しく全員が働き、日が落ちて暗くなる頃ようやく一段落する。
医療艦の面々は艦内に戻り、食堂で疲れを癒やしていた。ガヤガヤと人々の話し合う声で騒がしい。
「お疲れ様でした。イーシャさん」
酒は無しなので、烏龍茶を片手に持って話しかけると、イーシャさんは可憐な微笑みを浮かべて、こちらへと唐揚げの乗ったお皿を渡してきた。
「仙崎さんもお疲れ様でした。これ美味しいですよ」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
「私も頂きますね、では遠慮なく」
横からヒョイと手が伸びてきて、唐揚げを取られる。誰だと振り向くと反町であった。嬉しそうに唐揚げを頬張って
「いやあ、イーシャさんの勧めてくれた唐揚げは美味しいですね。世界一美味しいのではないでしょうか」
「からかわないでください、それはコックさんが作ったものですよ」
クスクスと可笑しそうに笑うイーシャさん。いつものキリッとした表情も良いが、こういった可愛らしい姿もギャップがあって良い。
ではなく、なんでこいつがここにいるんだ?
「おい、反町? なんでここにいるんだ? ここは艦内スタッフ専用だぞ?」
「なにを言っているんですか、仙崎。イーシャさんへ、私は仙崎の親友ですと話したところ、積もる話もあるでしょうと、乗せてくれたんです、部下もついでに乗せてくれました」
飄々とそんなことを言う反町。口元がにやりと曲がっていたのを俺は見逃さない。
「そうかそうか。積もる話か。それじゃあ、あっちで話そうか」
ガシッとしっかりと肩を掴むが、動こうとせずにイーシャさんへと笑いかける反町。こいつ、こんな細身でも鍛えてやがる、元自衛隊員は伊達ではないということか。
「このように私たちは大の親友でして。イーシャさんには大変感謝をしています。そうだ、このお礼をしなくてはいけませんよね。落ち着きましたら、是非お礼を」
「イーシャさんには俺からお礼をするから安心しろ反町」
「いえいえ、それは悪いでしょう。聞いた話では大佐まで出世したとか。忙しいのでは」
グググと肩を掴む手を外そうとする反町。移動させようと俺。水面下で壮絶な戦いが始まる。負けられない戦いだ。
傍から見たら、間抜けかもしれない戦いであったが
「ヒーホー。私は雪だるまん、私の配るアイスアンパンはいかが?」
ひょこっと見慣れた子供のような少女が、アホな掛け声をかけながら現れて、イーシャさんの手を引っ張る。少女は頭に雪だるまのお面を被って、フラフラと手を振っているが、踊っているつもりなのだろうか。相変わらずアホ可愛い子供だ。
「あらあら、わかりました。あちらにあるんですか?」
その言葉に満面の笑みになりながら、イーシャさんは少女と一緒に行ってしまうのであった。
「ヒーホー。スノーキビで作ったアイスアンパンです。正直、パンのフカフカさと冷たい感触は合わないみたいで売れ行きが悪いんです。是非たくさん食べてください」
「むぅ、太らない範囲で食べますね」
「それならいくらでも食べれますね。目指せ100個!」
キャッキャッと二人は話し合いながら席を離れて行ってしまった……。
俺と反町はお互いに気まずそうに顔を見合わせて嘆息する。
やれやれと椅子に座り、反町へと顔を向けて姿を観察しながら問いかける。
「随分久しぶりだな、反町。元気だったか?」
大体5年振りだろうか。以前よりも痩せていて目つきが悪くなっていた。いや、目つきが悪いのは以前からか。
「元気といえば、元気ですね。なんとか生き残ったというところでしょうか。仙崎も元気そうで。警察官はやめたみたいですね」
「まあな、崩壊後は生き残るのに必死だったし、食うには軍人になるしかなかったんだ」
「京都にいれば私の部下であったのに残念です。こき使ったのですが」
「今は俺の方が階級は上だからな。こき使っても良いんだぞ」
からかうように伝えると、反町は肩をすくめて疲れたように息を吐く。
「人生とはままならないものですね。崩壊以前はエリートコース、崩壊後は出世して、日本が滅亡したと思ったら安定した暮らしになる。生きる意味を再検討しなくてはいけません」
「人生観が変わったというやつか。お互いに」
唐揚げを箸で掴み取り、反町はにやりと笑う。
「世界一唐揚げが美味しいというのは本当ですよ。なにしろ三年ぶりですしね」
口に頬張り、ムシャムシャと食べながら箸をふらふらと振る。
「崩壊前なら、そこらへんの居酒屋にでも入れば食べれた物がこんなに有り難いとは思わなかったですね。恵まれていたんだと再確認できました」
「そうだなぁ、俺もしみじみと思うよ。食料に水、様々な物が一つでも足りないと大騒ぎしていたのに、あらゆる物が足りないんだ。正直生き残っていた方が幸せなのか、死んだ方が幸せなのか疑問にも思ったもんだ」
俺も唐揚げを一つとり、口に入れる。噛むとジュワッと肉汁が口に流れ込んできて美味い。この唐揚げは標準以上だ。
「……正直に答えてくれると有り難いのですが、仙崎?」
「ん? イーシャさんの連絡先なら教えないぞ」
その答えに苦笑しながら、真面目な表情へと変わる反町。深刻そうな声音で尋ねてくる。
「違いますよ。それよりも重要なことです。我々は、いえ、京都で保護された民間人はマトモな扱いをしてくれるんでしょうか? 聞いたところでは復興のために大阪へと移住する人間や、若木シティへと移住させられる政策がとられているようですが」
反町の問いかけに俺も苦笑する。どうやら、イーシャさん目当てだけで、この艦に無理矢理乗り込んだのではないらしい。以前と変わらずに、人々を守ろうとする見かけによらない男だ。
「奴隷扱いになるならば、我々自衛隊員は敵わぬまでも立ち上がりますよ」
深刻な表情で決意した表情で言う反町。思わず、クックックっと含み笑いをしてしまう。それを見て反町は憮然とした表情になる。
「なにがおかしいんですか。国民を守るのは我々の役目です。貴方も元警官ならわかってほしいのですがね」
「悪い、悪い。相変わらず堅物だな。変わっていなくて安心したよ」
肩をポンポンと叩いて謝罪をしながら、少しばかりその堅物ぶりに嬉しく思う。国民を守るためなんて、照れもせずに口にすることは難しい。
「安心しろ、大樹はその点信用できる。胡散臭いのが上にはいるが、政治家なんて皆からそんな風に思われるもんだしな」
「なるほど、貴方がそう言うなら大丈夫なんですかね。それにしても上ですか。そういえばナナシとやらはどのレベルで日本地区の政治に関わっているんですか?」
安心したように表情を緩めて、他の皿からおにぎりを手に取りつつ、聞いてくるがナナシさんか……。あれ程、見かけが胡散臭い男はいないな……。
「政治のトップを牛耳っているな。とはいえ、こちらの方針に殆ど反対はしない良い人……。う〜ん、良い人ではないな、うん。だが国民の暮らしを幸せにできる人だ。一般人にとっては。一番でかい派閥を日本地区では持っているしな」
「は〜ん、上層部にとってはあまり受けが良くないと。それは出世争い、権力闘争の場合では当たり前ですから気にはしません。しかし、良い暮らしのための政策を出せる男ですか……。私が受けた感じと少しばかり違いますね」
空になったコップへとトポトポと烏龍茶を注ぎつつ、考え込むように返事をする反町の言い方が少し気になり、反対に聞き返す。
「なにかあったのか? いつもどおり、戦いが終わったら出張って来たんじゃないのか?」
あの男ならば、この京都市内の生存者たちへ大樹に加わるように話をつけることができるだろうが、なにかあったのか?
反町はその問いかけに嫌な表情を浮かべて、口を開く。
「なにかあったのか? レベルじゃあ、ありません。私たちが二年の間に築き上げてきた市民への信頼を粉々に打ち砕いてくれましたからね。まったく酷いもんです」
「ん? その話しぶりは変だな。教えろよ、反町」
多少興味を持ち身を乗り出すようにして聞くと、ナナシさんのことを嫌う理由を話してくれた。その内容を聞いて驚く。
「侵入してきて言葉巧みに少女たちを保護。後に京都市内を混乱させるために裏工作を繰り広げたのか……」
「そのとおりです。狂人のふりをして、こちらへと自身の思惑を悟られないように工作をしてきました。わずか10日間も経たない内に、京都市内は崩壊しましたよ。正直恐ろしい男だと思います」
「そんなことがあったのか……。ナナシさんにしてはらしくない行動だな。いや、反対にらしい行動とも言えるのか?」
腕を組んで椅子にもたれかかり、今聞いた内容を反芻する。大樹の他の面々と違い、ナナシさんは危険な場所にも平気で顔を出す。イーシャさんも危険な場所に行こうとするが、それと比べても危険すぎる場所に行くのだ。しかし、護衛もなしにか……。
「その後はあり得ない力を持つ少女が出てきますし、まったく参りましたよ。あの男を前にしたら、私は怒り狂うかもしれませんね」
「この京都市内へと入れるのは少数だったらしいが……。なるほどねぇ」
これは百地隊長に話しておかなければならないだろう。大樹の無理難題を止めて、国民のために動ける希少な人だ。なんだかんだ言ってはいるが死んで貰っては困るのだから。
木野がトップになっては非常に困る。ある程度の決定権を木野は持ち始めた途端に金持ち相手に人気がとれる政策をいくつも提案してきて、それを断るのに大変な状況だからだ。最近は百地隊長は頭を抱えることが多い。
イーシャさんにも言ったが、死んで貰っては困る人間は前線に出てもらっては困る。百地隊長が以前言っていたが、たしかに自分の命を軽く見ているところがある男なのだろう。
「あの人は重要な人物だ。たぶん反町が思っているよりもずっとな。貴重な情報をありがとうよ。ナナシさんを止めれる人間へとこの話を教えておこう」
あの少女が良いだろう。唯一若木シティでナナシさんを抑え込める可能性のある少女。ナナシさんの婚約者の彼女。
そうしてしばらく雑談をしていると
「勇者反町隊長〜。食べてますか〜?」
反町の部下らしき男たちがどっと来て、そこからは宴会のようになった。誰も彼も食欲旺盛だ。久しぶりのご馳走に舌鼓をうっている。
「私をその名前で呼ぶのはやめなさい! それは黒歴史です、黒歴史!」
慌てる反町を見て、さてなにか面白い話を隠しているなと、仙崎は周りの男たちへと話しかけるのであった。
 




