451話 かみ対おっさん少女
シュペーは驚愕していた。力を込めたために光速ではなくなったが、それでも繰り出した拳は光速に準じる速さの拳であった。
それを自分から見たら、巻き起こす拳圧のみでバラバラになりそうな虚弱な体躯の少女が、自分から見たら小さな小さな小人のような少女が、小さな手で攻撃を防いだのだから。
「なかなかの良い攻撃になってきました。たんなるピカピカと光るネオンかと思い始めていたので、認識を改めましたよ。ティッシュペーパーさん」
その小さな手で、あっさりと自分の拳を跳ね除けて、眠そうな目で淡々と言ってくる少女。
神に対してなんという不遜な者だろうか。悪魔でもここまで傲岸不遜な者はなかなかいまい。その愚かな考えを改めさせなければなるまい。悔恨の涙を流させなければ。神の力を思い知りながら後悔の下、この少女は裁きを受けるのだ。
「不遜なる娘よ。罪深き者よ。我が力の一端を見せよう。光栄に思い膝をつけ裁きを受けるがよい」
本来であれば、神といえども力は有限である。無限に近い力はあるが、これから世界の罪深き者供に裁きを与え、世界に善なるものだけを満たし、聖歌を常に響かせるのだ。その為には無駄に力を使う余裕はない。
善なるものたちのみの世界とした時に、我は真の神としてこの世界に君臨する。世界の理と自身がなるまでは、その時までは力の補充もできないのだから。
だが、本来はそれでも回復はできたはずであった。微々たる回復であろうが、できた筈なのにこの娘が名付けた時にその力は失われた。なので力を使いたくはなかったのだが。
「50%だ。50%の力で相手をしてやろう。見よ、神たる力を」
力を解放しつつ、自身の属性を解放する。50%以上の力だからこそ使える属性力。勿体無いが仕方あるまい。
シュペーは自信満々に自らの力を解放させるのであった。
レキはシュペーが力を解放している様子を眠そうな目で妨害することなく見つめていた。おっさんならば力を解放する前に倒す。敵のHPが3割を切ったらパワーアップするのなら、その前に一気に猛攻を仕掛けて倒すのだ。実におっさんらしい戦い方である。敵の変身シーンはダメージを与えるチャンスとしか思わないのであるからして。
だが、レキは妨害することもなく見つめていた。ちょっと弱すぎなので頬を少し脹らませて不満な戦闘民族であったので。
シュペーが腕を組んで力を解放するためのタメを作る。隙だらけの様子をぼんやりと見ていると、腕を広げて力を解放させた。
風がシュペーを中心に巻き起こり、空気が震え、その身体に流れる力が僅かに変わる。
「見よ! これこそが神の属性。不壊属性なり! 最早貴様では我に傷一つつけることもできん!」
ドヤ顔でシュペーが口にするとおり、光の身体に僅かに白い光が混ざっていた。京都を守る壁と同じ種類、壊れることのないバリアだ。
「なんという、タイミングの悪さ……。哀れすぎて同情しちゃうよ」
「そうですね。少し前なら膨大な力を込めないとあのバリアは壊せなかったのですが」
遥はシュペーのタイミングの悪い技に同情して、レキはつまらない技を見てしまったと呆れる。
その様子を見て、シュペーはこちらが恐れ慄いたと勘違いしたのか、上から目線で告げてくる。
「さぁ、膝をついて許しを求めよ。我は神なり、寛大なりし。罪を許し、汝の魂を救おう」
「どう話し方を変えても、私を殺すと言っているだけですよね。ライトロウはこれだからお付き合いできないんですね、勉強になります」
ライトロウは上から目線。これが基本なのだろうなぁと遥は呆れてしまう。なるほど、サクヤとナインが嫌がるのも納得である。
「ふ、汝がそう答えるとは予想していた。我に傷を与えることもできずに、絶望の中で裁きを受け」
「やあっ」
可愛らしい掛け声で、レキは足を踏み込み、その身体が消えるが如く、高速戦闘での認識能力をもってしても、認識することが難しい速度でシュペーへと殴りかかった。
シュペーはその様子を認識していたが、手を広げるように伸ばして身構えることもしない。不壊属性に自信満々なのだろうことがわかる。
そのままレキはちっこいおててをギュッと握って、シュペーの胴体へと勢いよく躊躇いなく叩き込んだ。
「おげぇっ!」
そのちっこいおててから繰り出された一撃を受けて、シュペーは身体をくの字へと曲げて吹き飛ぶ。
廃墟ビルをいくつか貫きながら吹き飛び、瓦礫の中に埋もれるシュペー。それをため息を吐いて、軽やかに地面に降り立ったレキは眺める。
「ハァッ!」
シュペーの声が響くと、瓦礫が吹き飛びよろけながら這い出してきた。戸惑うようにこちらへと憎々しげに尋ねてくる。どうやら不壊な筈の自身の身体へとあっさりとダメージを与えてきたことに対して疑問を持っている模様。
「な、なにが? いったいどうやって我の身体に傷を?」
「残念ながら私の愛する旦那様は最近あらゆる属性を打ち破る技を身に着けまして。不壊属性? まったく私へは意味がないですよ」
「か、神の技が意味がないと? そんな筈は……」
現実が信じられないようにかぶりを振っているシュペー。随分と最初のイメージから変わっており、小物っぽさを見せている。
クイクイとちっこいおててを曲げて、シュペーへと挑発をするレキ。
「もうなん%とか止めたほうが良いですよ? 私が何回貴方を倒すチャンスを見逃したと思っているのですか? 紙切れだけに現実が理解できませんか? 薄っぺらいから、それならば納得です」
「………なるほど、我の間違いを認めよう! ならばこそ本気で戦ってやろう。これが我の100%だ!」
ハァァァァ、とまた腕を組み、翼で身体を覆うシュペーに対して心底呆れてしまう。タメが長すぎである。本当にタメが長すぎである。おやつでも食べながら待てばよいのだろうか。
「あぁ、わかったよレキ。こいつはスティーブンの神の概念を基本にしているんだ。そしてあの本に書かれていたのはゲームっぽい神なんだろうね」
未だにタメをしているシュペーを見て、ようやく遥はその奇妙さに気づいた。レキもなるほどと、コクリと頷く。
「他の神族と違い、あのシュペーは本来の概念がない、だからいちいちゲームっぽいんですね、旦那様」
「そうだね、産み出されたばかりのやつだからこそ、あっさりと私の名付けを受けたし、古い概念もないから戦い方はゲームのボスっぽくなる……。だけど、ゲームのボスならボスらしく力を解放したら強いかも?」
「それは楽しみですね。このままだと体術スキル10の意味がないと思っていましたので」
レキは楽しそうに顔を綻ばせながらシュペーを眺める。シュペーのタメにより世界がその力で震えて、空気が波打つ。そうしてようやくシュペーは腕と翼を広げた。
「ズアッ!」
一気に力を解放したことにより、そばで見ていたレキも巻き起こされた突風で髪が煽られて、スカートが翻され、カメラドローンが下からのアングルで撮影しようと忙しなく動く。
力の波動が世界へと広がり、すぐにピタリと収まった。そうして、シュペーは静かな声音でこちらへと言う。
「我の力を理解できるか? 汝の愚かさが理解できたか? この圧倒的な力を理解できたか?」
「ステレオですか? そういうのはいいので、力を示してください。燃え尽きる前の蝋燭さん」
レキの挑発を聞いて、フッとシュペーは余裕ある笑みを浮かべる。いつの間にか先程よりも目鼻は人間のように整っており、酷くその表情は人間っぽい。
「そのような言葉を我に向けても無駄だ。さぁ、真の力を見よ」
再びこちらへと拳を見せるように向けて、シュペーは嗤う。そうして拳は先程と同じように一瞬ピカリと光る。
それと同時にレキの身体に衝撃と光が発生して、吹き飛ばされてしまう。小柄な身体がビルに叩きつけられて、その衝撃でビルが倒壊する。それを見てとり、シュペーはさらに拳を光らせて光速の拳撃を繰り出していく。
瓦礫に埋もれ始めるレキへと、猛攻を仕掛けるシュペー。光速の攻撃なればこそ、瓦礫がレキを押し潰そうと崩れ落ちていく中でもその速さで追撃ができるのである。
少女の身体が浮いて、その身体に拳が光の波動となり叩きつけられていく。
「フハハハ、我の光速の拳。汝では対応するどころか、見ることもできまい」
攻撃を受け続ける愚かなる少女を見て、機嫌良く嗤いながらシュペーはさらに拳撃を繰り出して、粉々になるまで追撃をする。その姿は神には程遠く醜悪に見えたが、シュペーは気づかない。
「む?」
だが、その手応えに違和感を覚える。光速であろうとも、その衝撃は、手応えは感じるはずなのに、返ってくる感触が弱い。そのために、なにが起きているか攻撃をやめて、少女の様子を見ようとする。
レキはその戸惑うような姿にフッと小さく口を笑みへと変えて、くるりと身体を回転させて瓦礫をその回転だけで吹き飛ばして、崩れ落ちるビルから飛び出す。
スタッ、と地面へと降り立ち、パンパンと砂埃をとる姿には先程と同じく傷一つついていなかった。
「汝、汝も不壊属性を持っているのか? なぜ傷を負わぬ?」
警戒するように見構えながら尋ねてくるシュペーへと、可愛らしい細っこい肩をすくめて答えを教えてあげる。簡単なことだ、気づかないシュペーが未熟なのだ。そのことを疑問として口にするコトすらも。
「攻撃の際に身体を僅かにずらし受け流しました。貴方の拳は強い力を込められています。しかしながら、その攻撃は素直であり、見切りやすい。私ならば容易いことです」
拳のインパクトの瞬間、レキは身体をずらし、その攻撃を受け流していた。今の鎧の防御力ならば、敵の攻撃は芯をずらすだけで受け流せて、ダメージを負うことはない。
「ウヌッ、人の持つ技というものか。ならばこそ、神たる我はその技ごと叩き潰そう。正義の力で! 人如きの技は障害にもならぬと教えてやろう!」
「紙切れさんの薄っぺらい正義の力、見せてもらいます」
怒りの咆哮をシュペーがあげながら、さらなる力を身体に籠め始める。
レキは今度こそ半身となり拳を突き出して、戦いを始める気になった。シュペーがその拳を光り輝かせて、受け流してもその纏った力でこちらを焼き尽くそうとし始めたために。
「ようやく楽しめそうで、なによりです」
「罪深き汝に裁きを!」
シュペーは光の身体を前傾に傾けると、残像すら残さずに、光がその場から消えたように、移動を開始する。
身体から放たれる軌跡のみが空に残り、常人どころか、力あるミュータントすらも見えない速度でレキへとその光り輝く拳を振り下ろす。
「獅子神の手甲展開」
レキの呟く言葉にカチャカチャと手甲が右手を覆う。
「貴方の繰り出すその速度。見させて学ばさせて頂きました」
そうして、シュペーの拳を迎え撃つ。
光の軌跡を残し、振り下ろされる拳へとちっこいおててを合わせる。
光の波動が力となり、触れたものへとダメージを負わせるシュペーの拳。その攻撃は高熱であり、浄化の力を持っており、敵を塩へと変える能力を持っていた。
だが、その攻撃は獅子神の手甲を破壊するどころか、その力で傷を負わせることもなく、ふわりと腕へと優しくそえられて、軌道を変えられる。
「ヌゥォオオオ!」
シュペーの拳は光が捻じ曲げられたようにレキの身体から逸らされる。だが、シュペーは怯まずに拳を無数に繰り出す。
「ハァァ」
遥がレキの両手にエンチャントサイキックをかけて、防護すると、レキは手のひらをシュペーへと見せつけるように掲げて、まるで空気の膜を作るようにゆらりと動かして迎撃をする。
光の軌跡が無数に生み出されて、その軌道は小柄な一撃入れば倒せそうな弱々しい姿の少女へと向かう。
しかして、その軌道はすべて歪められてレキの周囲へと当たるのみ。拳が当たった地面はその威力でぽっかりとくり抜いたように消えていく。
「ちぃっ! 我の攻撃は拳のみにあらず!」
拳だけでは少女に当たらないと考えて、シュペーは10枚の光り輝く翼を広げて空中へと飛翔して後ろへと下がり間合いをとる。
翻したその翼の威力で暴風が巻き起こり、砂煙が視界を覆う中で、レキも4枚の蒼く輝く翼を展開させて空中へと飛翔してシュペーを追いかける。
「どうやら根性も薄っぺらい様子。すぐに近接戦闘を諦めるとは、さすがはチリ紙さん。その名前に相応しいですね」
さらに煽る言葉を吐きつつ、レキは鋭角に飛翔してシュペーを追う。
「黙れっ! 神たる我に間違いはない。奇跡こそ我の本質よ!」
「負け犬の言葉にしても、もう少しマシな言い訳をしてください」
「うぬっ、第一の翼 浄化の焔!」
シュペーの翼が白き焔に包まれて、レキへとその羽ばたきを向かわせる。白焔が大きく膨れ上がり、レキをその周囲ごと焼き尽くそうとする。
白焔は途上にある廃墟ビルに掠ると、その高熱で一瞬の内に灰へと変えて向かってくる。威力がありすぎて一瞬で燃え尽きるために、周りが燃え広がることもなく。
「エンチャントアイス」
遥はその高熱を伴う焔を見て、エンチャントをアイスへと変更する。キラキラと氷の青い粒が両手を覆い、絶対零度の力を伴わせる。
「超技 凍烈拳」
向かい来る焔へとレキはシュペーを追う速度を落とさずに、腕を掲げると、風切り音も発生させずに、静かな動きで振り下ろす。
滑らかなその一撃は焔を真っ二つに両断させて、瞬時に凍りつき消えていく。
それを見て、シュペーはさらなる力を発動させて対抗してくる。
「第二の翼 浄化の風」
シュペーはレキから逃げるように後方へと飛翔しながら、今度は翼に風が巻き付くように発生させて、再び羽ばたく。
「かまいたち? ではないのね」
遥が風系の技と見て疑問を浮かべる。が、すぐにその攻撃がどのような攻撃か理解をする。
ビルの合間合間を飛翔しながら逃げるように間合いをとるシュペーが巻き起こした風はビルをただの砂へと変えてこちらへと向かってきた。
「振動系ですね。こちらへと吹き荒れる風が細かく超振動しています、旦那様」
「振動させるのならば、歪めるまで。サイキックレーザー極大波」
遥の発動させたサイキックレーザーはレキの体よりも大きかった。そのレーザーが風を貫くと振動していた超常の風は空間を歪められて、その振動を消す。ちょうどレキが通れるほどの穴をぽっかりと開けて。
「はあっ!」
その穴へとさらなる加速をして飛び込んだレキはシュペーへと追いつく。そうして、右拳を繰り出す。
「グッ、負けぬわっ!」
加速したその一撃をシュペーはあっさりと受け止めて、払い除ける。すかさず払い除けた隙を狙い、蹴りを繰り出して倒そうとしてきた。
「甘いですね」
シュペーの繰り出す拳も蹴りも同じく光速に近い。だが、その攻撃はすぐに体勢を戻したレキのしなるような蹴りで軌道を変えられる。
「いかに速くとも」
そのまま翼を大きく展開させると、身体を加速させてレキはシュペーの胴体へと拳を右左と繰り出す。
「いかに身体が巨大でも」
連続の攻撃を受けて、呻き身体を傾げるシュペーへと、くるりと身体を回転させて、頭へと蹴りを入れる。
「ウドの大木では意味がないですよ、もしかしてウドの大木から産まれた紙なんでしょうか、シュペーさん」
キリモミながら地面へと落ちて爆発するように大きく穴を作るシュペー。砂煙をあげてその姿を消したシュペーへと告げる。
「お、おのれ……。我を見下ろしながらのその言葉、罪深きなり」
クレーターから手が這い出てきて地面へとつける。そうして身体を持ち上げるように出てくるシュペーがレキへと恨みがましいような声音で言いながら、さらに身体を光らす。
「どうなんでしょう。まだまだひきだしを持っていると良いのですが」
レキはその様子を余裕を持って眺めるのであった。




