450話 紙天使との紙芝居
空には紙天使たちの群体が龍のように集まって、遊浴していた。数十万の紙天使たちが集まった姿は控え目に見ても不気味であった。しかも口々に同じことを呟いているので、尚更である。
「罪深き者たちに慈悲なる裁きを」
その呟きは囁き程度であるが、その囁きは無数に呟かれており、抑揚のない声は重なりあい、集まっているので、周囲へとまるで蝗の群れの起こす羽音のように響き渡る。
群体として移動を始めた紙天使たちであるが、その眼前にはその手段を選ばざるを得なかった原因となった銀色のパワードアーマーを装着した銀髪の少女たちが整然と並び、ロングライフルを構えていた。
「ミュータントを検知。ハイペーパーライフル発射」
集まった少女たちは数にして300に満たない。その少女たちも紙天使たちと同じく感情のこもらない抑揚のない声音で呟き、手に持つ大型のライフルの引き金を弾く。
たった300にも満たない数の銀の少女たちが放つビームは巨大な光の奔流となって、紙天使の群れへと襲いかかる。群体化した紙天使へと命中すると、龍の鱗を削るが如く、大きく群体の外側を削り焼き尽くしていった。
今の一撃で数万は倒せたと思われるが、銀の少女たちは眉をピクリと動かして、想定外だと思考した。想定だと、群体の中央を貫き、その殆どを焼き尽くす予定であったのだ。
なぜ攻撃が受け流されるように逸れたのか疑問に思い、紙天使たちをよく見るとバックラーを龍の鱗のように前へと突き出して光の盾を発生させていた。
脆弱な防御であろうが、あれ程の量のシールドなので、攻撃が逸らされたと気づいた銀の少女たち。今度はこちらの番だと紙天使たちは一斉に槍から光線を放つ。
まるで龍の息吹のように、その光線は束ねられて銀の少女たちへと向かう。
「シールド展開、後にグループ毎に別れて敵を殲滅せよ」
中央に位置する銀の少女からサクヤの声が響き、その指示の元に巨大なビームシールドを展開させ、あっさりと光線を弾くと5人グループ毎に別れて、さらに攻撃を繰り返す。
だが、紙天使たちも、その圧倒的物量で戦いを挑みかかってくるのであった。
初たちは窓際に群がり、その光景を固唾を飲んで眺めていた。
「くそっ! 敵の数が多すぎる。またやられたぞ!」
自衛隊員の一人がその光景を眺めながら悪態をつく。たしかにそのとおりであり、僅かな数しかいない銀の少女たちは攻撃を繰り返すが、敵は怯まずに淡々と包囲しながら反撃を繰り出す。
無敵と思われた盾を展開していても後ろは無防備となる。もちろん、それを銀の少女たちも理解しており、お互いがカバーするように連携しながら戦うが
「奴ら、特攻を仕掛けているぞ! まずい、迎撃しきれていない!」
上手く連携してカバーし合う銀の少女たちと、遠距離での戦いは不利だと理解したのだろう。群体から分散した紙天使たちが槍を構えて特攻を仕掛けてきていた。
銀の少女たちは、鋭角的な素早い空中機動で闘牛士のようにヒラリヒラリと躱していくが、さすがに敵の光線を盾で防ぎつつ、攻撃をしていると隙ができてくる。
一人の銀の少女が空中で敵の光線を防いだ際に僅かに身体を揺らして止まってしまう。
その隙を狙い違わずに無数の紙天使たちが、まるで蜜に群がる蜜蜂のように集まってきて、槍をハリネズミのように突き立てる。その攻撃で絶命したと思わしき銀の少女がパワードアーマーの限界が来たのか爆発して、敵を巻き込みながら燃え尽きて落ちていく。
龍はいくつもの小さな蛇のように別れて、銀の少女たちを追い立てる。銀の少女たちは味方がやられても動揺する素振りも見せずに、それぞれがビルの合間を高速で飛びながら攻撃を繰り広げる。
だが、銀の少女が通り過ぎようとするビルが内部からいきなり爆発する。轟音が響き、中に隠れ潜んでいた紙天使たちが一斉に突撃してきて、回避しきれなかった銀の少女が一人押し潰されてしまうのであった。
「またやられちゃった! 先生はなにをしているんだろう?」
銀の少女がやられる姿を見た初が悲痛な表情で疑問を口にする。銀の少女たちが放つビームは敵の防御をものともせずに貫いて、反対に敵の攻撃は完全に盾の力で防いでいた。その動きも圧倒的に銀の少女たちが上回っているが、それでも少しずつ削られていってしまう。
「タレットをもっと前線へと運ぶんだ! 少しでも敵へ攻撃して、援護をしろ!」
今や自衛隊員が大勢詰めかけて作戦室となっている部屋で焦った表情で指揮官らしき人が叫んでいる。
「了解です! もっとも射線の通る場所にタレットの位置を変えるぞ!」
タブレットを見ながら、次々と指示を出していく自衛隊の指揮官さん。この地域からもタレットがそれこそ豪雨のような銃弾を放ってはいるが、それでも敵の数は僅かしか減っていない。
「先生〜!」
「せんせ〜」
「助けて、先生〜!」
初たちはそれを見ることしかできない歯がゆさから、助けを求める。今まで自分たちを助けてくれた男性へと。
そうして声が嗄れるぐらいに叫び続けていると
「あれは!」
銀の少女たちが散開しながら地面スレスレに飛んで、龍がとぐろを巻くような形へと変わっていた時であった。
周りから黄金の糸が龍を覆い尽くすように現れたのだ。
それは壮大なイルミネーションのような美しさであった。ビルの合間から、家屋の中から、キラキラと黄金の光を放つ糸が放たれて宙を舞う。
一つの地域を覆う広大な糸は交差して網となり、龍を囲み捕らえる。網の間は結構大きいのだが、その隙間は光る壁が発生しており、紙天使たちは逃げ出すことができない。
「あれは先生の力だよ!」
「うん、私も見たことある! 敵を倒しちゃうやつだ!」
初が驚き、ツグミは興奮して飛び跳ねる。周りの少女たちも喜び抱き合いながら動きを封じられた紙天使たちを見る。以前に拠点で使った力。触れるだけでゾンビたちを焼き尽くす糸だ。
「なるほど、あの男はたいした力をもっているんだな」
「ふぅむ、あの鎧の力……。人が神の力を使うとは、科学技術恐るべし、じゃな」
いつの間にか来ていたのか、この間天使ちゃんたちにやられた修験者さんたちがそばに来ていた。顎をさすりながら、その力に感心していた。そのとおり、先生は凄いんだ!
「あのトラップに嵌めるために、銀の少女たちは戦っていたというのか………。なんという勇敢な少女たちだ……」
苦渋の表情で呟いている自衛隊員さんの推測しているとおりだと思う。わざとビルの合間を縫って、敵が集まるように銀の少女たちは戦っていたに違いない。
犠牲を出しながらも、トラップに嵌めるために戦い続けた少女たちへと称賛の言葉を呟く自衛隊員さん。
………たしかにそのとおりだと初も思う。銀の少女たちは少なくない人が死んじゃっていた……。戦いが終わったら、彼女たちの葬儀に出たい。感謝の言葉を伝えたい。
そうしてしんみりとしてしまった皆だが
動きの止まった紙天使たちが変化を起こし始めるので、またなにかをするつもりか警戒をするのであった。
ビルに寄りかかりながら、ナインは正確に人々の叫び声を聞いていた。先生と助けを呼ぶ声に思わず苦笑してしまう。
「マスターは貴女たちを助けるほど暇人ではないのですが……。マスターの名声に傷をつけることはできませんよね」
可愛らしいちっこい人差し指には一本の黄金の糸が絡まっており、その先は群体と化した紙天使を捕らえている網へと繋がっている。
「私と姉さんの生み出す粒子はマスターと違って、ダークミュータントにも効きますが、ライトミュータントにも効くんです。残念でした、紙天使さん」
小さく呟かれた内容どおりに、紙天使たちはナインの生み出した粒子が毒となってその身体を蝕んでいた。
「マスターと違い、私たちはそんなに甘くないのです」
外側に位置していて、真っ先に粒子に触れた紙天使はその力を無くして、どんどん紙切れとなり燃え尽きていく。
それを見ながら、ナインは嘆息してモニターに姉を映し出す。
「姉さん、ちょっと紙人形の操作が雑すぎですよ。危うく負けそうだったじゃないですか」
もぅっ、と本気で怒っているのではなさそうで、悪戯をした子供へと叱るように言うナイン。
むうっ、と本気で残念がるサクヤ。その手にはゲームのコントローラーが握られていた。
「やっぱりタワーディフェンスゲームはコントローラーじゃ駄目ですね。キーボードとマウスじゃないと駄目だとわかりました」
コントローラーだと全然素早く動けないんですと、文句を言う大人げない銀髪メイド。なんだか、どこかのおっさんと考えが似てきたように思えるが気のせいだろうか。
「本当は圧勝だったんですが、中々敵も考えていましたね。でも今度は圧勝できる予感がするので、再チャレンジしても良いですよね? 捕らえている網を解いてくださいナイン」
次こそはクリアできるのです、と根拠なき自信を披露するサクヤであったが、ナインにとっては戯言なので聞き入れない。
姉さんの後ろに大量に用意してある紙の束も怪しいし、そもそもそんなに姉さんはゲームが上手ではない。下手の横好きというやつだ。クリアするまで連コインをしそうな予感が物凄くする。
「姉さんが銀の紙切れなんか使うから。この戦いが終わったら、きっと面倒くさいことになりますよ、もぅ」
「その時はクーヤ博士が密かに集めて調整を終えた第三世代量産型超能力者たちができたという設定にしておきたいですね。クーヤ博士の着ぐるみはどこにしまいましたっけ……」
思い出さないとと頭を抱える姉さん。仕方のない人だ。いつも片付けをしておきなさいと忠告しているのに。たしかクーヤ博士の着ぐるみは春用メイド服と一緒に物置に仕舞った覚えがあるかも。
「まぁ、いつもどおりといえば、いつもどおりですね。さてと」
クイッと糸を引っ張りながら、超常の力をこめ始める金髪ツインテールの美少女。ふわりと糸へと力を流し込みながら、クスリと微笑む。
「生体クラフト パラサイトウッドワーム」
その力が発動すると、黄金の糸はウニョウニョと蠕動して紙天使たちへと貼り付くどころか、その体へと潜り込んでいく。
「土くれは大地に。紙切れは木へと戻ってください」
ふふっ、と可憐な笑みを浮かべるナインの見る先にいた紙天使たちは、身体を震わすとメキメキとその石膏像のような白い肌を変えていく。肌はカサカサになり、木目ができ始めて、だんだんとその姿が変わっていく。
糸に触られていない内部の紙天使たちも侵食が進み、足が地面へと貼り付く。いや、貼り付くといった表現では正しくない。地面へと文字通り根付く。
「罪深き者たちに……」
紙天使たちは呟くこともできなくなり、その身体はどんどんと木へと姿を変えていき、あっという間に数十万の紙天使たちは身体を変化させて、地面に生えた木へと変わってしまう。そうして小さな森林ができてしまうのであった。恐るべしナインと言ったところであろうか。
寄生系が大嫌いなおっさんが見たら、見てみぬふりをすることは確実だ。ナインが使った力だけれども、さすがに嫌がるだろう。
だが、力を使ったあとに残る森林は美しかった。ビルや家屋を覆い尽くして、20メートルばかりの背丈の檜の森林へと街の光景は変わっていた。
「檜は使いどころが多いでしょうし、避難民も大勢いるので、木材調達にちょうど良いでしょう」
避難民たちが隠れている大樹の拠点から、ドッと喜び騒ぐ声が聞こえてくるが、ナインの興味は既に別のところに移っていた。正直、人間などはどうでも良いのだ。
「姉さん、マスターは属性変更をまさかの無とする方法で対応してきましたよ」
「さすがはご主人様ですよね、あれではどんな敵へも特攻の力を出せません……が、その代わりにどんな敵からも特攻は受けません。それどころか攻撃を透過させるでしょう。力一辺倒な脳筋なご主人様が敵の攻撃を透過させるとか、想定外で笑ってしまいましたっけ」
「たしかにある意味強力極まりないですね。自力が強ければ弱点のないマスターは負けることはないですから」
ふむふむとナインはちっこいおててをぷにぷにほっぺにあてて考える。通常は弱点が必ずできるはずなのに、私たちとは違う方法で弱点を打ち消したマスター。
そういえば弱点があるのは大嫌いだから、ゲームでは仲魔につけるスキルは弱点を打ち消すものを最初につけると話していたことがあった。そのせいで有用なスキルをつける枠がかなり無くなったと嘆いていた。
それでも弱点を打ち消すことは絶対にやると言っていたので、あの技はマスターにピッタリであったのだと納得してしまった。
社のあった方向へと体を向けて、嬉しそうな微笑みとなり呟く。
「それでは新たなる力を見せてくださいね、マスター」
そう言って、ナインはくるりと体を回転させて、マスターの戦いが終わるのを待つのであった。マスターが戦いを終えたらアイスカフェオレを作ろうと思いながら。
紙天使たちとナインたちとの戦闘が終わりそうな中、レキはシュペーにあしらわれていた。
身構えるシュペーが、その腕を光らせるとバジバシとレキの身体が衝撃を受けて吹き飛ばされる。コロンコロンと転がってから、再び地面へと手をつけて、コロンと身体を回転させて起き直った。
その様子を見て、いつの間にか顔に作っていた三日月のような口を曲げてシュペーは笑みを浮かべた。
「我の攻撃が効かぬと言っていたが、手も足も出ないではないか。ん? 私の攻撃を少し遅くしてやろうか?」
レキは得意げにシュペーが告げる内容に冷笑を浮かべてしまう。
「随分口が動くようになったのですね。軽い男だと思われてしまいますよ?」
「フハハハ、軽いのは我の自信の表れだ。貴様に与える慈悲はない、悪魔よ。断罪の時だ」
再び身構えて拳を繰り出すシュペー。またもや拳が光り連続で衝撃を受ける。光ると同時に攻撃を受けるので、手も足も出ないレキ。
再びコロンコロンと転がったあとに、なんでもないように立ち上がり、パンパンと身体についた砂埃をはたく。
何度目かわからない攻撃を受け続けるレキ。
だが、先程から同じ結果であった。コロンコロンと転がるが、無傷であるので、再びシュタッと元気よく立ち上がる。
「ダークミュータントを核にしたので、乱れが見えます。そして、その巨体から繰り出す攻撃にしては先程から殆ど力を感じずヌルいです。もしや力を使い切ってティッシュペーパーになることを恐れています?」
コテンと可愛らしく首を傾げるレキへと、なぜか内心でゾクッとした中でシュペーは両手を広げて見せる。
「少し手加減が過ぎたか。ならば全力を見せてやろう」
そう言って、さらなる攻撃を繰り出すシュペー。だが、その攻撃は僅かに先程よりも遅かった。だが問題はない、神の一撃を防ぐことなど……!
パシン
シュペーが繰り出した一撃。八メートルを超える巨体からの攻撃はレキの小柄な体躯と同じぐらいの大きさの拳から繰り出された。
しかして、その巨岩のような一撃をレキは右手を繰り出して防いでいた。その拳は揺らぐこともなく、体幹がブレることもなく。地面に足がめり込むこともなく完全に。
「なかなかの攻撃でした。そろそろ本気を出してくれないと困ってしまうと思っていたので、今のはダメージを負う可能性がありましたよ」
そうして驚愕するシュペーへと、可憐に微笑むのであった。




