449話 聖都の戦い
無数に浮かぶ紙天使たちを険しい表情で戸隠たちは見つめながら人々を守るべく殿を担っていた。周りには修験者たちや自衛隊員が一緒に移動をしている。
「神通力にて敵の攻撃を防ぐ! 皆で力を揃えよ!」
「法力にて結界を張るのじゃ! 皆の力を合わせよ!」
戸隠と老僧が刃のような鋭い声音で指示を出すと修験者たちは頷いて超常の力を使い始める。
「神通力 避雷避けの鉄芯!」
「法力 地蔵結界!」
「神通力 天狗の木の葉隠れ!」
「法力 四天王結界!」
「カウンターマジック!」
あれ、お前だけ使う力が違うよね? と、最後に力を使った人を見つめると、カウンターマジックはレジスト成功率を上げる基本だよと言い訳をする紙のゲームファンの修験者。
それじゃあ仕方ないねと、周りは納得して次々と法力や神通力を使っていく。
周囲には絢爛豪華とでもいうのだろうか。様々な力が色とりどりに乱れあい複数の防壁を張っていく。
紙天使たちはその力を感知して、槍から光線を放つ。薙ぎ払うように放たれた光線は防壁へと命中すると火花を散らしながら消えていき、なんとか防壁は持ちこたえた。
本来ならば、人間の防壁などあっさりと貫くはずの一撃。だが、戸隠たちの防壁は持ちこたえた。
「ケーン、ケーン」
不思議と近くからか、遠くからか距離が測れない狐の鳴き声が聞こえると、防壁が淡くそして力強く変わっていくのだ。
その力の源がなんなのか、戸隠たちは正確に理解していた。
「神使様のお力により、我らの術は何倍にも効果が上がっている!」
「恐れることなかれ! 我らには神仏の加護がある!」
力強くそう叫ぶと、おぅっ! と周りの修験者たちは頷き士気を高めてさらなる防壁を張っていく。
避難民が逃げ惑う中で、結界を張りながら進む。
だが、光線が効かないと見た紙天使たちは槍を構えて突撃してくる。その勢いは風のように速くそして鋭い。
「神通力 土蜘蛛変化!」
対抗するために戸隠は式神を放つ。常より力を何倍にも強化された土蜘蛛へと紙が変化して、ばかりとその凶悪そうな口を開く。
「土蜘蛛よ、彼奴らの動きを抑えよ!」
戸隠の指示に従い、土蜘蛛は蜘蛛糸を扇状に吐くと、紙天使たちはその糸に絡まり羽ばたくことができずに空中から落ちてしまう。
「今じゃ! 法力不動破魔の剣!」
老僧が唱えると古風な剣が空中に生み出される。その剣をタタタと歳に合わない速さで駆け寄り手に持つ老僧。
「キェェェ!」
猛禽のような咆哮をあげて、紙天使を袈裟斬りにする。だが、切り込みはできたがよろめくだけで倒せないと悟った老僧は、素早く手元に剣を引き戻し、嵐のように連続で斬りかかった。
なぜか防ぐこともせずに攻撃を受けるままにする紙天使。そうして、何度目かの攻撃でようやく紙天使の光は消えて、空中へと溶けるように消えていく。
「破魔の剣は妖怪にも効くが、普通に斬れもするのじゃよ」
ふぃ〜と息を吐いて、後ろへと振り返り叫ぶ。
「防ぐ素振りも見られんということは、どうやら奴らは儂らを認識できないようじゃ。恐らくは神使様の加護により儂らの身体は現世から隠されておる」
その言葉を聞いても、喜ぶこともせずにポカンと口を開けている面々に、首を傾げて尋ねる。
「なんじゃ? どうした?」
「……歳を考えろっ! 弟子が呆然としているだろうがっ!」
戸隠はもう還暦をとっくに過ぎている老僧へと叱りつける。というか、この老僧は元気すぎると呆れてしまった。
「なんじゃ、そんなことか。鍛えていれば他愛もないことよ」
飄々と言う老僧へとさらに言葉を連ねようと息を吸い込んだ戸隠であったが
「見てください。ティッシュペーパーが!」
一人の修験者が指さす先には紙天使が飛んでいたが、ティッシュペーパーの箱がゴワゴワと崩れ始めて、紙粘土のようになる。そして、形が筋肉ムキムキ男性の石膏像のようになるのであった。
貫頭衣を着て、その上に金属の胸当てをつけた石膏像。背中には天使の羽根を生やしており、足にはサンダルを履いている。天使の羽根はもちろんのこと背中に生やしており、顔部分には目、鼻、口とついていた。キロリと戸隠たちを新たに作られた目で見て片手で槍を構える。もう片方にはバックラーをつけていた。
「ありゃ、もしかして儂はいらんことを言ってしまったか」
冷や汗を額から一筋流して老僧はフラグをたててしまったかと、隠れオタクなのを告白するのであった。でないと、この歳で法力とか恥ずかしくて使えないし。
「目で直に俺たちを見ているぞ! まずい!」
戸隠たちは槍を身構えて、はっきりと目でこちらを視認している紙天使を見て呻く。空を見ると同じように他のティッシュペーパーも石膏の男天使へと姿を変形させていく。
どこから物理攻撃を受けているかわからないので、ようやく目鼻をつける気になったのだ。そして、それは戸隠たちには最悪な出来事でもあった。
新たに石膏のような男天使の姿へと変わった紙天使が槍を持ち身構える。視認ができて、ようやくまともな攻撃へと変わった紙天使は羽根を羽ばたかせて、戸隠たちへと突進してきた。
「ケーン」
そこに狐の鳴き声が響く。その鳴き声の効果なのか、紙天使たちは水の中を泳ぐような遅い動きへと変わったので、それを好機と見て素早く戸隠は式神を放つ。
「神通力蛟変化。蛟よ、噛みつき攻撃だ!」
式神は水でできた蛟へと姿を変えて、鋭い牙の生える口を大きく開き勢いよく噛みつく。ゴリゴリと蛟の口の中で紙天使が形を崩し砕け散るのであった。
「法力 破魔の剣!」
「神通力 常世の刀!」
「マジックブレード!」
やはり一人だけ使う力が違うような感じがするが、剣を作り出した修験者たちは向かってくる紙天使たちへと一斉に斬りかかる。
「全員一斉射撃!」
幕僚長が手を掲げて合図を出すと自衛隊員は膝立ちで銃を構えて、引き金を弾く。
タタタと乾いた音が連続で鳴り響き、紙天使へと命中するが、その身体は見かけよりも丈夫なのか、ビクともしない。
「ケーン」
だが、またもや狐の鳴き声が聞こえると、銃は淡く光り、放つ銃弾は蛍のような光に覆われて、みるみるうちに紙天使を細かく砕くのであった。
「稲荷大明神の加護により、儂らは戦える! このまま人々を護りつつ下がるぞ!」
戸隠が蛟と土蜘蛛を縦横無尽に動かして、迫り来る紙天使たちへと牽制を行いながら叫ぶ。
うぉぉぉ! 気合いを入れろ! と皆は奮起して、しばらくの間、逃げながらも戦いを続ける。
だが………。
「クッ! 数が多すぎる! 一体何匹いるのじゃ!」
破魔の剣にて紙天使を倒しつつ老僧が舌打ちする。戸隠も周りを見て苦渋の表情となり
「幕僚長、弾丸が尽きました!」
「こちらもです!」
「術の維持に限界が……」
周りの修験者も自らの力が尽きて、自衛隊員の手に持つ銃も弾が無くなってしまう。
倒しても倒しても襲いくる紙天使たちへと、傷が増えて疲れが身体を蝕み耐えるのが限界になりそうな面々。既に土蜘蛛も蛟もやられてしまっている。
「もう少しだ。もう少しで拠点まで辿り着く。なればこそ、最後の意地を見せろ!」
叫ぶ戸隠も積み重なる疲労で力がない。限界かと思われた時に嫌な事は重なるもので、再び紙天使たちが槍に力を蓄えて光線を放とうとしていた。
防げないと身を震わす面々。そこへ幾条もの銀の光線が宙を走り、紙天使たちを吹き飛ばしていく。
「なんだ? 一体なにが?」
驚く人々の前に銀髪の少女が装甲に身を包んで、バーニアを吹かせながら、人々を庇うように入ってきた。少女たちはロングライフルの引き金を弾き、その膨大なエネルギーを伴う銀色の光線であっさりと紙天使たちを薙ぎ払っていく。
「助かった。今だ、拠点へと駆け込め!」
最後の力を振り絞って走る先には看板が刺さっており、その後ろで人々が疲れて座り込んでいた。
看板の向こう側は蒼い水晶のような壁があり、廃墟ビルの窓からタレットらしき物が無数に覗いており、一斉に攻撃を始めているのが見える。
看板の向こう側に入る戸隠たちが息も絶え絶えに追撃してくる紙天使を見ると、光線をこちらへと放ってはくるが、全て水晶のような壁に阻まれるのであった。
「どうやら、助かったようだな……」
滝のように流れる汗を拭きながら戸隠が言うと、老僧も剣を杖にして深く息を吐いた。
「年寄りには堪えるわい。だが一休みはできそうじゃな」
「抜かせ! 元気過ぎるぞ、爺」
「お互い様じゃな、それは」
カラカラとお互いの無事を確かめ合い、疲れたように笑う二人だった。
「この技術は一体全体なんなのだ……」
総理は敵の攻撃を防ぐ謎のバリアに、空を飛び交い戦う銀の少女たちを眺めて呆然としていたが
「総理! この先にナナシが拠点にしていたビルがあるそうです! 行って見ましょう」
「あ、ああ。分かった。責任者がいるだろうからな。命を助けて貰った礼も言わねばならん。……高くつきそうだがな」
ため息を吐き、自衛隊員を護衛に営業中と書かれた看板のあるビルへともう一踏ん張りと走る総理たちであった。
初たちは大混乱の中で、皆に指示を出していた。包帯や水や食べ物を逃げてきた人々へも配布している。
「怪我をしている人には傷薬と包帯を! 疲れている人には食べ物と水を配って!」
いつもののんびりとした口調は影すら消して、テキパキと初は仲間へと指示を出し続ける。突如として現れた空飛ぶ化物たち。そして一斉に逃げてくる人々。自分のやれることを考えて、できることを指示しながら行っていく。
倒れたときに怪我をしたのだろう、額から血を流している人がいたので、消毒をしたあとに包帯を巻いて治療をする。
「いったいなにが起こったんだろうね?」
仲間が尋ねてくるが、自分もわからない。さっき、準備は整ったと先生が突如やってきて、ちょっと社へ行ってくると出掛けたあとにこの出来事だ。きっと大変なことが起きたに違いないが……。なにが起こったんだろう?
「わからないけれど、この拠点は安全だって先生は言ってたから大丈夫だとは思うけれども……」
天使ちゃんが暇だからと廃墟ビルの各所に置いたタレットが敵に反応して、ひっきりなしに撃ちまくっている。空を飛ぶ石膏の天使たちを狙って、攻撃をしているがあまりにも敵は多い。
本当に大丈夫なのだろうかと、不安を覚えてしまう。先生が帰ってきてくれると安心できるんだけれども。
そう考えていたら、凄い勢いでツグミが階段を駆け下りてきた。血相を変えて私の胸に飛び込んでくるので、慌てて優しく受け止める。
「ツグミ、どうしたの?」
「お、お姉様、大変なの! これ、これを見て!」
ツグミが慌てながら、手に持つタブレットを見せてくるので
「いつの間にタブレットなんか手に入れたの? そもそも動くの、それ?」
タブレットを見ると、モニターが光っておりなにかが映し出されていた。この忙しい中でゲームでもしていたのだろうか? ううん、ツグミはそんな娘じゃない。なら、これはなんだろうと受け取って、その映る内容に息を呑む。
「こ、これって!」
「そうなの! 天使ちゃんが置きっぱなしにしてあったタブレットがあったの! しかも光っていたから、なんだろうって見たら……」
ツグミの動揺した声が耳に入るが、初も混乱している。なにしろ、タブレットに映っている内容は……。
「タワーディフェンス? たいじゅのりょーどをまもれ?」
シールド残り87%。レベル2タレット200基設置済みと表示されていた。しかもこの拠点がマップになっているし、敵が赤い三角点となって攻撃してきている!
「たたたた、大変だよ、これ! これゲームじゃないよ! 今の状況そのままだよ!」
慌ててタブレットを落としそうになってしまう。あわわわわ。
「そうなのお姉様! これ見て、タレットの弾数残量が残り少ないよ!」
「だ、弾丸ってどこにあるの?」
「このタブレットによると、天使ちゃんの寝ていた部屋の隣だよ。たぶんうず高く積まれていた金属の箱だと思う!」
「それじゃあ、すぐに補給しないと! えっと、えっと」
弾丸の入れ替えって、どうやるんだろう? まさかこのタブレットの補充アイコンを押せば補給される訳じゃ無いだろうし。試しに押したけどなにも起きない。当たり前なんだけど。
周りの仲間も状況を理解して慌てる。あわわわわわ。
「貸し給え。これがこの拠点の防衛マップなんだな?」
ヒョイと後ろから手が伸びてきて、タブレットを奪われてしまう。後ろを振り向くといつの間に来ていたのか自衛隊員さんたちがそばに来ていた。
なんだか偉いんだろうと思われるおじさんが、タブレットを見ながらこちらへと問いかけてくる。
「ここの責任者はどこだい? 防衛の指揮官は?」
「えっと、先生は出掛けています。天使ちゃんは……天使ちゃんもお出かけ中です……」
「この京都に生命体が入るのは大変だから、全然大樹の人はいないんです」
ツグミがフォローをしてくれるので安堵するが、相手のおじさんは意外そうな顔をして、ふむふむと頷くと納得したような表情になった。
「だから内部からの崩壊を狙っていたのか……。壁が邪魔をしていたということか。だが、それがこちらにとって良かったのか悪かったのか……。まぁ、今はそれどころではないな。君はこれがわかるかね?」
隣の部下らしき人へとタブレットを手渡すと、その人は少し眺めた後に頷く。
「大丈夫です、幕僚長。タレットの弾丸交換方法がわかりませんが戦闘用です、難しくはないでしょう」
「うむ、それでは防衛指揮をとりたまえ。作戦室はここにする、君はこのタレット以外の武器があるか知っているかね?」
続けて私へと話しかけてくる幕僚長さん。幕僚長って偉いのかな?
「えっと、私の知る限りはタレットだけです。他は先生が持っていた銃か刀ぐらいかな〜?」
小首を傾げて、思い出すが武器なんてそれぐらいしか見たことはないので、正直に答える。
「そうか、それでは申し訳無いがここを間借りさせてもらう。1佐、タレットの弾丸が私たちの銃に使えるかも確認しろ」
「了解です! それとタレットの位置を変えたいと思います。今の状況だと全体をカバーするように置かれているので、80基は稼働しておりませんので」
「そこらへんは任せよう。では全員行動を開始しろ!」
「はっ! 了解しました!」
敬礼をして、たくさんの自衛隊員さんが駆けていく。少しして、見たことのない規格の弾丸なので自分たちの銃には使えないですとか、タレットが簡単に持ち運べるので、凄い技術だとかが聞こえてきた。
大人が忙しそうに動いているので、私たちも部屋に置いてある食料を手にして、配布にいこうとすると、違うおじさんから声がかけられた。
「君たちがナナシ殿が最初に保護した少女たちだね? 彼のことをこの戦いが終わったら聞かせてほしいのだが、良いかな? あぁ、私は一応この京都で総理をしている。最後の総理になりそうだがね……」
あわわわわ。総理? 凄い偉い人だ。テレビでしか見たことがない肩書の人だと緊張して話そうとすると
「大変だ、銀の少女たちが押されているぞ!」
「数が多すぎるんだ、畜生!」
窓から外を眺めていた人たちが悲痛の叫びをあげるので、私も窓へと近づき外を眺める。
空にはティッシュペーパーの箱から石膏像の天使へと変わった紙天使たちがまるで龍のような形の一つの生き物みたいに集まって、迎撃をしている銀の少女たちへと襲いかかっていた。
 




