448話 聖都崩壊
聖都は大混乱に陥っていた。なにしろ今まで拠り所であり、人々を守っていた社は欠片も残さずに消え去り、なにやら厳かな声が心に不吉なる内容で語りかけてきたので、総理たちを糾弾するべく集まっていた人々は戸惑っていた。
その中で一人がなにかに気づいて空を指さして声を張り上げる。
「あれはなんだ?」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや、空飛ぶティッシュペーパーだ!」
なんでティッシュペーパーに羽が生えて空を飛んでいるの? と人々が首を傾げて不思議に思う中で、紙天使たちは念話にて周囲へと語り始める。
「罪深き者たちに慈悲なる裁きを」
「罪深き者たちに慈悲なる裁きを」
「罪深き者たちに慈悲なる裁きを」
その声は先程の声に比べると、厳かには感じなかったが、それでも聖なる者だと本能で人々は理解した。
そして目の前の紙天使が手に持つ槍が振り翳されると、光線が放たれて近くのビルを積み木細工のように撃ち貫く。
紙天使たちが数度槍を振るうと、無数の光線が放たれて、穴だらけになったビルは轟音をたてて崩壊してしまう。
ビルが崩壊していくのを眺めていた人々はキョトンとした。これは現実なのだろうかと頭が理解できずに、そして崩壊したビルの起こす砂煙がパラパラと落ちてくるのを見て、ようやく現実だと理解して恐慌に陥った。
「きゃあ〜!」
「化物よ〜」
「これが本当のシテンシ?」
最後の一人が上手いことを言ったが群衆の叫び声に掻き消えてしまう。悲鳴をあげながら皆が逃げ惑う。そんな人々を狙いもせずに、ビルやら家屋を破壊していく紙天使たち。
紙天使たちには遥のサイキックペイントで自然と溶け込んでいる人々の姿が見えていない。そのために生命反応がなぜか現れているビルや家屋を破壊していた。なぜかというか、建物にはキツネのマークが描かれており、それが生命反応を起こしていたのだが。
しかしそれでもビルは崩壊して砂煙を巻き起こし、家屋は燃えてその炎が見えている人々はいつ自分が攻撃されるかを想像して恐慌する。
わぁわぁと怒号が響き渡る中に、凛とした女性の声が人々の耳に入ってきた。
「大樹の拠点はセーフティーゾーンとなっています。あそこなら攻撃を受けません。ただし国民でないと入れないので、入る前に大樹国民に俺はなる! と叫ばないと駄目ですが。場所は……」
その囁くような声に一斉に人々は遥の作った拠点地域へと駆け始める。
「急げ急げ! 死んじゃうぞ!」
「見て、空飛ぶティッシュペーパーがあんなに!」
「走れ〜」
なぜか心に染みるその女性の声に安心感を持ちつつ人々は拠点へと向かう。
辿り着くまでに人々が逃げ切れるかは、周囲のキツネのマーク入り家屋が全て破壊されるまでである。
そして紙天使たちの数が多すぎて、そろそろ仕掛けておいたキツネのマークも全て破壊されそうであった……。
わぁわぁと叫ぶ人々を尻目に、戸隠たちは紙天使へと対抗するべく殿を担っていた。
「戸隠さん、あれはなんなんだ? なんでティッシュペーパーが神々しいんだね?」
未だに残る総理が戸隠に尋ねると、巨漢の老人は苛立ちながら舌打ちで返す。
「チッ! 儂もわからん。だが、あれは聖なる者だぞ、なにが起こったんだ?」
間抜けな姿に見えても、敵からは恐ろしい程の神々しい力を感じ取り、戸隠は自ずと恐怖で冷や汗をかく。
「簡単じゃろう。封印していた者の目的は神降ろしじゃったのだ。勾玉の力を使い神を降臨させたに違いない」
老僧が苦々しげに空を見ながら、紙天使たちの正体を推測する。
「あの間抜けなティッシュペーパーの天使を降ろしたかったのかね? 正気か?」
幕僚長が不可思議な表情で疑問を口にするが、老僧は首を横に振り否定して
「恐らくはナナシという者が邪魔をしたのだろう、だからこそ不完全な神降ろしになったに違いない」
と、答えて勾玉を強く握りしめて表情を険しくする。
「神を受肉させて降ろすとは……そのようなことを行うとはなんという罰当たりよ」
「しかも、先程の声からすると人の業を受け入れない厳しい神のようじゃぞ? このままでは日本、いや世界が滅ぼされる。儂らで決死隊を作り、神殺しをするしかあるまいて」
戸隠と老僧も過去に神降ろしは考えたことがあった。しかし、神はその司るものも違い、しかも人間に対して苛烈な行動をとるであろうと想像してやめたのだ。この護られた都市をめちゃくちゃにされる可能性は高かったのだからして。
そして本殿の勾玉の力を使ったということは、かなり強力な神のはず。人間では敵わないと思われた。
だが、だからといって放置するわけにはいかない。今もどんどん紙天使たちは数を増やし空を覆うばかりになっている。放置すれば人間は終わりだ。
「幕僚長、兵を揃えられるか? 儂らも精鋭にて」
戸隠が幕僚長へと決死隊の選抜を頼もうとした時であった。
「その必要はありません。既に主上様が討伐に向かっています。貴方たちは逃げるとよろしいでありんす」
ふわりと戸隠たちの目の前に淡い光に覆われた子狐が舞い降りて優しい声音で告げてくるのであった。
子狐ながら、その神聖な様子と人語を話すその姿に正体を看破した戸隠と老僧は慌てて膝をつき声をかける。
「そのお姿は稲荷の眷属と見受けられます。神使の方とお会いするとは光栄です。しかして、主上様とは?」
まさか受肉している神仏がいるとはと、冷や汗をかきながら戸隠たちは尋ねる。神道でも仏教でも、お互いの神を認めない程狭量ではない。そのような者ならば勾玉教など作らない。そして、目の前の子狐は明らかにその神々しくそして優しい光を持った姿から神使であると理解できた。
だが、神降ろしにて受肉した神を倒せる者がいるとは?
「ふふふ、いずれわかります。それよりも目の前の紙天使から人々を護りつつ、安全地帯となっている大樹拠点へと急ぐのです。私もあの紙天使たちを倒しに行きますので」
そう答えて、ケーンと一声鳴くと子狐はふわりと飛翔すると紙天使たちの中へと飛んでいくのであった。
戸隠たちはその姿を恭しく見送ってから、すぐに周りへと指示をだす。
「神使様ならば、導く先は安全だ。そなたら急ぎ大樹の拠点とやらに行くぞ。……拠点というのは問題の場所だったか」
「ナナシとやらには聞かねばならぬことが山とできたわ。だが今はそれどころではあるまいて。皆、術にて防壁を張りつつ撤退するのじゃ!」
「隊員へ、銃にて迎撃を開始しつつ撤退だ! 急げ急げ!」
おう! と修験者たちは力を込めて術を発動させていく。自衛隊員は銃を紙天使たちへと撃ちながら退却を始める。
既に家屋はなくなり、天使たちは今度は隠れていた虫やらトカゲやらを焼き始めている。その様子からみるに、人々へと攻撃されるのは時間の問題であった。
家屋がなくなり、周囲は炎が広がり、紙天使たちの攻撃は他の生命体へと移っている。既に何十万もの数に増えている紙天使たち。時折分裂する紙天使たちがいるので、続々とその数を増やしている。
「逃げるのよ、さぁ、早く!」
子供の手を引きつつ母親が懸命に走るが
「あぅっ!」
速すぎたせいで子供が小石にでも足を引っ掛けたのか転んでしまう。転んだ子供を慌てて抱き上げようとする母親であったが、いつの間にか空から紙天使が舞い降りており、その手に持った光る槍を振り下ろそうとしていた。
槍の光が顔を照らし、死を覚悟した母親は子供へと覆いかぶさる。無駄かもしれないが、それでも子供を守りたいと。
「罪深き者たちに慈悲なる裁きを」
壊れたスピーカーのように、同じセリフを口にして槍を振り下ろそうとした瞬間であった。
「うぉぉぉ! 反町スラッシュ!」
竹箒を持った男が飛び出してきて、紙天使に横殴りにする。バサリと竹箒が音を立てて紙天使へと当たると、僅かにその身体を揺らがせる。
「さぁっ! 速く逃げるんですよ、ここは勇者反町率いる自衛隊員が防ぎますので」
そう母娘に告げて、再びうぉぉぉと叫びながら竹箒を振り回す。間抜けな姿だが、真剣な表情で紙天使たちを牽制する反町に母娘はペコリと頭を下げて走り去っていく。
「国民を守るのは自衛隊員の役目です! うぉぉぉ!」
ブンブンと竹箒を振り回す反町に、紙天使たちが槍を向けてくる。サイキックペイントで紙天使の目を誤魔化していたが、さすがに変だと思い始めたのだろう。動きのあるものを感知して攻撃をしようと紙天使たちは攻撃基準を変えてきたのだ。
バチバチと光る槍を叩きつけようと、竹箒を振り回す反町に襲いかかる紙天使。
「目標空飛ぶティッシュペーパー。総員撃てっ!」
タタタと乾いた音がして、紙天使に銃弾が叩き込まれる。またもや身体を揺らがせて、攻撃をやめる紙天使。
動きを止めて、攻撃された方向へと紙天使が体の向きを変えると、自衛隊員たちが片膝をついて銃を身構えていた。
「反町2佐! 突出するのはおやめください。銃も持っていないのに!」
「あの狂人に銃は全部盗られたんです! 仕方ないでしょう、だが私にはまだ戦える身体がある! うぉぉぉ!」
その姿を見て、苦笑する面々。嫌味で小狡い男だと思っていたが、どうやら熱血漢なところもあるらしい。
「しょうがない上司だな。全員反町2佐を援護しろ! あのティッシュペーパーを叩き落としてやれ!」
「撃て撃て!」
「このティッシュペーパーめ!」
「花粉症のときに使ってやるよ!」
そうして総員で紙天使たちに攻撃を開始する。雨あられと紙天使たちに銃弾が降り注ぎ、穴だらけとなって倒せるかと思っていたが
「こ、このティッシュペーパー、びくともしないぞ!」
「馬鹿な、あれだけの銃弾を浴びて穴一つ空かないのか?」
「グッ、槍が振り下ろされる!」
紙天使たちはその力を如実に表しており、傷一つつけることは敵わなかった。自衛隊員に動揺が広がる中で、紙天使たちが今度こそ槍を振り下ろす。
光り輝く光線が槍から生み出されて、自衛隊員へと薙ぎ払うように撃ち放たれた。空気が焦げる匂いがして、熱で蜃気楼のごとく景色が歪む。そうして迫る光線で自衛隊員へと命中する。
「うわァァァ!」
顔の前でガードするために腕を持ち上げて目を瞑る自衛隊員。命中したら最後黒焦げになるだろうと思われて、しばし。
「あれ?」
自分が焼け焦げる熱さもなく匂いもなく、痛みも走らないことに不思議に思って、そうっと目を見開くと
「銀の天使?」
目の前には銀の鎧を着込んだ銀髪の美しい少女が大盾を構えて宙に浮いていた。大盾を中心にビームの巨大な盾が展開されており、紙天使の全ての攻撃を尽く防いでいる。
「おぉ、天使様がお助けに来たんだ!」
やったぁと、現実逃避をする隊員たち。さっきからふぁんたじー展開となっているので、少し混乱気味だったりした。
が、そこへ反町が怒気を込めて、ブンブン竹箒を振りながら怒鳴り否定してきた。
「馬鹿ですか? よく見なさい、あんなメカニカルな鎧をつけた天使がいますか! 背中にはバーニアがついているし、脚にもスラスターが搭載されているではないですか!」
たしかにそのとおりであった。銀髪の少女はバイザー付きヘルムにて顔はわからないが、装備しているのは全身を重装甲で覆っており、大型バーニアがランドセルタイプで背部に備え付けられており、各所にスラスターが搭載されている。極めつけは銃身が二股に分かれているロングライフルを持っていることだ。なんだか凄い高出力のビームを撃てそうであった。
「魔法少女だ!」
「そうだ、きっと魔法少女だ!」
「一昔前に流行った未来的な魔法少女だ!」
隊員たちは全員オタクであったのだろうか、満面の笑みで手を振ったりするので、反町は地団駄を踏んで敵の攻撃を防ぐ少女へと声をかける。
「銃刀法違反です! その武装を即座に解除して自衛隊に渡しなさい! あ、こら! 私を運ぶんじゃない!」
反町の言葉を無視して、隊員たちが胴上げのように持ち上げて、わっせわっせと運びながら撤退をしていく。
「2佐! 状況を考えてください!」
「あんたはアニメで出てくる融通の利かない頑固キャラですか!」
「そういうキャラは真っ先に死ぬんですから、さっさと逃げますよ!」
「あら、ほら、さっさー」
こらぁ、と反町が叫ぶが、隊員たちは、すまない、あとは任せたと拝みながら去っていくのであった。
その様子を見ても、バイザーをつけた銀の少女はなにも感情を見せずに紙天使たちへとロングライフルを向ける。引き金を弾くと銀の粒子がビームとなり、敵を貫くばかりか、後ろにいた紙天使すらも巻き込んで焼き尽くしていく。
周りにはいつの間にか何人もの銀の少女が同じ装備で浮いており、紙天使たちへと攻撃を開始する。紙天使たちも負けじと撃ち返して盾の防御が間に合わなかった銀の少女を焼き尽くす。
そうして、ロボットアニメでよく見る戦争シーンのように、紙天使と銀の少女たちは高速で戦いあい、空には幾条ものお互いが放つビームが交差して、光が輝き爆発音が響き渡っていくのであった。
ビルの屋上にてサクヤは縁に腰掛けて脚をプラブラさせながらその様子を鼻歌混じりに眺めていた。
「閃光が一つ増えるたびに命が一つ消えていく……。これが美しいけれども戦争なのですね……。なんちゃって」
ふふふと悪戯そうに笑いながら手に持つ紙切れにハサミを入れていく。ジョキジョキと切った後には色付けされた銀の少女の形をした紙切れが束となっていた。
それをポイッと空に放ると超常の力を込めて呟く。
「紙切れに命を与えましょう。ほんの僅かな命の欠片。貴女たちは銀の紙天使と名付けました」
その言葉が力となり、紙切れは膨れ上がり先程から空中にて紙天使と戦っている銀の少女たちへと姿を変えていき、戦場へとバーニアを吹かして飛翔していくのであった。
「紙天使の数は多いですが、私の紙天使の方が優秀ですし、それにいつまで貴方たちはその攻撃ができるのでしょうか。限りあるエネルギーを節約しなくてよろしいのでしょうか」
銀髪のメイドの視線は凍えるほどに冷たく、その口元には酷薄な笑みが浮かべられている。紙天使たちは所詮は使い捨て。力を放てば放つほど、そのエネルギーは失われていく。
「まぁ、親が力を供給すれば元に戻るのでしょうが……。さて、そんな余裕がシュペーにありますかね」
そう呟いて、再びルンルンと新たに取り出した紙束を切っていく。まだまだいくらでも紙はある。なくなればそこら辺に飛んでいる紙天使の一匹でも捕らえて紙束へと変質させれば良い。
「これならば私は人々の前にたつことはないので問題ありませんね。私はしがない天才博士にして、優秀なメイドであることです。そこに超能力者の属性はいらないんです」
作り出して新たに飛んでいく銀の天使たちを見て、サクヤは満足そうに笑みを浮かべる。
「死を伴わぬ世界……。ライトロウはいつも最後には考えない珪素系生物のみにしようとしますから、つまらないんです。何も変わらない世界なんてどこが面白いのでしょうか」
そう呟いて銀髪メイドは楽しそうに戦いを眺めるのであった。
 




