443話 勾玉教教祖と戦うおっさん少女
空には異形な大きさのカラスが翼をばっさばっさと羽ばたかせて浮いていて、その背中には大柄な老人が立っており、こちらを腕組をしながら睥睨してきていた。
その視線のみで、人を殺せそうな鋭く威圧感溢れる感じを与えていた。視線を向けてくる老人はこちらを睨みながら、再度尋ねてくる。
「そなたたち、いずれも訓練された兵士と見た。しかも尋常ではない力の持ち主らしいな」
「随分来るのが速くないですか? 通信機の類は使えないはずなんですが」
崩壊後は通信機はマテリアル製ではないと使えない。なので、遥が疑問の表情を浮かべて尋ねると、フッと笑って一枚の鳥の形をした紙をみせつけてくる。
「式神というやつだ。通信機代わりに儂らは使っておる」
どうやら、先程倒した修験者たちの一人が式神を飛ばしていたらしい。なるほどねと遥は頷いて、戸隠と名乗った老人へと真剣な表情で聞く。
「その式神パックはどこで売っているんですか? 文房具屋さん?」
コテンと首を傾げて尋ねる、あほの娘である。式神欲しい。美少女巫女戦隊を水無月姉妹と組んでみてもいいかもしれない。
その言葉に拍子抜けした様子で戸隠は呆れたように肩を竦めて答えてきた。一応教えてくれる優しさを持っている模様。
「残念ながらこれは我らの秘術。非売品というやつだな」
「むむ。それなら自分で作るしかないというやつですね」
折り紙って苦手なんだよねと、おっさん少女は困っちゃう。実にどうでも良い。
気を取り直して、戸隠は手品師のように手の中に数枚の紙きれを取り出す。
「とりあえず汝たちを捕縛した後に、話は聞こう」
その言葉と共に、バチバチと式神に力が集まっていくのを遥たちは感じて、身構えて………。いや、式神ってどういうのだろうと、興味津々で眺めていた。
「痺れ鳥乱舞」
5羽のカラスへと手の中の式神は変化して、遥へとその嘴を突き出すように飛んでくる。羽は折り畳まれてミサイルのように撃ち出されたカラスたちは常人では驚くばかりて躱せないに違いない。
だが、天使な美少女はそれぐらいではやられない。素早く右へと身体を投げ出して、その攻撃をぎりぎり躱し、数珠つなぎになった勾玉をつけた右腕を突き出す。
「マジックアロー!」
と、適当な魔法名を叫んでサイキックブリッツ連弾を放つ。その弾丸は透明で空間の歪みでしか、周りからは見えないのでわざわざ白い光の矢へと変えて撃つ。
飛んでくるカラスの群れよりも速い弾丸が迎撃して、パンパンと音がするとカラスは弾けて、ただの紙切れとなりひらひらとその破片が空中に舞う。
「むぅ! やはり神通力を使えるのか!」
驚く戸隠はなにかに気づき、ハッとすると大ガラスから飛び降りて、その巨体に見合わない軽やかな着地をする。
「ケーン」
戸隠が降りた瞬間に、飛び出してきた子狐が大ガラスの喉元に噛みつく。体格を比較するまでもなく子狐では大ガラスにダメージを与えることはできないと思いきや、大ガラスはボフンと煙を生み出すと消えてしまった。
「ケンケン?」
あれれと噛みついた大ガラスが口の中で紙切れとなってしまったので、不思議そうにペッと吐き出して、前脚でカリカリと引っ掻いてじゃれつく。なんだろう、なんで紙になったのと首を傾げるきゅーこ。その姿はたんなるペットの狐にしか見えない、演技上手すぎである。
「ぬぅ、狐が迷いこんだか? まさかかき消されるとは」
チッと舌打ちする戸隠は、すぐにこちらへ向かって新たな式神を放つ。
「神通力土蜘蛛変化!」
放たれた式神は空中でむくむくと大きくなり、トラックのような図体の蜘蛛へと変化をする。脚にはびっしりと針のような繊毛が生えており、その胴体は土色で凶悪そうな口の中に生える牙は小柄な少女なんか簡単に噛みちぎりそうであった。
だが眠そうな目で蜘蛛を平然とした様子で遥は見て、手のひらを向ける。
「神気神風」
ちっこい少女のおててから、キラキラと黄金の粒子が生み出されて旋風となって土蜘蛛へと向かう。そのまま浄化の光が土蜘蛛を覆い消し去ると思いきや
「なぬ? 効き目がない?」
浄化をされずに、ピンピンとした様子で目の前にズズンと降り立つ土蜘蛛を見て、眠そうな目を一ミリぐらい見開きながら、若干棒読みで叫ぶ天使な美少女。
「ふ、やはり破魔の力を使えたか! だが、その土蜘蛛は神通力にて作られし善なる存在。破魔の力は通じぬわ!」
「マジですか、邪悪そうにしか見えませんが。そういえば国津神は皆妖怪でしたっけ」
得意気に戸隠は遥へと土蜘蛛の属性を伝えてくる。キシャアと土蜘蛛が前脚を振り下ろしてくるので、ダッと身体を投げ出してなんとか回避して、コロコロと地面を転がる。
「レキ様!」
慌てたようにその様子を見ていた銀髪メイドが助けに入ろうとするが
「法力不動破魔の剣」
ピシッとサクヤの周りが弾けるように光り不動明王が持つ古めかしい剣が無数に囲んできた。むむっ、とサクヤが動きを止めると、後ろから声がかけられる。
「破魔の剣は悪しきものを倒すこともできるが、普通に物を断ち切ることもできる。動くのはやめておくんじゃな」
するりと後ろから現れたのは、高そうな絢爛な袈裟を着た小柄な老人であった。徳のありそうなにこやかな表情には似合わない鋭い眼光をはなっていた。
破魔の剣はその鋭い刃を光らせて、ピタリとサクヤの肌一枚の距離で止まり、動くことを許さない。
「クッ、まさかこれだけのオカルトパワーを使う人がいるなんて」
グッと口を食いしばり、サクヤは顔だけをその老人へと向けると、老人は肩をすくめて答えてきた。
「そなたがいくら強かろうとも、仏の力には敵わぬということよ。おとなしくあの少女が捕まるのを待っておれ」
「クッ」
とりあえずクッだけ言っておけば良いでしょうと、サクヤは適当に悔しがり、レキの戦いを見守るのであった。とりあえずできることはないので、カメラドローンだけ動かしておく。スカート下からのアングルは絶対に欲しいので。
土蜘蛛がズシンズシンと地面を踏みしめながら、遥へと近づいてくる。コロコロと転がりながら、遥はちっこいおててを土蜘蛛へと向けて、超常の力を放つ。
「マジックアロー」
白い光の矢が手のひらから生み出されて、土蜘蛛へと向かうが、素早くジャンプをして後ろへと土蜘蛛は大きく飛び退る。どうやら高性能AIも搭載されている模様。
キシャアと蜘蛛の口が開いて、蜘蛛糸が吐き出される。粘着力のありそうなその白い糸を見て、遥はうにゅうにゅと強く念じると小さな炎の矢を生み出す。
「ファイアアロー」
数本の炎を纏った矢が蜘蛛糸を迎撃して燃やしていくのを見たあとに、慌てたようにチョロチョロと放置されていた車の影に隠れる子猫みたいな可愛らしい美少女。
「小賢しい子供だ! ならば神通力蛟変化」
またもや数枚の式神を空中へと放り投げると、大量の水が生まれて、その姿を大蛇へと変えていく。
「下手をすれば溺れ死ぬ。後悔する前に降参するが良い」
戸隠が厳しい目つきで降参勧告してくるので、小さい舌をベ〜っと突き出して、断っておく。
「私は大樹のエージェント、最高にして最強なのでお断りしま〜す」
「ならば仕方あるまい。蛟よ、小娘を捉えよ!」
水でできている不思議な生き物の蛟は口をパカリと開けて、ズルリと胴体を引き摺りなら遥へと向かってくる。もちろん、土蜘蛛も同じように攻めてくるので、小柄な少女はテテテと走って間合いをとる。
そうして、超常決戦は続くのであった。
人々が超常決戦を固唾を呑んで見つめる。その先には激しい戦いが繰り広げられていた。初はその様子を不安げに見つめる。
放置された車両の上に土蜘蛛が飛び乗って押し潰す。押し潰された車の陰からてこてこと逃げながら、天使ちゃんが魔法の矢を放つ。
土蜘蛛が躱せないタイミングであったが、その間に蛟が入り込んで受け止めてしまう。多少は胴体が弾けるが、水でできている身体はすぐに元に戻っていく。魔法を放った隙を狙うように土蜘蛛が口から蜘蛛糸を吐き出すが、ていっ、と倒れていた自衛隊員を盾代わりに放り投げて防ぐ。
障害物を使い、逃げながらうまく戦う天使ちゃん、力押しで迫る化物たち。先程から激しい戦いが行われているが、小柄で幼気な少女の方が劣勢なのは初から見ても明らかであった。
「大丈夫かな、お姉様? 天使ちゃん、やられそうだよ」
あわわと慌てながらツグミが言うが、そのとおりだ。負けちゃいそうな天使ちゃん。最高の戦士と聞いてはいたけれども、オカルトパワーが混じるとなると厳しいのだろうか。
でも先生はホイホイとオカルトパワーみたいなのを使っていたんだけれども……?
「あぁっ、危ない!」
ツグミが大声で叫ぶ先には、天使ちゃんが先程他の修験者が使っていた縄に囲まれていた。あの教祖という老人がさらなる術を放ったらしい。
思わず目を瞑ってしまう。天使ちゃんが捕まると私たちも捕まっちゃうし、色々とピンチだ。私たちに彼女を助けるような力はない。……ううん、できることはないかもしれないけれど
「頑張れ、頑張れ天使ちゃん!」
あらん限りの力で声を張り上げて応援をする。負けないでと祈りを込めて。
初の応援する様子を見て、小さく頷くとツグミも大声で応援を始める。周りの友だちたちも頑張れと叫ぶ。
捕まえようとする縄を足場にひょいひょいと躱す天使ちゃんが、応援を耳にしてニコリと笑って立ち止まり手を振ってくる。
「ありがとうございます。ありがとうございます。朝倉レキに清き一票を」
ブンブンと手を振ってアホなことを言い、隙だらけとなる。その隙を見逃すわけのない蛟が食いつこうと天使ちゃんの真上から襲いかかる。
「ギャー! なんでそこでボケちゃうの! 危ないよ、天使ちゃん!」
頬に両手を押し当てて、金切り声のような悲鳴が上げて初たちは叫ぶ。ウニャ? と悲鳴をあげる私たちを見て、その隙に襲われる天使ちゃん。
だが、真上から襲いかかる蛟を見てもいないのに、ぴょんと横にジャンプをして、滝が落ちてくるような蛟の攻撃を回避する。
そうして、天使ちゃんはにこやかに可憐な笑みを浮かべて口を開く。
「そろそろ激戦も終わりにしましょう。続きもありますし」
そう平静と平然とした口ぶりで言って、いつの間にか氷の粒を纏わせた右手で、そっと水の胴体を触る。信じられないことに、触った箇所から凍りつき、あっという間に白い氷の蛇の像へと変わってしまうのであった。
遥は凍りついた蛟を、つんつんとつつく。突つかれたところから、ビシビシとヒビが入り、カシャンと脆いガラスのように砕け散る。
「馬鹿なっ! 蛟が簡単に!」
蛟があっさりと凍らされて、砕けて氷の粒へ変わったのを戸隠は口を馬鹿みたいに開けながら唖然とした。
蛟の形にはしてあるが、あれは大質量の水である。簡単に凍りつかせることなどできないはずであった。なのに、この少女は触れただけで、凍らせるといった信じられない技を披露してきたのだ。
冷ややかな視線にしたいけど、愛らしい視線で遥は見ながら戸隠を見て、氷の粒に覆われた右手を掲げて見せる。
「全ての力を右手に集めれば造作もないことですよ、筋肉お爺さん」
全ての力を右手に集めたとは言ってはいない詐欺師な美少女である。その行動を隙と見た土蜘蛛は高くジャンプして襲いかかってくるが
「アイスチョップ!」
くるりと身体を翻し、土蜘蛛の空からの体当たりを寸前で躱して、その頭に小さなおててでチョップをいれる。ペチンと可愛らしい音がして、土蜘蛛は可愛らしくない威力の氷の力を受けて、ピキピキと凍りついてしまうのであった。
周辺で固唾を呑んで戦いを眺めていた人々は、その光景におぉっと驚きの声をあげる。
「ぬうっ、全ての力を右手に集めるなぞ、常軌を逸している。貴様は命が惜しくないのか」
戸隠は呻きながら遥へと問うてくるので、半身になり拳を引きながら、ふふっと可愛らしい微笑みで返す。
「勝利できるのならば問題はないと思います。貴方とは覚悟が違うのです」
命を賭ける気もなく、イージーモードで戦いたいのだ。筋肉爺さんとは覚悟が違うのだ。おっさん少女は軟弱な覚悟しか持っていないのだ。もちろん内心で思うだけで口にはしないよ。
見た目は幼気な少女のその言葉に気圧されて一歩後退るが、気圧されたことに気づいた戸隠は嘆息をして、腕を持ち上げて身構える。
「その覚悟、見事。仕方あるまい、ならば儂も力を見せよう」
コハァ〜と息を吐き出して、なんだか救世主伝説の敵役みたいだねと、遥が眺めている中で筋肉爺さんの身体が急速に膨張する。
「神降ろし大国主大神!」
着ていた衣が弾け飛び、筋肉が人ではありえないほどに膨張してさらなるムキムキの筋肉爺さんに変身する戸隠。その身体はビシビシと筋が蠢いており
「暑苦しいです。神降ろしなら、回復一択だと思うんですよね。デビルなサマナーでヒロインが神を降ろすのは三択あるんですけど、マグネタイトの消費を抑えるためには回復一択という。あと女神ですし」
夏なのに筋肉ムキムキの姿はちょっと嫌ですと、全然驚かないおっさん少女である。あと、感想が斜めすぎるアホさを見せた。冷静すぎてお爺さんが可哀想に見えちゃうほどだ。だが、戸隠は凄みのある笑みを浮かべて吠える。
「神の力を得たる儂の力を見よ!」
戸隠は爪先をアスファルトに押し付けて踏み込むと、ビシリとヒビが入り人外の力を見せてきた。ダンッ、とアスファルトが超人的な力により割れるのと同時に遥へと向かってきて拳を繰り出す。
「ならば私も必殺技を使いましょう」
遥は人外の力を持つ戸隠の繰り出す連続した拳を躱しながら言う。ビュンビュンと風切り音が少女の目の前でして、繰り出された拳で発生した突風で髪を煽られながら身体を反らし、手のひらで受け流しながら。
「クッ、ちょこまかと」
まるで丸太が回転するような猛撃を繰り返す戸隠であるが、ひょいひょいとその攻撃を一寸の見切りにより遥は躱し、隙アリと軽く胴体へと蹴りを入れて必殺技を使うために間合いをとって、ちっこいおててを突き出して身構える。
「私の拳が真っ青に凍る! お前を倒せと囁き呟く!」
パクリだった。
「爆凍、美少女フィンガー!」
しかもネーミングセンスは相変わらずであった。
しかし、ちょこっとエンチャントアイスがかかっている右手は無駄に蒼く光って辺りを照らす。その光を見て戸隠はその強大さを感じ、思わず呻く。
「なんという物凄い力よ!」
慌てて追撃をしようとしてくるので、真っ青に輝く拳を遥も突き出して、戸隠の繰り出す拳に合わせて
「てい」
そっと戸隠の拳にそえるように手のひらを合わせて、身体を翻して大きく飛び上がる。予想と違い受け流された戸隠は前のめりとなってしまう。
「踵落とし!」
その頭へとカモシカのような脚を振り上げて、戸隠の頭へと振り下ろす。
「ぐはっ」
予想外の攻撃は頭を揺さぶり、戸隠はその巨体を地面に叩きつけられて気絶してしまうのであった。
シュタンと着地して両手を掲げて、遥は叫ぶ。
「10点10点10点! 朝倉選手金メダルです!」
キャッキャッと嬉しそうな無邪気な笑顔で勝利するおっさん少女であった。
「必殺技は〜?」
「え〜、それはないよ〜」
「格好良い技だと思ったのに〜」
外野がなにか不満げな非難をしてくるが、エンチャントアイスを人に向けるのは危険なので仕方ないのです。
「勝てば官軍なのです。というわけで私がビクトリー!」
ブイブイと指をVにして喜ぶ詐欺師な美少女がそこにいた。
それを見ていたサクヤの動きを押し留めていた高僧が唸る。
「戸隠め、戦闘センスがなさすぎるぞ、所詮は力だけを手に入れた成り上がりものか」
「それは貴方も同じなのでは?」
サクヤが冷ややかに高僧へと声をかけて
「破魔の剣とか言いましたか。こんな物では乙女の柔肌は切れませんよ」
ふわりとスカートを翻して回転をすると、サクヤを囲んでいた破魔の剣はガラス細工のようにあっさりと砕けて、粒子へと戻っていく。
「馬鹿なっ! 破魔の剣がこうも簡単に」
「ていっ」
驚愕の表情になる高僧を叩いて気絶をさせたサクヤ。それを眺めていた遥はニコリと可憐な笑みを浮かべる。
「これで大丈夫かな? そろそろナナシの出番だね」
敵のボスっぽい人物は凄くて格好良い美少女が激戦の末、なんとか倒したと思うし、この噂はあっという間に広がるだろうと確信して、おっさん少女は生存者を連れて拠点へと帰るのであった。




