441話 加工品を作るおっさん少女
京都市内、その中でも人気のない地区。瓦礫の山となり、アスファルトもひび割れて、ちょろちょろと鼠が走り抜けていく。廃墟となったビルの陰には人骨が転がり、カラスが空を舞って、不吉な鳴き声を発していて、いつゾンビが侵入するかわからない危険な地域があった。
まぁ、少し前の話なのだけれども。
今は道路にある瓦礫は片付けられて、人骨は墓場に埋められており、割れた窓ガラスや砕けた扉も綺麗に取り除かれて、新しい窓ガラスが嵌め込まれて、ドアは修理されている。そんな拠点としているビル内には数百人の生存者が和気あいあいと仕事をしていた。
そのビルの屋上には一人の子供のような、それでいて魅力ある可愛らしい美少女が立っていた。足元には子狐もちょこんと座っている。美少女は屋上から見える外の様子に呆れた声で狐へと声をかける。
「見てください、きゅーこ。また間抜けな姿になりに兵士が来ましたよ。懲りるという言葉を知らないのかな」
「主上様、人間共の愚かしさは昔より変わりませぬ。化かされていると分かっても自身の力に自信があるものは立ち向かおうとするのです」
ケンケンと楽しそうな様子を見せるきゅーこの様子に、それもそうだね〜と思う。今も兵士たちに守られて、どこかの宗教のお偉いさんなのだろう、高そうな袈裟を着た、ずいぶん歳を重ねた老人がレキの立てた看板の前で手を組んで超常の力を使っていた。
懸命にお経らしき言葉を紡ぎながら、祈っている。その言葉と共に豆電球の光よりも弱々しい光の粒子が漂い、きゅーこの張った結界へと飛んでいく。
「私たちにとっては微々たる力だけど、彼らにとっては縋るに値する力なんだね」
ひょいと、この間回収した修験者の落とし物をアイテムポーチから取り出して、小さい手のひらに転がして眺める。美しい白い勾玉だ、つるつるとした手触りで僅かにライトマテリアルの力を感じ取れる。なるほど、彼らはこの勾玉という媒体を使っての超常の力を使えるのだろうと推測できた。
「ホホホ、妾の力を打ち破れる理はなし。脆弱なる人間では不可能でありんす」
「きゅーこの京都弁はなんとなく適当感溢れるよね」
高笑いをして機嫌が良さそうにしている子狐へと余計な一言を言うおっさん少女である。
むぅ、と子狐はゴロンとお腹を見せてくるので、わぁいと輝くような無邪気な笑顔で、レキはお腹をワシャワシャと触ってしまう。モフモフ最高。
キャッキャッと笑う主上様を眺めて、適当な京都弁であることを誤魔化せたかなときゅーこは撫でられるままに、話を元に戻す。
「さて、それでも力の差は理解できたようですよ、主上様」
「それぐらいはわかるのね。徳の高いお坊さんなのかなぁ」
看板から少し先に入った粒子が泡のように弾けて消えたのを見て、老齢のお坊さんは苦渋の表情をそのしわくちゃな顔に浮かべて、周りへと諦めたように首を振って説明をしているので、耳をそばたててみる。
美少女イヤーは10キロ離れた場所で落ちた針の音も聞こえるのだ。
ちなみにおっさんイヤーだと、自分に都合の悪い内容は聞こえないのだ。
そうして聞いてみると、お坊さんは周りへと肩を落としながら
「駄目じゃな。この力は悪しき力ではなく、ゆえに我が破魔の力である法力は通用せん。いずれ名のある仏の加護による結界じゃ。狐のマークを見たということは稲荷大明神の力を借りているのやもしれぬ」
「馬鹿な! あの狂人がそのような力を持っている筈がないのです! 恐らくは間抜けな修験者から奪い取った勾玉の力を狡猾にも流用しているに決まっています! 仕方ない、我々だけで突撃しますよ、ついてきなさい!」
「反町2佐! これ以上相手に銃や装備を奪われるのはまずいですよ。他の対抗方法を考えてから……」
反町と呼ばれた見覚えのある陰険メガネが怒鳴り散らし、部下が止めるのも聞かずに、一人でウォ〜ッと叫んで結界内に突撃してきた。
「ありゃ、あの人は懲りないですね。ローグ系のゲームをしてはいけないタイプです。きっといつまでもクリア出来ない感じがします」
アホな反町を見て呆れて苦笑しちゃう。レキにしてはゲームに詳しすぎるので、遥へと戻そう。
反町はウォ〜、と雄叫びをあげながら結界に入っていき、呆れた様子で、部下たちはその後に続くことなく見送っていた。人望なさすぎな陰険メガネである。
少し中に入り、反町は瞼が閉じ始めて立ち止まってしまう。そのまま銃を捨てて、服を脱いで下着姿になると、フラフラと出口まで戻っていき、待機していた兵士たちの前で、私は光の戦士、クリスタルに選ばれし反町と寝言を言いながら、ゴロンと寝てしまうのであった。まったく懲りない男すぎる。何度化かされれば気が済むのであろうか。
それを見て、顔に手をあてて疲れたようにため息を吐きながら、天を仰ぐ部下たち。
脱ぎ捨てられた銃や服は近くのビルから釣り糸が飛んできて、器用に釣って確保してしまう。
「汚い服フィッシュ!」
楽しそうに叫ぶ聞き覚えのある声が耳に入るが、とりあえずスルー。そのまま反町をため息を吐きながら回収している兵士たちへと、もう一度視線を向けるとお坊さんが指示を周りに出していた。
「残念じゃが、相手の縄張りでは勝ち目がない。だが、少女たちが大樹とやらに勧誘しに市内へと出てくるときがあると言う話。それならば待ち伏せにして捕縛できるやもしれん。準備をせよ」
「はっ! それならば来そうな場所に修験者を伏せておきましょう。少女たちなれば確保はできるはずです」
「うむ……。不安ではあるが、試すしかあるまい。気を抜くなよ」
修験者たちはお坊さんの指示の元、立ち去っていく。待ち伏せをするつもりなのは明らかだ。というか、丸聞こえであるからして。
「まさか遠く離れた場所で話を聞いているとは思わないんだろうね」
「それならば、主上様。外でも彼奴らめを化かしますか?」
きゅーこの楽しそうな言葉に多少心が揺れるが、やめておく。それよりも、だ。この勢いで生存者の確保を増やしていけば、そろそろ大規模な締め付けを相手がしてきてもおかしくない。
本当に恐れるべきは内部の混乱だと理解しているはずだ。映画や漫画でもよく見た光景だし。このままだと内部分裂するのは間違いないのだからして。
「少し戦ってから、お話と言ったところかな。その場合はおっさんぼでぃに戻らないとなぁ」
腕組みをして考え込む。日本はもう邪魔なのだ。取引をするつもりもない。これがコミュニティならば放置していても良かった。交易をしようねと握手をすれば良いかもしれない。
でもねぇ、日本を名乗られては困るのです。私たちの領土だよとアピールして、大樹傘下の人たちを煽られると、極めて厄介なのです。内乱とか勘弁してほしい。滅亡したということを理解させねばなるまい。
「そうなると、おっさんの出番かぁ。ナナシさんにお任せという感じかな」
「主上様は妾が護衛しますゆえ、ご安心下さい」
きゅーこが足元で守りますと、ぴょんぴょん飛び跳ねて前脚をひっかけてくるので、頭をナデナデしちゃう。可愛すぎるでしょ。そのまま抱きかかえてビル内へと戻る。その光景はぬいぐるみを持って歩く可愛らしい幼女にしか見えない。
「なんかね、嫌な予感がするんだよ。物凄い嫌な予感がするんだよ」
大事なことなので二回言いましたと口にして、屋上から出て、階段を降りていく。フラグを建てている感じがするんだよなぁ。特におっさんぼでぃで出歩くなんて危険しかない予感がするし。
「でも、修験者とは一度も戦っていないんだよね。力を見せてから友好的な解決策を話し合うという、孔明も真っ青な作戦が必要だと思うんだけど」
人はそれを脅迫とか、砲艦外交とか呼ぶのだが美少女外交という名前を脳内で名付けるおっさん少女である。
「ご主人様、私が釣果をあげているんですから、褒めに来てくださいよ。暑い中でいつ来るかと待っていたんですから」
ブーブーと頬を膨らませて、文句を言うサクヤが銃や服を抱えて階段下から登って来たので、ベーっと小さな舌を出してあげた。そんな姿も愛らしい悪戯好きな美少女。
「くっ、その姿だけでご褒美です。ありがとうございました、ご主人様!」
さらなる新たな扉を開くサクヤをスルーして、階段を降りていくと、皆がボウルに入れたなにかを捏ねている光景が目に入る。
おっさん少女がサクヤとじゃれながら入っていくと、広い厨房に改造された部屋に大勢の人がいて、忙しく働いているのだ。
おっさん少女に気づいた少女が手を振ってくるので、ニコリと誰もが見惚れる微笑みで返す。その微笑みで照れたのか少女は俯けになり仕事へと集中をする。と見せかけて、遥は騙されない。
「あ、俯けになった人の中でつまみ食いをしている人を発見! ていっ」
テテテとボウルに入れたものを捏ねている人の中へと突撃して、俯けになっている少女、元気娘の脇腹をつんつんとつつく。きゃあと叫んで、身体をくねくねとさせて、くすぐったいよと、遥の指から逃れようとして
「きゃー、バレちゃった! ごめんごめん。だって美味しそうだったから、つい、ね?」
テヘ、と舌を出して謝ってくるツグミ、口の周りにはあんこがついていた。遥は腰に手をあてて注意をする。
「だめですよ、これは商品なんです。おやつは三時に出るでしょう? 商品を食べた分はバイト代から引きますからね」
私は鬼になる。美少女相手でも鬼になるのだと、仕事でつまみ食いは本来はクビだよと、プンプンと怒るが、見かけが子供なので可愛らしいだけであったりした。
それでもツグミは頭を下げて、反省しながら尋ねてくる。
「はぁい、ごめんなさい。でも、この雪砂糖って不思議だよね。本当に雪の冷たさを持つ砂糖なんだもん! これって、いったい何でできているの?」
あんこに混ぜている砂糖を手に持って見せてくる。その砂糖はまるで雪のようなふんわりとした見かけで、ひんやりと冷気を放っていた。
「それは大樹で育成しているスノーキビから採れた物ですね。食べ物に混ぜると、物理的に冷たくなるという。食べたらお腹が冷えちゃうと思いきや喉を通ると普通の温度に戻る不思議な砂糖です」
作物レベル1のアイテムなんだよと、遥は得意気にニコリと微笑んだ。新しく作った作物が続々と収穫できているが、その中でも面白い作物だ。無論料理スキルで加工はしたが。
「夏のお菓子にぴったりだね〜。これを大量に作って大樹の街に卸すと言われた時にはびっくりしたけど、だからこそ外に復興している街があるって信用できたよ〜」
初がニコニコと笑顔で雪あんこを作っている。それを大樹特製バイオパックに詰める人や、ラベルを貼る人が同意する。他にも色々な加工品を作っている。雪ホイップクリームやスノーホットケーキミックス、雪豆腐と面白い食べ物がいっぱいだ。
「本当だねぇ、働かざる者食うべからずとは言うけれども、こうして加工品を作っていると、消費する余裕のある人たちがいるんだって安心しちゃうよ」
「俺は信じていたぜ、最初からな」
「何言ってんだい、あんたは疑っていたじゃないか」
「あとは白い壁が無くなるのを待つだけか」
「レキちゃんを食べたい……」
最後の発言者にはサクヤがドロップキックを放って、私がレキ様を食べるんです、あ、もちろん性的な意味で。と変態発言をして怒っていたので、発言者共々す巻きにして部屋の隅へと放り投げておく。
「300人近くの人たちを、ただ食べさせるだけというのは許されないと思うんです。怠けグセがついたら困りますしね」
遥がニコリと告げると、仕事をさせられたというのに、周りは安心したような弛緩した空気になる。
保護してくれるとは言え、大樹なんて見たことも聞いたこともない国の国民になるなんて、人々にとっては正直空手形であり、不安であったのだろう。そんな生存者たちに天使みたいな可愛らしい美少女は仕事を依頼してきた。
仕事ができたので安心したのだ。しかもどんどんと素材は補給されて、加工品はどこかに送られる。ちゃんと大樹という国があるのだと確信できたのだ。SFの中にしかなさそうな、テレポートポータルも見ており、あとは壁がなくなるだけだと理解している。
まぁ、おっさん的には、ただご飯を配るだけでは人間簡単にだめになるので仕事を与えました。すでに駄目になっているおっさんが言うので説得力は抜群だ。
食っちゃ寝は許さないのだ。許されるのは某おっさんだけなのだと、自分のことは荷物でいっぱいの心の棚に置いておいて、加工品を作るようにお願いしたのだ。
とは言っても完成品は加工品と言っても、食材として使われる物ばかり。当たり前だが、これを大量に捌く先は若木シティである。パンとか完成品は若木シティのお店の迷惑になるので、食材として使用される加工品のみだ。
真夏の暑さの中で、バカ売れらしい。氷のような冷たさを持つ食材ときて、不思議で美味しいと人々は魅了された。まぁ、300人と言っても子供は遊んでいるし、パックに詰める係、ラベルを貼る係、ダンボール箱に入れる係と色々分担されているので、作られる量はそこまで多くない。
卸した先から完売になるので、委託販売している褐色少女からはもっと増産して欲しいとも要望がある。
しかして、これはとりあえずの暫定処理。結界を破れば一般の仕事をやってもらうのだから、そんなに増産はできないのだけれども。
「ですが、この仕事でお給料も手に入って、生存者たちも喜んでいますし、問題はないですね」
いつの間にかす巻きから抜け出していたサクヤが言うのを聞いて、そうだねと満足そうにコクリと頷き返す。
「たしかにね。この拠点もだいぶ人が増えたし、仕事を探すのが大変だったけれども、ウィンウィンの関係になれたと思うよ」
それでね。とおっさん少女は悪戯を考えついたと面白そうだねと微笑みを浮かべて告げる。
「街中で大乱闘の予定なんだけれども大丈夫かなぁ?」
「あぁ、修験者と戦う予定ですか。そうですね、私のほっぺにチュウと」
サクヤがいつもの如く混乱しはじめたのでスルー。だんだんスルーするのが上手くなってきたおっさん少女である。
「主上様なれば相手は傷つけることも能わず。危険そうな敵は私が相手をしますのでお任せくださいまし」
えへんと得意気なきゅーこが、尻尾をフリフリさせる。ぎゅうぎゅうと、そんな可愛らしいペットを抱きしめながら遥は思う。
「そうだね、へんてこな力を使われたら実力で排除すればいっか。いつもの綿密な作戦通りでいこうか」
と、いつも通りな脳筋作戦開始である。まぁ、人間ならばミュータントと違い楽勝な感じかな。それでも修験者がどのような力を持っているかはわからない。足元を掬われないようにしないとね。
おっさんならば、コロコロと簡単に掬われてしまうのだが、レキならば大丈夫だろう。
「さて、皆さん。今日もいつもどおりに勧誘にでかけましょう。準備は大丈夫ですか」
「あ、すぐに用意をするね〜。少し待って〜」
ワイワイと天使隊が勧誘の制服に着替えないとと慌てる様子を微笑みながら遥は修験者たちは強いのかなぁと、まだ見ぬ敵へと思いを馳せるのであった。
人間なので、そんなに強くはないはずだが、なぜだか心が踊ってしまう。
きっと武者震いだねと、おっさん少女は思う。
ニマニマと笑うその可愛らしい顔が、楽しそうだし、目立てて嬉しいと言っていたが、サクヤもノリノリなので最凶の二人が遊ぶつもりなのは明らかであった。




