439話 修験者たちとキツネの絵
真夏の暑い日差しの中で、てこてこと廃墟の合間を歩く天使隊。暑いので麦わら帽子を被って、涼しそうなワンピース姿でひらひらとスカートを翻しながら歩いていく。
廃墟ビルに住む人々はその様子を割れた窓から覗き見て、この崩壊した世界には似合わない笑顔の少女たちに戸惑うのであった。
廃墟ビルの合間、陰が陽射しを遮り、真夏の中でもマシな場所で天使隊は足を止める。
レキはピコピコと背中のちっちゃな羽を震わせて、周りの少女たちへと楽しそうな満面の笑顔で声をかけて
「ここなら大丈夫です。自衛隊員も修験者もいないので問題はないでしょう。皆さん、勧誘を始めましょうか」
と、その言葉に頷いて、気合を入れる少女たち。この娘の調査済みと言う言葉は正確極まりない。せーのっ、と声を合わせて笑みを浮かべて口を開く。
「大樹のアンケート調査で〜す。今ならアンケートのお礼としておにぎりを一つプレゼントしま〜す」
キャイキャイと可愛らしい声音での叫び。勧誘するのに少女たちを使う怪しさを見せる。可愛らしい女性たちを使うのは悪徳商法に良く見る光景であり、崩壊前ならば天使の羽をピコピコさせながら声を張り上げる姿はスマフォなどで写真撮影をされるだけで人々は近寄っては来ないはずだ。
崩壊後だって怪しすぎるのは変わらない。皆はその声を放置して、興味なく畑の世話でもしに行くか、それとも自衛隊員に通報しようじゃないかと行動をとる。
今までは。
だが、この数日で状況は変わっていた。その声を聞いた途端にビルから飛び出してくる人々。男が少ないのは畑に行っているのだろう、女子供が中心であった。
「待っていたよ! おにぎりおくれ!」
「喜んでアンケートを受けるよ!」
「早く楽園へと連れて行ってくれ!」
きゃぁ、と少女たちは集まってくる人々を見て驚く。ちょっと予想外の光景であったので。
集団が少女たちを押しつつもうとする中で、レキはスイッと軽やかな足取りでその間に入り込み、舞うように軽く集まった人々を押すと、その脆弱そうな紅葉のようなちっこいおててに触れられた人々は不思議なことにふわりと身体が浮いて、少女たちから離された。
人間が束になっても敵わない凄腕の持ち主、朝倉レキはフンフンと今行った行動に、私はかっこいいねと、今のはかっこよかったよねと、相変わらずの斜め上の思考をしながら、まぁまぁと人々を抑える。レキだと可哀想なので遥にしておこう。
「落ち着いてください。大樹行きのパスはまだまだあるので。そこのダメーテが配ってくれるので」
ビシッと指を指す先には汗だくとなりながら、黒い毛皮の帽子と毛皮を着込んだメイドが立っていた。この真夏の中で。
「ダメーテは酷いです! この服装も暑いです。なんで真夏でこんな毛皮のもふもふのコートを着ないといけないんですか!」
黒い毛皮の帽子にコートを羽織ったサクヤが文句を言うが、明らかにフリである。既に着込んでいるし。というか、本当は暑くないでしょ? 演技が上手すぎる銀髪メイドだ。
続けて続けてと手をひらひらとさせて、ニコリと微笑むと仕方ないですねと答えながら、ニマニマと嬉しそうに口元を笑みへと変えて立ち直る銀髪メイド。言葉と態度が合っていないサクヤである。
「仕方ないですね。大樹行きのパスが欲しいですか? 機会が欲しいですか?」
フフフと謎めいた微笑で、なぜか手をぐにゃぐにゃと掲げたり下ろしたりしながらモデル立ちをしてサクヤが人々へと言う。サクヤの中では、ドドドドドとかBGMが流れているに違いない。
「凄い! よくそこまでパロったね。さすがダメイド。いや、ダメーテだったっけ?」
感心して、紅葉のようなちっこいおててでパチパチと拍手をしちゃう。そのアホな二人の姿に周りの人々もこのお笑い芸人さんたちは息が合って面白いねと拍手をしだすのであった。
しばらくしてから、数十人の人々を集め終えた遥たちはてこてこと、拠点へと連れて帰る。
ついてくるフリをして、こっそりと集団から離れる男がいたが、フフッと微かに笑って気にはしなかった。
聖都自衛隊兵舎は騒然としていた。今さっき大樹を名乗る集団が来たと密告者が現れたために隊を編成して、指名手配の男を捕まえるべく忙しなく武装を整えていた。
「さっさと準備を整えなさい! この間の借りを返すためにもね!」
キーキーとうるさく喚くのは反町2佐であった。小銃を肩にかけて、防弾チョッキをこの暑い中で着込んで万端の準備をして怒鳴り散らしていた。
この間の狂人にあっさりと負けた屈辱を返すべく気合いを入れていたが、周りはうんざりとしている。敗けた日から周りへと怒鳴り散らして迷惑をしていたのだから当たり前である。
「随分と気合いを入れている様子だが、大丈夫なのか?」
兵士の中に異色ともいえる人間。修験者の格好をしている男が心配そうに周りへと尋ねるが、肩をすくめて口を曲げて返すのみ。
「たしか体術も達人との話だが、なに私たちに任せておくがよい。神通力で拘束すれば良い」
自信満々の表情での修験者の言葉に反町は忌々しそうに腕を組む。
「怪しげな力も結構ですが、銃には負けますよね? 相手はゾンビなどと違い知性があり銃を持っています。せいぜい撃たれて死なないように気をつけてください」
「その小銃はあとどれだけ弾丸があるのだ? 我らの力は無限なり。弾丸がない小銃など鉄パイプに劣る」
厳かなる雰囲気を漂わせて修験者が胸を張りながら告げる。自らの神通力に自信を持っているその姿は神秘的な者にも見えた。
「それは弾丸が無くなったあとに考えましょう。そら、準備はできましたか?」
話を反らすように反町は怒鳴り、編成が終わった隊と修験者たちを率いて、密告された場所に向かい勢い込んで出撃を開始するのであった。
やっぱり不幸なことに。
バタバタと足音荒く、荒れ果てた廃墟の中を走り目的地へと向かう反町隊。その姿を何事が起きたのかと顔を見合わせて、住人たちが噂をしているが気にもせずに。
そうしてしばらく真夏の暑い最中を駆けて、ただでさえ重装備で来たので、汗だくで息を切らしながら
「こ、ここが? な、舐めていますね、ぜーっぜーっ」
汗が目に入るので手で懸命に拭きながら、目の前の状況に怒りを隠せない反町。
なぜならば、目的地手前には木でできた看板が地面に刺さっていた。その看板には「ここからはたいじゅのりょーどになりました。きょかされていないひとはたちいりきんしです。はいったらおしおきです」と子供の落書きのような字で書いてあった。
「こんなにわかりやすい看板があるのに、誰も気づかなかったのですか! 調査隊は節穴にも程があるでしょう! まったく使えない奴らだ、行きますよ!」
先頭に立って、反町は再び走り出す。看板の警告はもちろん気にしなかった。
崩れたビルや燃え尽きた家屋、そのような同じような光景の廃墟がしばらく続く中で部下の一人が声をあげる。
「反町2佐、あのビルを見てください」
「ん? 落書きですか。それが何か?」
「どうも同じような景色が続きますので、不思議に思っていたのですが、あの落書きを先程も見たような感じがしまして」
不思議そうな表情の部下の指す先にはビルの壁面にキツネのマークが大きく描かれていた。デフォルメされた可愛らしい落書きである。ビルの壁いっぱいに描かれているので、描くのは大変だったろうとは思うがそれだけだ。
「気にすることはないでしょう。さっさと行きますよ!」
馬鹿なことを口にする部下を叱って、再び走り始める反町隊。
……だが、しばらく走っても誰にもすれ違うことはなく、目的地の敵の本部にも辿り着けない。
「道を間違えたのですか? まったく本当に使えない!」
地図を取り出して部下が確かめているのを見て、地面をタンタンと苛立たしく踏みながら怒鳴る。
「あの………反町2佐。あれを見てください……」
「ああっ? なにがあると言うので………! き、キツネのマーク?」
先程見たキツネのマークがビルの壁に描かれているのを見て驚く。どうも先程見たビルのような感じがする。ということは……。
「道を間違えたのですか! 馬鹿者が!」
「そんな馬鹿な。間違えていても、同じ場所には戻りませんよ! これでも訓練で鍛えているですから」
さすがにその言葉に耐えかねたのか、部下が反論する。
「チッ! 今度は全員で注意をしながら行きますよ。周辺の様子を見て、住所の標識は見逃さないようにします!」
再度、目的地まで走り出す。今度は標識を見逃さずに注意をしながら。
……しかし……。
「馬鹿な……。また道を間違えた? そ、そんなはずは」
額から滝のように流れる汗をそのままに、反町はビルを眺めて呟く。なぜならば、またもやキツネのマークのビルまで戻ってきたからであった。
真夏の日差しを受けて暑いはずなのに、背筋がゾッとする。なにかがおかしい。だが、今度は注意をして道を進んだのだ、少なくとも戻るのはあり得ない。
と、すると同じようなビルにキツネのマークが描かれているだけ。
「そうだ、そうに違いない。私たちを混乱させるために同じマークをたくさん書いているんです。中国のなんとかって戦国史で読んだことがあります。惑わされないように」
「いや、惑わされているな。あのようなビルに同じような光景。山中ではないのだ、街でそのようなことはあるまい」
反町の言葉に被せて修験者が顎に手をあてて告げてくる。考え込むように辺りを見ながら周りへと説明する修験者。
「どうやら信じられないことだが、人避けの術を使われている。我々以外にも神通力を使える者がいるとは予想外だが……。街の者が持つ勾玉の力を使ったのか? しかし、あれは信仰心を集めるだけの劣化品なのだが……」
「考え込むのはあとでにしてください。オカルトめいた話ならば貴方たちの専門でしょう? 破ることはできるのですか?」
人避けの術など疑わしい。本当にあるのかと疑うがとりあえずは打開策を試すだけでも良いと反町が尋ねると、修験者は口に指を含んで、ツバをつけると眉へと擦りつけて見せた。
「古来よりの惑わしを打ち破る法。すなわち眉唾物だ、これを試してみよう」
「チッ、お伽噺ですか。……だが良いでしょう。皆さん聞きましたか? 眉にツバをつけて進みます。………まったくあとで顔を洗わないと」
ブツクサと言いながらも眉にツバをつけてから、再び歩き始める。そろそろ暑さで限界だ、街の中なので水筒などは持ってきてはいなかったのも痛い。誰が街中で水を手に入れられない状況になると思うのか。
ガチャガチャと肩に食い込んで重たい小銃の感触と、真夏の日差しで朦朧としてきた中で、ようやく景色が変わってくる。
先程までは見られなかった畑がチラホラと見えてきて、廃墟の中にも長閑な光景が広がってきたので、皆は安堵の息を吐く。
「フッ、所詮素人の術。我らの敵ではないわ」
得意げに胸を張り修験者がワハハと高笑いして調子に乗っていたが、反町だって子供の頃にお伽噺は散々聞いてきた。少し考えればわかることだと歯軋りをする。
「ここまでくれば大丈夫ですかね。しかし少し休憩をしましょうか。水を飲まないと熱中症になるでしょうし」
次からは対応策として訓練マニュアルに乗せれば良い。迷子になった時の方法の一つに眉にツバをつけると良い……なんとなく眉唾ものだと言われそうな予感はするが。
「反町2佐、あそこに民家がありますよ。井戸も備え付けのがあるみたいです」
部下の言葉に、視線を向けると古びた家屋があり、猫の額ほどの小さな庭には井戸が備わっていた。井戸の側には腰の曲がった人の良さそうな老婆が立っており、今どき珍しい滑車タイプの井戸を縄を引っ張って桶から水を汲み出していた。
「おい、そこのお前! 私たちは聖都防衛隊である。緊急時ゆえその井戸の水を徴発する!」
反町が権力にかさをきた言い回しで、威圧的に偉そうに目上からの物言いをする。その命令のような要請に部下たちが顔を顰めるが、気にはしなかった。
「はいはい。お前さん方は兵士ですか。どうぞどうぞ」
物分りよく井戸から離れる老婆を尻目に、喉が乾ききっている反町たちは、ガラガラと縄を引っ張って桶から水を汲んで口に含む。
「ブハァッ、生き返りますね」
冷たい水が喉を通り、身体が冷やされてスッキリする。本当は冷たい水は体に悪いらしいが知ったことかと、皆は思い思いに飲んでいった。
老婆はその様子をニコニコと見ていながら、尋ねてくる。
「お前さん方はこんな町外れになんのようさね? ここにはなにもないと思ったんだがね」
「あぁ、我々は凶悪な犯罪者が潜む拠点へと向かうところだ。貴様はこの先に何があるか知らないか?」
「あんれまぁ、そんな恐ろしい犯罪者がいるんだべか。……そういえば、この先に大きい不吉そうな黒い城が建っているべさ」
「それだ! そこに奴は潜伏しているに違いない。休憩後に突入しますよ、皆さん!」
遂にやつも年貢の納めどきだ。この間の屈辱を返してやると薄笑いをして、反町は休憩後に移動を始める。老婆はニコニコと手を振って見送ってくれたが、どうでも良いことだ。
進むごとに空は黒く曇り、稲光りがしてくる。注意して進むと、目の前に巨大な黒い城が雷を背景に不吉そうな空気を撒き散らして建っていた。
「反町2佐、あれを見てください!」
「むむっ! モンスター! やはり奴は魔王であったか!」
コウモリの羽根を生やしたどら焼きや、王冠を被った巨大なプリン。様々なモンスターが城から現れてこちらに向かってきたのだ。しかし、反町は得意満面にいつの間にか手に入れた聖剣竹箒を掲げて周りへと鼓舞する。
「この聖剣と勇者反町がいれば安心安全だ! 私に続きなさい!」
うぉ〜っと、皆で雄叫びをあげながら突入を開始する。向かってくるどら焼きやプリンを食べながら、たまに辛いせんべえがいると口直しとばかりに食いつく。こちらの攻撃に敵はタジタジとなり、逃げ始める。
「魔王はどこだ〜!」
聖剣竹箒を振り回し、敵をなぎ倒しながら、調子に乗った反町は厨房と扉に描かれた部屋へと突撃する。予想通り、あの狂人が次々と化物を作っている姿が目に入るので、高笑いをしながら告げる。
「私こそは勇者反町! 悪の根源の魔王め。今こそ年貢の納めどきだ!」
「よくぞ来た勇者よ! 我こそは魔王パティシエ〜、貴様らもモンスターに変えてくれるわ!」
そうして、激闘が始まった。反町はピンチに覚醒して髪が金色になる。修験者はミンナでカミナリと言う新魔法を使う。そのはげしい戦いはお腹いっぱいになり、倒れていく仲間の屍を踏みながらも続いた。
しかし、反町の最後の奥義、オバンですよスラッシュでようやく魔王を打ち倒すのであった。
「やった! やったぞ! これで世界に平和が訪れる」
バンザ〜イ、バンザ〜イと皆の祝福の声がこだまとなって、反町たちを讃える。反町たちは胸を張って王城へと帰還をするのであった………。
人々は戸惑った様子で、道端に寝ている男たちを眺めていた。
「なんでこいつら、こんなところで寝ているんだ?」
「さあ……暑さでおかしくなったんじゃないか?」
「パンイチだしな……」
「いやねぇ〜、男って……」
ヒソヒソと話す人々の前、ビルの陰にパンツ一枚で寝ているのは反町たちであった。むさ苦しい男たちはニヤニヤと笑いながら時折高笑いをして、ぐっすりと寝ていた。
「フハハハ、遂に私の時代が……」
ムニャムニャと竹箒を抱きまくらのように抱えながら気持ち良さそうに反町は寝ていた。
反町たちが起こされるのはしばらくしたあとである。屈辱と恥辱でその後しばらくは家から出てこなくなったそうな。
どこかで楽しそうな狐の鳴き声が聞こえてきて、それ以降は看板の先に進むことを躊躇うように兵士はなったのだとか。
どんとはらい。




