43話 哀戦士と戦うおっさん少女
運転する人ももういないであろう放置された車が随所に見える。太い柱が何本も地下を支えるために聳え立っており、地面には死んだグールが血だまりを作り倒れ伏している。暗闇が広がり見える範囲は一筋の光明に見える懐中電灯の光のみである。その広い地下駐車場に立つ少女と美女の前に、奥からドスドスと周りの静寂を破るように音を立てながら異形が姿を見せた。
「ボスですね」
遥がその姿を見ながら感想を言う。
「そうね。ここの主ね」
遥の横にいる静香も頷いて同意する。
異形は、異世界絡みの漫画や小説では必ず一度は見たことがある姿をしていた。
4、5メートルはある大型の蜘蛛であった。足にはびっしりと繊毛が生えており、その繊毛も針みたいで痛そうだ。足も金属のような光沢をもっている。人間が蜘蛛から生えているように上半身をさらしている。アスファルトを重量のありそうな足音を立てながら、こちらに近づいてきている。
強敵ですとアピールしている、アラクネである。強そうではある。その不気味で威圧感溢れる異形の姿を見ただけで、戦えば強敵であろうと予想できる。
しかし、遥は別の感想を言った。
「なんで、上半身は美女ではなく、疲れたサラリーマンなんでしょうか?」
ちょっと、いや、かなりがっかりである。アラクネと言ったら上半身は裸の美女でしょう。女神が転生するゲームでもそうだった。遥がひいきしたいと思っていたが、微妙な性能なので使えなかったモンスターである。使えないモンスターであれば、優先的にリリスをひいきする。美女か美少女の上半身で良いじゃないか。何故、女性の上半身でないのだ。胸を髪の毛で隠している風な感じでも良かったのに。
しかし、疲れたサラリーマンである。ガリガリの骨を思わせる痩せた姿に、ボロボロで今にも破れてなくなりそうなスーツと、ところどころに黄色と血だろう赤が染みているYシャツ。そして汚れて以前はどういう柄かもわからないネクタイをつけている。元はグールなのだろう、ぎょろ目に口は鋸のようにギザギザの牙がびっしりと生えている。
「そうね。ここの会社には美女がいなかったのではないかしら」
またもや、気の利いた返しをしてくる女武器商人である。ぐぬぬぬ、私も私も、今度こそ気の利いた返しをしなければと焦るおっさん少女。
そんなあほなことを遥が考えている間に、敵は行動に移った。
「サービスーー!」
叫ぶミュータント。
「ざぁんぎょぉぉぉう! しょうとぉぉしろぉぉ」
もう、なんでこのサラリーマンが発電機を守っていたかわかってしまった遥である。きっとサービス残業で苦労していたのだろう。電気を消灯して帰宅したかったのであろう。なので電気を復活させたくなかったのであろう。その気持ちは凄いわかるよ。サービス残業は禁止だから。残業するなら定時で退社時間を打刻してから、残業してねと上司に言われてサービスとはいったい何なのか永遠の命題をサラリーマンは教え込まれるのだ。悲しき哀戦士であった。
「ご主人様、敵の名前はオスクネーにしました!」
サクヤのネーミングセンス再び復活である。雄だからオスクネーかよ。おやじギャグかよと思ったおっさん少女。自分も同じネーミングを頭で考えていた、なかなか気の利いたネーミングだと思っていたが、実際に他人から聞くとしょうもないネーミングである。なので、それは言わなかった。
「さぁぁびぃぃす」
一段と大きな声で叫ぶオスクネー。その叫びは地下駐車場内を響き渡り、放置されている車の窓ガラスはビリビリと震えている。
しょうもないなぁと遥は思ったが、実際にその叫びは超常的な力を持っていたのだろう。高性能なレキぼでぃには効かなかったが、ガクリと横の静香が膝をついた。
「静香さん!」
慌てる遥であったが、オスクネーは続いて攻撃をしかけてきた。
オスクネーの眼前が揺らぐと白い塊が二つ現れる。ヒュゴッと風をきる音が聞こえたと思うとすごい速さで、遥と静香にぶつけようと撃ちだしてきたのだ。
その攻撃をみて、すぐさま回避行動に移るレキぼでぃである。アスファルトをトンッと軽く足で蹴り、数メートル横に軽く回避である。素晴らしいチートで可愛いレキぼでぃであった。
しかして、その攻撃は静香は回避できなかった。ビチャッと首だけ残して白い塊に包まれる女武器商人。
「くっ」と唸りながら、バタバタと体を揺らして静香はその塊から逃れようとするが、粘着質の塊なのだろう。少しぐにゃっとなっただけで、脱出できない。よくある拘束系らしい。蜘蛛が元なので、たぶんあれは糸の塊なのだろうと遥はそれを見て考える。そして、この人は銃の力はすごいが、身体能力はそれほどないとも分析する。
「静香さん、オスクネーを倒した後に助けます!」
薄情な遥である。ここで静香を防衛しながら助けるなど無理なのだ。守りながらだと難しそうである。ゲームでは、守るべき護衛はHPが1でも残っていればいいでしょ。耐えてね派のおっさん少女である。
回避した遥を確認して、続けてオスクネーはまたもや眼前の空間を歪ませる。今度は2つではない。大量にある。
ビュビュッと連続で飛んでくる塊。スタンスタンと踊るように横回転、後転と体を動かしながら回避するレキぼでぃ。白い塊は美少女にはNGよと避けまくる。おっさんなら最初の横回転で腰を壊している。ぎっくり腰で有給確実だ。上司にいい歳してなにやってるのと怒られるパターンである。
だが、若くて高スペックなレキぼでぃには、余裕の行動である。飛んでくる弾丸を尻目に放置された車の陰にズサッと滑るようにスライディングして見事全弾回避をしてみせた。
すかさず、車の陰から短銃を連射連射である。パパパパと全弾発射で撃破するつもりである。スナイパーライフルを出す気はない。まだ、短銃の弾丸は大量にあるのだからと、ここでもけちる有能なおっさんの性格である。
短銃から撃ちだされた弾丸は、オスクネーの頭を砕かんと猛烈な勢いで飛んでいくが予想外の事が起きた。
グールと同じく空間に障壁を発生させて防御すると思っていたのだ。それならば連射で砕けるだろう。撃破してゲームクリアであると思っていたのだ。しかし、オスクネーは盾を作るように上半身を覆うほど大きな白い盾を作り出した。
弾丸はめり込むが貫通することは無かった。全弾めり込むのみである。どうやら衝撃緩和の弾力もあるらしい。糸で作るとは万能性が高すぎる。畜生。盾持ちかよ! と歯嚙みする遥。歯嚙みする姿も可愛いレキぼでぃ。もちろん今のも撮影だとカメラドローンは動いている。
ジュジュッと音が、オスクネーとは別の方向でする。素早く遥が見てみると拘束されていた静香が覆っていた白い塊を溶かしているところだった。
ズルッと塊が溶け崩れて、静香が外に這い出てくる。その手にはグレネードランチャーを持っていた。
「硫酸弾よ」
グレネードランチャーをいつの間に持っていたのだろうか? 持ち手を振りつつ、レキぼでぃへと声をかけてくる。
硫酸弾なら、静香もただでは済まないはずである。何しろ塊が溶ける勢いなのだ。その硫酸は静香も溶かすのではないだろうか? だが、硫酸がついた服は、溶ける様子もなくそのまま存在していた。
「フレンドリファイア無効なの。無限リロードなしは無理だったんだけどね」
静香の答えにそうですよね。フレンドリファイア無効は素晴らしい仕様ですよね。といつも味方に誤射してしまうおっさんは納得する。もうゲーム仕様の武器でもツッコミなんてしてられない。
単発のグレネードランチャーらしいリロードをすぐさま終えて、カポンと何か空気の抜ける音がして、そのままオスクネーに硫酸弾を撃ち込む静香。
バシャンと盾にぶつかり、溶かしていくが、うぉぉと叫び声がして溶ける盾の後ろから新たなる盾が生まれてくる。
「どうやら銃撃無効の敵らしいわね。私は援護に徹するわ」
ひょいと肩をすくめて、静香は後方の暗闇へと消えていく。懐中電灯の光が追随して遠くのバンであろう車の陰に消えていく。
銃撃無効は嫌いだよね。私はいつも力にステータスを振らないので固定ダメージの銃がメイン武器だったのですと、今日は女神が転生するゲームを何度も思い出す遥。破魔とか即死系が弱点だと嬉しいと思うがそもそも破魔系の力なんてもっていないレキぼでぃである。
どうしようかと車の陰に隠れながら考え込む遥は、車の陰から飛び出して、緊急回避である。
ドスドスと音をたててオスクネーが、周りの柱を砕きつつ、放置された車を吹き飛ばしながら近づいてきたのだ。
そのままでかい前脚で車にズドンと攻撃である。廃車を潰す勢いで前脚が振りぬかれ、レキぼでぃの隠れていた車は見事にぺちゃんこである。
遥が横目でその攻撃を見ると、すぐに遥へ振り返り前脚の連続攻撃。レキぼでぃを分断せんと蜘蛛の多脚で攻撃である。まるでギロチンが何本も通りすぎる勢いで、レキぼでぃのすぐそばを通り過ぎていく。
通り過ぎていくのである。高性能なレキぼでぃにはお触り禁止である。つかれたサラリーマンが触るには年収全てを出しても足りないのである。
オスクネーの攻撃を見切り、顔をかするぎりぎりで踊るように体を舞わせながら回避する遥。目の前をビュンビュンと風を切る音がして結構スリルがある。
回避し終えた遥は素早く体を翻す。追いかけてくるオスクネーを引き離すべく柱の陰に移動、続けて車の陰に移動である。
「ぐぉぉ」
唸りながら放置されている車を投げつけてくるオスクネー。
「たりゃぁ」
と可愛い声で可愛くないパワーで、レキぼでぃは飛んでくる車に素早く蹴りを入れて跳ね返す。
ドカンと車がぶつかったオスクネーがひるんだところで、オスクネーの死角になりそうな車の陰にスライディング移動をした。
そうしてオスクネーがレキぼでぃの姿を見失っている間に倒す方法を考える。
すぐに遥は倒す方法を2通り思いついた。こういう戦闘はゲームでさんざん見たのである。それらを参考にすればいいのだ。
一つは車を溢れるレキぼでぃの力で持ち上げて、じゃんじゃかどかんどかんとオスクネーにぶつけて、漏れたガソリンに着火。ガソリンで濡れたオスクネーを燃やして撃破である。しかしガソリンごときで死ぬのだろうか?
後、そういうギミックを使う戦闘は苦手なおっさんである。何度、敵を跳ね飛ばすはずのコンテナに自分が跳ね飛ばされたか、数を数えるのも嫌なぐらいに苦手である。
なので、もう一つの方法を使うことにした。
オスクネーがこちらを見失っているうちに、タッチパネル押下、ステータスボード展開である。そしてスキル一覧からぽちぽちっとスキルを取る。取得したスキルは体術lv4である。残りスキルポイントは2になってしまった。続いて超術看破lv1を取る。これでポイントは1となった。
何しろ蜘蛛である、何か糸系の罠を展開している可能性を考えたのだ。準備を整えた遥は車の陰から飛び出す。
すぐさまオスクネーは遥の存在にきづいて、キラキラと細い糸を吐き出してきた。
「はいはい、そういうのはいいですから」
冷静に遥は横の車を持ち上げて、近づいてくる糸に投げつける。
車は半ばあたりを糸で斬り裂かれて、糸を巻き込んで落ちていく。
斬糸であろう。そういうのを蜘蛛がつかうのは、小説とか漫画でいっぱい見ましたよ。キラキラしている細い糸なんでしょう?と余裕のおっさん少女。検証もしていないのに、もしも違ったらという考えは浮かんでいない遥である。それで仕事でいっぱい失敗をしていたおっさんでもある。
だが、今回は当たりだったようだ。おっさんの勘は2分の1の確率で当たるのである。当たり前の確率かもしれない。
糸が全て車に巻き込まれて落ちたのをみて、レキぼでぃはズガンと大きな音をたててアスファルトを砕かん勢いで蹴りつけて、その脚力でオスクネー目掛けて跳んだ。
オスクネーに跳んで近づくと超術看破が反応して、オスクネーの周りに見えない糸が張られていくのを感知した。
その糸は粘着式の拘束の効果を持つ糸なのだろう。脚でよけようと踏んだところネチャッと音がしてくっついてしまう。
「実に蜘蛛の巣らしい攻撃ですね」
レキぼでぃは余裕の顔である。
粘着された糸を更に力を込めて蹴りつける。通常なら剥がれないだろう糸は、張った水が物凄い勢いで物体がぶつかるとコンクリートのように硬くなるように、柔軟性があるはずなのにピンと張った。
バシンという音と共に、糸は剥がれていく。そのままレキぼでぃは周辺に張られた糸をバシンバシンと剥がれる音を立てながら、蹴っていく。
見事に脳筋なアタックである。遥は体術がlv4になった途端に急激に自分の力が増したことが分かっていた。1の違いで大幅に性能が変わるゲーム仕様である。3と4では越えられない壁が存在するが如くに能力が変動したことがわかった。
その性能の指し示すままにレキぼでぃで、強引にオスクネーに近づいたのだ。
予想外の行動に慌てるオスクネーは眼前に白い盾を生み出す。
しかしながら、全ては手遅れである。ゲームであれば敵を倒す必殺イベントであろう。
レキぼでぃの身体の周りが歪み、超常の力をまとったことがわかる。
「超技サイキックブロー!」
レキぼでぃは右腕から空間の歪みを発生させる。向かう先は白い盾。空間の歪みに耐え切れず粉砕される。
遥は粉砕された白い盾を潜り抜けて、オスクネーの汚れて疲れたサラリーマンに近づいて、そっと両手でその顔を挟み込む。
驚愕しているサラリーマンの顔と余裕でうっすらと笑ったレキぼでぃの視線が交差する。
「こんにちは、名刺は上げられませんが、私の名前は朝倉レキと申します。そしてさようならです」
そう伝えると、遥は更に次なる超技を発動させた。
「超技サイキックスクリュー!」
掴んだ顔をギュッと挟み込み、レキぼでぃはそのままぐるぐると回転させる。
回転は両手を挟み込んだサラリーマンの顔もそれにつながる背骨も全てギュルギュルと回転させて、その体を粉砕するのであった。
スタッとレキぼでぃはオスクネーを後ろに着地する。そして髪の毛をそっと整えて、ポソッと一言呟いた。
「どうやら、私とあなたでは力の差がありすぎたようですね」
そのすぐ後にズズンとオスクネーはアスファルトに倒れ伏すのであった。
後日、サクヤから撮影したそのシーンを得意げに見せられて、遥も羞恥で倒れ伏すのだが、それはまた別の話である。