437話 おっさん少女と天使隊
京都市内、いつもの食料配給で女性は勾玉を持ち祈っていた。
勾玉を持って祈りを終えると、身体から力が抜けて倒れ込みそうになるが、意思を強く持ちなんとか倒れ込まないようにして、配給を受け取る。ザラザラとお椀に少しの米と粟や稗が大量に入っていく。
粟や稗など崩壊前は健康のために食べられていた物だが、それでも主食に食べるものではなかった。戦国時代の農民になったような感じがした。
はぁ〜、と内心深くため息を吐くが、表情には出さずに頭を深く下げて感謝を示して、その場から離れる。
修験者は偉そうに頷くと、顎でさっさと立ち去れと示してきた。配給者という特権持ちは健康に見え痩せてもいない。
不満げな表情をすると配給を取り上げられてしまう場合があるからだ。そんな光景を女性は過去にいくらでも見てきた。
身体に力が入らないが、それでも大切な食料の入ったお椀を大事に持ちながら、ジリジリと照らす太陽の陽射しを受けながら人気のない場所まで歩いていく。子供たちが隠れている場所まで。
食料は奪われることはない、奪われそうになったら地面にぶち撒ければ、相手は諦める。こちらも食事抜きになるが、以降は襲われることはなくなると、経験則で知っていた。
「先月あたりからお米が急に減ったわね……」
今まではこんなに粟や稗が多かったことはないのに、先月あたりからほとんど粟や稗になったので、子供たちが食べるのを嫌がるわねと思いながら隠れている場所まで結構な距離を歩いて辿り着いた。
子供たちは祈りを捧げることができない。力が足りないと言われて、食料を貰うことができなかったのだ。子供でも大人でも一定数が祈りを捧げることができないために、街を追い出されるようになる。嫌がらせをされるほどではない。たんに周りの人間が食事をしているのに、自分が食べれないことに耐えられないのだから、その光景を見たくなくて離れていくのは当たり前であった。
この食事でいつまで持つかしらと未来に不安を持ちつつも、子供たちにはその姿を見せないように、笑顔でただいまと廃墟に声をかけながら入る。
日に日に弱々しくなる子供たちだが、それでも笑顔でお帰りと言ってくれる良い子たちなのだ。夫が亡くなった今、絶対に守らなければならない。
そう考えて中に入ると予想外の光景が目の前に広がっていた。
「お帰り、ママ!」
「お帰りなさ〜い!」
子供たちがいつもとは違う形で出迎えてくれた。真夏の熱さの中で動くことも億劫になるぐらいであり、最近は明るい声を聞くことがなかった子供たち。
日に日に痩せていく姿に心を痛めて軋ませながら、それでもなんとか生きてきた女性は驚きで口をぽかんと開けてしまった。
なぜならばたっぷりのお粥を入れたお椀を手にして、パクパクと夢中になって食べていたからだ。
そしてその周りには少女たちがニコニコと笑顔で立っていた。なぜかお揃いの玩具の小さな天使の羽を背中につけて。
謎の天使な少女は、背中につけた天使の羽をピコピコと身体を震わして、動かしながら周りの仲間へと合図を出す。
「さんはい!」
そうして、くるくると身体を回転させてスカートをふわりと大輪の花のように広がらせたあとに、ピタリと停止して決めポーズを取って、中に入ってきた痩せた女性を見て口を開く。
「私たちは謎の天使な美少女戦隊、その名もエンジェルガール!」
決まったと、ドヤ顔になる美少女だが、周りの仲間からの声が聞こえて来ないので、あれ? と首を傾げて不思議な表情になる。ちなみにネーミングセンスは相変わらず無い。
「どうして一緒にやってくれないんですか? 練習したのに!」
ブーブーとほっぺを膨らませて、両手を振り上げて文句を言う美少女というかアホなおっさん少女。
「えっと〜、少し恥ずかしいというか〜」
「うん、この姿は子供しか無理だよね。私たちは少し厳しいかなぁ」
初とツグミ、それに他の少女たちは顔を赤くしつつ、顔を見合わせて本番では一緒に踊ってはくれなかった。むぅ、練習が足りないね、もっともっと練習しないと。
碌なことを考えない美少女がそこにいた。
サクヤは部屋の隅で撮影に忙しいし、きゅーこはのんびりとあくびをしながら、コテンと寝ていた。ペットはやっぱり可愛いね。踊る仲間は少女たちだけなのにと文句を言う。
「皆さんも子供じゃないですか〜。もぉ〜」
「あの〜、貴方たちはいったい?」
まったく話が進まないと考えた賢明なる女性はおずおずと尋ねてくるので、仕方ないなぁと諦めて、小さくため息を吐きながら遥は返答した。正直、このままだとたしかに話は進まない。
「どうやらお困りの様子であったので、助けたんです。なので大樹の国の謎のエージェントにして、天使教の女神である私がご飯を食べさせちゃいました。駄目でしたか?」
コテンと首を傾げて、誰もが見惚れるだろう微笑みで問いかけると、女性は慌てて手を振って否定をしてきた。
「とんでもないです。ありがとうございます、本当に助かりました。でもこんなにたくさんのご飯、良かったんですか?」
見た目子供のような少女に対して、丁寧な言葉遣いでお礼を言ってくるので切羽詰まっていた様子である。だが、こちらを気遣うように聞いてくるので、問題はないとくるくると身体を回転させながら歌うように言う。
「大丈夫です。私は大樹のエージェント。いくらでも食料を用意しましょう。ですが条件があるんです」
ぴたりと回転を止めて、ちっこい指をふりふりと女性の前で振ってみせて悪戯そうに声をかける。その様子に警戒をする女性であるが、今は子供たちを失う以外には何もない。なので、話を聞こうと考える。
「ではでは、私たちの仮拠点、天使の憩いの家へと来てもらえますか? そこでお話をしましょう。お菓子もありますよ」
「レキちゃん~。その言葉だと怪しい勧誘になるよ~。もう少し言葉を考えないと~」
遥の言葉に初がツッコミを入れてくる。たしかに誘拐犯みたいな口ぶりだねと、ほっぺに指をつけながら遥は反省して、女性にかける言葉を言い直す。
「ちょっとしたアンケート調査をしているので、受けて頂ければ粗品をプレゼントしますよ」
言い直さない方が良いセリフであった。美少女でなければ、このまま通報される悪質商法をする勧誘員となるであろうことは間違いない。とりあえずおっさんが同じ言葉を口にしたら、ありがとうございましたと言われて女性は立ち去っただろう。
「はぁ~。まぁ、仕方ないか。天使ちゃんの言う事だし、あまり気にしても仕方ないよね~」
初は苦笑をしつつ、言葉の修正は求めなかった。呆れた表情ではあるが。それと天使ちゃん? 誰のことかな? レキならば最初から私にとっては天使だけど。
「おぉ~。ナイス綽名だね、お姉様! 私もこれから天使ちゃんと呼ぼうっと」
ツグミが瞳を輝かせて、レキの綽名を決定させると周りの少女たちも天使ちゃんって、レキちゃんにぴったりな綽名だねと、これからはそう呼ぼうと会話をしていた。まぁ、良いんだけど。
「ささ、どうぞどうぞ。お風呂もありますし、洗濯機もありますよ。ここはもうこのビックウェーブに乗るしかないと思います。これが最後のチャンス!」
手を差し伸べながら、さらに悪質な言葉を付け加えるおっさん少女であるが、女性はお粥を食べている子供たちを見て、こちらへと視線を戻して、どうやら悪い娘たちではないと考えたのだろう。おっさんならば、確実に疑われたので、レキの姿へと変更していて大正解である。
「はい………。わ、わかりました! ついていきます!」
そうして、女性を拠点へと連れて行くことに成功したのであった。天使なレキ万歳であろう。
誰も来ない、死臭の空気が漂っていた不吉なる場所。話を聞くと、1年少し前にゾンビたちに大規模な侵入をされたらしい。その時にここの地区は放棄されたそうな。
もちろん知らなかったけれども、ちょうど拠点を作るには良かったので、遥は気にしない。その拠点へと女性たちを連れて入る。子供たちとはおててを繋いでぶんぶんと振りながら仲良くしているおっさん少女。その無邪気な笑顔で歩く姿は中の人なんて都市伝説だったと確信するホンワカする光景であった。
「良いですよ、良いですね。こちらに視線を向けてください。一枚撮りますよ~」
サクヤが一枚と言いながら、バシャバシャとカメラのシャッターを切っているが、とりあえず放置しておく。というか、この銀髪メイドはモニター越しでも、一緒に行動していてもまったくその行動理念は変わらないね。
上手くいくと良いんだけどと、遥はついてくる女性たちを見て思うのであった。まぁ、私の作戦だから上手くいくに決まっているんだけど。
謎の根拠のない自信を持ち、てこてこと子供たちとおててを繋ぎながら歩くおっさん少女であった。
不安そうに女性たちが周囲を見渡しながら、恐る恐る拠点の中へと入り、驚きの声をあげた。
「えぇっ! な、なんですか、ここは?」
驚きの表情の女性たちへと、受付の少女が天使の羽をピコピコさせながら笑顔でお出迎えをする。
「いらっしゃいませ。ここは大樹国の拠点、天使の憩いです。ここは大樹国民を保護するために作られた拠点です」
ニコニコ笑顔で挨拶をする少女の言葉に疑問を持つ女性。
「あの………。大樹国ってなんでしょうか?」
拠点内を驚きの表情で見ながら尋ねてくる。拠点の様子に驚くのは当たり前だ。なにしろ、割れたガラスなど無くピカピカな窓ガラスが嵌っており、床も綺麗になっている。壊れたり、放置された机や椅子などもない。
それ以上に驚いたのが、拠点の中へと入った途端に涼しくなったことと、蛍光灯が光り明るいことであった。クーラーや電灯がここは使えている。即ち電気が使えているという事だからだ。
外にある看板には営業中と書いてあった。この崩壊した世界ではありえない光景を見て驚きを通り越して、そろそろ呆然としてしまう様子の女性。
その姿を見て、遥はその手を掴んで
「ささ、2階で一休みしましょうか」
グイグイと子供が親を引っ張るようにして、案内をする。後ろで驚くのは当たり前だよねと、この天使な少女の力を見て、苦笑しながら少女たちも続いていく。
拠点を改装するとは聞いていたが、なにもないところから次々と物資を取り出していき、あっという間に崩壊前と変わらない、いや、それ以上の施設へとビルを改装してしまったのだ。
その様子は魔法みたいであり、先生と同じく神様ではないかと驚いたものだ。たしかに性格はともかくその能力は凄いものがあった。
2階へと連れて行くとロビーとなっており、すでに保護した人々が10人程いた。いずれも女子供であり、痩せており酷い暮らしをしていたと見てとるようにわかる。お互いが窺うように相手を見ながら、それでもソファにおとなしく座って戸惑っている様子でもあった。
「えっと、アンケート用紙を持ってきますね、それまではジュースでも飲んで待っていてください」
遥はふんふんと鼻歌を歌いながら、てこてこと用紙を取りに行く。その姿をぼんやりと眺めていた女性であるが、ハッとして気を取り直すと周りの同じような境遇の人へと声をかける。同じような境遇なのは姿形でわかる。汚れ切った服装に痩せた体躯。周りの小さな天使の羽をつけている少女たちは身なりも綺麗で、ふくふくとした肌であり健康そうなので、簡単に判断がつく。
「えっと、すいません。少しお聞きしても?」
その言葉に相手も女性を窺うように見ながら
「はい、なんでしょうか?」
と、言ってくれたので、周りを見渡しながら尋ねる。煌々と電灯はついていて、外とは違い涼しいロビー。
「ここはなんですか? こんなに電気も使えるし、なんだかご飯も頂いちゃって」
「それが私もわからないんですよ。お粥を手に持って、ここに話を聞きに来ませんかと勧誘されまして」
頬に手をあてて戸惑うように答える相手も同じような情報しかもっていないと悟った。なにか凄いことが起きたらしいことはわかるが、それ以上は何もわからない。こんなところがあるなんて驚きだが、何を自分たちに求めるのだろうかと不安が心に渦巻く。
「は~い、お待たせしました。これがアンケート用紙になりま~す。それと来ていただいたのでお菓子もどうぞ」
ニコニコ笑顔の無邪気な天使の美少女は一枚の用紙を、ほいっと手渡す。それと一緒に外は暑いですよねとガラスの器に入れられたバニラアイスとスプーンも手渡されるので、女性は受け取ってそのひんやりした感触にまたもや驚く。お隣さんも驚いたように用紙と共にアイスを受け取っていた。
アイスが食べれるなんて夢ではないかとスプーンを手に取り、怖々とアイスを掬って口に含む。ひんやりと冷たくて、サラっと口の中で溶ける優しい甘さに心が癒される感じがした。気のせいか体調も良くなった感じがする。疲れていたから、甘いものが身体に染み渡ったのだろう。
子供たちも、スプーンを忙しなく動かして、口へとアイスを口に笑顔で入れていた。
「おいし~! おいしいよ、ママ!」
「アイスつめた~い」
久しぶりに食べるアイスに明るい笑顔で子供たちが嬉しそうにするので、涙目となり女性もアイスを夢中になって食べ続けた。あっという間にアイスが無くなり寂しさを感じつつ、そういえばアンケート用紙とはなんだろうと見てみると、意外なことに一問しか書いてなかった。
そこにはこう書いてあった。
「貴女は日本国籍を捨てて、大樹国民となりますか? その場合は大樹の国民となり保護対象となります。ならない場合は残念ながらお引き取りをして頂いています。法律、税制、その他諸々の書類は国民になると決心した方のみにお配りしております」
大樹? そういえば、ここに来る前に大樹国と少女たちが言っていたと思いだす。
日本を捨てる………。ちらりと周りを見ると、私は大樹の国民になるわと叫んで、笑顔の少女に連れられて3階へと案内されている人がいた。
隣の人を見ると、ガリガリと凄い勢いで書いており、そのまま待機していた少女へと声をかける。
「わ、私も大樹の国民になるわ。いいえ、なります。その場合は保護してもらえるんでしょう?」
どんな保護かも、どんな国かもわからないのに、必死な様子で少女へと問いかけていた。少女はそんな様子を見て、ホンワカした笑顔で言葉を返す。
「もちろんです~。その場合はまずお風呂に入って、服も新しい物を着て頂きます。服は思い出深いので取っておきたいと仰る場合は、洗濯機をご使用くださいね~」
のんびりした口調で告げるその内容に、隣の人はコクコクと頷いて、子供たちを連れて三階へと案内されていった。
女性は考える。これは怪しいなんてものじゃない。崩壊前ならば、確実にビルを出ていっただろう。話を聞くまでもない。悪質な商法だとわかる。
だが………。この崩壊した世界ではどうなのだろうか? 子供たちの様子を見ると、温かいお粥と、甘いアイスを食べて、夏の日差しの暑さからも逃れられたので、安心したのかウトウトと船をこいでいる。
その様子に女性は決心した。今の状況以下なんてありえない。
「あの、すいません。私も大樹の国民になりたいのですが………」
子供たちが生き残れるのならば天使でも悪魔でも構わない。新しい国家とやらに所属をすることに、躊躇いはないのだから。
そう考えて、そばで待機していた少女へ他の人々と同じように声をかけるのであった。




