435話 ようやく出番のおっさん少女
次の日、ビルの最上階に遥やナイン、きゅーこに少女たちは集まっていた。
最上階には何やら怪しい機械が周囲に幾つも設置されている。
「本当に行っちゃうんですか〜? 私たちを残して?」
若干鋭い視線で、いつものおっとりとした雰囲気を消して、非難するように尋ねる初へと真剣な表情で頷く。この娘はこれが素なのだろうと、遥は苦笑する。少女たちを思っての発言には鋭さがあった。
「テレポーターを動かす座標軸の設定に成功した。一回限りの往復だが予想通りならば戦闘の専門家が来るはずだ」
「私は先生が良かったのに〜」
「うん、お姉様と同じ意見!」
初やツグミ、そして少女たちが口々に遥を押し止めようと口を開くので少し感動する。まさかおっさんが少女たちに押し止められる日が来ようとはと。
この日はおっさんが惜しまれた記念日にしようかな。頑張って鹿やら猪やらを獲ってきて餌付けをして良かった。
「大丈夫だ。次の担当者にはよく言い含めておく。少ししたら来るだろう。なに賢明な娘だ、安心したまえ」
賢明な娘とは誰のことだろうか。すぐにわかるので問題はないかな。きっとおっさんの脳内だけにいる娘に違いない。
「超技サイキックペイント」
遥が超技をこっそりと発動させると、空気が多少震えて身体が透き通っていくような感じを受ける。偽装は無理なので、自然に存在するものに溶け込んだのだった。風や日光、そのような自然なものであれば、簡単に偽装できると裏技を思いついたのである。結界も普通に風とかは透過していたしね。
「それだと、善なる神にも、破壊の悪魔にも偽装できませんのに、マスターらしいですね」
ナインが苦笑しているので、想定外の裏技を発見したのだろう、でもね、粒子の色を変えて属性偽装を使うのはかなり面倒くさいのであったのだ。と言うか短期間では無理です。
なので自然に溶け込むことにしたおっさん。その姿はさながら面倒くさい仕事を振られないように上司が来たら存在を消したり、飲み会で出席しているのに朝倉さんは今日は欠席? と思われるほどの存在感を自然と同化させる熟練した技であった。
少女たちの目にはいつもと変わらないおっさんの姿にしか映らないだろうけど。
「ナナシ様、座標軸固定、結界シンクロ率100%、テレポーター使用可能です」
ナインが超能力がバレないように、床に固定してあるアニメとかで見たことがあるようなメカニカルなギミックを操作しながら遥へと告げる。テレポーター用ポータルと少女たちには伝えてある。本当はホログラムが映し出されるだけのなんの力もないんだけど。
「うむ、ではテレポーター開始。ナイン、帰還するぞ」
「はい、ナナシ様」
綿菓子よりは重々しい感じの頷きを遥がすると、ナインはトテトテと近寄ってきて、腰にペトリと抱きつく。なにかがムニムニと当たって、嬉しい。ないとは言うけど、実際はあるのだよ、なにがあるのかは秘密です。でもナイン最高とだけ言っておこう。
おっさんの周りにホログラムのいかにも魔法だというイメージを見る人に感じさせる複雑な幾何学模様からなる魔法陣が生まれて、パアッと白く輝き、次の瞬間に
「メモリーテレポート」
懐かしき自宅へと帰宅するのであった。ただいま〜っと。
初たちはその神秘的な光景を見て、感動していた。神様ではないと言っていたが、本当なのだろうか? 優れた科学は魔法にしか見えないと聞いたことはあるけれども……。それならば、どれほどの科学力を持っていると言うのか。
そんな国の一員になって良かったのか? 自衛隊員の言うとおり、日本所属にしておいた方が良かったのではと、ぐるぐる見つからない答えが頭を巡る。
と言うか、神様だと思う。
「先生たち行っちゃったね、お姉様」
ポツリとツグミが寂しそうに言うので、ハッと気を取り直して元気を出すように励ます。一番先生に懐いていたから寂しいのだ。
「ほら〜、きゅーこちゃんもいるし、すぐに後任の人が来るよ〜。それまでは拘束している自衛隊員の人たちを見張って、頑張って生きていかないと〜」
「うん、そうだね! でもいつ頃後任の人ってくるのかなぁ」
「それはすぐだと……!」
初も聞いていなかったので、答えに窮したが意外なことに再びテレポートポータルは光り輝き始めた。眩しい光で皆が目を閉じる。光が収まったと恐る恐る目を見開くと
「わぁっ、またメイドさん?」
白く光る粒子に覆われた銀髪の美女が現れていた。クールそうな顔つきのどことなく冷たさを感じるメイド服を着込んだ女性が目を瞑って立っていた。
スッと瞑っていた目を開くと、その怜悧な目がこちらへと向けられる。ふふっ、と冷たそうな笑みが口元に浮かび、カーテシーをして挨拶を私たちにしてくる。涼やかな声音が部屋へと染み渡るように耳へと入ってきた
「私の名前はサクヤ。レキ様のメイドにして、謎の博士にして、クールな無口な絶世の美女として歴史に残るべく教科書を作成中の天才メイドです」
メイド、2回言ってます、あと自己紹介長すぎですと初たちは思ったりした。えっと、なんだっけ? と、顔を見合わせる初たち。名前はなに?
「きゃー! 世界一可愛らしいレキ様に従うアホメイドだって! 教科書にはアホなメイドが素晴らしい聖女のようなレキ様の足を常に引っ張っていたと書かれるみたいだよ」
少女たちが顔を見合わせて、ワイワイと話す中で、一人だけハイテンションで騒ぐ少女がいた。
ショートヘアの艷やかな天使の輪っかができる黒髪、宝石のような美しい瞳、桜のような色の小さな唇、私たちの中でも一番背が低くて、幼女と呼ばれるかもしれない子猫のような愛らしくて可愛らしい美少女。
そんな美少女がきゃーきゃーと騒いでいるけど……こんな美少女はいないよね? ひと目で覚えるだろう美少女だし。
「ちょっと、レキ様! アホメイドではないですぅ〜。大樹では現在買収をして教科書を改竄しようと頑張っているんですから」
プンスコと頬を膨らませて怒るメイドさん。うん……さっきのクールなメイドというイメージは勘違いだったみたい。
「それに、なんでそこにテレポートしているんですか? ここにテレポートしようって話ですよね?」
ビシッと、その細くて美しい指をレキと呼んでいる美少女へと指差しして言うので
「やれやれ、やれやれです、時代は常にサプライズを求めているんです。こうやって少女たちの中にテレポートした方が皆はびっくりするんですよ」
チッチッチッと指を揺らして、肩をすくめる美少女。その姿に皆は驚く。
うん、びっくりしたよ。アホな会話に皆はぽかんと口を開けてびっくりだよ。コントかな?
「新婚旅行をナインがして来たので、今度は私の番なのに足並みを揃えてくれないと困りますよ」
「大丈夫。二人三脚をしたら、私はサクヤを引き摺りながら一位でゴールする自信があるから」
「その場合は私はレキ様に密着しますからね? うへへ、あんなところにも密着です」
わぁ、変態だよ、このメイドさんのイメージがもう崩壊してゲシュタルトだよと初はドン引きしたが、それでもコホンと咳をして気を取り直して尋ねる。
「えっと、お名前を聞いても〜?」
幼気な美少女へと声をかけると、ニコリと桜のような可愛らしい笑みで、エヘンと腰に手をあてて自己紹介をしてくる。
「私は大樹の最高にて最強のエージェント。朝倉レキと言います。皆さん、私が来たからにはもう安心。たとえ泥舟でもコーティング技術で太平洋を渡れるぐらいの頑丈な船へと変えてみせましょう」
とやっ、と腕を掲げて特撮ヒーローみたいなポーズをして、子供が背伸びをしているような可愛らしい態度のレキちゃん。それを見て初は再度尋ねる。
「先生の後任って後から来るのかな?」
まさかこの二人が後任じゃないよね、先生? お笑い芸人は後任じゃないよね?
し〜んと静まり返ったビルの最上階。初の言葉にレキちゃんはウンウンと腕組みをしながら頷き、サクヤさんの元へとてこてこと歩いていく。そうして二人でアイコンタクトをしたあとに、バッと腕や足を伸ばしてポーズをしながら
「私こそは大樹最高のあ」
「それはいいからっ! コントなんですか? 後任の人ではなく、お笑い芸人が来ても嬉しくないんですけど? 助けて、先生〜」
レキちゃんの言葉に被せて、怒気混じりの声音で言う初。まさか最初からやり直すとは思ってもいなかった。どれだけ芸風に力を入れている少女たちなのだろう。
「まぁまぁ、お気づきですよね? 後任は私たちです。良かったですね、ナナシさんと違って私たちはかなり緩いですので、じゃんじゃん支援しますよ。これからはお腹いっぱい食べれますよ」
エヘンと胸を張りながら、得意気におっさん少女が言うと、ツグミたちはムッとして見せた。
「先生は私たちをたくさん助けてくれたよ! これまでの暮らしを大幅に変えてくれたんだから!」
元気一杯な声音で拳を握りしめながら、ナナシを庇うツグミ。それに合わせて、周りの少女たちも、そうだそうだと声を荒げるので、レキは驚きを示す。かつて、これ程おっさんを擁護してくれる少女たちはいただろうか? いや、いない。
なんて良い娘たちなんだと、目を感動でウルウルとさせちゃう。彼女たちを助けてよかった。自衛隊員に非難されたときは逃げようかと何度思ったことか。
まぁ、逃げたんだけど。
「おぉ〜、まさかのナナシ様のモテ期ですかね。藻的? それとも喪的?」
「なんだか変な言葉の響きに聞こえるよ、サクヤ。でも、まぁ、あの人はそんな感じだから良いでしょう」
「良いのですか?」
「うん、それはおいておいて」
「はい、それはおいておいて」
ていっ、と横に荷物を置く素振りを見せて、少女たちを見渡し、ふふふと悪戯そうな笑みになる。
「私は貴方たちの望む物を持っています! いでよシェンレキ」
「それはちょっと語呂が悪いですよ、レキ様」
両手を掲げてなにかを呼び出そうとでも言うのか、ごっこ遊びをし始めるレキ。その無邪気な笑顔でのポーズを素早くカメラを取り出して撮影を始めるサクヤ。
この二人だけでカオスな空気を作っていくので、少女たちは戸惑うが、次の瞬間に目を見張った。
2メートルはある大皿が床に現れて、その上に豆腐が置かれたのだ。
「おぉ〜。豆腐の神様なんですか〜?」
豆腐だ、豆腐が現れたと驚き戸惑う少女たちへと、むぅと唇を尖らすレキ。まだまだレキでいいだろう。
「あ〜! これ甘い匂いがする! ケーキだ!」
少女のうちの一人が声をあげて驚いて指をピトッと豆腐につけると、柔らかい生クリームが手に付く。そぉ〜っと、口に入れて、目を見開き叫ぶ。
「あま〜い! ケーキだ!」
「ケーキ? 本当に?」
「皆で分けようよ、包丁持ってきて」
「やった! 久しぶりのケーキだよ!」
わぁっ、と少女たちは集まって、ざわめきながらケーキを食べ始めるので、その嬉しそうな姿をニコニコと見ながらレキはバッとちっこいおててを広げた。
「これで私が最高のエージェントだとわかったでしょう!」
「そう、私たちこそが最高のエージェントです!」
フハハハと二人で得意気な表情になる。サクヤはなにもしていないが。
「あっと、ケーキはありがとう。でも、私たちの最高は先生かな?」
ツグミが答えた内容に驚くが、それと同時に優しい笑みになるレキ。ケーキをあげればノリよくレキが一番だと答えてくれると思ったのに、随分と良い娘たちだ。あの聖域で護られていただけはあるだろう。
既にレキは初たちが隠れ住んでいた社が超常の物だと見抜いていた。知力+1は伊達ではないのだ。簡単なオカルトなんか、すぐ解明できるのである。かなり良い娘たちだからこそ、保護されていたのだ。
即ち古都って、オカルトパワースゲーである。少し感動する先が違うかも。オカルトなんて見たことがないので凄いやと、オカルトの塊は本気でそう考えていたりした。
それはともかく、皆は手づかみで分けたケーキを食べているので、口も手もクリームやらスポンジで汚れまくりである。
仕方ないなぁと、ニコリと笑って
「サクヤ、皆にタオルを渡してください。それで手を拭いてくださいね」
と、メイドの活躍の場を与えようとする海よりも浅く、山よりも低い優しさを持つレキ。
「無理です、レキ様。私も生クリームだらけですので」
だが、サクヤは常に期待の斜め上をいく美女。しっかりと少女たちに混じってケーキにかぶりついており、生クリームだらけだった。鼻の上とかにつけており、口元を流れるようについている生クリームがエロい。
「メイドだろ! なんでいつもいつもメイドらしさを見せない訳? 本当にメイド? コスプレじゃないよね?」
「メイドらしいから、この姿なんです。ささ、レキ様、私の顔を舐め放題ですよ」
「たあっ」
エンチャントした金属バットよりも硬くなったタオルを振りかぶり、サクヤの顔へと生クリームを拭うために殴り、いや、拭いてあげる。バシーンと当たり、吹き飛ぶサクヤ。くるくると空中で回転して、シュタンと軽やかに床に着地してみせる。
「もう、手荒すぎますよ! そろそろレディとしてお淑やかになりませんと」
「たぶん、サクヤがアホなことをしなければ、もっとレディらしくはなっていたね。確実だね」
プンプンとサクヤが怒るふりをして両手を振り上げれば、レキは根拠無き仮定の未来を口にした。どっこいどっこいであるアホなコンビであった。息が合いすぎる。
あの〜……と、初がおずおずとまったく正体のわからない二人に声をかけようと意を決しようとしたら、コントをしていた二人がピタリとじゃれている動きを止めて、ニヤリと楽しそうに口元を笑みへと変えた。
「初さん。捕虜の見張りは誰もいなかったんですよね?」
レキは自分が指示を出したことなので知ってはいたが、念の為に確認をしておく。極めて残念ながら自分と言ってしまったので遥へと呼称を戻そう。
「はい。見張りはいらないって先生が指示を出してきたので」
「ナイスです、初さん。少女たちでは見張りをしていても情に流されたり、騙されたりして、大変なことになりますからね」
漫画や小説でそんな様子をたくさん見てきた。なんで騙されるんだよと、その時は思ったが、現実ならば最初から見張りをつけなければ良いのだ。私は天才かな?
そう言って、てってこと窓の側まで行き、小さい身体を乗り出すようにして、遥は外を眺める。
なんだろうと初たちも外を見て、驚きの声をあげた。
「あ〜! あの人たち逃げ出してるっ! 捕まえないと!」
ツグミが叫んで外へと指をブンブン振り回す。ツグミの言葉通り、自衛隊員たちはどうやってか、縄を抜け出し荷物を持って逃げていた。よろめくように慌てながら森へと走りつつ、こちらへと顔を向けてきた。たしか反町だったかな?
「この狂人めっ! 貴様は法のもとに裁かれるだろう、覚えておけよっ!」
ナナシの姿は見えないのに、負け犬の遠吠えを吐きながら去って行った。あぁ〜、と少女たちが残念がるが問題はない。
「さて、私たちも聖都へと侵入しましょう」
クスリと可憐に笑って遠ざかる捕虜たちを眺めるおっさん少女であった。これは楽しそうだね、レキぼでぃだしねと、今まではおっさんぼでぃだったので怖かったのだ。ストレスもかなり溜まっていたので、いつも以上に頑張るつもりでもある。
そうして少女たちを連れておっさん少女は聖都へと向かうのであった。
 




