434話 おっさんはようやく無双をする
人間の手入れが無くなり、鬱蒼と草木が生い茂る中で、おっさんは自衛隊と対峙をしていた。そろそろ日も落ちてきて、夕暮れに入ってくる。逢魔が時というやつだ。おっさんが時というやつだ。
誰にも聞かれたくないおやじギャグを内心で呟きつつ、冷ややかな笑みで救助と称した自衛隊隊員を眺める。
木の陰から、2人ばかり兵士が現れて襲いかかってくる。一人は身をかがめてタックルを仕掛けてきて、もう一人はそのフォローをするべく、後ろから様子を見ている。恐らくはタックルで動きを止めたおっさんをさらに取り抑えるつもりなのだろうことは明らかだ。なかなか連携が取れているねと、上から目線で脆弱極まるおっさんは感心しつつ、脆弱なおっさんからパワーアップするべく意識を集中させる。
体術スキルアクションと意識をすると、敵の動きがスローモーションとなり手に取るようにわかった。ノロノロとした動きで近づくタックルをしてきた男へと、左足を支点に強く踏み込み、右足を突き出すように繰り出して、相手の頭へと命中させる。
正確に命中した蹴りにより、頭を浮かせる男性へと素早く懐へと踏み込み、胴体へと正拳突きを入れると、その威力に腹を抑えてよろよろと身体をよろめかせる。後ろから慌てたようにもう一人が迫ってくるが、殴るのではなく取り抑えようと両手を広げていたので、ダンッと斜め横へと踏み込みながら、相手の踏み込もうとする脚へと正確にローキックを入れる。
踏み込む脚が蹴り飛ばされたことにより、あっさりとこけてしまう兵士の頭を軽く蹴り意識を刈り取るのであった。
「救助に来たにしては物騒だな。日本という国はこんなに物騒だったのかな?」
からかうように言いながら、糸の向こうでおっさんにあっさりとやられた兵士を見て唖然と口を開けている者たちへと声をかける。
「しょ、傷害罪となりますよ? これ以上の抵抗は無駄です、こちらは銃もあるんですから」
キーキーと痩身の眼鏡男が怒ったように怒鳴ってきたので、懐から銃を取り出して見せる。
「こちらも銃はある。護身用としてはなかなか使える玩具だからな」
渋いおっさんを演じる遥。銃を見せつけると相手は一気に緊張感を増して、真剣な油断のない表情へと変える。
「銃刀法違反も加わりますね。私たちはゾンビパニック後、逮捕権も備わったんです。緊急事態ですので」
「他国のエージェントを逮捕すると問題になるぞ? 国際問題というやつだ」
「貴方の頭の中にしかない国に考慮はしません。銃を捨てなければ、逮捕するしかありませんね」
隊長らしき男が、身構えながら伝えてくるので、遥も身構えてにやりと笑いで返す。
「やれやれだな。人のいうことを聞かない人間と言うのは困りものだ。君は出世できないだろう」
やれやれだなと言えたぞ、ひゃっほー、こんなシーンで言えるなんて幸運だねとおっさんの頭の中では小躍りしていたが、演技スキルはそんなアホなことは考えていませんよと渋い笑いを見せたのであった。
遥の言葉が怒りを買ったのか、敵の隊長は手を振り上げて
「銃刀法違反です。逮捕しなさい!」
と怒鳴るように命令を下すのであった。
反町は指示を出しておきながら、慌てて木の陰へと隠れた。なにせ、相手は銃を持っているのだから、命中すればタダではすまない。指揮官は怪我を負わないようにしないといけないのだから当然の行動だと自己弁護をしつつ、始まった戦いを眺める。
ナナシという男も木の陰に身を投げ出すように隠れて見えなくなっており、部下もそれぞれ木の陰に隠れている。糸が邪魔で簡単にはナナシのいる範囲には行けないので、取り抑えるのは難しいがそれでも銃を一般人に向けるのは躊躇うのだろう。日本人ならば当たり前だが、部下たちは銃を取り出しつつも撃たないで緊張した表情で様子を見ていた。
今までの生存者は助かったと喜んで合流をしてきており、発砲する機会はゾンビたちや、たまに反乱をしようとする人間たちだけなので、経験があまりないのだ。それに相手が撃ってくれば、なし崩しに撃ち合いが始まるだろうが、ナナシという男は撃つ素振りを見せない。
「そもそも本当にあれは銃なんですかね? いえ、銃と言っても弾があるのか疑わしいレベルです」
もう2年以上をここで暮らしているとなれば弾丸などは使い果たしているのではとの疑念が生じる。ならば、さっきのはハッタリであったのではなかろうか。部下へと前進を指示すると、そろりそろりと糸を潜り抜けてナナシに近づこうと身体を屈めながら移動を開始する。
ナナシからは見えているはずのなのに、銃を撃つことはしないので、やはりあの銃には弾丸がないのだと確信をした。まぁ、そうだろう、そんなことだとは予想していたのだと狡猾な笑いを見せて部下たちがナナシを取り抑えるのを見守るのであった。
遥は銃を撃とうかなぁ、でも、あの人たちはまだ銃を撃っていないからなぁと迷っていた。だってねぇ、相手がこちらを殺す気ならば容赦なく攻撃できるけど、相手も明らかに躊躇っているように見える。自衛隊の良いところであり、悪いところだ。そうして迷っている間に糸を潜り抜けて、囲むように集まってくるので、あらら、迷っている間に近接戦闘へと切り替わったねと遥は口元を歪めた。
まぁ、それならそれで問題はない。気配を消して一人ずつ倒していくだけだよねと、隠蔽にて姿を消して移動を始める。こそこそとまるで黒い昆虫のような素晴らしい動きで木の陰から移動するおっさん。隠蔽スキルにより全然気づかない兵士たちを眺めて、ふふふ、気づいていないねとほくそ笑みながら移動をして
「あ、そうか、気配を消せばいいのか」
と、思わず呟いてしまった。あ、まずいと気づいたときには、いつの間に後ろへと来たんだと兵士が振り向いて捕まえようとしてくるので、体術アクションに隠蔽スキルから切り替えて迎え撃つ。
とはいっても体術はレベル9だ。ステータスがいかに低くても、おっさんがアホでも、不器用でも、強面の兵士が襲い掛かってくるのは怖いと目を瞑っていても、束になってかかってきても問題はない。
体は自然に動き、左蹴りを軽く繰り出すと、相手は右腕でガードをしてくる。だが、左蹴りは牽制であり、相手のガードに触れる程度であり、その威力のなさに相手が拍子抜けするが、その隙を狙い左足を勢いよく引き戻して右足を相手へ顎を掠るように振りあげる。
顎を掠るように蹴られた相手は脳を揺さぶられてふらついて気絶する。凄いぜ、体術スキル、おっさんが使っても強いねと遥は感心しつつ、次々と来る兵士たちの顎へとパンチパンチパンチと繰り出す。
しなるようなパンチを見て相手は防ごうとするが、そのガードをすり抜けて当てていく。相手も捕まえるのが難しいと考えて、慌てて殴りかかろうとするが、それこそが遥の、というか体術スキルの思うが儘である。殴る構えの方が立ち止まるので隙だらけとなり、碌な抵抗もできずに兵士たちは全員殴られて顎を揺さぶられる。
ふはは、今の私は初めの遥。いや、フリッカーを使うなんとか柴さんだよと無双ができて嬉しいおっさんである。おっさんの予想外の強さに兵士たちはあっさりと気絶して地面とキスをするのであった。
体術スキル9の前には兵士といえど、大人と赤ん坊が戦うぐらいの力の差がある。もしくはポメラニアンとくたびれたおっさんが戦うぐらいの差が存在する。無論、ポメラニアンの方が強いんです。
キスって言い方が、なんとなくかっこいいよねと、ボクサーの構えで悦に浸る厨二病患者がそこにいた。
隊長は全員があっさりと倒されたことに驚愕の表情になり、銃をこちらへと構えて怒鳴る。
「て、抵抗をやめなさい! 貴方は傷害罪で逮捕をします。我々は発砲も許可をされているんです!」
震える手で銃を持つ隊長を冷ややかに見て、遥は素早く銃を取り出して引き金を弾いた。
ガーンと銃声がして、隊長の持つ銃が吹き飛び、その反動を受けて腕が痺れたのだろう、うずくまった。
「えっと、なんだっけ、獲物を見て舌なめずりは二流だ………。忘れたよ、まぁ、良いか」
本当はかっこいいセリフを漫画から引用しようとしたが、記憶では朧気であったので諦める。常に決まらないおっさんであった。
銃を仕舞って、さて、この人たちを捕まえますかと、こんなこともあろうかと30メートルロープを取り出して、全員を縛り上げておく。10フィート棒と30メートルロープは必須だよね。
気配を消す、なるほど良いヒントが貰えたよと思いながら帰還をするのであった。
自衛隊員が縄でぐるぐる巻きになって、拠点ビルの床へとゴロンと転がっていた。縄ってどうやって結ぶのかよくわからなかったので、とりあえずぐるぐる巻きにしておいたおっさんである。たしか親指と親指を結ぶと解くことができないんだっけと、うろ覚えだったので。もちろん親指と親指も結んであります。重ねるようにぐるぐる巻きにしたのだ。
ゆったりとソファに深く凭れ掛かるように座り、シャム猫を膝の上に乗せて、ワイングラスを手の中で燻らせて、ニヤリとラスボス風に嘲笑う。遂におっさんも黒幕っぽくなってきたぜとやるのが夢であった。
誰でも持つ夢だよねと思うアホなおっさんであるが。
現実は凭れ掛かったら後ろに倒れそうなパイプ椅子に座り、狐を膝の上に乗せて、ワインはないので水を普通のコップに入れて、ニヤリと小悪党風に笑う。遂におっさんも最初に主人公に絡むチンピラぐらいにはなれたぜと、ある意味で夢が叶っているおっさんが存在していた。
アホなおっさんだなぁ、と普通はわかるのだが、偽装と演技スキルを駆使したおっさんを見る人々の表情は自衛隊員は恐れと畏れを見せており、少女たちはウットリとしておっさんを眺めていた。色々とお世話をしたら懐かれたみたい。
ソレカキットナニカ怪しい薬でもこの部屋には漂っているに違いない。
「はっ、良い歳をして少女たちを侍らせてお山の大将気取りですか?」
ズカン! おっさんに300のダメージ!
「年端も行かない少女にメイド服など着せて、この変態め!」
クリティカルダメージ! おっさんは999のダメージ!
口々に自衛隊員が罵ってくるので、おっさんは胸を抱えて蹲りたかったが、なんとか我慢をして冷笑を返す。本当は土下座して事案にしないでくださいとお願いしたいけど。その場合は土下座スキルを取得しようとも考えていたりもするけれど。
だって、寂れた廃墟ビルに年若い少女たちと一緒に暮らして、美少女金髪ツインテールはメイド服を着ているし、客観的に見ると変態なおっさん以外の何者でもない。おっさんだって客観的にこの現状を見れば、羨望と嫉妬を込めて積極的に通報するだろう。
「彼女たちはたまたま保護したに過ぎない。だが、彼女らは大樹の国民になったので、今は生活を守ってやらないといけない者たちだな」
「ジャーン! 大樹のワッペンを貰いました! 私たちは大樹の国民でーす!」
「これがあれば、救助代金は取られずに、しかも先生を手伝ったお金も貰えるそうなんですよ〜」
ツグミと初が大樹の刺繍の入ったワッペンを見せながら嬉しそうに言って、周りの少女たちもジャーンとワッペンを宝物のように掲げる。勧誘する際に大樹のあらましを伝えておいたのだが、信じてくれた様子であった。
ちょっと騙されやすい少女たちだなぁ、いや、騙してはいないけど、まだ若木シティも見ていないのにあっさりと信じたので。
まぁ、私の人徳かな? きっとそうだよね。たぶんそうだと思いたい。おっさんに人徳があるとか都市伝説レベルかもしれないのだけど、遥はあると信じています。
当然のことながら、自衛隊員は鼻で笑って大声を張り上げる。
「そんな玩具を配って、国家? 君たちはこの男に騙されているよ? たしかに発電機やら、外には装甲車みたいなバスを見た。技術は持っているだろうが、中身は狂人だ!」
遥の真の姿を見抜くような発言に、またもやダメージを受けるおっさんである。誰か慰めて欲しいです。もう良いや、話だけ聞いておこうと決心して、銃を取り出して隊長に向ける。
「罵り声はもうたくさんだ。さて、君たちに自己紹介をしてもらおうか」
遂に小悪党化したおっさん。開き直ったの図。
銃を向けられて悔しそうな表情になり、男は口を開いたのであった。
「反町2佐か。隊は私たちの拠点を調査するべく来たと」
少しして話を聞き終えた遥はきゅーこを撫でながら、聞いた内容を反芻する。ケンケンと前脚をカリカリと遙の腕におしつけて催促をしてくるので油揚げの欠片をきゅーこの口に放り込む。ナデナデ一回で油揚げの欠片一つだそうです。
「京都市はゾンビがいない? そして……10万を超える人間が住んでいるだと?」
「そうですよ、たった20人の国家の王様さん」
陰険眼鏡というあだ名をつけたくなる反町が嫌味を込めて言ってくる。
初たちがムッとして反論をしてこようとするので
「ちょっと静かにしておいてくれ」
少女たちを手で制止して考えこむ。そんな姿もかっこいいと内心で思ったりしているのは秘密です。
それに君たちは若木シティを見たことがないでしょ? 反論は無意味だし、それ以上に聞いた内容に問題がある。
「10万人を超える? いや、その口ぶりだともっといるのか。信じられん……」
「今や京都は聖都となっているのです。勾玉の力でね!」
ぺらぺらと喋る反町。拷問せずにぺらぺらと喋るのは反町が口が軽い訳ではない。交渉スキルにより、ぺらぺら喋っているのである。お互いの利益がないとこのスキルは発動しないのに、発動しているのはこの陰険眼鏡が遥と話すのに利益を感じているからだ。どうせこちらの発電機や動くバス、遥のクラフト技術を狙っているのだろうから、即ち自業自得でもあったので気にしない。
「勾玉ね。随分と面白い力を持っているみたいだが、オカルトに頼った国家経営をしているのかな? 京都を中心にオカルトパワーで?」
小馬鹿にしたように尋ねると、反町はフンッと鼻息荒く嘲笑う。周りの部下はぺらぺらと喋る反町を見て、慌てたように止めようとするが縄で拘束されており無理だった。反町は止まる様子を見せなく得意気に話し続ける。
「オカルトパワーを信用できないのは理解できますが、それは自身の世界が狭いと言っているようなものです。京都市中心に突如として現れた神殿、そしてその神殿の中心に備え付けられている勾玉が私たちを護ってくれているのです」
「ゾンビたちを弾き出しているんだな? 狭い範囲だが強力な結界と言う訳か」
すぐに勾玉の力に予想をつけて遥は反町へと鋭くて赤ん坊のぷにぷにおてても傷つけられないような視線で睨む。
すぐにオカルトパワーを信じた様子のおっさんを見て驚く反町。このエリート然とした男がオカルトパワーなどと怪しい力をあっさりと信じ込むとは思わなかったのだ。
「ナナシ様、カフェオレです。どうぞ」
聞きたいことは全て聞き取り終えたと判断したナインがコーヒーカップにカフェオレを淹れて手渡してくれた。
「ありがとうナイン。クーラーの中で飲む熱々のホットカフェオレは最高だね」
ゴクリとカップに口をつけて椅子にもたれかかり脚を組むダンディなおっさん。パイプ椅子なので凭れ掛かるのはかなり怖いけど格好をつけるのには危険はつきものなのさ。無駄なところで危険を選ぶおっさんである。
「クーラーなどと、贅沢な……」
反町がホットカフェオレを真夏に飲むおっさんを見て唸るように言う。
そう、この拠点は全室クーラー完備なのだ。バスのバッテリー万能最強説が少女たちの頭に擦り込まれたかもしれない。ナインやりすぎであるが、おっさんはクーラーの中でないと夏は寝れないから仕方ないのだ。湯豆腐を食べれるぐらいの寒さが理想です。
軟弱過ぎるおっさんであった。
そんな軟弱なおっさんは考える。勾玉が目的の物なのは明らかだ。しかしながらおっさんだと、対応できない事柄が起きるかもしれない。運の悪いおっさんなので、確率は高い。
横で待機するナインと視線を合わせて頷く。既にヒントは得た、そろそろレキの出番だねと。
 




