431話 バスの運転手になるおっさん
ガタゴトとバスが揺れながら進む。目の前にはチラホラと道路に放置された車両があり、そこかしこにゾンビが徘徊していた。もはや見慣れてしまった光景。風雨に晒されたせいで真っ赤な錆が浮いており、燃えたのかシャーシのみの車両も目に映る。
その中で田舎道で徘徊するゾンビたちはエンジン音をたてながら進む観光バスを見て、呻き声をあげながら近寄って来るが、車の速度には敵わずにあっという間に視界から消えていく。
道路は森林の中を切り拓いて作られており、観光バスが放置された車両を避けながら進む。隙間はあまりないが、おっさんはハンドルを軽く回すと簡単に車両を押しのけて、隙間を作りその間を走らせるのであった。
「こうやって見るとさ〜、世界は崩壊したんだなぁと思っちゃうよ」
のんびりとした口調で運転スキルをアクティブにしている遥は呟くように言う。先程までは、お前に命を与えてやるぜ、観光バス。とか小声で呟いて、どこかの悪質な銀髪メイドに黒歴史を撮影されてしまったのだが。
くっ、一生の不覚と呻いていたが、おっさんの一生物の不覚はたくさんあるので、気にしないで良いだろう。
「そうですね、改めて見るのは感慨深いですか、マスター?」
ナインがにこやかに運転席の後ろから声をかけてくるので、頷きで返す。レキの時には波乱万丈な生活をしていたが、あまり恐怖とかを感じて、崩壊した世界を見渡すことはなかった。背景としてしか目に入らなかった。だが、おっさんだと小鳥にも負ける弱さなので、どうしても怯えながら周りを観察してしまうのだ。
そうして一般人としての視線で見ると、たしかに滅びた後だと改めて感じてしまう。
「そうだね〜。それにこのバスは少女たちが乗ってきたバスだというのに、半分も椅子が埋まらない所もやるせないね」
満員に近かったバスが今や半分にも満たない乗客数。彼女たちの足りない友人たちがどうなったかは想像がついて哀れに思う。
「運がなかったね、でも、それもまた仕方ない、か」
あっさりと気を取り直して前方に集中する。哀れに思うのは一瞬、冷たいようだがありふれた話だ。
そこにはたしかに冷酷な瞳の光が……。いや、眠いなぁ、ガムでも食べようかなと、眠そうなおっさんの濁った瞳があった。だって長距離運転は眠くなるんだよ? 崩壊前はよく長距離を運転できるねと他人を見て感心したものだ。
「主上様、どうやら走ってくる死人がいますよ」
ケンケンと、座席の上でぴょんぴょん二本足で飛び跳ねながら警告をしてくるきゅーこ。二本足で無理をして立っているペットはなんで可愛いのだろうと思いながら、前を見ると森林から遮る小枝が身体を打つのもなんのその、ランナーゾンビが駆けてきているのが目に入ってきた。
「はいはい、もう飽きたよランナーゾンビは」
飽きっぽいおっさんは傍らに置いたサイレンサー付きのスナイパーライフルを片手で持って、ジャキッと金属音をたてて構える。運転スキルがなくても、さすがにおっさんならば大失敗はない。免許持っているし。少しの間なら大型バスを運転するのに問題はない。たぶん。
そうして、銃スキルアクションとアクティブに変えて、狙いをつけたようには見えない簡単な狙いで引き金を弾く。
シュカンと小さな金属音がしたあとには、弾丸が発射されて森林の間を走り抜ける未だに遠くであり小さな姿にしか見えないランナーゾンビの頭を撃ち抜くのであった。
ひっくり返るように倒れ伏すランナーゾンビを確認せずに再び運転スキルへと切り替える。地味に長時間の運転は難しいので、スキル様の活躍は必須なのです。
刀? 知らないね、そんなものは。もう銃で良いと思います、偶然に運転席に転がっていたんだよ、ほらゲームだとよくあるよね? と周りの少女たちへと飄々と説明をしていたおっさんである。
もちろん現実で銃が転がっているなんてあるわけがない。だが、賢明な少女たちはツッコまなかった。恐らくはおっさんよりも知力の数値が高いのだろうことは間違いない。
「強いんですね、神様って。そろそろ名前を考えましょうか?」
トテトテと後部座席から歩いて来たツグミが輝く笑顔でアホなことを言ってくるので嘆息で返す。
「私は大樹のエージェントだと言っただろう? 漫画の見すぎだな、君は」
「え〜。だってメイドさんに人語を話す狐をお供にした人間なんていないと思いますよ!」
「ナインは強い。きゅーこは……最近のペットは人語を話すんだ。ほら、バイリンガルのペット版だな」
無理のある説明をしようとするおっさんであった。どう見てもおかしいパーティーなので、誰が話しても言い訳は難しいだろう。おっさんでも無理なんだから、どんなに天才でも無理なはずなのだからして。
というかバイリンガルな狐とはどういう存在なのだろうか。
「駄目よ〜、ツグミ。無理を言ったら駄目だからね〜」
「む〜、わかったよ、お姉様」
初も歩いてきてツグミへとほんわかした雰囲気で話しかけるので、ツグミも拍子抜けした感じで矛を納めた。ナイス初、さすがはお姉様と呼ばれる美少女だと感心しちゃう。でもこの少女の暴走を最初から止めてほしかったんですが、無理なのかな?
「地図によると、もう少しで大き目の街に到着する。そこで一休みをしてから京都へと向かうぞ。仲間たちを起こして準備をさせたまえ」
「わかりました〜。それでは皆を起こしますね〜」
「は〜い。わかりました。でも、大きな街なんて大丈夫なんですか?」
ツグミが手をギュッと目の前で握って、不安げな表情を見せるので
「もちろん大丈夫ではない。大丈夫にするしかないな」
強いかもしれない豆電球並みの光を目の中に見せてツグミに答える遥。今のセリフは渋かったなと、口元が緩むのを防ぐのにいっぱいいっぱいだったとか、そんなことはない。
何はともあれ、奈良県の最初の大きな街に到着するおっさんのツアーであった。
「この道を北上すれば奈良市に着くのか。ふむふむ」
紙の地図って、見方が難しいよね、ナビが必要だと思います、ナビ付きのバスだったら良かったのにと思いながら、いつぶりになるかも分からない程久しぶりに地図を読み解いていると
「あの〜……。先生はなんというか、神様っぽくないですね〜」
遠慮がちに尋ねてくるのは初である。バスはどこかの観光地用の大きなレストラン兼お土産屋前の駐車場に駐車しているが、駐車場の周辺を半笑いで見ながら声をかけてきた。そして、私は先生になったらしい。
「凄いよね! これなら私たちも安心です!」
フンフンと鼻息荒く、小さくジャンプしながらツグミが周りを指さしながら言ってくるので
「あぁ、偶然にバスにあれが積み込まれていて良かったな」
周りでタタタと小さい金属を叩くような音をたてて、ゾンビたちを防いでいる物があった。
「ミュータントを検知。攻撃を開始します」
機械音声がその物から聞こえてきて、通路の角からよろめきながら近寄って来るゾンビへとタタタと銃弾を撃ち放ち、あっさりと倒した。
何を隠そうトランクケース型対ミュータント用タレット改サイレンサー付きの最新型である。偶然にもバスの荷物置き場に八台も納められていたのだ。なので、駐車場と通路を見渡せる場所などに設置して、近寄るゾンビを倒していた。
レストラン兼お土産屋の中は既に殲滅済みである。なので少女たちはまたもや物資調達に勤しんでいる。
「バスにあんなものを積んであったら、物騒極まりないと思うんですが〜……」
ツッコミをいれないといけないのかしらと、困った表情の初であるが、もうゾンビを倒すのは飽きたのです。大勢のゾンビをひたすら倒すだけのゲームって、遥の性格上すぐに飽きたのだ。なので、タレットがあっても仕方ないよねと思う遥。ゲームではよくある話だよと。
どこらへんが仕方ないのかはおっさんの基準によるだろう。少なくとも一般人の基準とは違うと思われる。少なくともおっさんがゲーム脳なのは間違いない。
「そんな些細なことを気にしていたら、この物騒な世界では生きていけないぞ。それよりも気になることがある」
些細なことと言い切って、よいせと、放置された車のフロントに座ろうとして、夏の暑さで熱した鉄板並みの熱さであったので、慌ててバスに寄りかかりながら、ダンディかもしれないおっさんは考え込む。
「ナナシ様、なにか気になることがあるのですか?」
ナインがコテンと可愛らしく首を傾げて聞いてくるので、気になっていることを言う。
「ほら、この周りには放置された畑などがあるし、ゾンビはそこまで町外れならば多くはない。生き残れる可能性が高いんだ」
手を振って、周りを指し示すと誰も世話をしていないので雑草だらけになっている畑が見える。だが、収穫をしていないから、少なからず野菜などもその陰に隠れるように育っていた。
これらと町の中の物を回収すれば生き残れる人はいるのではなかろうか? 少なくとも少女たちが生き残っていたんだし。
なのに感知内には誰も生存者がいない。これは不自然すぎるのだ。
「なるほど……、マ、ナナシ様の仰るとおりですね。なんで生存者が誰もいないんでしょうか?」
ナインも遥の言葉に同意を示して考え込むが、答えは出ない。生存能力が高い人間たちが一人も生きていないとは、少し考えにくい。それならば答えは一つではないだろうか?
「うむ、たぶん皆でどこかに集まっている。ここは支配級はいないだろうし、単純に生存者たちが避難場所をどこかに作っているんだ」
「え〜、それじゃ、私たちは見捨てられたんですか?」
プンプンと頬をリスのように膨らませながら、元気娘なツグミが尋ねてくるが、顎に手をあてて、その問いかけ内容について考える。
「どうだろうな、見捨てられたのが幸運だったかもしれないぞ? まだ状況はわからないしな」
「避難所がどうなっているか、わからないということですか〜?」
「二年以上経過しているんだ、もう避難所ではなく街とかになっていてもおかしくはない。まぁ、全滅している可能性もあるが……。可能性としては低いな」
人間同士がゾンビから身を守り、避難場所を作る。さて、その先はどうなっているのかという話だ。生存者の数が多ければ多いほどトラブルは乗数で増えていくだろう。映画とかでよく見たので間違いない。人間同士のトラブルで滅びるコミュニティとかたくさん見てきたし。
映画基準ではあるが、その考えは少女たちにも伝わったのだろう、なるほどと頷いていた。
「とにかく、街を通過して京都まで出たいが……。とりあえずは、少し先の街まで移動して拠点を作る。京都の様子がわかる場所がいいな」
コクリと頷いて、初たちはてこてことレストランまで歩いていった。
「さて、街の中を通るとなるとこのバスでは心許ないよね。改造しておくか」
「お任せください、マスター。少しだけ頑丈にしますね」
ナインがクラフトの見せ所ですねと、胸を張って笑みとなるので、可愛らしいなぁ、任せたよと頭をナデナデしちゃう。
「あんまりゴツくはしないでね。ごく自然に頑張って作り上げたとか、そんな感じでよろしく」
自然にしないとね、あくまで自然にと、周りで不自然に存在しているタレットが銃弾を吐き出している中で、平然と不自然にならないようにと注意をするおっさんであった。
私もスクラップを回収しようかなと、放置された車両を解体しようともしていた。放置車両を解体できるのは自然だよね?
レストランから窓越しに神様たちがバスを改造したり、あっという間に車をバラバラにしているのを見ながら、初は緊張状態を解いた。あの神様は恐ろしい感じがする、なんとなくだが、その冷酷そうな顔つきと、必要以上に私たちにかかわってこない態度も。
「神様って、残酷なんだよね〜。人間たちをどうでも良いと思っているのかも」
神話の世界の多くの神様は人間より欲望に忠実で残酷だ。人を花に変えたり、化物へとライバルを変身させてしまったり、気に入った女性を攫ったりと、好き放題なことをしていた。
あの神様は大丈夫なのだろうか? 優しさも感じるけれど……。目の前にいると、どうしても緊張しちゃうのだ。
まさか、おっさんが元女子中学生と話すことが苦手というか、本能的に警戒しているから、絡んでこないなんて夢にも思わない初である。
「大丈夫だよ、お姉様。チョコレートも貰えたし! あのチョコレート、凄い美味しかったし、体調が悪い娘も顔色が良くなったんだよ!」
ツグミが元気に初へと言うと
「先生はきっと優しいよ」
「うんうん、先生の側から離れないようにしないとね」
「私たちはイブになるのかなぁ」
「ナインちゃんが警戒しているから無理だよ」
ワイワイと周りで物資を漁っていた少女たちが笑顔で言ってくるので、そうかなぁと疑問に思う。
「でも、今は頼りになるのは先生だけだし、考えるのはやめておきますか〜」
考えても仕方ないことだ。それよりも物資を集めないといけない。土産物屋が一階、二階がレストランになっているよくある観光地のお店だ。食べ物のお土産はたくさん店に並べられており、分厚い埃が積もっている。
クッキーなのだが、もはや食べられはしないだろう。年数が経過しすぎている。レストランに缶詰があればいいんだけどと、二階へと上がると、静寂に包まれた中に長テーブルが寂しく並んだ姿があった。
先行して他の少女たちが厨房で戸棚とかを開けており、缶詰を持ち出していた。少し錆びているけど、大丈夫だよねと話し合いながらリュックにどんどん入れているので、収穫があったのだとわかる。
初たちも合流して、ひょいひょいと缶詰を詰め込む中で、不思議そうに首を傾げる友だち。
「なんか、変じゃない? ゾンビたちがいたような形跡があるし、足跡も残っているのに死体がないね」
ホラほらと指指すのは、埃にくっきりと残った大人の足跡。数人はいたのであろう、入り乱れて階段へと向かおうとしており、倒された跡も埃の無くなっている様子からわかるのに死体がない。
「たぶん先生が倒したんでしょ? 死体は運んでおいてくれたのかな?」
「う〜ん、ここまでで死体を見た人いる?」
皆でウンウンと唸って不思議な様子に悩んでいると
「あの〜、たぶん先生に倒されたゾンビは浄化されちゃうんだよ。私、バスの中でゾンビを倒す先生を眺めていたんだけどね、倒されたゾンビが少ししたらキラキラと淡く光って消えちゃうのを見たんだ」
「お〜、さすがは神様だ! なるほどね〜」
感心をして少女たちが、ワイワイと興奮気味にまた話し始める。先生は神様だと改めて理解したのだから無理もない。
迂闊なるおっさん。浄化機能をオフにしていないので、どんどん人間だとは思われなくなるのであった。でも迂闊の塊でできているかもしれないので、おっさんらしい。
「先生についていこう! 見捨てられない様にしないとね」
誰かがそう宣言すると、そうだねと強く皆は頷いた。可愛らしい生徒でいようと一致団結した瞬間であった。
これからどうなるのかわからないけれども、たしかに最善策だと初は外を覗く。
その先にあるバスは僅かな時間に鋼鉄に覆われた装甲車になっており、周りの放置車両は先生が全部解体していた。
調子に乗ってスクラップを集めまくったおっさん。周りの目をすっかり忘れて楽しんでいたりする。
「う〜ん、先生たちは悪い神様ではないよね〜」
信じたい心も手伝って、そう呟くと皆を連れてバスに向かうおっとり娘であった。




