429話 下山を開始するおっさん
わいわいと黄色い声が外から響いてくる。キャーキャーと喜ぶ少女たちの声だ。それを聞きながら、知覚は鈍くしておこうとあんまり声が聞こえないようにしながら、遥は思う。
なんで黄色い声って、よく表現をされるのだろうか。あれってどういう意味かなと。
そんなアホなことを考えている通常運転のおっさんであったが、目の前に座っている少女は綺麗な正座をしながら頭を深く下げてくる。あんまり下げると土下座になっちゃうよ?
「助けて頂きありがとうございます、私の名前は不知火初と申します~。隣が不知火ツグミ、私の大事な妹です~」
ふ~んと少女たちを観察する。17歳ぐらいかそろそろ大人になりそうな初、大樹作成、水を使わずに身体を洗える石鹸を使い一応綺麗になった、ふわふわロングの髪、のんびり屋の可愛らしいおっとりとした美少女だ。もう一人のツグミという少女は16歳ぐらい?ショートヘアで、ぴょこんと両側が外はねにはねている元気そうな少女だ。
「ご丁寧にありがとう。私の名前はナナシ。こちらが私の」
「妻のナインです。これがペットのきゅーこです」
珍しく遥の言葉に被せてくる積極的なナインさん。あれあれ、妻って説明しちゃうの? 私は淫行罪にならないかな? でも結婚しているのならば大丈夫か。あれあれ、レキさんや、精神世界で不機嫌にしないでね、あとでナインとバトルする? それは自宅に戻ったらお願いします。
見かけはくたびれた中年のおっさんと、自分たちと同じぐらいの年齢に見えるメイド。その二人が夫婦と言っているのに、特に驚くことはせずに二人は頷いた。神様と思っているから不思議に思わないのかな? 助けたあとにどうしよう、かなり困った事態になりそうな予感。
なぜナインが積極的に発言したのかは明らかである。
「さて、どうして少女たちだけでこの社にいたのかを説明してもらえるかな? ここは女人禁制の場所なのだろう? 他の人たちはどうしたんだ?」
腕を組んで初に質問をする。そう、この山は女人禁制のはずなのに、少女たちの団体が寝泊まりしていたのだ。それに警戒したのだろうナインは牽制をしたという訳。確実に褐色少女の悪い影響を受けていると思います。そして絶対にいるはずの大人の男性どころか、他の人たちもいない。20人程度の少女たちがいるだけだ。
「それはですね〜、男性の方々は私たちと入れ違いになったんです。ゾンビたちが現れた当初私たちは連休を利用した中学校の親睦旅行だったんです〜」
「親睦旅行?」
なにそれ? と尋ねるおっさんへとほんわかした笑顔で初は自分たちがなぜここに来たかを教えてくれる。
「中学校一年生から三年生の希望者による親睦旅行です。うちの学校はそういう行事が盛んでして〜」
「お姉様と旅行していたんです! そうしたらこんなことになっちゃったんです」
へぇ〜、随分セレブっぽい行事だね。おっさんの中学校ではそんなイベントはなかったよ。しかも女子校だよね? セレブかな? いや、たぶん大金持ちと言うわけではないが、それでも上流階級の人たちなのだろう。良いなぁ、私もセレブに生まれたかった。生まれで人生が決まる訳じゃないとか、小説とかで主人公とかが言うけど、現実は上流階級の生まれがコネも金もあって、将来安泰だよね。おっさんは喜んで決められた人生のレールを走り抜けますよ?
でも、そうしたら、ナインやサクヤと出合わずに死んでいたか。まぁ、人生逆転勝ちの宝くじに当たったという感じなのだろうけど。
「それで、男性たちは街へと降りてしまいました。私たちはここの近くまでバスで移動していたんですけど、運転手も助けを求めに行って、先生は……」
「あぁ、ゾンビになったわけか。なるほどな」
セレブ学校の少女たちの先生かぁ、ストレス溜まっていたんだろうね、南無〜。
間違いなく、おっさんもこのセレブな少女たちの先生になったら、ストレスというか、嫉妬心で燃え上がるだろうと確信していた。おっさんは小市民の鏡なのですぐに羨ましいと思うだろう。でも、あんまり持たないかも、すぐに嫉妬心を持つことに飽きちゃうかもね。物事に飽きる速さにも定評があるおっさんなので。
「私たち以外には女子供がいないことも災いしました。男性の方々はこんななにもない所で救助を待つことはできないと出て行き、それを止める者がいなかったので〜」
「私たちは止めたんですけど、すぐに助けをつれてくるからって言っていなくなったんです! こういうの映画とかだと絶対に死んじゃうパターンなのに!」
ツグミが当時を思い出して憤慨するが、たしかにそのとおりだ、まぁ、当時の人間にとっては世界すべてが崩壊しているとは思わないだろうからなぁ。
こんな所で少女たちは暮らしていたのかと、周りを見渡す。やけにボロボロの古めかしい木造の社だ、雨漏りもしているように見えるし、ペットボトルやらお菓子や空き缶が山となっている。旅行と言っていたから、なんとか暮らしていこうとボロボロの服などが毛布代わりに置かれていた。調達したのか泥だらけの毛布も見える。人間の生存能力の凄さを感じるいつもの光景とも言える。
というか、この社なんとなく変な感じがする……ライトマテリアル量が多いし、なんとなくこの世の物とは思えないような……。こんなボロボロの社がこの山にはあるの? 世界遺産だとしてもおかしくない? でも、まぁ良いか。超常の力が溢れる不思議な世界だし。
「あの、ナナシさんはなんの神様なんですか?」
さっき神様ならば知らないフリをするとか二人で言っていたような気がするのに、ツグミが尋ねてくるので、どう答えようかと迷っていると
「もしかして、無名の神様ですか? 小さい社を作って崇めたほうが良いですか?」
フンスと鼻息荒くこちらへと顔を近づけながら、ツグミは漫画を参考にした言葉を言ってきた。少女よ、あれは二枚目の主人公だから喜ぶ姿が絵になるんであって、おっさんが喜ぶと競馬で大穴当てたぜと喜ぶ、絵にできない姿になることは間違いない。
仕方ないのです軌道修正をすることにして
「私は大樹国のエージェントだ。ここには観光に来ただけだと言っただろう?」
と、とりあえずは伝えておく。神様ではないですよとは最近の自分を省みると言えないので。
「大樹国って、なんですか〜? 日本にきた外国の方ですか〜?」
「違うよ、お姉様! きっと外ではもう数百年経過しているんだよ、だから新しい国ができているのかも」
初とツグミの言葉に苦笑をする。黒目黒髪、くたびれたどこから見ても日本人のおっさんなのに、日本人と言わなかったからだろう、想像心が逞し過ぎる少女だ。
なかなか面白い少女だなぁ、と膝に乗せているきゅーこを撫でながら間違いを正すために教えてあげる。ちなみに撫でながら細かく千切った油揚げをあげているので、きゅーこに膝から逃げられることはない。おっさんの驚異の技である。ケーンときゅーこもご機嫌で尻尾をフリフリしていた。
「残念ながらロマン溢れるストーリーではないな。日本を含めて世界が滅んだあとに建国された国の名前だ」
え? と顔が凍りつくような表情へと変える初たち。ちょうど戻ってきた他の少女たちへも同じように語るためにこれまでのことを教えてあげるのであった。極めて気が乗らなかったけれども。
シクシクと泣くかなぁと思っていたら、意外や意外、少女たちは落ち込みはしたが泣きはしなかった。ここで二年半近く住んでいただけはある。
日本が滅び、新たな国が作られて、ほそぼそと人々は復興の道を歩みながら頑張っていると、正直に説明してあげた。どうもおっさんぼでぃだとふざけることが難しいんだよね、やはり美少女でないと駄目だと思う。おっさんがふざけたらタコ殴りにされそうだし。
「私は日本の中でも白い壁に覆われた特異な場所、京都府と奈良県を観光、もとい探索に来た。なので、これからはあの白い壁の破壊方法を探すために下山するつもりだ」
「えっと〜、外は危険ですよ〜。今まで戻ってきた人たちはいないんです」
初がこちらを窺うように聞いてくるが、フッとニヒルに見えるように頑張って笑って、アヒルに見えないよねと思いながら、立ち上がって告げる。
「問題はない。これでも少しばかり腕に覚えがあるのでね」
もちろんナインがね。
「ついてくるならば、多少は守ってやっても良いがどうする?」
護衛はきゅーこに任せたよ。
「すぐに下山する。時間は有限だからな」
そう伝えて、世界で一番ダンディに見えるようにキメ顔でおっさんはそう伝えるのであった。ダンディではなく頭がダンディライオンかもしれないおっさんではある可能性の方が高いかもだけど。
少なくない重い荷物をリュックに背負い、少女たちは山の中を静かに降りていく。道は舗装されておらず歩きにくいが物資調達で慣れており、山登りのベテランであるかのような動きを疲れる様子もなく見せながら。
「凄いね、この山を疲れる様子もなく降りるなんて」
羽のように軽い刀のみを肩に担いで、おっさんは山の中をノシノシと降りていく。山登りなんて久しぶりであり、体力が無くなったよと、疲れた様子を見せながら。
ゼーゼーと息を荒げて汗が滝のように流れるのを防ぐべく、内緒でリフレッシュを自身にかけまくるおっさん。10分に1回かける勢いを見せていた。ステータスが低いので威力は弱いがそれでも高レベルの治癒術、しっかりと疲労は消えていた。少し歩くとすぐにかけ直すので、どれだけおっさんの体力がないかわかるだろう。
ESPはアホな使い方をしているのに、全然減る様子はない。どうやらレキとESPの量は同じく膨大にある模様。たぶん魂の力であるので、その容量はレキとおっさんは変わらないのだ。
「くっ、リフトかロープウェイはどこかな? 修理するのに、今なら全力で修理するのに」
小声で愚痴を吐きながら、それでも一応少女たちよりは先行して探索しながら歩いているので、その呟きは隣にしか聞こえない。
「大丈夫ですか? マスター」
そろそろ天叢雲を杖にしようかなと、神器を杖替わりにしようとする罰当たりなおっさんへと、心配してナインが尋ねてくる。
「主上様、妾が大きくなって、その上に乗りますか?」
おっさんが使っている神力の膨大さと違い、体力の無さに気遣うきゅーこ。体力は無いようだがその神力は欠片も減る様子が無いので、感心しつつ提案してくる。
「いや、駄目でしょ。やはりレキが必要だ……」
レキならば、金太郎ですねと言いながら可愛らしい笑みできゅーこに乗るほのぼのとした姿を見せられるが、おっさんだと少女たちからは非難の視線しかないであろう。ここにもおっさんと美少女の格差があったよと思い知る遥。
リフレッシュと唱えて回復しているので、傍目には疲れた様子は見せない。一応立派な大人に見えるだろう。見えるよね? これだけ頑張っているんだから。
まだ下山をしているだけなのに、頑張っていると思う駄目な大人であった。
しばらく歩くと麓へと辿り着く。やれやれと周りを見渡すと少し離れた場所に駐車場があり、錆びて放置された車両が見える。フロントガラスが割れていたり、ドアが外れていたりと酷い状況であった。その中に観光バスが何台か見える。
「さて、ようやく麓か。まずはこの周辺の掃除からだな」
もちろん車両の合間にはゾンビたちもいた。こちらに気づいたのか、近寄って来る姿もある。
「マスター、私たちはこの中では応援しかできません。なにかがあって、結界から弾き出されるということもあるので」
「いやいや、ナインさんや。私もそういうのわかるようになったから、嘘だとわかるんだよ。え? とりあえずはお手伝いはなしな感じ?」
ナインの言葉に驚きは見せずに、平然としながら尋ねる。たぶん手伝ってくれないとは思ったんだよね。
テヘッと小さく舌を出して微笑むナイン。可愛すぎる存在なので許しちゃう。可愛すぎるは正義なのだ、あとさり気なくナインはきゅーこも動けないように抱いているので、援軍はない模様。
「ご主人様、弱攻撃から強攻撃に上手く繋げて戦いましょう」
モニター越しにサクヤが口元をニヨニヨとさせながら、伝えてくる。懐かしいセリフだと、遥はニヤリと笑う。たしか始めてのチュートリアルをした時にサクヤが言っていたセリフだ。
「悪いけれども、パンチでは戦わないから」
そう答えて刀を鞘から抜き放つのであった。
ゾンビたちは数十匹はいる。少女たちは一応入り口付近に隠れて貰っているので危険はない。
刀の神々しい光が日差しを照り返す。呻き声を出しつつ、剥き出しの脳や腐った肉体、ボロボロの服を着たゾンビたちが近寄って来るが以前とは違い恐怖はない。
「ふ、きゃ、きょ、恐怖は無いよ? 本当だよ、ナインさん、ピンチの時は信じているからね」
どもりながら刀術アクションとスキルを内心で叫ぶおっさんであった。だっていつ見てもゾンビのリアルな姿は怖いんだもの。情ないことこの上ないがおっさんなので仕方ない。それがおっさんクオリティなのだからして。
近寄るゾンビをたしかな足取りで踏み込みつつ、天叢雲を振るう。
一番近いゾンビが両手を広げて組み付くように迫るが、刀が閃くと首が斬られて、あっさりと地に落ちる。続くゾンビたちを摺り足でスルスルと隙間を縫うように移動しつつ、刀を振るっていく。
キラリと刀が光ると同時にポロポロと首切りをされていくゾンビたち。
囲むようにソンビたちが肉薄するが、煙が上がるかと思われるほどの力強い踏み込みで刀を振るう遥には触ることも無理であった。
刀を振るう姿は常人でもわかる程度の速さであったが、その先見と的確な攻撃でゾンビたちはあっさりと倒されたのであった。あとに残るのは、ヒュンと刀を一振りして平然とした表情で、いや近くで見ればわかるが、ニヤニヤと嬉しそうな表情でおっさんが佇むのみであった。タップダンスをしても良いかなとか遥は喜んでいたりした。
「ドヤァ、サクヤ、どうよ? これが私の真の力だよ。もはやあっちいけとか、刀をぶんぶん振るうおっさんはいないのだよ」
得意気にサクヤへとドヤ顔で戦闘結果を誇るおっさん。わざわざドヤァとか口にするぐらい、喜んでいた。遂におっさんの無双伝説が始まったのだよ。
しかし、油断大敵であった。サクヤへとドヤ顔を見せていたら、車の下からにゅっとゾンビが這い出てきて、足を掴んできたのだ。
「ギャー! ゾンビめ! こいつめ、こいつめ!」
ヘロヘロキック、ヘロヘロキック! もう一度ヘロヘロキック!
パニクって体術をアクティブにしないおっさん。だが、おっさんスーツ改の力もあり、何とか引き離す。そうしてすぐに刀で倒す遥。
「あ〜、びっくりした。気配感知を他のスキルと同時に使わないと駄目だけど、私には無理だしなぁ」
心臓がバクバク波うっているよと、驚きを抑えるべく深呼吸をして胸をなでおろす。今のはやばかった、死ぬかと思ったよ。
その姿は以前とあんまり変わらない情けないおっさんであった。
「お疲れさまです、マスター。周りのゾンビは倒しました。家屋の中は不明ですが。それと今の叫びは少女たちには聞こえていないので大丈夫ですよ」
とててとナインがきゅーこを抱えながら駆け寄ってきて微笑む。あ〜、癒やされる。ナインは私の清涼剤だねと思いながら、少女たちに情けない姿を見せなかったことに安堵をする遥。
見られていたら恥ずかしいし、ナナシのイメージが崩れちゃう。助けたあとのことを考えるとまずいのだ。
「さて、家屋にある食料を回収して、そこのバスを修理して移動を開始しますか」
フィ〜と息を吐いて、サクヤが腹を抱えてゲラゲラと笑っているのを見て、視線で人が倒せればと思いながら遥は次なる移動のために行動を開始するのであった。




