426話 謎のメイドと主人公
旅行へと出かけるために乗っていた電車は目的地までそろそろ到着しようとしていた。アナウンスが流れて、皆は席を立とうとする。
そんな慌ただしい中で、荒須ナナは少しだけ赤面をして、優しい少女をちらりと見る。友だちと一緒にキャッキャッと楽しそうに無邪気に笑いながら電車を降りていく。
むむ、相変わらず可愛らしいなぁと思う。そして、そんなレキちゃんを見ながら、気まずくて離れている場合ではないとも思い出した。
そうなのだ、レキちゃんの役に立っていないのではなんて思う前に私にできることを探さないといけないのだ。
そして、早速、早急に、絶対に役に立てると思えることがあった。
それは同じように電車から降りて、目の前を歩いていく美女だ。怜悧な目つきにスッキリとした鼻粱、スッキリとした唇、全体の顔つきはクールな感じの銀髪が煌めいて美しい女性であった。
服装は古き良きロングスカートの英国風メイド服、カチューシャをつけてできるメイドだとその姿で表していた。
肩に「朝倉レキを育てた謎のメイドにして謎の博士」と書いてあるタスキをかけていなければの話だが。
「フッフッフッ、レキ様はそんなに凄いですか? そうでしょう、そうでしょう。なにしろ私が育てましたので、教育しましたので」
「いやぁ、本当に凄いよ。私は兵士だけど、あの化物を見たときは死んだと思ったね」
「そうそう、結界を張る妖怪もいなかったし、槍を持つ少年もいなかったしね」
「最近は手がドリルになるやつじゃない?」
ワイワイと騒ぐ人だかりの中心で高笑いをして機嫌良さそうなメイドであった。サクヤがレキの教育係だと、誰もが認めるアホっぷりだ。レキと行動がそっくりなので、なぜあんなアホな娘に育ったのかを納得させる教育係の銀髪メイドであった。
「うぬぬ……。あの人は横領で捕まえた筈なのに、あっさりとでてくるなんて、やっぱり大樹は油断できないよね」
サクヤの行動で、あっという間にナナの大樹への好感度を下げていく。さすが謎のメイド、碌なことをしない。
というか、もはや外に出歩くのにペナルティは何もないので、旅行に一緒に来たサクヤである。ナインはお家でお留守番。遥は一緒に行かない? と聞いたが、笑みを返すのみであった。なにか企んでいるのかもしれない。
そしてサクヤはアピールを頑張っていた。謎の博士として認知をしてとタスキをかけて、ただ酒を飲みまくっていた。傍から見るとだめな大人の見本である。いや、普通に駄目な大人であった。
サクヤは調子に乗りまくり、天使教の信者からただ酒を貰っていた。ただ酒最高、金持ちだから酒の値段は気にしない? こういうのはただ酒という響きが重要なのだと、ここは天国かなと嬉しそうに笑っている銀髪メイド。
チヤホヤとされて、アハハと笑いながら取り巻きを作りホテルへと歩いていくサクヤ。
「はぁ、アホさに磨きがかかりましたね。さすがサクヤです」
呆れた様子でレキちゃんがその様子を見て、嘆息していた。自分も同じことをしているとは自覚していないらしい。
でもレキちゃんは可愛いし、人の為に行動できる優しい少女だから問題はないのだ。それよりも、悪徳商法をする詐欺師みたいなサクヤさんをなんとかしないと。
久しぶりに元女警官の正義の心を燃やすナナ。詐欺師な少女はすぐそばにいるのだが、さすがにそれには気づかなかった。当たり前だけど。
ガルルと猛犬が唸るようにサクヤを敵意の目で睨むナナ。それを眺めて、まぁ、サクヤだから問題はないかと、気にすることはやめて友だちと遊ぶことに集中するレキ。
サクヤは、私こそがレキ様のメイドにして、教育係ですとドヤ顔で取り巻きに囲まれて遊んでいた。実に質が悪いが、サクヤなので仕方ない。
そうして一行は海へと到着したのであった。
久しぶりの海はゴミも浜辺になくて、奇麗な海であった。レキちゃんのツアーのおかげで、かなりの人々が訪れており、ワイワイと騒がしい。海辺の家で寛ぐ人々、日差しが強い中でも海に入って遊ぶ子供たち。ゴミを見つけたら回収しているトーテムドローン。ドローンだけ未来的だけれども、他は昔懐かしい海辺の光景であった。
「うーみー!」
「きゃー! みーちゃんも、う〜み〜!」
「リィズも、うみー!」
「ひ、ひかるも、うーみー」
レキちゃんたちがテンション高く海に向かって仁王立ちになり叫んでいた。
その中でも、きゃあ、恥ずかしいと光ちゃんが恥ずかしがっているのを取り囲んで、レキちゃんたちが恥ずかしくないよ? 光ちゃんもこちらの世界に来ようよと、かかってはいけない病気へと罹患させようと囁いていたので、思わず笑ってしまう。その病気にかかったら大変だよ〜。
さすがに蝶野さんの奥さんは赤ん坊がいるので、部屋で寛いでいるみたい。保護者としてついてきたが、夏の暑さは日差しが強いし赤ん坊にはあまり良くない。それに、ここのホテルは凄い設備だしね。去年よりも凄くなっているし。
蝶野さんがライフセーバーよろしく周りを見ているし、本部が用意した人たちもいるので、泳ぐ人は安心できるだろう。ここらへんの手際の良さはさすが大樹だと感心する。
「おぉ〜。ナナさんは黒ビキニですか、なんだかナナさんにしては珍しいチョイスですが似合っていますよ」
私に気づいたレキちゃんたちが、てこてこと歩いてきた。
「ありがとうね。レキちゃんたちも似合っているよ」
四人ともセパレートタイプの水着で仲良く揃えていて可愛らしいし愛らしい。レキちゃんが青、リィズが赤、みーちゃんが緑、光ちゃんが黄色のフリルのついたタイプである。
「ふふふ、実は皆で水着を揃えようと私が提案したんです。可愛いですよね、お揃いだと」
ぴょんぴょん飛び跳ねて、明るい笑顔でレキちゃんが伝えてくる。
「ムフ〜、リィズが赤! リーダーの赤!」
「みーちゃんの水着はね〜。着てると凄い身体が軽くなるの。ほらほら」
きゃー、とみーちゃんがジャンプすると2メートルはジャンプできた。え? 今のなに? いや、誰がそんな機能をつけたのかはわかるけれども。
ジト目でレキちゃんを見つめると
「さぁ、皆で海で泳ぎましょう。絶対に溺れない水着です。ただし潜ることも10秒までしかできない欠点がありますが」
てってけって〜、と口ずさんで私の視線を逃れるように海に入りに行っちゃうレキちゃん。
「光も行きます」
「みーちゃんも、みーちゃんも!」
「海の上を歩く機能はどこにある? 妹よ」
三人ともレキちゃんについていき、海に泳ぎに行く。凄い機能の水着だけれども、どうやら溺れない機能付きみたい。相変わらず優しい少女であると、嬉しくなっちゃうなぁ。
自分のことではないのに嬉しく思って、しばらく浜辺に座りのんびりとしながら心がポカポカしている私だったが、後ろから良い気分を台無しにする声が聞こえてきた。
「このレキ様の可愛らしい姿が映る生写真がたったの1500マター。安いですよね? え? 天使教の人ですか、それならば割り引き価格、3枚で4450マターで譲っちゃいます。特別価格ですよ?」
くるりと振り返ると、写真の束を片手に、集まっている人々へと商売をしているメイドがいた。そして特別価格と言う割にはせこい。がま口財布に紐をつけて首にぶら下げて、商売をしている。
集まっている人たちは天使教の信者もいるけれども、普通の人もいるのはどうなんだろうか。いいなぁ、私も欲しい。
いやいや、違う違うと慌てて首を横に振る。どう見てもレキちゃんを利用して荒稼ぎをしているようにしか見えない。レキちゃんの写真はあとで一緒に撮影しておくと決める。
そうして、サクヤさんが、皆に写真を手渡そうとしたときであった。横あいから飛び出してくる小柄な少女たちが叫ぶ。
「写真を燃やせ! レッドなんちゃらマジシャンズ!」
海で泳いでいたレキちゃんが水を滴らせながら、ニマニマとした悪戯そうな笑みで、両手を交差させてへんてこな構えをしながら叫ぶと、サクヤさんの手にしていた写真がメラメラと燃えだす。
「斬り裂け! バッギクロス!」
リィズが身体をグルリと回して同じように叫ぶ。燃えだした写真はバラバラの細切れになり、風に吹かれて飛んでいった。
「みーちゃんも、ウォーターなんとか〜」
えいえいと、みーちゃんが手に持つ大きな水鉄砲をサクヤさんに向けて楽しそうに撃つ。
「えっと、ビーチボールあたっくです」
小さなビーチボールをサクヤさんへと光ちゃんが山なりにぽすんと当てる。うひゃあと、わざとらしく倒れ込むサクヤさんへと上から、レキちゃんが腰に手をあてて見つめて言う。
「駄目でしょ、私の写真を売らないでくださいサクヤ」
「え〜。恵まれない私への寄付代わりですよ、寄付金は税がかからないんです」
「早くも来年に施行される税の抜け道を考えてくれてありがとう。でも寄付金はちゃんと役所に承認されないとだめなんだよね、特に高額金は。そしてこのお金は私たちのおやつ代に決定したから」
ひょいとサクヤさんの財布を手にとって、海の家へと向かう。
「待ってください。ちょっと、紐が首にかかっているんです、グェェ」
「大丈夫、サクヤは頑丈だから、紐に打ち勝つよね」
ズリズリと引きずられながら、サクヤさんが苦しむ素振りをしていたが、フンフンと鼻歌を歌ってレキちゃんは歩いていく。リィズたちも一生懸命にキャアキャアと嬉しそうについていくのであった。
写真を買っていた人たちも仕方ないなぁと解散をするのを見ながら思う。
レキちゃんの教育係にしてお世話係。たしかにレキちゃんはいつも以上に気安い感じをサクヤさんに見せている。私たちに対してあんなに暴力的なことをしたこともないし。
むぅ、と私は自分の思いにため息を吐く。彼女が教育係なのも問題だが、私は嫉妬もしているのだと気づいているから。
でも、それとこれとは別なのだ。彼女は悪影響しかレキちゃんに与えていないと思うので、あとでちゃんと話し合うべきだろう。
ぐっ、と拳を握って決意するナナであった。
海遊びも終わり、花火が夜空にあがっていた。バーンバーンと奇麗な大輪が闇夜に咲いて美しい。まだまだネオンの光なんかもないし、夜空には満面の星空が映る。
「たまや〜」
「かぎや〜」
「ふぁいやー」
「や〜」
楽しそうに花火が上がるたびに、少女たちが嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて楽しんでいるのを横目に私は人だかりから離れた場所へと移動していた。ザクザクと砂浜を踏みしめる音が妙に耳に残る。
暗い闇夜に花火の灯が照らし出される浜辺から離れた岩辺にそのメイドは座っていた。昼間の馬鹿騒ぎが嘘のように静かに徳利から酒をお猪口に注いで、クイクイと飲んでいた。悔しいけれども、その姿は絵になっていて美しかった。
私が来たことに気づいたサクヤさんがこちらへと向いて薄く笑ってみせた。
「こんにちは、ナナさん。ナナさんで良いですよね、私のこともサクヤと呼んでください」
「良いですよ、こんにちはサクヤさん。今日はお呼びだてしてすいません」
ペコリと頭を下げて感謝を示しながら考える。昼間と見た目というか、感じが違う。なんというか、アホっぽくない、冷たい見た目通りの女性に見える。怜悧な女性に見えるのだ。
ふふっ、とニコリと笑ってサクヤさんはクイとお酒を飲んだ。
「いいえ、お気になさらずに。私もナナさんとお話がしたかったので。で、今日はなんのお話でしょうか」
落ち着きのある声音で、のんびりと聞いてくるので、私はゴクリと息を飲んで気を引き締める。
「レキちゃんの話です。サクヤさんの教育方針はどういう感じなんでしょうか? あと、普通に未だに横領していませんか?」
「直球ですね〜。ナナさんの話は簡単明瞭で良いですね。教育方針ですか………」
ふむぅ、と顎に手をあててサクヤさんは顔を俯けて
「今のレキ様を見て、どう思いますか? 貴女は初期のレキ様、弱い頃のレキ様の時からの知り合いですよね」
反対に尋ねてくるので、少し意表をつかれたが、言われた内容について考える。レキちゃんの初期の頃かぁ、出会った頃から可愛らしい、そして突拍子もない行動をとる少女であった。でも、人々を助ける優しい心をもった少女。いつもはアホっぽい行動が多いけど、戦闘では冷酷な戦士へと早変わりする美しい少女だ。
「変わってはいないと思いますよ。強さは全然変わっちゃいましたけれども、優しいレキちゃんのままですし」
その答えに、予想していたように頷いて再び酒を飲むサクヤさん。静かな声音で再び口を開く。
「では、質問です。弱い人間が物凄い力を手にした時、その人はどうなるのでしょうか?」
「う〜ん……好き勝手に行動する? ううん?」
首をひねりながら、考える。強い力を手に入れたとき、弱い人間ならば好き勝手に生きようとするのではなかろうか。そしてサクヤさんの言いたいことがなんとなく予想できた。
「好き勝手にしていないレキちゃんの教育は自分の功績だと言いたいんですか?」
そうですよと言う答えがあるのだろうと予想していた私に、意外にも苦笑しつつかぶりを振って否定するサクヤさん。
「違います、私はなにもしていないんです。私の予想としては人々を善意の元に支配をするか、悪意の元に独裁者となるかだと予想していました。チートを手に入れた途端にいじめられっ子が、ドヤ顔で努力をして強くなった小悪党へと説教をするように」
クスリと含み笑いをして、話を続ける。
「きっと、本部へと生き残りをすぐに回収すると思っていたんです。得意気に、ここなら暮らすのに問題はないと言いながらハーレムでも作ると思っていました。よくある話だと思いますが、人間なんてそんなものですよね。自分の手に入れた力を披露したくて仕方ない存在です」
「そんなことにはなりませんでしたよ? 私たちは若木シティで暮らしていますし、レキちゃんは説教する方じゃなくて、される方だし。この間も百地隊長に怒られていましたし。それにハーレム? レキちゃんはそんなものを作りませんよ、それを言うなら逆ハーレムでしょ?」
「そうなんですよ。まったく行動を変えませんでした。いえ、端々では変わってはいるが本質は変わってはいない。想定外でした、ですがこれで良かったのだと最近思います。今まで失敗していたのは、なんだったかと思うほどに順調ですので」
いまいち話が食い違っている感じがする。何かわからないけれども、どうもなにか食い違いがあるような……。
「大樹に従っているのは自身の考えからです。今のレキ様は誰にも止めることはできません。あれは良心の元に行動しているのですから」
むむ、とその言葉に考え込む。たしかにそうかもしれない……彼女を誘導することはしているかもしれないけれども、大樹も強くは言えないのだろう。
「善人ならば力尽きるまで戦うか、秩序の元に新しい世界を作ろうとして、保護した人間たちにその厳しい秩序に対して反逆されて失敗する。悪人ならば独裁者となり、やがて善なる全ての力を使い果たして死んでしまう。そうして後世では聖者とか悪魔とか呼ばれる程度の存在で満足して死んでいく。私の望んだ存在にはなれないのが今までの流れでした。今まではそんな感じでうまくいかなかったのですが、アプローチを変えて成功でしたね」
「なにが言いたいのかわかりませんが? 今までの実験結果なんですか?」
私の言葉に謎めいた笑みで、なにも言わずに酒を飲み続けるサクヤさん。答える気はないみたいだが、たぶんそうだったのだろう。量産型と呼ばれる少女たちの中でも、人外の力を持っていたので、力に溺れていった人たちがいたのではないだろうか。
「これ以上は内緒です。お酒の美味しさに少し口が滑りましたね」
「むむ、よくわかりませんが、教育していないのは理解しました。だからレキちゃんはあんなに無邪気な様子なんですね」
「そのとおりです。あの人は常に無邪気な少し良心のある中立という存在なので、見ていて飽きません。あと、アホっぽいのを無邪気と言い直さなくても良いですよ」
容赦ない言葉に苦笑で返してしまう。だが、それならば次の話だ。
「そのお酒、自分のお金で買ってます?」
「……………」
「サクヤさん?」
「もちろん、レキ様の奢りです。では、サラバッ!」
シリアスな雰囲気は消して、フハハ、私は怪盗サクヤと叫びながら、身を翻して物凄い速さで走って闇夜へと消えていった。
「こら! やっぱり横領! ちょっとまちなさ〜い!」
そう言って荒須ナナはサクヤを追いかけるのであった。
サクヤの謎の発言は、闇夜の海に消えていってしまった。ナナはあんまり気にしてはいなかった。意味が理解できなかったゆえに。




