425話 壁を壊すおっさん少女
しゅい〜んと、微かな音がして窓の外の風景は物凄い速さで流れていく。自分がいる場所は結構な騒ぎになっているのに、外は静寂が支配をしている、そんな感じの風景がどんどん流れていく。
流れていく風景は相変わらず廃墟や放置された車両も見える荒れ果てた世界であったが、この世界はこんなものだと別に気にはしなかった。
それよりも小柄で子猫のような幼気な美少女には悩みがあった。
「はぁ〜、アンニュイです」
ふぅ、と窓枠に頬杖をついてため息を吐くと
「きゃー! みーちゃんもアンニュイです!」
「えっと、私もアンニュイです」
「ふぉぉぉ、リィズも、リィズもアンニュイ!」
周りに座っていた幼女たちが話にのって明るい声音で声をあげる。みーちゃんと光、そしてリィズであった。レキはその様子を可愛らしいなぁと、アンニュイと発言しながらほんわかしてしまう。
リィズは来年高校生になるのに、その精神は子供からなにも成長していないような感じがする。性格なのだからか仕方ないのかも。レキに至っては、後ろにいるおっさんは何歳だっけと冷たい目で見られるかもだが。
とりあえず幼女チームで良いだろう。何歳なのかは気にしてはいけない。精神年齢で見ないといけないのだ。精神年齢が低いと自分で認めるおっさんがいるかもしれない。
「レキおねーちゃん、アンニュイってどういう意味?」
質問好きなみーちゃんがコテンと可愛らしく小首を傾げながら尋ねてくるが、レキはうぐっと言葉に詰まってしまう。アンニュイって、どういう意味だっけ? なんとなく使ったけど英語は自分にとって宇宙語なので範囲外なんだよね。
「アンニュイはフランス語でけだるいという意味。何か悩みがあるの? レキ」
がが〜ん、英語ではなかった。そしてリィズがあっさりと答えることに驚いちゃう。さすがお姉ちゃん、私の上位互換だ。
意味もわからずに、なんとなくで語句を使うおっさん少女であった。
そんなことよりも、リィズが気遣わしげなので、心配させないように答える。英語だと思っていた自分が恥ずかしくて誤魔化したいわけでは決してない。
「なんだか、ナナさんを始め、ゴリラチーム、いえ、蝶野ゴリラや仙崎ゴリラに避けられているような感じがしてアンニュイなんです、アンニュイで意味あっているかな?」
全然心配させないようにする返答ではなかった。正直すぎる子供な美少女であった。
主人公なら、なんでもないよと答えて、悩みを黙ってすれ違いが始まって、なんやかんやとイベントがあるのだが、脇役なおっさんだし、そういうすれ違いはいらないので言葉にしたのだ。イベントブレイカーな遥であった。やっぱりレキは精神世界で寝ているので遥にします。
ふむ、とリィズは顎に手をあてる。お姉ちゃんを頼ってくれて嬉しいと、口元をニマニマさせているところが真剣度合を疑ってしまうけれども。
「ちょうどよい、この旅行で話し合うべき。私もフォローをするから」
「仲直りするの? みーちゃんもお手伝いする!」
「わ、私も光と自分の名前を口にしながら話さないと駄目でしょうか?」
みーちゃんが笑顔で嬉しいことを言ってくれて、光は別のところで悩んでいた。リィズやみーちゃんの影響かと、使わなくても大丈夫だよと伝えておく。
そんなこんなで話し合っている場所は超電導電車の車両。今日は大勢で海に向かっているのだ。去年と同じように。
今回も1泊2日1000円ツアーである。いや、もう通貨の単位は円じゃなくてマターだけれども。
崩壊前ならあり得ない大きさの電車。フカフカの対面座席のソファにテーブルまでついている豪華な内装。外国の一等席の寝台車よりも、断然豪勢な一等客席。正直、乗っている時間を考慮すると必要ないと思われるのだが、どこかのクラフト好きな少女が作ったので仕方ない。他の車両より2000マター程高いだけの車両に大勢の人が乗っていた。
この車両が活きてくるのは、北海道までの線路が開通してからだろう。寝台車付きなので、絶対に走らす気満々なロマンを持つ遥であったが、今日はアンニュイなのだ。フランス語でけだるいという意味らしいと、あとで知ったかぶりをして誰かに教えようと思いながら席を立って、てくてくと少し離れた場所へと向かう。
目指す相手は座っており、ぼーっと外を眺めているのでこちらに気づいた様子はない。
なので、可憐な笑みと鈴を鳴らすような可愛らしい声音で声をかける。
「こんにちは、ナナさん。お元気ですか?」
その声に気づいたナナは遥を見て、慌てるように挨拶を返す。
「こ、こんにちはレキちゃん。きょ、今日は良い天気で良かったね」
多少口籠り、目が泳いで、私は挙動不審ですと態度で表すナナに、思わず苦笑してしまう。正直者すぎるでしょ、この人。
むぅ、と幼気な表情を不満へと変える外面詐欺な美少女。ジロジロとナナの様子を眺めると、対面に座っていた蝶野母がレキとナナの様子を見てため息を吐いた。
「どうやらレキちゃんはご不満らしいわよ、荒須さん。原因はわかっていると思うけれど」
「うぅっ、わかっていますがなんというか……ね?」
気まずそうにするナナを見て、蝶野母はクスリと笑うと
「それじゃあ、私はレキちゃんの座っていた席へと行くわ。あの子たち放っておくとお菓子をお腹いっぱいまで食べちゃうし」
お昼ご飯が食べれなくなるわと、抱っこしている赤ん坊と一緒に席を立って行ってしまった。四席だが偶然か、他には誰も座っていなかったので、とうっとソファへぽすんと小柄な体躯を収めるおっさん少女。レキの姿でそんなことをすると、無邪気な子供が遊んでいるようで可愛らしい。
お互いに対面になって、ジッと見つめ合う。電車の静かな走行音と、離れた場所から酒盛りの騒ぐ声が聞こえる。周りでも楽しそうなお喋りの声が耳に入る中で、ここだけが静寂に包まれていた。
そんな静寂を破るために、遥はジト目でナナを見やって尋ねる。
「どうもナナさんたちの様子が変なので、気になっているんです。私を神として崇め始めましたか? それならば仕方ありません」
コホンと一つ咳払い。そして両手をバッと掲げて叫ぶ。
「ワハハハハ〜、私が神なんです。神を敬い給え〜」
悪戯そうに無邪気な笑顔で言う遥。女神ですよ、女神。凄いでしょうと。
「ふぉぉぉ、リィズも神! 妹が神ならば女神の姉、即ち女神!」
いつの間にか横に来ていたリィズが両手を掲げてノリノリで興奮気味に叫ぶ。妹が女神ならば姉も女神なのだ、そこに疑問はまったくない。というか、そこで遥は嫌な予感がした。私はリィズの妹であると言っている。リィズの高校生になるのに成長しない小柄な体型と精神性、そして急速に力をつけるその様子。歳を重ねた様子もないんだけど……、ま、まさかね、とりあえずは放置しておこうっと。
今はナナへの対処が優先事項なのだから。そう、リィズの力の増大も考慮して、後回しにしておこう。後回しにできることはしておくのが、おっさんのスタイルであるからして。
レキとリィズの女神宣言を聞いて、ナナはプッと吹き出して笑う。
「良かった、ようやく笑ってくれましたね」
ニコリと可愛らしい優しい微笑みでナナへと声をかけると、テヘへと頭をかいて
「ん〜、女神だとかは敬わないよ? ま、まぁ、私にとって女神なのは間違いないけれども。……そ、それよりね、気まずかった理由はね……」
口籠りながら、それでも決意したように頭を勢いよく下げて言う。
「ごめんなさい! 私はあんなに強い敵とレキちゃんが戦っているとは思っていなかったんだ。きっと今の私たちならば倒せる敵と戦っていると考えていた! 大樹はなんて酷い組織だって、ずっと考えていた……」
頭を上げながら、多少涙目になりナナは話を続ける。
「大樹の人々がレキちゃんを救世主と呼ぶ理由がわかったよ……。あんな化物と戦うには多大な犠牲を伴うだろうし、負けちゃうかもしれない。だからレキちゃんが必要だったんだね」
「そうですね。支配級の中でもあれは特に強力なタイプでした。まぁ、あんなに強い敵はポンポン出ないので、あれは特別ですよ」
遥は慰めるように言う。きゅーちゃんはたしかに強かった、でもあれはレキも楽しんでいたのだ。介入禁止、神の戦いというやつである。
「私……いつかレキちゃんが戦うことがなくなるように頑張っていたつもりなのに、あんな化物がいるんじゃ、いつまでたってもレキちゃんを戦場から離すことができないと思って……。それでレキちゃんを避けていたんだ」
うぅ、とポタポタ涙を流すナナ。どうやら悔しさと悲しさと無力さを感じて泣いちゃったらしい。それに慌てふためく遥。やばい、美女が泣いちゃっているよ、どうしようどうしようと焦り、狐戦よりも気合をいれてナナを見つめる。
「なるほど……。私はたしかに戦うための存在ですが、ナナさんの気持ちは嬉しいです。それにナナさんたちのおかげで、だいぶ戦場から離されていますよ?」
慰めるように、それと最近の状況も考えて答えることにした遥。慈しみを込めて言う。
「ほら、ほとんどの敵は最近では雑魚となりました。大阪府の戦いでも私がぎりぎりまで力を使って戦わずにすんだのは、皆さんのお陰です。強力な敵は稀なんです。これからはもっと私の戦いは少なくなるでしょう……きっと強敵がいる場合のみになるでしょうね。それと偵察の時ですか」
「本当? 本当に私は役に立っている? 少しでも役に立っているの?」
その声は悲痛で、かなり精神的にやられていると遥は理解した。なので本音で語ろうと決意する。
「もちろんです。でなければ、私はのんびりとこうやって旅行にも来れませんよ」
常にのんびりと暮らしているおっさん少女は平気な顔で笑顔になり嘘をついた。全然忙しくないのに。でも自分では本音だと思っているので問題はない。週休6日が私の標準なのだ。それ以上なら忙しいカテゴリーに入ります。
もちろん休みが6日である。
「そっか……私でも役に立っているんだね……」
そんなアホな美少女の現状を知らないナナはゴシゴシと涙を拭う。そうして、遥を見つめてテヘへと少しだけ笑った。
「リィズは高校を卒業したらレキと一緒に戦うからもっと強くなる」
フンフンとリィズが洗濯板な胸を張りながらドヤ顔になる。リィズにとっては確定事項だ、その未来が揺らぐことは、かっこいい戦艦とかを見たときにしか揺らがない。戦艦乗りもかっこいいなぁと考えているので。
「う〜ん、私はリィズが軍人になるのは反対なんだけれど……そこまでいけば自由だよね」
リィズの発言に少し悩む素振りを見せたが、珍しく反対はしないでナナはそう言って、ぱぁんと自分の頬を叩く。
「よし! 私が間違っていたよ。これからも私は頑張る! 自分のできることを精一杯やって、レキちゃんの助けになるよ」
太陽のように明るい笑顔でナナはそう宣言をするのであった。その宣言をむず痒く嬉しいなぁと思いながら、おっさん少女は照れながら言う。
「とりあえず、その紅葉の手形は笑ってしまうので、冷やしましょうか」
くっきりとナナの頬に残る赤くなっている手形を指さして、楽しそうに笑うので、ナナたちもその笑いに釣られて笑顔になるのであった。
少し離れた場所で、その様子を見ていた豪族はビールを片手に苦笑いするが、そこには安堵の感情も混じっていた。
「あれなら姫様は大丈夫だな。荒須の様子も気になってはいたが、姫様の様子が一番気になっていたからな」
「たしかに、大阪府の戦いは兵士たちにとって、衝撃でしたからな。まさかあれ程の敵が存在するとは考えてもいなかったですよ」
蝶野が大阪府の戦いを思い出して、その次元の違いに苦笑する。なるほど、明日屋元帥たちが不安がっていた支配級という敵の強さをようやく実感した。あれは人間の敵うものではない。
「あの戦いを応援しながら見ていた連中の中には天使教に入る人間が一気に増えやがった。……困ったことにかなりの盲信ぶりだ」
「う〜ん……あんまり姫様とかかわらない人間程、盲信するんでしょうね。知っている人間は彼女が神でもなんでもなく、ただの少女だと理解できるんですが」
ただの美少女ではなく、おっさんが取り憑いているんだが。まぁ、そんなことはわからない。
「だからこそ、荒須が距離をとっちまうのが、どれだけお姫様の心を傷つけるのかわからんかった」
戦いに出るだけではきっと心が潰れてしまうだろう。あの小さな少女には背負いきれないほどの荷物がある。それはきっと人類の命運といったものかもしれないのだ。
まさか本人は小包程度だと考えている適当ぶりだとはわからない。
「そうですね、私たちだけでも普通に接しなくてはいけないと思いますよ」
「あのアホっぷりを見ていると、そんなに凄い奴には見えないんだがなぁ」
なにがどうなったのか、レキはナナに抱きしめられていた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ギブ、ギブアップですと荒須の肩を叩いている。
その周りで、子供たちがなにやら言いながら笑っているので、平和極まりない光景だと、思わず見ている人間も笑ってしまう。そんな穏やかな空間があった。
「しかし、ナナシが行動できないのもわかるぜ。お姫様が戦いを止めればどれだけの人々が犠牲になることやら」
「崩壊後は僅かな人口になりましたからね。多大な犠牲を伴う戦いは不可能ですよ」
「だからこそ、那由多代表は成長タイプの超能力者にこだわるわけか……くそっ!」
子供を戦場に立たせるのは間違っている。それは明らかであり、口にするまでもない。それなのに戦わせる那由多代表の考えが少し理解できて、理解したことに嫌な気持ちになってしまう。
「それでも少しずつでも俺たちは進まないといけないと思いますよ。百地隊長」
「そうだな……。大樹に助けられてから平和な暮らしへと変わっていったと考えていたが、実際は薄氷の上で暮らしているのかもしれん。崩壊後の危険度と実はあんまり変わっていないのかもな」
諦観したように言う豪族の言葉に蝶野は笑って否定した。
「そんなことはありませんよ。危険度が変わっていなければ、俺には息子が生まれていませんし、こんなふうに旅行にも行けません。私たちは戦って平和を勝ち取っているんです」
そうだ、そうなのだ。もしも薄氷の上で暮らしているとしても、それならば氷を分厚くすればよい。一ミリでも厚くしていき、いつかは平然と暮らせるようにするのだと、蝶野は力強い笑みで豪族を見た。
「たしかに今のは、俺が悪かったな。もはや賽は投げられたんだ。俺たちは人々を守る義務がある。途中下車は許されん、我ながら馬鹿な言い方だった」
「そのとおりですよ、今は平和を楽しんで、新たなる戦いに備えましょう」
新しい缶ビールを豪族に手渡しながら言うと、受け取りながら凄みのあるいつもの笑みで返してくる。
「チッ、俺も少なからず大阪府の戦いがショックだったようだな。こう言う湿気た空気は酒で洗い流すしかねぇな」
そうして、お互いの缶ビールをカチンと合わせて飲もうとすると
「貴方? これから海に行くのに飲みすぎよ? もう電車の中では禁止だからね」
いつの間にか蝶野の後ろに来た蝶野母が少し怒りながら缶ビールを没収してくるのであった。
それはない、少しだけでもと奥さんに頼み込む情けない姿の蝶野を見ながら、たしかに平和な暮らしへと変わっているなと豪族は豪快に笑うのであった。
 




