423話 久しぶりの宴会をするおっさん
自宅にて庭にある神聖なる大樹という名の盆栽を見ながら、凡才のおっさんは、くわぁと大きくあくびをした。おっさんのあくび姿なんか誰も見たくはないだろうが、悪戯をするメイドはいた。
「とやっ! ご主人様、美味しいですか?」
おにぎりを丸ごと口に放り込んでくる鬼畜な銀髪メイドが、ムフフと嬉しそうに聞いてくるので、喉に詰まらせないように急いでむしゃむしゃと食べて飲み込む。
塩味のみのおにぎりであり、白米の甘さと塩が入り混じって渾然とした味となり美味しい。白米はいくらでも食べれるなぁと思う。
「ナインが作ったおにぎりだから美味しいよ。それと農業と畜産をレベル9に上げたから、これからはレベルの高い料理も作れるよね」
地味に農業と畜産のレベルを2から9に上げた遥。スキルポイントが余りまくっているので上げました。空間動術も6から9に上げたので、スキルポイントは残り68になった。レベル9のメモリーテレポートにより、記憶にある場所へは自由にテレポートできるようになったのだ。
まぁ、空間動術はすぐに防がれるので便利なタクシー程度だ。重要なのは農業と畜産、これらのレベルを上げたことにより料理スキルで作れる料理も増えた。今ではマテリアルのみであったので少しもったいなかったのだ。これから素材と言うか、家畜や作物は作って見るんだけどね。
ちなみにレベル9の家畜を作る気はない。なぜならば素材が高いし、お世話はツヴァイやドライたちが行うからだ。それならば最大レベル6ぐらいの作物や家畜を中心に低レベルの物を作ったほうが良い。
今までのツヴァイたちの兵器の扱いから推測したのだ。たぶん持っているスキルの2レベル上が限界。しかも2レベル上だとペナルティも発生していて、完全なる力を使えない。それならば同レベルの兵器で良いじゃないかと思われるが、1の数値で大きく変わるゲーム仕様、ペナルティがついても2レベル上の兵器を使ったほうが良い。
よくあるよね、性能が良すぎてペナルティがペナルティにならないゲームの装備って。
これでレベル4まではいくらでもツヴァイたちが料理できるようになったのだ。さすがに料理はペナルティがついたら不味いので4まで。5、6レベルは遥が使います。
それらと最近の遥以外の激務を労ること、祝いと労いを込めて久しぶりに宴会を自宅でしているおっさんであった。
「姉さん、まだ食べるのは早いですよ」
いなり寿司の山をお皿に乗せて、てこてこと可愛いナインがサクヤを咎める。その足元を子狐がチョロチョロと走り回って、へっへっと舌を出していた。油揚げが大好物になったきゅーこである。
やっぱりペットは可愛いなぁ、ポメラニアン最高。撫ででみたい。
しかし、ペットはタダでは膝の上に乗ってくれないし、撫でさせてもくれないことをおっさんは知っていた。知っていたと言うか、昔飼っていたポメラニアンはそうだった。餌をあげないと近寄ってくれないのだ、それか散歩をする時だけであった。その時は忠犬に見えるが、それ以外は近寄っても来なかった。
そしてきゅーこはポメラニアンではない。
なので、ペットの扱いはお手の物さと、全然自慢にならないことを考えつつ、餌をアイテムポーチから取り出す。
「きゅーこ、そのいなり寿司はレベル3、私のはレベル6だよ」
その言葉にピクリと耳を震わすきゅーこ。おっさんがあぐらをかいて、その前でいなり寿司をほらほらと見せつけるとダッシュで近寄ってきた。
ぴょんとあぐらの上に乗っかって、お座りをしながらつぶらな瞳で見つめてくる。あ〜んといなり寿司を差し出すと、嬉しそうに尻尾をちぎれんばかりに振りながら、パクリと食べて
「ケーン」
ばたりとあぐらの上で寝そべるように仰向けに倒れてビクンビクンと身体を震わすのであった。ちょっと怖い、死んじゃわないよね? レベル6って、毒じゃないよね?
まぁ、大丈夫だろうと、慎重な手つきでお腹を撫でる。触り心地最高である。ペットを飼って良かった良かった。もふもふは最高だねと撫でながら周りを見渡すと、狐耳のカチューシャを頭につけ始めたツヴァイたちが目に入るが、たぶん狐に化かされているんだろうとスルーするおっさんであった。
と言うか、ナインまでやらなくていいんだよ?
料理をいつの間にか、いくつもあるテーブルへと並べ終えてから、ナインは遥へと近寄り、ひょいとあぐらの上に寝ているきゅーこを掴んで、横に優しく置く。そうして、ぽすんとあぐらの上におさまる小柄な金髪ツインテール。
「け〜ん」
可愛らしく鳴き声の真似をするのでナデナデしちゃう。サラサラの髪の感触、肌が触れる箇所の温もり。目を瞑って気持ち良さそうにするナイン。可愛すぎるでしょ、こんな可愛らしい生き物は見たことがない。いや、レキがいたか。
「けんけん」
ゴロンとツヴァイたちが横で横たわって、ウルウルした瞳で見てくるので、仕方なく、本当に仕方なく頭を撫でるのであった。仰向けでおへそを見せても、お腹は撫でませんよ、ツヴァイたちよ。仕方なくと言う割には嬉しそうなのは気のせいであろう。
「むむむ。効果ありです」
「狐耳は凄いんですね」
「これからはずっと狐耳をつけましょう」
アホなことを言う眷属なので、今回限りと答えてから、周りを見渡すと準備は終わって、遥の音頭を待っている様子。ドライたちもわくわくと、まだでつかと待っている。というか、ドライたちが良い子すぎる。たぶんツヴァイたちを反面教師にしているのではなかろうか。
待たせるのも悪いよねと、遥は乾杯の音頭をとった。
「暑気払いなんで、皆お疲れ様。まぁ乾杯」
適当極まる音頭だが、長い台詞などいらないのだ。なんなら乾杯だけで良いと思います。会社の飲み会で上司が延々と話すことほどいらないものはない。
それぞれ乾杯〜、とカチンとコップを合わせてワイワイと食べ始める。
「夏といったら鱧、それ以外はそうめん? まぁ、懲りたけれどもね」
もう流しそうめんはこのメンツでやる予定はない。川のような水はいりません。また流されてナインに怒られることは間違いないので。
鱧や他にも様々な刺し身が並ぶ。その中で馬刺しをひょいと箸でつまみ、口に入れる。このシャッキリとした歯ごたえのある赤身と脂身のないのに旨味がある味わいは大好きだ。他の肉だとこうはいかない。鱧はいいや、どうも骨が気になるし。
「でも、馬刺しなんて、今や凄い希少品だよね」
「馬は結構北海道では見つかっているらしいですが、流通に乗せるほどではないようですしね」
はい、マスターと笑みを浮かべて、日本酒を注いでくれるナイン。おっとっと、溢れちゃうよと嬉しそうにお猪口に慌てて口をつける。
「まぁ、今は反対に猪や鹿が出回っているよね。しかも凄い量で」
「以前から増えていた鹿や猪でしたが、崩壊後には天敵もいないのでその数は膨れ上がりました。それを野犬の群れが狩っているのですが、それでも数多いですからね。狩人が職として成り立っていますし」
「世界は変わってしまったね〜。でも、以前よりは人間種としては人口を増やしやすくて良いかもね。娯楽が少なく仕事はあるという復興の時代だから」
遥は産めよ増やせよとは考えていなかったが、結果的にはそうなった。高度な文明では人は増えにくい。と言うか、給与を考えると結婚も二の足を踏む人たちが多かった。現におっさんはそうだった。そうだったと言い張ります。もう間違いなしなので議論は不要だ。
ナインはにこやかな笑みで遥を見てくるが、なにか少しだけわからない意図が混じっているように見えた。おっさんの人間種と自分が人間ではないような言い回しが気に入ったように見えるけれども気のせいにしておく。
「それよりも、ツヴァイも頑張っているけれども、ドライたちも凄い頑張っているからご褒美をあげようと思うんだ」
ピクリとその言葉にドライたちが反応を見せる。一万人を超えるドライたち、そのすべてがワラワラと集まってくる。ワラワラと肩やら頭に乗っかってくるドライたち。
「なんでつか?」
「おいしーものでつか?」
「パパさん、抱っこして〜」
最後の発言者が可愛すぎることを言うが、人数が多すぎて少し怖い。幼女に押し潰されて死んじゃいそうである。紳士な人ならば、わが生涯に一片の悔い無しと押し潰されてしまうだろうが、おっさんは嫌だった。
「おやつだよ。もう既に絵図はできているから、ボタンを押すだけだね。いでよ、お菓子ビルよ!」
ステータスボードから、用意しておいた物を作るために押下する。そこで気づく、うん? もしかしてステータスが低いおっさんだと厳しくない? それでも一度始めたのでレキに入れ替わりますとは言えない。
とりあえず作るしかない、この流れを止める訳にはいかないと無駄に空気を読もうとして失敗する典型的な人間である。
それでも料理スキルレベル3の力が発動して、光の粒子が集まって、10トントラックと同じ大きさの白くて長方形の物が、これまた大きい皿が現れて、その上にドデンと置かれた。
それを見て、ドライたちは口を開けて感心の声をあげる。
「おぉ〜、すごいでつ。おっきなおと〜ふでつ! これがごほ〜びでつか?」
わぁいと喜んで、どう料理をするか話し合うドライたち。湯豆腐? それとも醤油をかけて食べまつか? 麻婆豆腐も良いでつねと。
それを見て、コホンと気まずそうに咳をするおっさん。
「それ、ケーキの家だから。お菓子の家だから。ほら、お菓子のドアや窓があるでしょ?」
ほえ? とドライたちは顔を見合わせて、次にまじまじと豆腐を眺めて観察する。
よくよく見ると、窓は飴細工、ドアはチョコレート、窓から覗く内装はクッキーやプリン、ドーナツなのが飾られている。
「あ〜! 窓ガラスが飴でつよ! 白い壁も生クリームでつ! ドアはチョコレート!」
きゃあと先程よりも喜んで飛び跳ねるドライたち。お菓子の方が豆腐よりも幼女は好きなので当たり前だ。
豆腐にしか見えないのはおっさんの職人芸が光るところだ。どんなに頑張って作っても豆腐にしか見えないのだから仕方ない。なぜか豆腐になるんだよ、おっさんのセンスだと不思議になるのだよ。きっと謎の力が働いているに違いない。
だが、豆腐に見えた建物はお菓子の家であり、超常の力により荷重による倒壊を免れた脆くて美味しい食べ物である。
見かけと味は違うので、美味しいことは間違いない。そのため食べようと考えて、建物に食いつこうとするドライたちだが、ハタと気づく。
「これ、どうやって食べるんでつか?」
「食べようとすると、踏み入れないとだめでつよ?」
「マンガとは違い、汚くなっちゃうでつからね」
どうしよ〜、と悩んで話し始めるドライたち。家のように大きいケーキにかぶりつくのは良いが、マンガなどではたまに見る光景であるが、実際にやると靴でケーキが汚れちゃう。
仕方ないでつねと、パワーアーマーを装備して長大なビームソードで少しずつ切りわけながら、ずらりと整然とならぶドライたちに分け始めるのであった。シュールな光景である。
のんびりとそれを眺めていると、幼女たちはちっこいおててをぶんぶん振って、ありがと〜パパしゃんと感謝の声をあげるので手を振り返す。
うんうん、ドライたちは可愛らしいねと、その様子を見て喜びながらお酒をグイッと飲む。日本酒は美味しいなぁと、パクパクとオツマミを食べながら宴会を楽しむ。
「マスター、どうぞ」
ナインがにこやかにお酒を注いでくれるので、グイグイと飲む遥。
「さぁ、どうぞどうぞご主人様」
サクヤも笑顔でお酒を注いでくれるので、グイグイと……グイグイと飲みたいが躊躇う。
「どうしたんですか、マスター?」
グイグイと身体を押し付けてくるナイン。うむ、ナインは可愛らしい。
「ほらほら、お猪口じゃ飲みたりないですよね、はい、バケツです。大丈夫ですよ、新しいバケツですので」
ドバドバとバケツにお酒を入れようとするサクヤを手で制してジト目で尋ねる。この展開は怪しい、以前とは違い信頼関係はできている。しかし信用性は綿糸レベルで脆い。
「おい、なにかおかしいね? 少し怪しいよね? なにを企んでいるのかな?」
「いえ、私は企んでいませんよ。というか、こういう時はナインが怪しいのでは?」
「クッ、ナインは良い子だからすべてが許されるんだ、なのでサクヤ、君が姉さんなのだからか責任を取りなさい」
しれっと、サクヤにすべての責任を押し付けようとするおっさんがここにいた。鬼畜すぎる性格だった。
「きしゃー! ご主人様は最近私への扱いが酷すぎます! チュートリアルサクヤに変身しますよ? ついに私の真の姿を見せる時がきちゃいますよ?」
「チュートリアルサクヤが真の姿って、酷すぎるだろ! この間謝ったから味をしめたな?」
サクヤは頬を膨らませて怒るが当たり前だろう。しかしながら真の姿がチュートリアルサクヤとは、この銀髪メイドはどれだけサボっていたのかを自分で自白している。
「もぉ、私がどれだけ働いているかわかりますか? この円グラフを見てください、ほら、この小さい枠を」
サクヤが取り出した紙に書いた円グラフ。よく夏休みの計画をたてる小学生が作るようにクレヨンで書かれていてチャチであった。
そして、遊ぶ、寝る、食べるが6割、ご主人様の撮影した内容の編集が3割5分、残りの最後が仕事をするかもしれないと書いてある。最後まで仕事をする気はない模様。
「私だって、凄い仕事をしているよ? ほら、これを見て」
遥もサクヤのように紙に書いた円グラフを取り出す。それはサクヤとほとんど同じであった。違うのは仕事という項目が最初からないのと、撮影内容の編集の部分が遊ぶに統合されているくらいだ。仕事という項目はない。いや、線に隠れるように書いてあった。
アホな二人の言い合いは常にコントへと昇華されて、酒を飲みながらぎゃあぎゃあと話す。
そこに、むぅと、すべすべほっぺを膨らませて、不満そうにナインがおっさんの袖を小さなおてででクイクイと引っ張ってきた。
少しでも油断すると、マスターは姉さんと仲良くしてしまうと思うナイン。最近はライバルも多いし、アピールも含めちゃういじらしい美少女である。
「えっと、お酒をたくさん飲んで寝ていただければわかりますよ? 膝枕をしますのでマスターお願いします」
おずおずと言ってきて、上目遣いで遥を保護欲を喚起させる表情で見つめてくる。
おっさんのナインへの抵抗値はゼロである。しかも腕を抱えながら、膝枕をしますので引っ張り始めた可愛らしい金髪ツインテールの望みを叶えないおっさんがいるだろうか? そんなおっさんはいないに違いない。少なくとも遥は無理。
はぁ、それじゃ仕方ないねと、仕方無くないことを示すように嬉しそうな笑みで遥は膝枕をしてもらいながら、お酒を飲むのであった。美少女に膝枕をされながら、お酒を飲む。ここは天国かな?
サワサワと優しくおっさんの頭を撫でる優しい手つきのナインを見ながら、いつの間にか酔いがまわってしまう。ついに反省を活かすどころか、堕落の一途を辿るおっさんであった。
これは懐かしいパターンだよ、極めてまずいパターン。きっと脇役たるおっさんを放置して、なにかイベントを始めるつもりだ。
でも、おっさんはナインの膝枕で充分なので仕方ない。うつらうつらし始めて、次第に眠くなり意識を手放すおっさんであった。
 




