419話 おっさん少女、子犬を飼う
自宅にて思うことがある。
よく聞く話だ。どんな話なのかと聞かれたら、漫画やアニメ、小説でよく見る光景だと人々は答えるだろう。現実ではなかなかありそうでない。なにがないと言うのかと聞かれたら答えは目の前にある。
「餌は誰がやるんですか? 散歩は? 生き物を飼うのは大変なんですよ?」
母がむっつりとした怒っている表情で私を少し睨みながら注意してくる。
私は抱えている子犬をぎゅぅとその暖かな温もりを力にして答えるのだ。
「大丈夫、餌はツヴァイたちが、散歩は私の庭は広いというレベルじゃないから勝手気ままに自分で散歩するよ。トイレの躾もちゃんとトイレでするように言っておくから」
「それは自分じゃなにもしないと言っているのと同義語じゃないですか。それと誰が母ですか、誰が!」
プンスコと怒るのは少女の忠実かもしれない銀髪メイドのサクヤである。腰に手を当てて頬を膨らませて不満そうな様子であるが
「なんで私の内心を正確にトレースしてくるんだよ! 最近少し怖いよ、まったく、もうまったく」
プンプンと子犬を抱えた少女も頬を膨らませて口を尖らせて文句を言う。おかしいでしょ、私の内心はそんなに表情に表れているのかな? たぶんテレパスとかは使われていないと思う。最近のパワーアップで段々自分の体がわかってきたのだ。自分の体というかレキの身体だけど。いたいけな少女の身体がわかってきたぜとか、おっさんが言うと確実に捕まりそうな事案になりそうな予感はするけれど。
「ふふん。もはやご主人様とは以心伝心。ご主人様の考えは私に伝わり、私の考えはご主人様に伝わるんです」
むふん、と胸をぽよよんと揺らしながら得意げな表情となるサクヤ。なるほどと納得して遥も答える。
「そろそろ私の黒歴史ビデオは消去してくれると。なるほど、さすが私と以心伝心なメイドだね」
おぉ、とポンとちっこいおててを打って嬉しそうな声で言う。以心伝心ならば間違いはないはずだよね。
「マスター。申し訳ありませんが、マスターの撮影内容は全部私が管理しているので消去はあり得ないんです。ごめんなさい」
しょぼんと顔を悲し気にしながら、ナインがコトリとカフェオレを目の前に置いてくれる。そろそろ熱くなってきたからアイスカフェオレもいいけれど、ホットもまた良いよねと思いながら、慌ててナインへとフォローを返す。
「大丈夫、大丈夫だから。ナインが管理してくれるんなら問題はないかな」
ナインに甘々の遥である。花咲くような笑顔でナインが嬉しそうにわかりましたとコクコクと頷くので、こちらもナインの笑顔を見て癒されるよとほんわかしちゃう。
「ナインとの扱いが違いすぎます。そろそろストライキをしますよ? 戦闘用サポートキャラの私がストライキをしたら大変ですよ?」
サクヤが訳のわからないことを不満そうにブーブーと言ってくるが、ストライキ?
「今でも充分にさぼっているサクヤがストライキを起こすとどうなるのさ?」
「ふふん。戦闘時に逐一指示を出します。ゲームでチュートリアルの時にうんざりするほど、行動するたびにどう動かすか指示がでるぐらいにたくさん」
「ごめんごめん、もう少し優しくするよ。ほら、頭をナデナデしてあげよう」
即、謝るおっさん少女である。まさかのサクヤがストライキをすると、無駄に働き始めるという恐ろしいことを言うとは想定外だった。
「むぅ………。ちょっと納得がいかないが良いでしょう。ナデナデしてください、胸を」
えい、と胸を突き出してくるので、正拳突きでナデナデしてあげる。ムニュムニュとした感触が返ってきて、正拳突きでも恥ずかしい。
受けたサクヤが結構本気で殴ったにもかかわらず、嬉しそうにデヘヘと美女が見せてはいけない崩れた笑顔を見せてくるので、見ないふりをする。
「というか、本当にそれを飼うんですか、マスター?」
話を戻してくるナイン。片手で抱えられてブラーンとなっている子犬を慌てて抱え直して嬉しそうに答える。
「うん、可愛いポメラニアンでしょ? 大阪で拾ったんだよ」
手の中に小さい子犬がいた。可愛らしいつぶらな瞳、ピンと張った耳、モフモフの尻尾をした黄金色の毛皮のポメラニアンだ。
「ケーン」
ポメラニアンらしい可愛い鳴き声もグッドである。てへへと、頭をそっと撫でると嬉しそうに目を瞑る子犬。
「いやいや、無理がありますよ、ご主人様。どう見ても狐ですよね、きゅーちゃんの口車に乗ってしまったんですか?」
「それは言えないな。秘密の話があったんだよ。だから秘密」
「まぁ、ご主人様もそろそろ秘密を持ちたいお年頃ですので、文句は言いませんが」
サクヤが呆れた表情で答えてくる。モニター越しに二人とも玉藻の提案を聞いてたから秘密にする意味はないでしょうという視線を向けてくるけれど、一応様式美として秘密なのだ。よくアニメとかでも仲間に秘密にしておく主人公がいるように、おっさん少女も秘密を一つか二つ持ちたいお年頃なのだ。中身は何歳だというツッコミはもういらないかな。
「狡猾なる神族がいつか裏切るので、それに対抗するのに自分を眷属にしてくれという話ですね。なるほど、狡猾なる神族は凶悪ですからね。悪魔などよりも遥かに狡猾です」
「そうだね、狡猾なる神族なんているなら、かなりの強敵になるだろうからね」
二人でうんうんと頷き合い、コントを続けるアホな美少女とメイドである。
「ですが、九尾の思惑を超えたみたいですね、マスター」
ひょいと遥の抱えている子犬を掴み上げて、じろじろと頭から足の先まで眺めてからナインが感心してくれた。
「きゅーちゃんは、自分に僅かながら慈悲の良心があるから、その良心のみを核として神使として創り直して欲しいと言ってましたが、実際は善なる光に自身の悪意を偽装していれていました。それらが綺麗に消されているのはさすがです」
「まぁ、まさか九尾の狐に善なる心が毛ほどの少なさだけれどもあるとは思っていなかったからね。でも、言われてみれば、たしかに善なる心があって然るべき妖怪だよね、九尾って」
軽く腕を組んで、ソファに沈みこむように凭れ掛かり、遥は言う。
倒す寸前に玉藻が提案してきたのは、自分には善なる心があるということであった。九尾にあるわけないだろうと、その身体のマテリアルの中身を覗くと驚くべきことにたしかに毛ほどの量であったが善なるマテリアルが内包されていた。すなわちライトマテリアルだ。
なぜ、こんなことが起こっているのだと、小首を傾げて考えた遥であったがすぐに気づく。
九尾の狐は人々を篭絡して苦しめる。それは国レベルでの悪意ある行動だ。お偉いさんを篭絡して、あとは人々を苦しめる政治をさせるのが、常の流れである。
だが、篭絡するにはそこまで成り上がりをしなければならない。そこまで成り上がるのに悪意のみで行動するのは不可能であるのだ。少なからず人々に立派であると思わせる行動をしなければならない。その行動が悪意を起点とするものであっても、助かった人々はいたのだ。そして、それらの人々が幸せに暮らす姿をみて、嬉しく思う自分がたしかに毛ほどの量であるが存在したのだろう。
これは破壊と支配を繰り返した化物では無理である心だった。破壊を主としない間接的な行動しかとらない九尾の狐だからこそ起こったことである。
なので、救ってくれと、自身の力はほとんどなくなるが、それでも構わないのでと提案してきたのだ。
もちろん、そんな詐欺師の言うことを素直に聞くつもりはない。だって、その毛ほどの量のライトマテリアルの中に自身の偽装したダークマテリアルを混入させていたからだ。さすがは九尾の狐、狡猾極まりない。
それを見て遥は考えた。私もペットが欲しいなぁと、モフモフな狐は陽子と被るけれども、あの娘はそばにいないし、瑠奈もなかなかモフモフさせてくれない。というか、おっさんの時は不可能だし。
「でも、混入しているダークマテリアルだけを破壊するのは極めて面倒だったんだ。だから黄金の粒子を上回る四色そぼろ粒子により、九尾の狐を焼き尽くしたんだ。残ったのはライトマテリアルのみというわけ」
ふふふ、頭良いでしょうと胸を張って、脳筋な言葉を吐くおっさん少女。得意げな表情なので、間違いはないと自信満々である表情であった。あと、粒子のネーミングがサクヤと変わらない。粒子が反乱を起こしそうな名前である。
「あぁ、だからダークマテリアルが全て消えてしまったんですね。さすがご主人様、大胆すぎて九尾の狐は草葉の陰で泣いているでしょうね。そんな簡単な方法で自身の思惑が絶たれるとは考えていなかったでしょうし」
「処置は完璧です、マスター。ですが、記憶と力の使い方は多少残っているようですが、良いんですか?」
「まぁ、良いんじゃない? それこそが九尾の狐だろうし、今は一尾だけれども。まっさらな状態だとトイレの躾から始めないといけないしね」
まず最初にトイレの躾を考えるアホな少女がここにいた。
「トイレは必要ないと思いますが、それでペット枠にするんですか?」
サクヤがナインが掴んでいる狐を見ながら尋ねてくるので、一応考えていることを言う。
「神使とペット枠ということで。たぶん、この娘は役に立つと思う、様々な手法を持っているからね。というわけで最後の仕上げをしようと思う」
斯くして、ナインと遥は子狐ほどの大きさとなったきゅーちゃんへと目を合わせて尋ねる。
「きゅーちゃん、私と契約して神使とペット枠になってよ!」
ニコリと花咲くような可愛らしい微笑みで尋ねる美少女。立場が反対のような気がするが気のせいということにしておこう。
わかりました。私がなりましょう。私が契約しますと、サクヤがふんふんと興奮して近寄ってきたがとりあえず蹴りで吹き飛ばしておく。
「妾はもう貴女様の眷属ではないのかえ?」
今までおとなしく状況を眺めながら黙っていたきゅーちゃんが訝しげに尋ねてくるので、頷きで返す。
「未だにきゅーちゃんは私の人形から離れていない。眷属化はしていないんだよ。そして私の眷属となったら、ふふふふふ、裏切りは許さないのだ」
悪戯そうな笑みで、腹黒いことを言う遥。裏切ったら必ず消しちゃうよという黒い笑みを見せるので、サクヤが黒い笑みのご主人様も最高ですと興奮してカメラで撮影をしていた。
ちなみに一から素材を使って作り直した生命体なのでツヴァイたちと同じ存在である。多少素材のマテリアルが特殊なだけだ。
「もちろん、無給とはいかないと思うから、これを対価にしよう」
ジャジャジャジャーンと得意げにアイテムポーチから取り出したのはお皿にたくさんのせたいなり寿司であった。美味しそうな黄金色の俵型のいなり寿司である。
「はぁ、断ることはいたしませんが、狐が全員油揚げが好きという訳では………!」
いなり寿司かよと、呆れた声音で言う狐の口へといなり寿司を放り込む。
ハグハグと食べた狐は、その瞬間目を見開いてパタンと倒れた。ビクンビクンと手足を伸ばして死んじゃうような姿を見せる。
動揺せずにニコニコとその姿を見る遥。少しして復活した狐がガバリと起き上がりこちらを見てくる。
「今のいなり寿司はなんなんですか? 食べたことがありませぬ。天上の味とはかくやというものですか? これが神族の食べ物なのですか?」
ケンケンと前脚を遥へと押し付けて、後進してぴょんぴょんと飛び跳ねる子狐。なんという可愛らしい姿だろうか、癒されるね。ペット最高。
「今のは私が作ったレベル6のいなり寿司だね。私は料理が得意なんです」
料理レベル6のいなり寿司は得意という次元を超えた味であったが。
へへ~、と床に這いつくばり、きゅーちゃんは感動に打ち震えて尻尾をブンブンと揺らしながら言う。
「妾は命ある限り、魂消えるその日まで全てを御身に捧げることを誓いまする。よろしくお願いいたします」
「うんうん。それならば問題はないね。それじゃあ、人形から眷属化!」
遥が人形作成スキルレベル10を使う。その瞬間に狐はマテリアルを核とした魂を持つ眷属へと変わっていく。
ぱぁっ、と黄金の粒子が集まったと思ったら、きゅーちゃんの体に入っていき、生命体として生まれかわった。レベル10の人形作成スキルの壊れた力であった。ライトマテリアルが素材であれば、いくらでも作れちゃったりするのだ。
「では、名づけを行う! そなたは朝倉遥が忠実なる神使にしてペット枠。名前はきゅーこ、きゅーこと名付けよう」
ネーミングセンスはあまり変わらないおっさん少女であった。眷属へと変えてもらう前に名前の相談をしておけばときゅーこは後々後悔をするかもしれない。
己に満ち溢れる力を感じて、きゅーこは恭しく答える。
「ははぁっ。きゅーこ、拝命いたしました。これより遥さまにお仕えする所存でございます」
「うむ。それなら絶対にして、誰にも伝えてはいけないことを命じよう。これだけは絶対である」
小柄な身体の美少女が狐を前にフンスフンスと胸を張って偉そうにしているのは、ペットとごっこ遊びをしているようにしか見えないが、きゅーこは耳を澄ませる。
「私の正体を絶対に言わないように! 絶対だよ? 言ったら魂すらも消しちゃうからね? もう転生もできないからね?」
おっさんが正体であることは秘密であるのだと伝える遥であった。
それに対して、小首を傾げてきゅーこは頷く。
「は、はぁ、女神であることを秘密にするのですか? かしこまりました!」
「まぁ、すぐにわかるから教えておくよ。実は………」
こっそりときゅーこの耳元へと囁くと、驚きで瞠目するきゅーこ。へへ~と這いつくばって了承を返す。
こうして、狡猾なる元九尾、今は子狐となったきゅーこが眷属として新たに加わった。
仕事は、おっさんの膝の上で抱っこされて撫でられることである。それをきゅーこが知るのはすぐあとであった。
「あ、ご主人様。バナナに埋もれる猿の住む魔都を攻略せよ! exp70000、報酬熱帯の宝珠と悪意と死を振りまく九尾の狐きゅーちゃんを撃破せよ! exp85000 報酬幻想の宝珠がクリアにて手に入りました!」
言うの忘れていたとサクヤが告げるので、ステータスを確認するとレベル70になっていた。スキルポイントが溢れかえって176もある。そしてレベル70というのは最近のゲームではラスボスを倒せるレベルである。
「ふむ、かなり強くなったね。スキルポイントが増えたよね~。後、おっさん+7になっているんだけど、どうして? 次は6じゃない?」
「あぁ、神使という新たな生命体を創造したからですね。ツヴァイやドライたちとは一線を画す完全なる新たな生命を作ったから2レベル上がったんです」
サクヤがなんでもないという表情で平然と言うので、当然予想していたのだろうとわかる。
「それじゃぁ、私はついにレキの力を全て使えるようになったのかな?」
ソワソワするおっさん少女。おっさんのステータスボードにはレキと同様のスキル名が書いてあったからだ。身体能力は変わっていないけれども。
「はい、全部アクティブですが。常在戦場もアクティブなので、油断をすると死んじゃいますけど。後、7なので、他にも知力が+1になりましたね」
「なんでアクティブ? そんで知力の項目は私はカンストしているよ、サクヤと違ってね!」
無双できないじゃんと悔しがる遥。知力の項目に疑問はないらしい。
「私もカンストしてますぅ~。常にカンストしたこの優秀な頭脳で、ご主人様の艶やかなシーンをどうエロく編集しようかと頭を捻っているんですから」
ぶーぶーと言い返すサクヤ、それにさらなる反論をする遥。
お互いが不毛な言い合いをしているのを見ながら、きゅーこがナインを見る。
「あの………。主上様はいつもあんな感じなのですか?」
戦っていた時のシリアスなかっこいい姿はそこに欠片もなかった。ちなみにかっこいい姿を見せたレキは働きすぎましたと、精神世界でお布団でスヤスヤ寝ている。
「いつもあんな感じですよ。良かったですね、マスターのペットになれて」
狐耳のカチューシャを頭につけながらナインが答える。私もナデナデしてもらいましょうと考えている様子。
その様子を見て、きゅーこは眷属になるのは早まったかなと思うのであった。




