41話 おっさん少女の新ステージ
生者のいない静かな国道。そこかしこに放置された車が見える。ドアを開けっ放しの車もあればフロントガラスが砕けている車も見える。既に使う人のいない道には、最早車に轢かれる可能性も無いと我が物顔に何かを啄むような鳥の姿が群れている。
そのような国道にガシャンガシャンと唐突に騒音が鳴り響いた。驚く鳥たちが飛び立っていく。騒音の主はそれを見て、また作業に戻るのだった。
作業というか道を作っていた。ショートカットの黒髪、眠そうな眼をしている何となく子猫を思わせる小柄な美少女、朝倉レキである。
その身体を操る中身の名前はおっさんなのでいらないだろう。
遥は目の前の普通車を持ち上げて、廃車集積所よろしく隅の車両の上に載せていく。ヒョイと軽い感じで、その身体からは考えられない人外の力でどんどんと置いていく。
トラックがあれば、うりぁと叫びながら押しのけて給水車が通れるスペースを確保していく。
「新たなるレキぼでぃの弱点だぁ」
と叫びながらせっせと作業をしていく遥である。
給水車を運転して道を作る作業が面倒になった遥は思いついたのだ。これ、アイテムポーチに車を入れていけば良いんじゃね?と。そうすれば、道を塞ぐ車を簡単に退けることはできるし、もしかしたら素材になるかもと思ったのだ。
おっさんにしてはナイスアイデアである。
しかし、それをナインに聞いたところ
「車両や機動兵器はガレージにしか仕舞えません。アイテムポーチ枠とは別ですね。現在8台まで収納可能です」
なるほど、ゲームあるある仕様だね。と遥はがっかりした。大岩だって999個入れられるのに、車両であれば自転車すら入れられないらしい。ゲームで何でも入るという表現が、但し車両は除くという当たり前過ぎて気づかなかった遥であった。
おっさんのナイスアイデアは常に発揮できることは無いようである。
後、機動兵器という響きに男心をくすぐられたが、今は装備作成スキルのレベルが足りないらしい。
残念がる遥であるが、どこぞのゲームのパワードスーツの燃料消耗を嫌がるおっさんが作れるようになっても使わない可能性は極めて高い。
そのような経緯があったので人間重機よろしく高性能なレキぼでぃパワーで、遥はせっせっと放置された車を片付けているのだった。こちらの方が全然給水車で、道を空けるより速いのだ。
そして給水車で車が通れるぎりぎりの隙間を空けていくのでは、ぎりぎりの隙間なので道ができてもノロノロ運転になるが、これならば完全に道ができるので、車のスピードが出せて移動できる利点もある。
やっとこさ道ができたので、サクヤに呼びかける。
「道をある程度開けたから、車を持ってきて〜」
「了解しました」
できるメイドの雰囲気を出して、サクヤがアインの身体を操作してこちらに給水車をドルルとエンジン音をたてながら移動させてくる。
アインは機械操作スキルが無いので運転はできない。だか多少ハンドルを動かしてアクセルを踏むことはできるのである。
例えて言えば敵を轢き殺すために、主人公が車を動かして突撃させるという感じだ。まぁ遥は轢かれるのは嫌なので道の隅に移動するが。
大体毎日銀髪メイドは家では、お風呂や寝室にご主人様〜と笑顔で突撃してくるのだ。外では遠慮をしてほしい。
美人さんなので嬉しいところがある遥ではあるが。突撃してくるのは、レキぼでぃの時だけと勿論制限はあった。そろそろおっさんぼでぃの時も突撃してくれて良いのだよ? と儚い希望を持っているおっさんであった。
そうやって移動していたところ、ようやく女武器商人がいる拠点の近くに移動してきた。かなりの遠出であり、初めて来るところだ。
しかし、そこは新たなるミュータントもいたのである。
最初はまだまだ元気なゾンビがいるんだなぁと考えていた遥。何しろ小走りゾンビが久しぶりに現れたのだ。ほへぇ〜、珍しいと思ったぐらいであった。
直ぐにその勘違いに気づいた。殆ど全部が小走りなのだ。そしてその中には新型もいた。
遥は給水車の上で短銃を両手に持って構えている。少しずつ車を移動させて、遥は車の上にて敵を撃退する戦法である。可愛いレキぼでぃが構えているすごく様になる格好である。カメラドローンも、ベストアングルを撮らんと、レキぼでぃの周りをうろうろしている。
おっさんが同じことをやったら、やられ役の脇役として数分後にはうわぁと叫びながらゾンビに群がられてやられているのは間違いない。
勿論使う弾丸は駅前ダンジョンで拾ったしょぼい弾丸である。スキルの力で創造されたからであろう。ゲームよろしく現実とは違う威力の弾丸である。多分ライフル弾よりマグナム弾が強い仕様である。
うぉぁ〜と叫びながら、ゾンビが小走りでくる。サクヤ的には同じ敵なのでゾンビという表現は変えないらしい。
いつもの白目で肉が身体の一部から剝がれており、骨すら覗いている血だらけのゾンビである。見かけは変わらないが、崩壊時と同じ性能を保っているようである。
「はっ!」と叫んで、二丁拳銃を撃ちまくるおっさん少女。周りから小走りで集まってくるゾンビの様子は今までとは違う怖さがある。現代ゾンビ映画にバージョンアップである。
しかし、レキぼでぃはその精神力の高さは折り紙付きだ。全く動揺しないで、ガンガンと撃ちまくり短銃から吐き出される弾丸は勢いよくゾンビの頭を砕いていく。勿論、全てヘッドショットなチートパワーであった。
弾丸が切れたところで、ポケットに入れてある弾丸を掴んで頭上に投げる。リボルバーから排莢を行い、遥は目の前に落ちてきた弾丸を前にしてぐるりと身体を回転させた。
空中に浮いている弾丸は空いているリボルバーの狭い穴に次々と綺麗に収まっていく。じゃきっと音がして全ての弾丸が短銃にセットされた。回転しながら弾丸をリロードさせるあり得ない超常の方法である。
「フッ。リロード」
一度やってみたかったのだ。高スペックレキぼでぃなら可能なのだ。私格好良いと自画自賛して童心に返る遥。最初から童心しかないのかもしれない。
「フッ。リロード」
にこやかな笑顔の銀髪メイドがそのセリフを繰り返す。それを聞いて羞恥に震える学習しないおっさん少女である。
まだまだ敵はいるので真っ赤に頬を染めながら戦いを続ける少女の姿があったのだった。
しばらく敵を倒したところに、
「ご主人様、新型ミュータント接近中です。グールと名付けました!」
と叫びマトモなことを急に伝えるサクヤ。
「マトモな名前だ!」
サクヤのネーミングに驚く遥。驚くことはそこではないと思われる。もしかしたらポピュラーなモンスターの名前は普通に名付けるのだろうかと呑気に思う。
そんな遥が気配感知で周りを確認すると、急速に近づいてくるミュータントが見えた。放置された車の上を飛び移りながらボンネットを潰すガシャンという音をたてて凄い勢いで迫ってきていた。
遠目に見ると見た目はボロボロのゾンビと変わらないようだった。しかしスピードが違う。小走りゾンビをあっという間に追い抜いてこちらを襲いかからんと近づいてくる。
近くから見ると、ノコギリのようなギザギザの牙が口の中にびっしりと生えている。噛みつかれたらそのまますりおろされそうである。身体も肉が腐ったであろう箇所が筋肉で覆われていた。白目は変わらないが気持ちギョロ目になっている感じがする。手には包丁のような長さの爪が伸びていた。
極めつけは、私毒持ちなんですと、緑の息を吐きながら遥に迫ってきているのが見えたのだった。なるほどグールらしい。
レキぼでぃは、すぐさま新たな敵を倒さんと銃から弾丸を吐き出す。正確無比な機械の如しレキぼでぃの発砲である。グールはヘッドショットで一撃となるかと思われた。
「何!」
遥が自信を持って撃った弾丸は勢いよく車の上を跳んでいるグールの頭を確実に捉える。しかしいつもと違い爆砕しなかった!
頭に当たる寸前に、グールの眼前の空気が歪んだのだ。超能力の発動である。
弾丸は勢いを無くし、それでもグールを殺さんと頭を貫きかけたが、頭の中で、止まってしまったのだろう。少したたらを踏んでグールはまたも遥目掛けて走り出した。
あわわわと遥は動揺するが、高スペックな美少女のレキぼでぃは冷静に銃を狙い直して続けて銃弾をグールに撃ち込む!
さしものグールも三発目で障壁らしきものは砕けて、頭を爆殺させるのだった。
「ご主人様、ここらへんの地帯はご主人様が浄化している力の残滓が届いておりません。なので変異は続き、敵は強化されています。敵のレベルを下げるには、縄張りにいるオリジナルを倒し、徐々に浄化していくしかありません」
ゲーム仕様だねぇと納得する遥である。そろそろ初心者向けの地域は終わりと言うことだろう。
グールの落としたマテリアルで珍しいのはクロウマテリアルだろうか。爪なのだろうと思われる。
気合を入れ直して、女武器商人の拠点に遥は向かうのだった。