417話 でっかい狐とおっさん少女
戦闘は大樹軍が優位な状況から、圧倒する状況へと変化していた。一つ人間たちの戦闘と違うのは敵が逃げないことだろうか。がむしゃらに突撃はしてこないが、ミュータントたちは上位者の命令が撤回されない限り、逃げることはしない。戦略的撤退もせずに戦い続けるだけだ。いかに戦況が不利になろうとも。
しっぺい太郎だと騒いで逃げたのは、逃げることも許されていた緩い命令であったからだ。必ず敵を倒せと命令された今では逃げることはせずに戦い続ける。
人間たちにとっては勝利するときには幸運であった。ミュータントの力は一般人にとっては最悪だ。ここで殲滅できればそれにこしたことはないのであるからして。
そのため、敵のスカイ潜水艦隊が撃沈して、生命を持つ戦車やヘリを粗方倒した今はチャンスとばかりに大樹軍は猛攻を見せていた。
大阪城での戦いは気にはなるが、自分たちの役目は目の前のミュータントたちを倒していくことと気を取り直して戦っていた兵士たちであったが、遠く離れた場所に豆粒のように浮かぶモノに目を疑う。
「な、なんだありゃ……」
あれは大阪城付近みたいだが、ここからはかなりの距離がある。それなのに豆粒程度の大きさとはいえ、目視できるということはかなりの巨大なモノであるからだ。
それは狐に見えた。九尾の尻尾を生やして空に浮かぶ化生。漫画や小説などでは腐るほど扱われてきた妖怪。有名過ぎて、知らぬものはいないだろう妖だった。
ナナはスレイプニルを駆りながら、戦っていたが見える光景に言葉を失っていた。モニターにて自分の見た箇所を拡大させて映し出す。
「スレイプニル、あれはなに?」
「推定支配級ミュータントと思われます。恐らくは、たぶん、メイビー。ホログラムではありません。支配級の中でも強力な敵ですね、逃げた方が良いと思います。まだ逃げることは可能です」
逃げることには追随を許さないスレイプニルの言葉は聞き流す。このAIは少しでも不利になると逃げようと言ってくるので。
大阪城の上空を見て、頭がその巨大な姿を受け入れない。あれが支配級? あんなのがいたら人間たちには勝ち目がないのではとも疑問が浮かぶ。
「むぅ……だからレキちゃんなのか……」
悔しいがたしかに私たちでは敵わない。空中戦艦艦隊で戦うのが次善の策。だが、かなりの犠牲を伴うことは間違いない。大樹本軍の支配級に対する警戒が真実を伴っていたのだと理解できた。
「スレイプニル、私たちは周りの敵を撃破するよ。まだまだ敵はいるんだしね」
「え〜? そろそろお腹が痛くなったり、お腹が空いたりしませんか? 私は持病の頭痛が発生してメンテナンスを希望したいのですが。そろそろ帰りましょうよ」
なんで機械が頭痛持ちなんだと、言い訳が雑すぎて呆れるが、逃げない理由は簡単明快なのだ。私には助けることができない戦いに心が苦しくなるが
「レキちゃんが倒してくれるよ。私はそう信じて今できることをやるだけだからね」
ふふっと無理をしてでも笑ってアクセルを吹かせる。そうして敵の集団へと攻撃を仕掛けるのであった。
九尾の狐の周りに天使の羽を羽ばたかせて戦いを挑む人間が飛んでいるのが、拡大モニターには映っていたから、ナナは勝利を信じて戦うのみ、その選択肢しか自分は選ぶつもりはないのだ。
空中戦艦鳳雛内でも、その巨大な獣の姿は確認していた。四季はその姿を見て小さく舌打ちする。
「四季、敵の大きさは全長約3.5キロ。物凄い力を発揮させています」
「パターン紫! ミュータントと推定!」
「紫は色が悪いですよ、黒とかにしませんか?」
「お茶でもしながら話し合いましょうか」
オペレーターツヴァイたちが緊張感溢れる様子で次々と報告をしてくる。もうお茶にしましょう、勝ち戦ですよと油断しまくりでブリッジの真ん中でお茶とお菓子を広げていたツヴァイたちである。眷属は主神に似るというが、行動が似過ぎであった。
慌てず騒がずに想定よりも凄い敵ですけどと話し合いながらのんびりとしているので、舌打ちをした四季はちらりと艦長席へと視線を向ける。
「フフフ、四季、この私の封印を解くときがきたみたいですね。よろしい、この完璧なるメイドがなんとかしましょう」
艦長席のある床にいたミノムシ、もといサクヤがぐるぐる巻きのす巻き状態の姿で、得意気に言ってくるので、悔しく思う四季。舌打ちはこのメイドを解放しないといけないと悟ったからであった。
ちなみにサクヤのオデコには詐欺師拘束中と書かれた紙切れが貼ってある。
「明日屋元帥の真似をできる人はここにはいませんか……。悔しいですが仕方ありませんか、明日屋元帥の兵士たちを落ち着ける演説だけをお願いします。終わったら、またす巻きに戻しますので」
一時的な釈放だと四季は思い込もうとする。検事のように怖い顔つきになりながら、仕方なく釈放するのだと悔しさを隠さずに四季は縄を解いた。
「任せなさい。私の演説は完璧です。ではご主人様を讃える讃歌を皆に伝えましょう」
ふぅ、やれやれと肩が凝りましたと、全くす巻きにされていたことを懲りていない銀髪メイドは明日屋元帥の着ぐるみを着ながら言う。
「お願いします。……ところで司令は大丈夫でしょうか?」
大丈夫とは信じているが、それでも不安がある。周りのツヴァイたちも耳を澄ませてサクヤの返答を待っていた。なんだかんだ言っても、このメイドは司令の力をよく知っているから信頼性がある。
サクヤは着ぐるみに半分身体を入れながらコテンと首を傾げて笑う。何を言っているのかと。
「先程までは少し危なかったですね。もう少しきゅーちゃんが自分の命をかえりみずに攻撃をしていたら危なかったかもしれません」
その言葉に四季たちは驚きを見せた。想像以上に敵の狐は強かったと理解したからだ。
「きゅーちゃんはご主人様の命を貫けるほどの力を持っていなかったのです。なので、ご主人様が幻惑を絡めた攻撃に慣れる前に、どこかで命をベットしなければなりませんでした。命を賭けて攻撃をすれば、結構な確率で倒せたかもしれませんが、ダメージを与えているという事実に安心して、長期戦となれば勝てるという錯覚から勝ちを逃したのですよ」
常にアホなことを言っている銀髪メイド。しかしながら、そこには冷酷な表情で狐の臆病さを嘲け笑う戦いのスペシャリストの姿があった。
「もはやご主人様の勝ちは揺るぎません。なので、人間たちには精々不安を煽り、希望を持たせてご主人様へ応援の声をあげるように演説を致しましょう」
そうして、着ぐるみに入って懲りずに司令との一日デート券改の束を振り回しながら、声をあげる。
「諸君、仕事の時間だ、さぁ、そろそろ席へと戻り給え」
むぅ、と不満そうにするツヴァイたちであったが、仕方ないなぁと動き出す。
「あの券は先程と色が違いますね」
「怪しい、怪しすぎますが」
「偽物であれば次は逆さ吊りです。確定です」
素晴らしい連携でキビキビと動き出すツヴァイたち。
そうしてしばらくしてから、地上の兵士たちが声を張り上げてレキを応援する様子が見られたのであった。
レキの目の前には巨大過ぎて、どれぐらいの大きさかわからない獣の姿があった。街を飲み込めるのでは思わせる程の大きさと、対峙しただけで人間ならば死ぬかもしれない瘴気を振りまき空を飛んでいた。
「妾こそが太古より生きる大妖、九尾の狐なり」
轟くような声が響き渡り、その音量だけで未だに原型を留めていたビルや家屋にまたたく間にヒビが入り、パラパラと崩れていく。
「うるさいですよ、狐さん。それで? それが貴女の最後の切り札という訳ですか?」
恐れも見せず、珍しいものを見たという感じで尋ねるレキ。その様子を見て、高層ビルすらひと噛みで破壊できるであろう洞窟のような大きな口を曲げて答える玉藻。
「……そのとおりだ。妾の最終形態にして全ての力を使うこの姿にて貴女を倒しましょう」
今やその巨体に対して、豆粒のような大きさにしか見えないレキへとギロリと睨みつけて告げる玉藻。睨むその力のみでレキの周囲が押しつぶされるように潰れていく。
だが、レキは見抜いていた。スッとそのか弱く細い人差し指を玉藻に突きつけて言う。
「貴女から恐怖を感じます。図体は大きくなっても、いかに力を解放させようとも既に貴女は私に敵わないことを悟っている。もはや無駄な抵抗はやめておとなしくマフラーになった方がよいですよ」
鬼畜な発言であった。常に敵に容赦しない戦闘民族の王子系性格なので仕方ない。
「舐めないでくださいなぁぁぁぁ!」
ブルブルと身体を震わせて、玉藻は怒りを糧に一気に力を解放させた。瘴気が周囲を覆い、全てを腐らせていく。
「妾の力はそなたを上回っている。パワーにおいて圧倒しようぞ」
「ふむ、未だに戦意は衰えないみたいだけれども、その心はどうなのかな」
ニヤリと悪戯そうな笑みで入れ替わった遥が超能力を発動させる。なるほど、自分の周りを覆い隠そうとする瘴気も、狐が発する力も私を上回っている。恐らくは短期間の戦闘で決着をつけるために、無理をして力を引き出しているのだ。
「ならばこちらもパワーアップ!」
遥はなかなかこの狐は楽しい力の使い方をしたねと、感心してその経験を応用へと回していた。おっさんが応用するのは、その効果が確実だと思う時。前に思いついた応用方法は持ち帰りの特盛カツカレー松はカレーとカツ丼で二食にできるんじゃないかなと天才的発想をしたときだった。さすがはおっさん。その発想は天才的過ぎて、それを知ったらカツ丼屋が売れ行きが悪くなるかもしれない。
「サイキックにて、念動体、炎動体、氷動体、雷動体を包み込む」
レベル五の身体強化超能力をすべて使う。サイキックという箱に入れられた超能力が統合されて、レキの身体を強化する。レキの周囲には火花が散って、雷光が走り、空気を凍らせて、空間を蜃気楼の如く歪めていく。
「そうして、さらにサイキック! 統合した強化超能力を向上させる!」
統合してもこれだけではバラバラな力を一気に使えるのみだと理解していた遥はサイキックというご飯の上にそれぞれの身体強化超能力をのせて作る料理のイメージにて、一気に力を向上させた。
レキの身体から蒼き粒子が吹き荒れて、周囲を覆っていた瘴気を打ち消して、人の力を増幅させて、ミュータントの力を削っていった。
瘴気はもはや欠片もなく、膨大な神の粒子が花吹雪のように舞い散る中で、遥は胸をエヘンと張って告げる。
「名付けて、四色そぼろお弁当パワー! これで貴女は力でも敵わない! 髪も伸びていないし、獣が使う槍もないけれどね!」
四種の身体能力が掛け合わさり、さらに向上させた神の術であった。ご飯に見立てれば美味しくパワーアップできるよねと、遥の考えた今の時点で最高の身体強化術であった。
名付けは最悪だ。さすがはサクヤとタメを張るおっさんである。モニター越しにぱちぱちと拍手をして最高のネーミングですねと、涙を流して感動しているサクヤも見えた。
「くぅっ! まだこれだけの力を持っていましたかえ!」
だが、力は本物であった。その蒼い粒子は高熱であり、凍らせる低温であり、雷の力を持って、全てを破壊する念動力を備えていた。属性増やし過ぎである。
ちなみに髪は蒼くなっていない。残念ながら。
その粒子に身を破壊されながら、呻く玉藻は一気に突進を仕掛けてくる。なんの策もない力で相手を押し潰す攻撃。
まるで山が迫ってくるように見えるが、レキは旦那様の圧倒的力を感じて、逃げるどころか、防御すらも選択肢はない。
ちっこい身体で身構えて、その拳を突撃してくる狐の鼻へと打つ。
質量は圧倒的に玉藻が上。鼻に当たっても貫くか、反対に吹き飛ばさせるかのみの、玉藻にとってはノミにで攻撃されたかのような攻撃であったのだが
「ぎゃはぁっ!」
まるで自分と同じ大きさのハンマーに鼻面を打たれたかのように吹き飛んでいく。
ガラガラとその巨体が地面を転がるごとに地震が起こり、周囲が震える。
玉藻は吹き飛ばされて森林地帯へと入ってすぐにヒラリと身体を狐らしく軽妙に翻して四肢を地面に強く踏みしめる。
「狐火極火」
一つ一つが高層ビルと同じ大きさの尻尾に力を込めて、術の触媒とする。白き炎へと尻尾が変わり、鞭のようにしなりながら、レキへと向かう。その勢いは雲すら吹き飛ばして、全てを砕く破壊の力を纏い飛行してくるレキへと向かう。
レキは獅子神の手甲に力を込めて、世界を燃やし尽くす勢いの九本の尻尾へと立ち向かう。身体を半身に右腕を引き絞る。
「超技ファランクスブロー」
レキが繰り出す拳は無数のビームのように飛んでいく。
繰り出す拳は様々な力を纏う。衝撃波が生まれ、そのちっぽけな拳に当たった炎の尻尾は、ちっぽけではない威力により炎ごと凍っていき空間を歪めるように砕かれていった。
「きぇぇぇ! 殺生爪撃!」
小さい蟻を潰すが如く、両前脚の爪に殺生剣の力を纏わせて十字に斬ってくる玉藻。
その光景を残心しながら見ていたレキは両手を合わせて掌底を肉薄する狐の掌へと放つ。
「超技雷火掌底波」
蒼く燃える炎の竜巻が紫電を纏い掌底から生み出される。その竜巻は概念を殺す爪へとぶつかり、されど殺されて力を失うこともなく、相殺されることもなく、目の前を塞ぐような巨大なその掌を粉々に粉砕するのであった。
「あぎゃぁぁぁ」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげて、森林を押しつぶし、掌を砕かれた痛さで転がっていく九尾の狐。既に尻尾は吹き飛ばされて一尾もないが。
すぐに起き上がり、毛を逆立たせて術を放つ。
「妖術金剛千毛」
千どころではない無数の毛が玉藻から抜けて、金剛の槍となり雨の降るようにレキを狙う。
だが、既に死に体の狐の攻撃に恐れるものはなかった。ふわりと拳を翻して、超常の力を集めて超技にて迎え撃つレキ。
「超技サイキックブロー」
空間は歪む世界に支配され、生み出す拳の衝撃に金剛の槍はピタリと停止する。その威力に押されて吹き飛ばされて、バラバラと散っていき、念動の衝撃波は玉藻へ向かい、その身体を食いちぎるように潰していくのであった。
「あぁぁぁ、敵わぬ、敵わないわ。どこまで、どこまで強くなるのかえ」
下半身をほぼ吹き飛ばされた玉藻は這うように逃げようと脚を進める。あの女神は恐ろしい。未だに力が上がっており、その底は見えない。
やはり敵わぬ相手だと、悲鳴をあげながら事態の解決を考える。もはや討伐されることは確定であり、たとえ石と化しても、あの女神は石ごと破壊できるだろう。
ならばもはや解決策は一つであった。選ぶ選択肢はない。
ふわりと飛んでくる女神へと声をかける。
「女神よ、女神様よ。妾は悪にして化生なれど、救いを求めたい」
「すいません、来世での就活にお祈りを捧げますね」
即断即決で迷いなく答えるレキ。さようならと獅子神の手甲に覆われた手を振り上げようとする。
「来世で結構でございます。妾が消えなければ」
ん? とその答えに疑問に思い手を止めると
「狡猾なる神族といつか貴女様は戦うことになるでしょう。故に来世でのお手伝いをと」
言い募る玉藻に多少興味を覚えて
しばらくしてから、天へと流れる光の柱が玉藻を中心に発生して、見事九尾の狐は退治され、大阪府は解放されたのであった。
 




