416話 楽しい戦いをするおっさん少女
大阪の街は廃墟となっても、ビルなどが建ち並ぶ昔を思わせる大都市である。いや、あったであろうか。すでに過去形である。
なぜならば、轟音が一回するごとにビルも家屋も細かな破片と変わって砕け吹き飛んでいるからだ。
この戦闘が続くとすぐに全ては更地となるに違いない。しかし、誰にも止めることはできなかった。止めるには敵を倒すのみであるのだが、たとえ空中戦艦が介入をしようとしても、あっさりと撃沈されるからだ。
それほど戦いは激しく、そして圧倒的な力がこの地には振るわれていた。
瓦礫となった高層ビルが砕け散りながら、レキへと降り掛かってくる。雨のように落ちてくるその様は、雨ではない証拠に一つ一つの礫がその質量で地面に大きな穴を空けている。放置された車両は砕けた瓦礫の雨にすぐにぺしゃんこのスクラップになり、家屋は礫の力により同じように瓦礫へと化していく。
しかし、その破壊の雨を気にもせずにレキは襲いかかる狐と戦闘を繰り返していた。
瓦礫の中、身構えて襲いかかる玉藻へとレキは拳を突き出すが、常にミュータントを砕いてきたその破壊の力は狐の胴体を貫くように見えて、実際は狐の身体は消え去り瓦礫へと変わってしまう。
「ふふっ」
涼やかな笑いと共に後ろに降っていた瓦礫かと思われた物が姿を変えて狐となる。そうして今度こそ剣を振るい迫る玉藻。
レキはつま先を地面にあてて、素早く振り返り身構えるが
「後ろですよ」
ソッと声が振り返ったレキの後ろから聞こえて、目の前の玉藻は消えて、後ろから背中を斬られてしまう。
よろけながら、前に勢いよく踏み出して、敵の連撃を躱そうとする。風のように前へと加速しながら移動をして、間合いをとってから振り向くが玉藻は追撃をせずに既にいない。
「慎重でなによりです。追撃をしてくださると楽だったのですが。狐らしい慎重さですね」
感心しながらレキは背中の痛みに多少眉を顰める。たいしたことはないが、久しぶりのダメージであった。
「ホホホ、妾の力では貴女様を追撃しても倒せません。今の一撃もかなりの力を込めたのですが、深き傷ではない様子」
玉藻は姿を現すことはなく、声だけがどこからかこだまを返すように広がる。
「やるな、あいつ。慎重であり、ヒットアンドアウェイを繰り返すとは。ちょっと面倒くさい敵だね」
遥も玉藻の慎重さと、幻惑の使い方に舌を巻いていた。なにしろ看破を無効化されているといっても良い状況だからだ。
瓦礫にも術をかけているらしく、すべてが蜃気楼のように歪んで見える。看破が完全に通用すれば影響はないと思うのだが。
「旦那様、このままで良いです。この先に同じような使い手がいる場合の参考になりますので」
看破を両方共レベル9に上げようかなと、イージーモードにしたがる向上心のないおっさんであったが、向上心の塊のレキは上げるのを拒否してきた。
戦いを楽しんでいる戦闘民族な少女なので、たぶん拒否の理由はそれだけではない。強敵との戦いを楽しんでいるのだ。まぁ、それなら仕方ないなとレベルアップを見送る遥。
「妖術地槍」
玉藻の声が超常の力を持って開放されると、レキの周りを雨のように降り注いでいた瓦礫がピタリと空中に停止し、鋭い石の槍へと変化してその穂先をレキへと向ける。
キラリと石槍の穂先は鋭さを見せるように耀く。決してその鋭い輝きは石の穂先がしてよい鋭さではない。見た目とは全く違う威力だと理解する力の塊だ。すぐにその石の槍はレキを押し潰すように風切り音をたてながら迫ってきた。
「シッ」
空気を一息だけ吐いて、レキはバレエのようにつま先を支点に、舞い踊るように回転をする。
コマのように回転をし、その速度からいくつもの残像を生み出し、さらに重なり合いレキは肉薄してくる石槍をちっこいおててで捌いていく。
高速で迫る石槍は音速の壁を超えて、その全てが小柄な美少女を貫こうと迫るが、音速の壁を超えてもその衝撃を無効化して、動きに阻害を受けないために、次々と迫る石槍よりも速く、そして鋭い動きで受け流す。
レキには物量での攻撃は通用しないと相手に錯覚させる速さと、その鋭き体術であったが玉藻はその裏をかいてきた。
石槍のいくつかが玉藻へと変化して、剣を構えて再び攻撃をしてきたのだ。その身体はぶれており、揺らいでいて、透けていた。
いずれが本体かは見抜けない。本体以外は力が劣る、しかしそれすらも利用して、玉藻は力を隠し、花火のように分身に仕込んだ力をすべて開放させることにより、本体ではと思わせる力を見せて、本体と見間違えようとさせていた。
さすがのレキも石槍を捌きながら、玉藻と戦うのは難しい。遥は超能力でこの状況を打破しようとする。
「サイキックバーン」
レベル4の念動にして、使いどころがないと思われた術。自身の周りを吹き飛ばす。その力により石槍も近づく玉藻も巻き込み吹き飛ばす。
念動力の強力な力により周囲の全てを吹き飛ばす。瓦礫も廃墟となったビル群も、迫りくる石槍と玉藻の群れも空間を歪ませ砕いていく。
だが、遥はその様子を見て失敗を悟った。玉藻がこの攻撃であっさりと倒せる訳がない。
感知にはかなり離れた場所にて扇子を広げて力を込めている玉藻の姿があった。
「妖術大火」
風を起こすようなか弱い振りであったが、その力は風を巻き起こすどころではない。振られた扇子から白く耀く炎が生み出されて扇状に放たれてきたのだ。
炎は範囲状の全てを灰へと変える。炎に巻かれた建物は一瞬飴が溶けるようにどろりと姿を変えようとするが、溶ける間もなく灰へと変わる。炎の保つ熱がどれぐらいか、その様子で理解できてしまう。
「念動障壁」
空間より生み出される半透明の蒼い水晶のような障壁を迫りくる炎に対抗するために生み出す遥。
扇子の振られた範囲、その先数キロが炎に包まれて灰の世界へと変わっていく。
レキは炎を防いでいる障壁の後ろにて身構える。予想が当たっていれば、隙だらけの今の自分を見逃すことはありえない。
少なくとも自分は見逃さない。ならば狡猾な狐も見逃さない。
微かに目を細めて警戒するレキ。炎が掻き消えて、灰が舞い散り視界が塞がれる中で玉藻が飛び出してきた。
「はぁっ!」
玉藻が振るう殺生剣、その剣が当たった障壁はガラスの如く砕かれて消えてしまう。予想通り超能力も殺すことができるのだ。
「妖術爆炎」
片手に剣を持ち、もう片方に扇子を持つ玉藻。振るわれた瞬間に爆発が中空に巻き起こる。
タンタンと軽やかに灰が煙る中に飛び込んで下がるレキ。全く視界は効かないし、感知もまた効かない。灰へと巧妙に阻害の力をこの狐は混ぜ込んでいるためだ。
すぐに追いかけてくる玉藻。またもや剣を振るってくるので、獅子神の手甲に覆われた拳を突き出して、今度は受け流すのではなく剣へと目掛けて拳を繰り出す。
珍しく技ではなく力にて対抗するレキ。その力で剣を押し返すのと、偽物の場合に透過されて体勢が崩れることを憂慮したのである。
だか、今度は本物であった。お互いの剣と拳がぶつかり合い、闇の粒子と光の粒子を撒き散らす。
「ぬぅっ?」
玉藻はその様子に顔を顰める。殺生剣は敵の力を殺す剣。神族にも効くはずの自身の自慢の武器である。それにもかかわらず、女神の放つ拳、その手に覆われた手甲は力をなくさずに対抗してきていた。
それは自身の死の概念がこの女神に及ばないことを示している。いや、攻撃は効いているはずだが、自分が斬った女神の傷跡を見ると出血は止まり、その傷跡は広がってもいなかった。
再生能力すらも死んでおり、傷跡は広がってじわじわと動きを鈍くするはずであったのに、その効果は及んでいない。
再生能力が働いているのだ。恐らくは力を削ぎ取るか、致命的な一撃を入れないと倒すことは難しい。
想定よりも強い神族だと、自身の目利きの誤りに舌打ちする。搦手に弱く、そこまで強い神族だとは思わなかったのだが、想像以上に強い。
致命的な一撃を入れるのは難しいだろう。失敗すれば、こちらが討伐されてしまう。新しき神族であり、弱そうではあるが、それでもその一撃は強力であり、妖の自分は当たれば痛撃を受けることは確実。油断は決してできないのだ。
当たればでありんすがと、薄く笑って力を削ぎ落とすことに決める。それこそ自分が得意な戦い方なのだからちょうどよい。
打ち合うその剣を引き間合いをとると、石でありながらも強靭さを保ち、壊れないはずの剣の刃は欠けており女神の力が正しく強力なことを示していた。
その様子を見ても動揺はせずに、この女神では自分の術には対抗はできないのだからと、新たな術を発動させるために力を練るのであった。
灰の世界では激戦が続く。灰を利用しての欺瞞と分身、その攻撃へとレキは対抗して戦う。
大都市の街並みはとうになくなり、更地となってその中で炎が巻き起こり、氷がそれを打ち消す。拳撃の巻き起こす風圧により灰が吹き飛び、視界が晴れるがその隙を玉藻は狙いレキは細かに自分の纏う鎧の装甲を削られる。
いつまでも続くような戦いであった。戦うレキは全くといってよいほど攻撃は当たらずに、敵の攻撃は当たるという戦況の悪さをみせていた。
本物と思ったら、偽物であり、偽物と思ったら分身であり弱い攻撃にてこちらの体勢を崩してくる。その隙を狙い本物が傷つけてくる。
明らかに不利である。じわじわと削られるその攻撃により、身体は傷だらけで纏う鎧もボロボロとなっていた。
だが、レキは焦る様子を見せていなかった。平然としており動揺も見せずに立っており、その構えは焦りからの隙を見せない。
自分の力のほうが勝っており、かつ一撃で逆転ができるのだと普通の戦士ならば考えて、攻撃が当たらないことに苛立ち焦りを見せるはずであった。
しかし、普通ではない戦闘民族レキはこの状況を楽しむのみで、玉藻が期待していた様相を見せない。
「ずいぶんと、自信があるようで。もはや貴方様に対抗する術はないと思われるのですが」
風圧にて消し去った灰が再び降り始める中で、玉藻の声が響く。その声を耳に入れて、眠そうな目に深き光を放ちながらレキはクスリと可憐に微笑んだ。
「まだまだ戦えるので問題はありませんよ。そちらはそろそろ息切れですか? 動きが鈍くなっていませんか?」
その言葉に微かに苛立ちをのせて返答をする玉藻。事実、術の連続使用で消耗が激しい。この神族の力は底なしだろうかと苛立っていたのは玉藻の方であった。しかし馬鹿正直にそんなことを口にするわけがない。
「妾も未だ力を残しておりまする。そなたが死ぬのが早いことは火を見るよりも明らかでしょう」
「貴女の生み出すマッチのような火では見てもわからないと思いますよ」
口元を笑みにしながらレキは煽る。その言葉に遥はいつもいつもよくそんなにポンポンと煽る言葉がうちの奥さんは出るなぁとも感心していた。語彙の少ないおっさんでは無理である。というか、相手を怒らせる発言を小心者のおっさんは口にすることは少ない。いくら強くなっても初心を忘れないおっさんだった。
「ではマッチの火か確かめてもらいましょうかえ」
先程と違い、レキの言葉を受け流すことはせずに、怒りを込めて姿を現して突撃してくる玉藻。
激昂したからこそ突撃してきたのだ。……とは当然思わない。今までの敵と違い狡猾なその手口は演技を簡単にしてみせる。その戦い方は面白く自身の経験になるとレキは笑う。
だが、そろそろこの戦いも終わりである。この狐は慎重過ぎて、こちらを倒せる機会を見逃してしまった。
「私と戦うのに、貴女の慎重さは長所でもあり、短所でもありましたね」
振り下ろされる剣を無視して、あらぬ方向へと振り返るレキ。対抗することもしないその姿に玉藻は驚きを見せるかと思われたが、剣はレキの身体をすり抜けて、玉藻の姿は掻き消える。
そうして向いた方向から、灰が変化して驚く表情を見せながら玉藻となり炎弾が飛んできたが
「エンチャントアイス」
遥が発動させるその力にて、紅葉のようにちっこいおててに氷を纏わりつかせる。
レキは炎弾が迫るその様子も無視して、またも反対側に振り返り、そっと降りしきる灰の中の一つ、背中に落ちようとしていた灰を摘むと、灰は炎となって、氷のおててにより消えていく。
最初に放たれた炎弾はやはりレキの身体を透過して、幻惑だという証拠を見せていた。
そして背中に落ちる灰が本物だと示してもいた。
「シッ」
息を吐き小柄な身体を屈めて、何も見えない場所にカモシカのような健康的な脚をしなる鞭のように繰り出す。
「ガッ!」
だが出ごたえがあった。蹴りを繰り出した先には空間から滲み出るように玉藻が姿を現す。身体を屈めて、地を這うように密かに突撃をしてきていたのだ。
始めてのクリーンヒット。ふらつく玉藻を前に、レキは命中したことによる喜びは見せていなかった。当然のことだと自然な流れだと眠そうな目で玉藻を眺めていた。
「な、なぜ? なぜ妾の攻撃を、妾の姿を、どうやって見抜いたぁぁぁ!」
玉藻は攻撃が命中したことよりも、全ての動きを見切られていたことに驚愕する。自身の幻惑は絶対に見抜かれないと、完成されている神族であれば状況は変わらないと考えていたからだった。
それが見抜かれたことによる答えは、最悪の答えを指し示していた。
「まさか、まさか……」
「そのとおりです。貴女の幻惑は見切りました。私に何度も幻惑を使いすぎましたね。その僅かな力の違いと流れを、何度も私に使うべきではありませんでした」
わなわなとその答えを聞いて身体が震える玉藻。この女神の言うことは半分は当たっており、もう半分は違っていた。
力の流れを見ることは先程まではこの女神は無理だったはずだ。僅かな力の違いを見抜けるほどに繊細な見切りはできなかったはずだ。
それは能力が上がったことを示していた。慣れだけではない、この女神は信じられないことに戦いの中で力を増大させている。先程の女神の強くなるという発言は正しかったのだ。
冷や汗が流れる。もはや自分の力が通用しないと理解してしまった。この神族は完成されていない。自分の目利きは間違っていた。弱そうな女神ではなく、未だに発展途上の女神であったのだ。
それはこの女神が未だに完全なる神ではないことを示していたが、そんなことは今の状況を打破することに、塵ほども影響はない。
「妖術千狐」
玉藻は周囲の灰を分身へと変える。かなりの力を使ったのか、分身であれど、そこそこの力を放っており、玉藻の切り札であったことがわかる。
「なるほど、ですが既に遅いんです」
レキは淡々とした声音で玉藻へと言う。いや、既にこの場を離れようと、逃げようとしていた狐へと。
「ギャッ!」
玉藻は千匹の分身をレキへと向かわせて、自身は地を蹴り、姿を消しながら加速してこの場を離れようとした。
勝ち目はない。理解した、理解してしまったその本能で逃げようと切り札を使ったのだ。
だが、灰の中を突き進もうとした玉藻は灰に殴られる。驚くことに灰が変化をして天使となったその拳に殴られた。地面に叩き落とされてしまう玉藻。分身であることはわかるが、それでもかなりの力を天使は持っていた。
「そろそろ終わりの時間ですね」
静かに後ろから声がかけられて、ギクリと玉藻は身体を震わして、恐る恐る振り返る。
あぁ、と力を落とす玉藻。切り札であり、時間稼ぎに放った分身は同じく女神が生み出した分身に倒されていた。先程の攻撃で分身の力さえも違うとは理解していたが、まさか同数を生み出せるまでの力を持っているとはと。
自分がたんなる贄としてあてがわれたのではと、疑問と恐怖が心に巣食う。この神を成長させるためだけの贄として、他の狡猾な神族に選ばれたのではと。
事実、先程から他の神族の視線も薄っすらとは感じていたのだから。
もはや敵うまい。この姿では。
どこまで強くなるかわからない女神を睨みながら力を解放するしかないと、九尾の狐は己の不幸を嘆くのだった。




