412話 老兵は死なず、ただお菓子を食べるのみ
天守閣にて秀頼はその光景を眺めていたが、戸惑いを隠せなかった。なにせたった一隻のみで突撃してくる戦艦がいるのだから。崩壊前であれば目を疑う技術が使われていると思われる空中戦艦。
300メートル級は空母といってもおかしくない威容を誇っていたが、それでも一隻で突撃してくれば蜂の巣になるだけのはずであった。
しかし、その戦艦は砲撃をせずに一気にこちらへと迫っていた。
その様子にすぐにその艦がなにをしようとしてくるのか、予想をつけて慌てふためく。
「まさか特攻するキー?」
小猿は唖然と口を開いたが、すぐに腹を抱えて笑い始めた。
「大阪城レーザ砲を破壊するつもりだッキー。だが、街壁も突破できずに撃沈するのがオチだウッキー」
ウキャウキャと笑いながら、秀頼軍が突撃してくる戦艦を撃ち落とすのを眺める。
スカイ潜水艦が数隻迎撃に周り、牙だらけの口を開き狂暴なるビームのブレスを吐く。
高速で動くといっても時速300キロ程度であろう戦艦だ。回避できずに次々とビームブレスは命中していく。すぐに黒きレーザーにその船体は覆われて見えなくなった。
「ウキャキャ。これで敵の艦隊は終わりだウキー。まだソーラー瓦は交換を終えないのか?」
「申し訳ありません。未だ80%しか終わっていないでウキーー」
「ちっ、さっさと敵の艦隊を倒して回収を、ん? なんだ?」
黒いビームの光に覆われて、鉄屑となったはずの戦艦はフィールドを張っており、未だ健在で突撃してきたのだ。自分の計算では耐えられるはずがないのに、傷もついていないとはと混乱してしまう。
「かように人間は幻を求めるのですね。ふふふ、イカサマですよ」
後ろでのんびりと菓子を摘んでいた美女が静かに言葉にするが、秀頼は慌てており聞いていなかった。今の攻撃を耐えれる程の力を持っているとすると、街壁を突破できてしまうかもしれないからだった。
「急げ! このパターンは極めてまずいモンキー! 今まで見てきたアニメでもこういうシーンで失敗した戦艦はいないでウキーー!」
慌ただしく他のスカイ潜水艦もまわして、地上軍からも嵐のように野砲を撃ち始める。ミサイルが発射されて、戦車からは次々と砲弾が発射されるが、戦艦はフィールドを保ちながら、その速度を緩めることもなく突撃してくるのであった。
第五艦隊旗艦、胡麻和艦長率いるブリッジの面々は固唾を飲んで、モニターに映る戦艦を見つめていた。
和艦長が拳を強く握りしめながら、怒鳴る。
「敵のスカイ潜水艦を突撃している艦に向かわせるな! 横腹を間抜けにも見せ始める艦を撃破してやれ!」
「了解。目標設定を変更。他艦隊も砲列艦を狙うスカイ潜水艦を攻撃し始めています!」
各自が指示を出して、モニターを眺めているとスカイ潜水艦の一斉攻撃をなんとか潜り抜けながら、老いたる艦長の操る戦艦は街壁まで辿り着いた。
空中で不可視の壁がその突撃を阻もうとするが、戦艦のフィールドとぶち当たり、お互いのフィールドは破壊されていき、光の破片をばら撒きながら。
少しずつ押し進む戦艦。それを見守る人々。仙崎も瞬きも忘れてその様子を見つめる。
最終的に勝ったの胡麻艦長の戦艦であった。不可視の壁は音をたてずに砕け散り、破壊したフィールドを超えて突き進む。
「やった! 壁を破りましたよ、艦長!」
オペレーターが喜びを口にするが、そこまででかなりの無理をしてきた胡麻艦長の戦艦は各所から火を吹き始めて、フィールドが明滅していた。
「クソッ! 限界か!」
和艦長がその様子を見て唸る。地上軍からの攻撃も受けて、どんどん破壊されていく戦艦を皆が見つめていた。
「大丈夫じゃ、儂と同じくこの戦艦もしぶとい。まだまだフィールドは保つ!」
モニターが再び映り、額から血を流している胡麻艦長がニヤリと笑っていた。モニターの後ろでは煙が上がっている様子が見えており、もはやブリッジも限界だと理解した。
「クソ親父め。死ぬんじゃねえぞ!」
だが、遠く離れた俺たちでは手は出せない。その勇姿をただ見つめるのみであった。記憶から薄れないように。忘れないように。
「ひゃひゃひゃ、儂を信じろ。老兵は死なず、じゃ」
まったく説得力はない。血を流しながらモニターで話す胡麻艦長も、火を吹きながら飛行している戦艦も、その様子を見れば誰も胡麻艦長の言葉を信じたくても、信じれないのだが
「ハッ! 実は良いワインを手に入れたんだ。この戦争が終わったら久しぶりにクソ親父と飲んでやるよ」
覚悟を決めた和艦長が穏やかな表情で笑いながら言う。
「そうか……。それじゃ、任務を片付けてしっかりと戻らんとの。ではな」
最後に優しい笑顔でそう言って、胡麻艦長のモニターは消えたのであった。
戦艦の様子を映し出していたモニターには、敵の砲へと突撃している姿がみてとれた。
「や、やめろぉ〜! ウキーー! なぜ、なぜ落ちないんだウキーー!」
秀頼モンキーは大混乱の最中にいた。なぜだと自問してもわからない。大阪城レーザー砲の周りには街壁と同じフィールドを張っている。そしてその周囲には小型ではあるが、同じ出力のレーザー砲が設置されていたのにもかかわらず、戦艦は謎の力でもあったのか、破壊されずに巨大レーザー砲へと突撃したのだ。
離れていても耳を塞ぐ程の響き渡る爆発音と衝撃による爆風が周りを瓦礫へと変えていく。
そのまま大爆発を起こして砲は途中から破断されて破片を撒き散らしてボロボロになり、敵の戦艦は砲台に半分程乗り上げてようやく止まった。
もはや大阪城レーザー砲は使用不可であると、猿でも理解できる無残な光景であった。
「敵はフィールドも消え始めていたのに、なぜ突破できたんだキー? あり得ない、あり得ないウキー!」
地団駄を踏み、破壊された砲を眺める。集めていた負の力のほとんどを使って作った切り札であったはずなのにと。
「秀頼様! いかがいたしますか?」
部下のサルモンキーが尋ねてくるが、答えはもはや一つしかなかった。
「仕方ないキー。モンキースーツ、緑猿隊を出撃させろ! 既に街壁は頼りにならんキー!」
そうして勢いよく振り向いて、猪人へと声をかける。
「援軍が必要だモンキー! なにか出せ、タダ酒飲みが!」
その言葉に異形の猪人は酒を飲む手を止めて、秀頼をじろりとその三つ目で睨む。睨まれただけでも圧迫感を受けて、無意識に後退る秀頼。
「以前に頼まれて作ってやった玩具があるはずだ。もう組み立ては終わったのか?」
猪人のその言葉に痛いところをつかれたと顔を歪める小猿。
「た、戦いは数だキー。あんなデカブツ一機だけでは」
「貴様が望んだのだろう。それなりの負の力も使っている。上手く使うんだな」
猪人はそのまま興味を無くしたのか、また酒を飲み始めるのであった。
「ぐぬぬ……仕方ない。朕が負けるはずがない。格納庫へ向かウキー」
地面に手を付けて四足になり、小猿らしく素早い動きで駆けていく秀頼と、それに続くサルモンキーたち。
その様子を見ながら、猪人は壇上の美女へと顔を向けて口元を歪める。
「良いのか? 一応母と子ではなかったのか?」
「ホホホ、なんのことやら。妾は小猿を子供に持った覚えはないですよ。勝手にあちらが勘違いしたのでしょう」
「……ふん、幻惑したの間違いであろう。……まぁ、良い。そろそろお遊びも終わりだろうからな」
「そうでございますね。先程の鉄の船に乗っていた者がそろそろこちらに来るでしょうから」
扇子で顔を隠しながら美女は妖艶なる笑いをみせる。
「同じ神族といえど、儂とは格が違う。薄汚い獣の番なぞないであろうよ」
「ホホホ、頼りにしておりますゆえ。戦いはお任せします」
自信満々に宣言する猪人を扇子の影からチラリと覗き
「確かにすぐに格の差がわかるでしょう」
ニマリと楽しそうに口を半月のようにして美女は不吉を感じさせて笑うのであった。
明日屋元帥は次々と入ってくる情報を耳に入れながら、待ち望んでいる情報を待っていた。
既に想定通りに敵の巨大レーザー砲は破壊できたのだ。そろそろ連絡があっても良い頃だと。
「レキ様から連絡あり。大阪府にいる人間はすべて配送を終えたとのことです。突撃してきた戦艦にいた人間が、爆発寸前で艦から飛び出してきたので、それも配送し終えたのでサインお願いしますと言っています。ちなみに着払いだそうです」
オペレーターの嬉しそうな声音での報告にクワッと目を見開き叫ぶ。その連絡を待っていたのだ。
「諸君、どうやらレキが人間の救助を終えるまでの時間稼ぎはうまくいったようだ。これより実体弾へと切り替えて、敵の街壁を破壊、地上軍を突入させよ!」
「了解、実体弾へと切り替えます。やれやれようやく反撃の時間ですな」
「これで猿共も終わりです」
「最終……これなんて読むんでつか? 局面に入りましたな」
最後に怪しいセリフがあったが、まぁ、一人ぐらいは失敗することはあるだろうと聞かなかったふりをしておきます。
これまで生存者たちを救助するために、敢えて街壁がエネルギー無効とわかっていながら、フォトンカノンエネルギータイプを発射していたのだ。しかし、救助を終えればもはや障害はない。多少危ないところもあったが、計画通りに進んで微かに安堵の息を吐く。
「ジュニア、どうやら親父さんは生き残ったみたいだぞ」
穏やかな目となり、モニターに映る艦長たちの中から、和艦長へと声をかけると
「まぁ、あのクソ親父は死んでも死なないですからな。帰ったら孫娘に怒られると良いでしょう」
憎まれ口を叩きながらも嬉しそうな表情で答えてくるのであった。
「ではこれからはオペレーター間の通信のみとする。目標設定に従い行動せよ!」
はっ! 了解しました。と各艦長が映しだされていたモニターが全て消えていき、ブリッジには静寂が戻った。
それを確認して身内しかいなくなってから明日屋元帥はウムウムと頷いて
「さすがは私とご主人様の作り上げた台本です。うまくいってなによりでした」
背中にジッパーが浮き出てきて、にゅっと銀髪メイドが中から現れた。
そのまま明日屋元帥の着ぐるみをハンガーにかけて、椅子に座って疲れたように息を吐くが、満足そうな表情を見せていた。
「お疲れ様です、姉さん。一応頑張りましたね」
丁寧に作ったホイップクリームがのっているアイスココアをコトリとサクヤの座る机の上にナインが癒やされる安心の笑みで置く。
「一応ではないですよ。ご主人様はだいたいの流れを台本に書くから、それに合わせるのが大変でしたよ」
「姉さんみたいに、一行しか書いていない台本の方がおかしいんです。ですが、これで人間たちは敵の危険性と、救助の難しさ、大樹の力を改めて理解したでしょう。この戦いはきっと長いこと人々の間で話されることになりますよ」
サクヤは椅子に深く凭れ掛かり、ココアを飲みながら遥には決して見せない冷酷そうな笑みで頷く。
「あとは地上軍に気をつけて、ご主人様が激闘を見せれば完璧なんですが、今回の敵は雑魚ではないですよね」
ご主人様が戦艦でも勝てないだろう支配者級と激闘を人々に見せつければ完璧だ。きっとご主人様に対して畏れ跪く人間もいるに違いない。既に宗教までできているのだから、あとは神格化されれば今回の目的は達成できる。神格化の件はご主人様に内緒ですが。
「敵の力は強いですが、マスターは裏技的な攻撃であっさりと倒すときがありますからね。その場合は残念ですが、次の機会を待ちましょう」
「まぁ、私のサポートが完璧すぎるせいもありますからね。戦闘用サポートキャラとしての完璧すぎる手腕に自分で自分が怖いですよ」
フンフンと鼻息荒く、ぽよんと大きな胸をそらしながら、本気でそう考えているサクヤである。放置主義を完璧なサポートと言うのならば、そのとおりであろう。
はぁ、と軽くため息を吐いてナインは呆れるが、肝心なときには外さない姉なのでなにも言わなかった。
そんな二人がもう戦いは人間たちとツヴァイたちにお任せですねと、まったりしていたら、ブリッジの端っこから歓声があがる。
「きゃー! コマちゃん、そんなにたくさんのお菓子をパパから貰ったんでつか?」
「ふふふ、そのとおりでつ。今のアタチは大お菓子持ちでつ」
見ると幼女たちが一人に群がって歓声をあげていた。胡麻艦長の変身を解いた幼女、コマちゃんがちっこい背丈で可愛らしく胸をはりながら、フンフンと興奮気味に得意げな表情をしていた。
その手にはたくさんのチョコレートやプリン、ケーキやドーナツがあった。
「今回のごほーびでつ! えむぶいぴーというやつらしいでつ」
なぜ突撃した戦艦にいたはずの胡麻艦長もといコマちゃんがここにいるかは簡単だ。最初から戦艦にいなかったのであるからして。
全員退艦したときに、胡麻艦長たちも密かに降りて、鳳雛に移動、スタジオ鳳雛と名称を作られたドラマ撮影用の部屋で演技をしていたのであるからして。
突撃した戦艦には、おっさん少女が乗り込んでいた。モニター越しならばどこにいるかはわからないから、ズルをしたのである。あと、万が一を考えてドライを危険な戦艦に乗せる訳がない遥でもある。
現に密かに張った念動障壁がなければ街壁にも辿り着けずにかっこ悪く撃沈していたのだ。秀頼の街壁の前で撃沈できると予想していた見立ては合っていたのだ。
生存者たちの救助はエンジェルビットにお任せだ。隙がない計画だと遥は自画自賛していた。イカサマとも言う。
「さらにいつでもパパさんにお菓子を作ってもらえる券もこんなにたくさん貰いまちた!」
パンパカパーン、と手に持つ大量のお菓子引換券を皆に笑顔で見せるコマちゃん。
「きゃー! しゅてき〜! コマちゃん、アタチにも分けて〜」
「アタチも、アタチも〜」
「全てをと〜かつしゅる、全お菓子こーてい派を作ろ〜でつ」
キャッキャッと、可愛らしい歓声をあげて、コマちゃんもお菓子をみんなに分けて食べている。
「仲良しで良いことです。ツヴァイたちと違って」
ナインはそのほのぼのとした様子を見てから、チラリと姉さんの方へと視線を移すと、キシャーと叫び声をあげて、ツヴァイたちが姉さんへと怒りの表情で詰め寄っていた。
「この司令と一日デート券、サクヤが手に持っていた部分に1000枚で一回分になる補助券と隠されて書いてありました」
「詐欺です。もはや有罪確定です」
「す巻きにして、あの水堀に捨てましょう」
ツヴァイたちが姉さんをす巻きにしようと捕まえようとして、ヒラリヒラリとまるで蛾のように舞いながら逃げる姉さん。
「あと999枚よこしなさい」
「今なら苦しむことはないですよ」
「くっ、まるで鰻のようにスルッと逃げられてサクヤが捕まえられません」
姉さんはツヴァイたちをからかいながら、ブリッジをぴょんぴょんと跳び跳ねて逃げ回る。
「ふふん、騙される方が悪いのです。私は嘘は言っていませんよ」
オホホと高笑いをしながら、逃げ回るので、ますます怒り心頭、ヒートアップしまくりでツヴァイたちは追いかけ回し、先程の整然としたブリッジは混沌の渦に巻き込まれていた。
隅っこで、幼女たちが仲良しにちょこんと輪を作って座り、お菓子を笑顔でぱくついているのとは、対照的であった。
「あの〜……地上軍が水堀を超えて、敵地へ侵入を果たしたんですが……。聞いてます、皆さん? ブラックショルダー隊が一番乗りですが、みなさ〜ん」
泣きそうな声音で真面目一筋のツヴァイが叫ぶ声は誰にも届かなかった。




