408話 喫茶店に帰るおっさん少女
ふわふわと浮いているように見えるが窓の外を眺めるとみるみるうちに風景が流れていくので、かなりの速さで飛行しているのがみてとれる。ふかふかの椅子に座って、これまでとは違う環境になったと思いながら、水戸シスはぼんやりと外を見ていた。
「むふふ〜。さすがは高速空中潜航艇。ミナト、この飛行艇はソファもフカフカで気に入りました」
「そうでしょう、レキ様。内装をかなり凝ったんです。空間潜行すれば敵には気づかれることは少ないですよ」
パイロットの女性が嬉しそうに答えるので、おぉ〜と無邪気に微笑むレキ殿。その姿は無邪気な子供に見えて可愛らしい。
ぴょんぴょんとソファの上で飛び跳ねながら、先日会った少女が楽しそうにしているのを見て、癒やされるなぁと心が和む。二年以上、そんな気持ちになったことはないので、泣きそうにもなるがグッと堪える。
今の私は軍人崩れのシスなのだと、心を強くしてこの先にある拠点に到着するのを待つのであった。悪しきミュータントを倒すために。
地味にミリタリーと特撮オタクであることは、シスの秘密なのである。
現在、おっさん少女は空中戦艦へと向かっていた。なぜ向かうのかというと、シスたちに三号ベルトと専用機動兵器を受け渡すためである。
「マスター。お任せください、きっと素晴らしいものを作りますね」
野花が咲いたような癒やされる微笑みと共に、ナインが気合いを入れていた。どうやら専用装備という名前が心の琴線に触れたらしいクラフト担当サポートキャラである。
「ご主人様、お任せください。きっと素晴らしい演技を見せますので」
毒花が咲いたような癒やされない微笑みと共に、サクヤが気合いを入れていた。どうやらクーヤ博士再びという環境が心の琴線に触れたらしいお笑い担当サポートキャラである。
「ご主人様! それは違います! ワタシはいつもニコニコ劇団大樹団長サクヤですよ!」
「認めたね? 認めたな! 遂に戦闘用サポートキャラをやめたことを!」
キシャー、と小さいお口を開いて小動物のように威嚇する美少女である。中身がおっさんでなければ完璧なほのぼのする空気であった。
そんないつものコントをする二人と、それを優しい目で見つめるナイン。そこに声がかけられる。
「なぁ、俺たちは作戦開始まで待機するんじゃないのか? 良いのか、帰還しちまって」
頭の後ろで手を組んで瑠奈がソファに凭れ掛かりながら、微妙にイケナイコトをしているような罪悪感が見え隠れする表情で尋ねてくる。
「良いと思いますよ? 私もゆっくりとしたいですし、今日はお休みですし、ペンの家には私たちの代わりに犬のぬいぐるみを置いてきましたし。私たちの名札もつけておいたから完璧ですよね」
ソファの上に、ちっこい狼と子犬のぬいぐるみを置いてきましたと胸を張る得意気な美少女。
「完璧かぁ? あのおっさんたちにはなにも伝えていないだろう? いきなり空中から現れたこのヘリを見て心底驚いていたぞ。避難民も合わせて」
首を傾げて瑠奈が疑問を口にするが気にしない。休みは大切なんだよ? 絶対に休日出勤はしませんと心に強く誓うおっさん少女であった。
まぁ、いつも働いているの? とか、いつの間に休みの日を決めたのかとか、そういった疑問には企業秘密なので答えれません。
遥は明日屋元帥という、また碌でもない着ぐるみ人形を作ったサクヤに大阪府攻略作戦開始まで待機するように言われていたが、そもそもサクヤの言うことだから最初から聞く気はなかったのは秘密である。秘密でもなんでもないかもしれない。
「変身ヒーローの拠点、喫茶店に行くのですから仕方ないんですよ、ちょっと織田さんたちが呆然としたのもヒーローの秘密兵器を見たからに違いありません」
「軍用機にしか見えないからな。俺だってそれぐらい分かるぐらいに武骨なフォルムだったのに、内部がホテル並だよな。やりすぎだろ」
「瑠奈様、滅多に潜航艇なんて使わないので、通常時は送迎用に改装したんです」
ミナトがニコニコと機嫌良さそうに伝えてくる。海専用のツヴァイは全く使われないので、空中艇を運転することにしたので機嫌が良いのだ。凪がコパイとなって隣に座って鼻歌を歌っている。
「はぁ、金はあるところにはあるんだなぁ」
小型冷蔵庫から飲み物を取り出して、プシュッと開けて飲みつつ瑠奈は呆れていた。ソファにテーブル、小型冷蔵庫とこの艇は内部を見たら軍用機とは思われないだろうと。
「あの……。自分たちはレキ殿の秘密基地である喫茶店に向かっているのですよね?」
おずおずとシスが声をかけてくるので、ニコリと笑みを浮かべて答える。
「そのとおりです。移動喫茶店なので、あんまり立派なお店じゃないんですが、そこは我慢してくださいね」
「そろそろ喫茶店が見えてきますよ。窓越しに見てください」
ミナトが伝えてくるので、ブラックショルダー隊も含めて、移動喫茶店とはなんぞやと、身を乗り出して窓へとへばりつくように覗いて
「な……なんですか、これは?」
「おいおい、軍隊が集結しているじゃねえか」
「喫茶店でコーヒーを飲みたかったんだけど……」
目に映る光景に言葉を失うのであった。最後の人だけ違う感じであったけれども、空気を壊さないように黙っておく。
「あ〜、凄いな。これ大樹の軍隊か?」
瑠奈も驚いて、感心したように息を吐く。
眼前には空中に浮く多数の艦隊、地上には多くのテントが張られており、周りには無数の戦車やトラックや、忙しそうに行き来をする兵士たち。周囲を偵察するように戦闘ヘリが飛行しているのだから、感心するのは当たり前であった。というか、シスたちは驚きで声を失っているので、サプライズが成功したぞと、ふふふと小さなお口をおててで抑えて、美少女がほくそ笑んでいた。
やりすぎだろと、瑠奈の責めるような視線は気づかないふりをしておく。
バッ、とちっこいおててを振りかざして、驚いているシスたちへとドヤ顔で言う。
「空中喫茶店癒やしのレキ亭にようこそ! 歓迎しますよ」
テヘッ、と小首を傾げて微笑む可愛らしさでサクヤが萌え死にしそうな美少女であった。
「まだ喫茶店と言い張るのかよ」
はぁ〜、とテーブルに突っ伏して疲れたような声を絞り出す狼娘は、哀れなるシスたちへと同情したのである。
「こちらは高速空中潜航艇艇長ミナト、着艦許可を求める」
もう空中戦艦鳳雛は目前であったので、ミナトたちは真面目な表情になり、通信をし始めた。
「ミナト艇長、お疲れ様です。着艦許可を出します。第三ゲートから入ってください」
「了解。凪、速度を落として」
「うん、相対合わせ、着艦開始」
テキパキと動く二人を見て、なにそれかっこいいと、アホな美少女はミナトたちのそばによって私もなにかしたいですと、ミナトたちへとウルウルお目々を向ける。
何気に軍用機であるので、操縦席と乗客席は分かれていないのであるが、それを良いことに操縦席へと近づく邪魔しかしない子供だ。どう考えてもアホな子供にしか見えない。きっとおっさんの魂は浄化されたのだろう。
「えっと、レキ様は乗客にアナウンスをお願いします」
凪が遥へと簡単なお願いをするので、わかりましたとぴょんと飛び跳ねて振り向く。
「皆様、そろそろ着艦します。えっと、適当に寛いでいてくださいね」
酷いアナウンスであったが、誰も気にしてはいなかった。なにせ、超弩級戦艦へと着艦しようというのだから。
瑠奈も凄いなと感心して窓から外を眺めているので、おっさん少女は瑠奈の耳元へと、ふ〜っと息を吹きかけて邪魔をしてしまう。ちゃんと私のアナウンスを聞いてくださいと。
モチモチほっぺを瑠奈にむにゅーんと伸ばされながら、ようやく鳳雛へと着艦をしたのであった。
ズズンと音をたてて着艦をした潜航艇アサリのタラップから降りて遥はシスたちへとこれからのことを告げる。
「とりあえず、クーヤ博士が来るので皆さんはそれまでは」
「ふん! とっくに来て待っておったわ。そいつらが適合者なのか?」
遥の言葉に被せて、老人の嗄れた声でかけられた。振り向くと既に白衣を着た老人が立っており、タンタンと貧乏ゆすりをしながらこちらを睨んでいた。
「つまらん仕事ではあるが、今は仕方あるまい。儂の技術を見て驚いておけ!」
その言葉の内容にシスたちはこの博士が自分たちを改造してくれると理解して頭を下げて挨拶をする。
「自分は水戸シスと言うのであります。この度は」
「あぁ〜。挨拶は結構だ。もう既にベルトは完成しておる。専用機は何番かの格納庫に置いてあるから取りに行くんじゃな」
え? と首を傾げて不思議そうな表情になるシスたち。全てを捨てて改造を受けるつもりであったのに、もうできている?
ポイッ、とトランクケースを放り投げるクーヤ博士。擦る金属音をしながら、重そうな大きいトランクケースがシスたちの目の前へと滑ってきた。
「さっさと装備して使用してみるのじゃ。修正する箇所があるからもしれんからの。まったく……なぜ超能力者でもない輩に……」
愚痴を呟きながら、つまらなそうな顔でこちらを見てくる博士を前にゴクリとツバを飲み込み、トランクケースを見るシスたちであった。
ガチャリとトランクケースがあっさりと開き、中には狼の模様が入っている玩具みたいなベルト一本と、アンティークで高価そうなアナログの手巻き腕時計が11本入っていた。シスはそれを興味深く眺める。
「見たところ親和性の高いのは水戸とかいう小娘だ。そいつだけは効果が高いと思われたので、わんちゃん三号ベルト。他はそこまでは高い効果は見込めないので腕時計型にしておいた。わんちゃん3号ベルトがレベル1、腕時計型がレベル0.5の運転スキルの上昇が認められるじゃろう」
クーヤ博士という老人が、興味なさげに説明をしてくる。改造する話はどこにいったのだろうか?
「なにやら勘違いしているようじゃが、機械的改造は行えん。これは治癒的な問題もあり、複雑なのじゃが貴様等なんぞに説明しても無意味じゃろうて。瑠奈も外付け武装変身用装備をしているにすぎん。貴様等も同じということじゃ」
シスはその説明にホッとしてしまう自分がいた。自分が改造されると決心していたが、やはりどこかで怖いと思っていたのだろう。軟弱な考えではあるけれども……。
同じ考えであったのだろう、どことなく悲壮な表情であった仲間も安心したように腕時計をつけていた。
私もベルトをつけてみるが、そこでハッとしてしまう。私はもう小学生を卒業しているのに、変身ベルトをつけている……。これを他人に見られたら恥ずかしいのではなかろうか? 瑠奈殿は平気なのかな……?
ソッとレキ殿や瑠奈殿を盗み見ると、仲間が増えたねとワクワクした幼気な表情でこちらを眺めていた。駄目だ、この二人は羞恥心がないらしい。私も腕時計型が良かったよ……。
「変身する際は腕時計に指をあてて、変身すると考えれば良いだけじゃ」
その説明を聞いて、変身を始める仲間たち。男7人、私を抜いて女4人が銀の粒子に包まれる。
その後にはメタリックな戦闘服へと変わっていた。なんというか映画とかで、未来の兵士が着ていそうなかっこデザインだ。おぉ、とお互いの姿を確認して嬉しそうにする仲間たち。
「水戸とやらは、変身もふもふ〜と叫ばないと発動せん。ちなみに変身ポーズも必要なので瑠奈に聞くと良い」
……おかしいな? 私の耳が狂ったかな? なにか幻聴がキコエタヨ……。
「変身ポーズはこうだぜっ! 右手は天に掲げて、左手は水平に、ぐるりと回して変身もふもふ〜と叫べば変身完了だ」
「ちなみに70デシベル以下の音量では発動しないので注意願いますね」
ノリノリで瑠奈殿とレキ殿が説明してくれる。有り難くて涙が出そうだよ……。
仕方ないので、変身することにする。おかしいな? 私はなんでも耐えるつもりだったのに心が折れそう……。
「へ、変身もふもふ〜」
小声にならないように叫ぶ。かなり恥ずかしいのではないのだろうか。改造される辛さよりもキツイかも……。多分頬は真っ赤になっているだろう。
カッ、と眩い光が生み出されて周囲を照らす。これは仲間たちには無い演出だった。極めていらないような演出だと思う。
そうして銀色の粒子が集まり姿が変わっていく。ぴょこんとうさ耳が生えて、ボンボンのような尻尾もお尻から生えて、今まで着ていた服装が変わっていって
「いやぁぁぁぁ! なんで、私だけうさ耳なんですか? 服もレオタードだし! しかもこれ下着が無くなっていて素肌で着ているよ〜」
キャァ、と叫んで身体を手で覆いしゃがみこんじゃう。恥ずかしさMAX、もう訳がわからないよ〜。
レキ殿が近づいてきて、そっと私の肩に手を置いて優しい目つきで慰めてくる。
「だから改造は色々失うものがありますよと伝えたじゃないですか。兵器を操るために繊細な知覚を持つにはその姿が一番だったんです。覚悟があるなら平気ですよね?」
「平気じゃないよっ! これは恥ずかしいよ! だって、胸とか先っぽが浮き出そうだし、何よりパッツンパッツンだから、体の線が思い切りわかっちゃうよ。私が失うと覚悟していたのはこういう意味じゃ無かったよ〜。だ、誰か装備を変わって?」
仲間たちに縋るように視線を向けると、サッと目を逸らしてきた。生死を共にしてきた仲間の頼りある姿に涙が出てきそうだよ……。
私が涙目で訴えるので、兵器に乗らないときはワンピースを上から着て良いことになった。というか、兵器を操る以外には身体能力とかは上がっていないらしい。人々の前で変身しなくてすむと考えて、ようやく落ち着く。
「あ、シスさんは多少の身体能力アップもついているので、普通に生身でも戦えますよ?」
なにかレキ殿が言っていたけれど、スルーする。もう私のヒットポイントはゼロなので。生身で戦うと単なる痴女になるだろう。きっと私はダークサイドに墜ちてしまう自信がある。
「こうして一号、二号の力を借りて、サルモンキーたちへの復讐心から改造を受けた三号は戦場に立つのであった。頑張れ三号、羞恥心は捨てたほうが良いだろう」
なぜかマイクを持って、無邪気な笑顔でナレーションを語るレキ殿。瑠奈殿が隣で腕を組んで、ウンウンと嬉しそうに頷いている。駄目だ、この二人は心底楽しそうだ。
こうしてうさ耳、ウサギの尻尾にレオタード姿の改造はされていないけれど三号が生まれた。
ロングの前髪パッツンのお姫様カットで、小柄であるのに胸はそこそこある目つきの鋭い美少女はこうして三号となったのだった!
「嬉しくない! 私も仲間と同じデザインに変えて〜!」
既にクーヤ博士は飽きたのか去っており、崩れ落ちて改造人間三号になった悲哀からシスは嘆くのであった。少し嘆いている理由が違うかもしれないがたいしたことではないだろう。誤差である、誤差。
「ちなみにシスさんたちのチーム名は成り上がりの意味を込めて、鉄火巻団と名付けようと思うのですが」
「ブラックショルダー隊でお願いします。絶対にブラックショルダー隊です」




