404話 ブラックショルダーとおっさん少女
急な呼びだしを受けた。いつものことだ、急な呼び出し以外で呼び出されたことが無いので、これが普通なのではと少女たる水戸シスは今では考えていた。
「ヒューマンダストの諸君! 光栄に思え、久しぶりの人間狩りだ! いつもならば貴様らなぞ使わないで、我らだけで狩りをするのだが意外と敵は手強く同志が大勢命を落としている! 偉大なるサルモンキー族の命は尊い。どれぐらい尊いかというと、貴様らがいくら集まっても等価にならないほど尊い! ウッキー」
がなり声が聞こえてきて、ドスドスと足音が響いてくる。
パイプベッドで疲れた身体を休めていた私たちは素早く起き上がる。今朝まで大阪城周りのゾンビたちを徹夜で倒していたのだ。眠いし疲れて今にも倒れそうだった。しかし倒れることは許されない。この着ぐるみを着たら最後、死ぬまで忠実に命令に対して従ってしまう。許されるのは言葉を発することぐらい。
私たちに命令するのはヒューマンテイマーと呼ばれる猿だ。鞭を手に持ち、ガンガンとベッドの脚を蹴りながら歩いてくる。急いで起きないと殴られると思うと自然に素早く立ち上がってしまう。
「急げ、急げ! 敵は抵抗している。できるだけ生きた状態で捕まえるように!」
ヒューマンテイマーは怒鳴り散らして、ときたま気が向いたときに私たちの仲間を殴りながら命令をだす。
靴もなく、ボロボロの猿の着ぐるみのまま、私たちはフラフラとハンガーまでよろけながら歩く。こんなことがいつまで続くのだろうか。いや、答えはわかっている、私が死ぬまでだ。
絶望に覆われた二年前から、同じことを考えてハンガーへと辿り着く。
「ウッキー、大事な大事なバナナだウキー、たらふく食って出撃だキー」
まだ熟していないバナナを一つハンガー前にいたサルモンキーから受け取る。食べないと死んでしまうので、嫌々ながら口に入れると、種ばかりで固くて甘くない、不味い味が口に広がってきつい。
「続いて貴重な水だウキー」
ウッキー、ウッキーと楽しそうに吠えながら、バケツに入れた水をかけてくる。バッシャバッシャと頭からかぶり寒いが、懸命に口を開けて、水を飲み込む。
そうしたら、不格好な不器用な子供が夏休みの自由研究で作ったようなペットボトルを横にした形の機動兵器へと乗り込む。
ハッチを開くと前面が開くので、錆びたタラップに足をかけて、鉄でできておりクッションもない椅子に座りレバーを引くとハッチが閉まる。
小さいモニターにカメラアイからの情報が移りだし、フットペダルを踏み込むと、猿の着ぐるみの尻尾が後部ケーブルとドッキングしてスコープモンキーが起動する。そうしてゆっくりとローラーが動き出し前進を始めていく。
ハンガーを出て少し進んだ先には大阪城の支配者、秀頼モンキーと呼ばれる小猿が7メートルほどの背丈のある、分厚い戦国鎧に覆われた猿型機動兵器の腕に腰掛けていた。
秀頼モンキーは僅か1メートルにも満たない小猿だ。黄金の扇子を手に持ち、黄金の瓢箪を腰にぶら下げている。
「ウッキー! 来たな、朕の玩具たち。早速人間を狩って貰うんだウッキー。できるだけ生きている状態で捕まえるんだキー」
出撃ウッキーと扇子を振りかぶると、猿回しシステムが発動して、まるで手足のようにスコープモンキーが感じられる。その感触は凄い気持ち悪い。ブリキ人形に自分が変わったみたいだ。こればかりは慣れることはない。
「降参してくれれば良いけど……」
いつもスコープモンキーで攻め立てると、反抗していた人々は大抵降伏する。なので、シスは人間を殺したことがない。ゾンビやグールたちはいくらでもあるが。
だからこそ人間を殺したくない。人間狩りだと言われるたびにお腹がキュッとなって、緊張に包まれて哀しくなる。気持ち悪い、物凄く気持ち悪い。
吐きそうであるが、身体は別人が操っているみたいにスコープモンキーを操って、目的地まで走り出すのであった。
誰か助けて。声を出しても無駄だとはわかっているが、そう思わずにはいられないのだ。
シュイーンとローラーが回転して、ブラックショルダーが廃虚に逃げ込んだ遥たちを追ってきていた。
「凄いですね、あれ。まさかビルの狭い廊下すら無理矢理入ってくるとは。動けなくなってもおかしくないのに」
格好悪いからいらないですけどと、余計な一言を呟いておっさん少女は他の面々とビル内に逃げ込んで廊下をてってけと走っていた。
ちっこい身体で頑張っていますと、前傾姿勢で、か細い手足を一生懸命動かして走る姿は可愛らしい。えっほ、えっほ、追いつかれちゃうと、逃げていた。
「わんちゃん二号さん! あいつらを倒せないのか?」
織田父が瑠奈へと懇願の視線を向けてくるので、瑠奈は遥をちらりと見てどうするか指示を待つ。
む〜んと考え込む遥。ちょっとどうしようかなぁ、まだ避難民を助ける方法が考えつかないので、あんまり力は見せたくない。
「レキ様、動きを止めたスコープモンキーにいたパイロットたちは回収しましたニンニン」
「現在、密かに空いていたビルの部屋に放り込んであるよ」
遥にしか聞こえない小声で、何者かが伝えてくる。その言葉に瑠奈はピクリと反応したので聞こえたのだろう。あと、霞はキャラ付けの語尾はやめた模様。シノブと朧と違って恥ずかしくなったのね。厨二病からの卒業おめでとう。私も昔に卒業したから、恥ずかしくなった気持はわかるよ。
卒業していないで留年していると思われるおっさんの言がこれである。
「了解です。朧、霞、猿回しの着ぐるみを剥がして治癒してください。あ、剥がすときは死んじゃうレベルで激痛が走るみたいなので、注意してくださいね」
「はっ! ではニンニン」
「了解だよ。気をつけるね」
スッと気配が遠ざかり、瑠奈がこちらへとなにかを聞きたい表情で見るので小さな肩をすくめておく。子供が背伸びしている感じの美少女であるので、愛らしい。そして瑠奈はその様子を見て苦笑で返す。
「名古屋にも来た奴らが潜んでいるのかよ。まぁ、俺たちだけじゃないよな」
「えぇ、真面目に仕事をする部隊も必要ですからね」
暗に私たちは真面目に働かないと宣言する遥である。まぁ、瑠奈も修行に来ているので、そこはツッコまない。
「さて、気になっていたことは解決したのでここは逃げましょうか」
なんの話なんだと、不思議がる男性陣に伝えようとしたところに、がなり声が響く。
「俺の名はヒューマンテイマー。サルモンキー族の高位個体! 貴様ら人間共よ、大人しく降参すれば甚振ったあとにヒューマンダストとしてボトル乗りにするだけで済ましてやるぞモンキー」
鞭を持ったサルモンキーがなにやら怒鳴っていて、ブラックショルダーがローラーダッシュで迫ってきた。
廊下はその機体の大きさにぎりぎりであるのに無理矢理入ってきて装甲が傷だらけになっているが、気にしていない様子。
「逃げるのだっ! 子供たちよ。なんとかにげて……」
ブラックショルダーの装甲越しに小さい可愛らしい少女の声が聞こえてくる。たぶん小さすぎて他には聞こえないであろう大きさだった。
しかし鋭敏な知覚の遥と瑠奈にはその叫びは聞こえた。どうも中身は少女らしい。生意気なことにこのスコープモンキー、猿の着ぐるみが発する力で、中にいるのが人間とはわかるが詳細が感知できないのだ。
でも聴こえたのだ。聞こえちゃったのだ。悲痛なる少女の声が。
おっさん少女とオオカミ少女は顔を見合わせて立ち止まる。
「レキ、潜入ミッションは敵の目撃者を全部消せば、誰にも見られていないことと同義になるから、ミッション成功になるんだぜ」
ニヤリと悪そうな笑顔を浮かべる瑠奈。
「なるほど、私もその話は聞いたことがありますよ。それでいきましょう。倒しましょう」
「あぁ、それじゃやるとするか」
二人は両手を掲げてぐるりと回して叫ぶ。
「変身! もふもふ〜!」
その声と共に強烈な光が二人から放たれて、周りへと広がっていく。
「まぶしーウキー」
「モンキー」
「嫌な予感だモンキー」
眩しい光に当てられて、手で目を覆うサルモンキーたち。
キラキラと光り輝く中で、瑠奈のわんちゃん二号ベルトから銀色の粒子が生み出されて、身体を覆っていく。
それまで着ていたボロ布から革ジャンにジーパンへと姿が変わり、ぴょこんと狼の耳が髪から飛び出して、ぽふんとふさふさ尻尾がお尻から生える。
同じようにキラキラと光り輝く中で、遥のわんちゃん一号から金色の粒子が……特に生み出されなく、アイテムポーチから犬のタレ耳カチューシャを取り出して、頭にかぶり、尻尾付きベルトを腰に巻いて、最後に服装をジャージに着替える。
二人は右腕を水平に伸ばして、
左手を空に掲げて、
右足を斜めに地面に伸ばして
はい、ポーズ
「闇夜に光る正義の味方、月明かりの元に只今見参ウルフガール!」
声を揃えて
「わんちゃん一号!」
「わんちゃん二号!」
ビシッと声を揃えてきめ顔で決める二人であった。
なんだか約一名の変身シーンが物理だったような感じがするが、変身ベルトは瑠奈専用しかないので仕方ないだろう。本当に仕方ないのかは、いつか判明するのかもしれない。
二人の変身した姿を見て、動揺して騒ぎ始めるサルモンキーたち。
「犬だウキー」
「苦手だモンキー」
「ヤバイぞモモンキー」
犬が現れたと恐怖する隊長サルモンキーたちと一般モンキーたち。それだけ犬が苦手なのだ。ウキャーウキャーと騒いで恐怖している姿を受けて
「怯むな! 奴らはメスだ! しっぺい太郎ではない、倒せ倒せ!」
ヒューマンテイマーが鞭をバシバシと叩いて、鼓舞をする。
「なぁ、しっぺい太郎ってなんだ? 有名人?」
ヒューマンテイマーの叫び声を聞いて疑問に思い、こっそりと遥の耳元に口を寄せて尋ねてくる瑠奈。遥もすこし考え込んだが、その名前を聞いて思い出した。
「ふふふ、しっぺい太郎がオスだと思っていたんですか? メスにポチと名付けられるときがあるように、メスにしっぺい太郎と名付けられることもあるんです。ね、しっぺい太郎」
むふふと笑って、瑠奈をしっぺい太郎と呼び始めるおっさん少女である。自分がそう呼ばれるのは嫌なので、瑠奈へと押し付けるセコさを見せる。
「ウキャー! やっぱりしっぺい太郎だぁ〜!」
「誰が呼んだんだモンキー!」
「秀頼様に知らせるんだモモンキー!」
大混乱に陥るサルモンキーたち。しっぺい太郎って、なんだよと瑠奈が疑問に思って、遥の肩を揺する。
「教えろよ〜。しっぺい太郎って、なんだよ?」
「しっぺい太郎というのは、おとぎ話で化物猿たちを倒す犬とか狼と呼ばれるものです。化物猿がしっぺい太郎はいるか〜? と踊っているのを見て、所詮は猿知恵、アホな奴らめとしっぺい太郎を主人公がどこかから連れてきて倒すまでが流れですね」
「サルモンキーの弱点は犬だったんですね。少し考えればわかったはずなのに迂闊でした、私としたことが」
サクヤがパリパリと煎餅を食べながら、失敗しましたと平然とした表情で告げてくるので、深く反省しているようだから別に良いよと優しく答える遥。
「酷い! 少しは怒ってくださいよ、なんでスルーするんですか!」
「ツッコミ待ちで答えるからだろ! 今はそれどころじゃないの。サルモンキーたちを1匹残らず逃げる前に倒さないといけないし」
それどころじゃないのと、手をひらひらとさせて受け流す遥である。なにせサルモンキーたちは混乱しているが、ブラックショルダーたちは怯みもしていない。
瑠奈もその話を聞いて、俺がしっぺい太郎? と嫌な表情を浮かべるが、まぁ、今はそれで良いかと思い直して、敵へと突撃をする。
「スコープモンキーの停止はレキに任せたぜ。俺は後ろのサルモンキーたちを倒す!」
「仕方ないですね、確かに瑠奈さんでは無傷では捕獲できないでしょうし、わかりました」
スッと瞼を閉じて、再び開くその瞳に深い光を輝かせてレキがニコリと微笑む。
「行くぜっ! 瞬動脚!」
ギンっ、と超常の力を足に込めて、床を蹴った瞬間に消えるように急加速して敵の群れの中に瑠奈は飛び込む。
「ハッハー! 何だかわからないけれど、戦うってことか! 正義の味方に続くぜ」
織田父たちも足を止めて、弓を構えて不敵に笑う。中々の胆力を持っていると思われる二人だ。
瑠奈が狭い通路を高速で移動して、ブラックショルダーの脇を潜ってサルモンキーたちへと向かおうと考えていたのだが、ブラックショルダーは正確に瑠奈の動きに合わせて機関砲を向けてくる。
「なっ! 俺の動きが見えているのかよ!」
驚いて目を見開く瑠奈へと機関砲の砲弾が放たれて向かってくる。空気を切り裂き、鉄板すらも撃ち抜く威力の砲弾が迫り、焦って瑠奈は手のひらを向ける。
「風障壁!」
風が逆巻き、空気が揺れて、ガインと空気を震わす音がして砲弾を弾き返す。
「なるほど、この兵器の乗り手は極めて能力が高いのですね。素の能力が高い………興味深いです」
瑠奈が目の前のブラックショルダーをどうしようかと、シュタンと床へと足をつけて間合いをとろうとしていたが、既にブラックショルダーの機体の上にレキはいつの間にか乗っていた。
「なるべく傷つけないよう助けないといけないですよね」
装甲へと、ていっ、と可愛らしい掛け声をあげてちっこいおててをズボッと綿にでも対するように突き入れる。
たあっ、と可愛らしい声で可愛らしくないパワーで装甲を剥がすレキ。
メリメリと薄いとはいえ、鉄板があっさりと剥がされて、中にいた猿の着ぐるみを着ている少女が驚きの表情を浮かべていた。
「自爆装置はないんですか。それなら苦労をする必要もなかったのですが」
ほいっ、と少女をコックピットから持ち上げる。ブチブチと接続されていた尻尾ケーブルが切れていく音がして、少女が顔を顰める。
「二号、私は逃げる敵を倒しますので、他のサルモンキーたちをよろしくお願いします」
ヒョイとお姫様抱っこで少女を抱えるが、少女の方が若干背丈が高いのでもちにくい。
「あぁっ! 任せておけって」
再び瞬動脚を使い加速して狼狽えるサルモンキーたちへと突撃する狼少女。
「けぇぇぇぇっ! 儂の鞭術を見せてやる!」
ヒューマンテイマーと自称していたサルモンキーが鞭を振りかざし瑠奈と対峙する。
ぶんっ、と風切り音をたてて振り回す鞭はかなりの速さを誇るが
「俺の速さに追いつけるかっ! 猿野郎!」
振り下ろした先には既に瑠奈はおらず、懐へと一気に入りこまれ右、左と拳をくらい吹き飛ぶ。
「ドンドン行くぜっ! 狼牙疾風旋」
瑠奈はサルモンキーたちの中心へと入ると、タンっと地面を軽く蹴り、周囲へと回転蹴りを放つ。
竜巻の如きその旋風はサルモンキーたちを吹き飛ばすどころか、砕いていきバラバラにしていくのであった。そうして次から次へと当たるを幸いに敵を倒していく狼娘。その猛攻は下位どころか、隊長クラスのサルモンキーたちも敵わずに倒されていく。
「ひぃ〜! しっぺい太郎だぁ、本物だぁ〜!」
「逃げっぶ」
「ウゲッ」
その力を見て恐怖のあまり、我先に逃げ出したサルモンキーたちへと矢が次々と刺さっていき、その矢を逃れてあと少しでビルの出口だと思って安心するサルモンキーたちも、透明な歪みが頭に命中して爆散していくのであった。
「旦那様、全然雑魚ですね、この敵」
むう、と最近強敵と戦っていないと不満そうに頬を膨らますレキ。
「まぁまぁ、どうせここにもスティーブンの置いていったボスがいるはずだし、後で強敵とは戦えるよ」
レキを宥めながらも、ホーミングサイキックブリッツと内心で呟きながら、逃げ切りそうな敵をホイホイと倒し尽くす遥。
どちらが悪人かわからなくなる光景である。
しばらくして敵を全滅させたおっさん少女たちはペントハウスへと帰還をするのであった。
 




