403話 おっさん少女は惚けてみる
ザァザァと豪雨が続く中で、ぺントハウスは重苦しい雰囲気であった。
織田父たちからの情報を手に入れて、か細い腕を組んで考え込む美少女。ウトウトとし始めているのは気のせいだろう。その隣でいちご大福を光と一緒に食べる瑠奈。お代わりをもう一個良いですかと、頬を赤くさせながらおねだりしてくる光。
どこからその大福だしたの? と疑問の表情を浮かべる織田父たち。ねぇ、どこから出したんだ? という視線は無視をします。私は鈍感主人公なので視線には鈍いんです、と遥はアホな言い訳を内心でしてるかもしれない。
とりあえずいつもの方針でいこうと、遥は深く頷いて決めた。即ち現状の流れによって臨機応変に行動をする、だ。
どんなに言葉を費やしても、適当にやろうという意味と同義語であるのだが、そんなことは知りませんよと惚けることに決めたおっさん少女である。
なので重苦しい空気は織田父と田中のみで、他はヘリウムガスより軽い空気であったりした。
「要塞化ですか。急に始まったんですか?」
気を取り直して話の続きを求める遥へと、田中が頷いて外を指差す。
「見ろ、前は低い壁しか無かったんだ。あとはスコープモンキーでゾンビたちを駆逐しながら制圧地域を広げていたのに、急に水堀やら高い壁を作った。あんな水堀を作ったら制圧地域なんざ広げることが不可能にもかかわらず、だ」
強い口調で言ってくるのを耳にして、なるほどと考え込む。要塞化、要塞化ねぇ、まるで誰かが攻めてくるのをわかっているみたいじゃないかな?
目を凝らすと、街の間にも高射砲やミサイルランチャーが見えるし、遠く離れた森林にも要塞砲や砲のついたトーチカがいくつも設置されている。基地らしき広場にはオートジャイロや、装甲車に戦車、話に出ていたスコープモンキーも多数駐車していた。
だがサルモンキーたちは適当なのだろう。森の木陰や人気のない廃虚にはゾンビが徘徊しているのも見えた。たぶんゾンビたちを駆逐したのは小さい地域だけだと推測する。
しかしながらかなりの戦力だ。しかも街の中心にある巨大な城郭の瓦は雨の中でも、水を弾いて鏡のようにキラキラと光っており、城門前にはかまぼこみたいな地面から突き出ているトンネルもあった。というか、あのかまぼこはトンネルではない。たぶんせり上がってきて、長大な砲に早変わりするつもりだ。見る限りでは約一キロはその長さを誇っている。
おっさんはそういうギミックが好きなのですぐに理解できるのだ。相変わらず無駄な知識のみを持つおっさんだった。あれは大阪城レーザーとか凶悪な力を発揮しそうな予感。おっさんの悪い予感はほぼ当たるので、これはもう確実だろう。嫌だなぁ。
「で、なにか知らないか? いちご大福の嬢ちゃんたち」
なんだかヘンテコな称号を貰ったおっさん少女。謎だと言っているでしょ、あ、今回は言っていないかもと思い直す。でもいちご大福の少女とか、かっこ悪いと思います。
まぁ、なんにせよ答えは決まっているのだからして。
「知りませんね。なにがあったかなんて、今日ここに来た私たちにはわかりませんよ」
ニパッと笑って惚けることにしたおっさん少女であった。
何を言ってもはぐらかされるというか、この娘たちはアホっぽいので本当に知らないのかもと、ガッカリと肩を落として、気落ちする織田父たちが仲間と連絡を取り合ってくるとペントハウスから出ていった。
追われているんじゃないのと聞いたところ、なんと下位のサルモンキーたちは人間の見分けがつかないらしい。そのために首輪をつけて、鎖を握って自分の物だとアピールをしているらしい。さすがは頭空っぽのサルモンキーたちだ。話を聞いて呆れてしまった。
遥たちを留守番にして光を預けて外に出るとは信用されたもんだと思いながら、アホっぽいから大丈夫と判断されたんじゃという瑠奈の無言の視線に気づかないフリをしつつ、雨降る外をぼんやりと眺める。
「レキお姉ちゃんは雨は嫌いですか?」
てこてこと歩いてきて、そんなことを聞いてくる光へ微かに口元を笑みに変えて言う。
「別に嫌いじゃないですよ。自分の家から眺める雨の光景は最高です」
自分が休んでいるのに外では人が仕事をしていると思うとなんとなく優越感を感じるよねと内心で考えるどこまでも怠惰なおっさんであった。そして心が矮小である。まぁ、おっさんなので仕方ないだろう。
そして雨なので、今日はお出かけ中止にしようとも考えている。そろそろ怠惰の大罪の称号を得てもおかしくない。
「それにしても体調は良くなったようで、なによりです」
ゴワゴワとした光の髪の毛を優しい手つきで撫でで可憐な微笑みで言う。
光は先程まではガリガリに痩せていた。たぶん肋骨も浮いて見えるほどだ。それが今はモチモチほっぺに赤みもさして、体調も回復していたので安心した。
「うん、お腹一杯になりましたし、なんだか体調も良くなりました。レキお姉ちゃんのおかげです」
可愛らしい美少女に優しく頭を撫でられて嬉しそうに元気よくお礼を言う光。おっさんだと頭を撫でるどころか警戒されて留守番もさせてくれないと思われる。これがおっさんと美少女の格差である。
うんうん、幼女は素直でいいねと笑顔で肯く。あれはレベル3の軽度状態異常回復と持続系体力回復であったのだ。栄養失調を治して体力回復させれば、チョチョイのチョイである。織田父と田中? 救援が来たら乾パンを大量に食べればいいんじゃないかな。中年男性なんて、その程度の扱いで良いと思います。幼女は大切にしましょう。
「そういえばここには子供がいるんですか?」
さっき聞いた話だと織田父は子供を保護しているという感じだったんだけれど。
「いえ……私以外にいません」
やばい、地雷を踏んだ予感。
「私は東から逃げている最中に母親が死んでしまったんです。その時助けてくれたのがパパなんです」
ドカン、地雷は爆発した。
光が俯いて少し暗い声音で語ってくるが冷静であった。おかしいな? みーちゃんと同じ年では? 子供っぽくないよね。あれかな、厳しい環境がこの娘の精神年齢を上げたんだろうか。
おっさんの場合は厳しい環境では確実に死ぬのでわからないけど。
もはやおっさん少女よりも精神年齢が上の可能性が大。というか極大。
「でもパパには感謝しています。一人でも生き残るのに大変だったのに私を養ってくれて!」
「良い娘だなぁ、レキ〜、なんだか俺は凄い気まずいぞ」
グハァと二人共光の純粋な心に当てられて罪悪感いっぱいである。一人は楽しむために、一人は修行のために来ているのだからして。
「そんな発言をするとエージェント不適格になりますよ」
誤魔化そう、誤魔化すしかないねと、遥は明後日の方向に話を持っていこうとして、ピクリと反応して目を細めて真剣な表情になる。
「なにかあったのか?」
おっさん少女の様子が真面目な感じに変化したのを見て、瑠奈が緊張した表情で尋ねてくるので肯き返す。
「どうやら織田さんたちは見つかったみたいですね、すぐに助けに行きましょう。光ちゃん、申し訳ありませんがシノブと留守番していてくださいね」
そう答えて、バッと立ちあがり雨の中、外へと飛び出る遥。おう、と答えてそれに続く瑠奈。
「え、待って! シノブって、誰ですか?」
外に出ていく二人を見て、慌てて引き留めようとする光だが
「拙者のことでござるよ」
と、後ろから声がかけられてびっくりして飛び跳ねちゃう。後ろを慌てて振り向くとピンクのくノ一装束を着た少女が腕を組んでにこやかな笑顔で立っていた。
「安心するでござる。拙者が光殿をお守りするでござる」
ぽかんと口を開けて、いつの間にこんな人が来ていたのと驚く光であった。くノ一? しかも衣装から見て、この人もちょっとアホっぽいです。
無論、シノブは最初からいた。くノ一らしく影から司令をお守りしていたのだ。出番がなかったらどうしようとソワソワしていたので安心したのは内緒である。
タララララと銃声が連続して鳴り響き、ビルの壁に銃痕を作っていく。そこかしこからウキーと声がして、水を跳ねる足音がバシャバシャとしてくるのを聞きながら、舌打ちして織田父はビルの合間を駆けていた。
「なんだよあいつら。俺らの顔なんて見分けることができなかっただろ。どうして今回は気づかれたんだ?」
アーチェリーの弦を引き絞り、迂闊に道路へと飛び出てきたサルモンキーの頭を狙い撃つ。
「ボンギッ」
ドスっと高速で飛翔していった矢は正確にサルモンキーの頭へと命中して倒す。次のサルモンキーも飛び出てきたので、素早くもう一射。
シュンと風を切り矢は飛んでいき、打ち倒す。その動きを見ればかなりの腕前を持つとわかる織田父。
「どうしてわかったんだかが、わからん! 奴らは俺たちを判別できるようになったのか?」
手に持つ猟銃を撃ちまくりサルモンキーを牽制する田中だが、弾は貴重で実射すらしたことがほとんどない。練習なんぞは、絶対にできないので、素人の田中では全然当たらない。
牽制に努めて、織田が倒すのに期待するしかない。ああ見えて凄腕のアーチャーだ。自分の役目は牽制だと、囲まれないように撃ちまくる。
タタタタと銃声が響くので、慌ててビルの物陰に隠れて二人で顔を見合わす。
「一発撃ったら百発撃ち返してくるぞ、畜生」
「仕方ないだろう、それより仲間は大丈夫なのかよ」
「わからん。逃げてくれたと信じるしかないな」
数人目の仲間のところに顔を出したらサルモンキーたちに気づかれたのだ。隠れもせずに歩いていたのがまずかったのか……。しかしその方がいつもならばバレないので、当然いつもの手法にした二人である。
「ちっきしょー、これを見ろ!」
壁に貼られているビラに気づいて叫び声をあげてしまう。
「なんだよ、これ。そういうことか……失敗したな。焦っちまったか」
ビラには本日は飼い主がリードをつけていないヒューマンダストは射殺します。と書いてあった。理由は書いていないのが絶対服従なサルモンキーたちらしい。命令に対して疑問など浮かび上がらないのだ。
だが織田父たちは、これが自分たちをあぶり出す方法だと理解していた。これならばなるほど効果的だ。簡単に外を出歩くことはできないのだから。
それにこれならば馬鹿なサルモンキーたちでも理解できてしまうに違いない。現に今自分たちは追われているし。
二人共豪雨のおかげで視界が極めて悪く敵の数の優位さを消している。雨でよく見えないのだから幸運であったということだろう。
めげずに飛び込むサルモンキーを矢で倒しつつどこに行けばよいのか思案する。ペントハウスは駄目だ、光がいる。もう二度と家族を失うようなことはごめんである。砂を噛みしめるような思いで生きてきたのだ。弓の腕も昔より全然上手くなった。
「一度で良いんだ、一度隠れれば奴らは俺たちを見分けることができない。どこかでチャンスがあれば……」
織田一の願いは至極簡単に破られた。なぜならば遠くから旋盤の回るような音が聞こえてきたからだった。
物陰から覗いていた田中が絶望の表情を浮かべて、こちらへと告げてくる。
「肩が黒いスコープモンキー……ブラックショルダーだ、よりにもよって畜生めが」
「本当かよ……」
ブラックショルダー。それは猿回しシステムを使い、一般兵よりも遥かに繊細にスコープモンキーを使える特殊部隊の人間たちのことだった。
ガラガラとコンクリートを退けながら、体長四メートルの体躯を持ち、高火力な重火器を装備したスコープモンキーが現れる。
見ると肩の部分が黒く特別扱いなのだろう、小型ミサイルを両肩に取り付けられている。
瓦礫だらけのビル内へと器用に入りこみ、ローラーダッシュで進み瓦礫に躓き浮き上がるように横転しようとすると器用に体重移動をして、反対にその崩れた体勢から立て直して速度を上げてきた。
手に持つのは機関砲であるので反動はすごいが、その分威力も高い。撃ち出されたらその死を運ぶ砲弾であっさりと肉片へと織田たちは変わってしまう。
ドンッドンッと、轟音とともに放たれた機関砲の砲弾が吐き出されて壁をあっさりと砕いていき穴だらけに崩していく。
「ここまでか……。すまん、光。俺は家族の元へと旅立つ時が来たようだ」
ギュッとアーチェリーを持つ手に力を込める。
「くそっ、こういう死に方だと転生は可能なのか?」
ため息交じりに冗談を口にする田中。青褪めているにもかかわらず、ユーモアは忘れない模様。
「せめて最後に人間の力を見せてやるか」
「仕方ねぇ……。ついていくぜ」
限界まで弦を弾きながら、あの少女たちは私が死んだら光を助けてくれるだろうかと思いながら二人は物陰から飛び出して
「あれ? なんだこれ?」
「なにが?」
目に入ってきた光景に戸惑いを隠せない。
ブラックショルダーたちはスコープモンキーの関節部分から火が吹き出して動きを止めていた。ぱちぱちと火花も散っている。
「蝶が飛んでいる?」
どこか幻想的な光る半透明の美しい蝶が無数に飛び交い、銀の粒子を鱗粉のように吐き出してひらひらと飛んでいた。ひらひらと羽ばたくごとに銀色の粒子が鱗粉のように生み出されて地上へと降り注ぐ。その鱗粉を浴びるとスコープモンキーは火を吹き出して動きを止めて、サルモンキーたちは銃を落として苦しみ倒れ伏している。
「忍法銀蝶の痺れ鱗粉」
なにか小さな声がしてきたが気のせいだろうか。油断をしてしまった自分へと、先頭のブラックショルダーが機関砲を向けてくる。そのまま一発だけ撃ち出すと動きを止める。命令に対して最後まで忠実に動く猿回しシステムだからこその足掻きであった。
「まずいぞっ!」
「逃げろっ、 砲弾が来るぞっ」
時が止まり、走馬灯が頭をよぎる。あぁ、自分は死ぬんだなと飛んでくる死の鉄の塊を眺めて
「狼牙螺旋槍」
目の前に先程の少女の片割れが現れて、竜巻を手から生み出して砲弾を撃ち落とす。撃ち落とされた砲弾はアスファルトにめり込んで見えなくなった。
「へへっ、大丈夫だったか? 織田さん」
鼻をこすりながら得意気な表情で現れた瑠奈であった。
呆然とした表情になる織田父と田中。人間が砲弾を撃ち落としたという光景が頭に入らないのだ。そんな非現実を脳が受け入れ拒否したのである。
「次は私が助けますからね。絶対に忘れないでくださいよ」
瑠奈さんめ、主人公っぽい活躍をするんだからと、可愛らしい唇を尖らせて、ブーブーと私もやりたかったと文句を入れるアホなおっさん少女であった。だってやりたかったんだもの。こういうイベントは逃せないよね?
「き、君たちは何者なんだ?」
震える声で異常な力を見せた二人へと声をかける織田父。
その言葉を聞いてふふっと可愛らしい笑みを浮かべて二人は顔を見合わせてコクリと頷く。
「私たちは謎の正義の味方、わんちゃん一号!」
「同じく悪を許さぬ正義の味方、わんちゃん二号!」
ビシッとおててを伸ばして、足を開きポーズを決めてキメ顔になる二人である。
正義の味方と言う二人を見て織田父はゴクリとツバを飲み込んだ。
あぁ、この二人はアホな娘なんだなと。いつの間にか幻想的な蝶はいなくなっていた。
そして追加のブラックショルダー隊が新たに迫ってもいた。




