402話 ボトル乗りと猿回しシステムを知るおっさん少女
てこてことビルの影から影へと移動をして、敵の兵器の目を掻い潜りながら遥たちは移動をする。
「あの兵器を俺たちはスコープモンキーと呼んでいる。操られた人間たちが操る馬鹿げた兵器だな」
「ドックだとサルモンキーが使う兵器にならないですもんね。そしてその名前をつけた人に感心します。なかなかネーミングセンスがありますね、私みたいに」
最期に余計な一言を言う遥。自分ではネーミングセンスはサクヤよりはあるよと考えているので、普通にそんなことを言うのである。サクヤと比べたらだいたいの人間はネーミングセンスがある人間になると思うのだが。
そしてこの兵器を作り上げたミュータントはかなり古いアニメを知っていると思う。ペットボトルの外見に弱そうな装甲に過剰な火力。なるほどボトル乗りとはよく言ったものだ。
でも猿回しがわからない。どういう意味を持っているのだろう?
元高層マンションに入り込み、えっちらおっちらと階段を登り数十分。おっさんなら絶対に階段を登るよりエレベーターを復旧させるのだが、レキなのでへいちゃらな表情で光を背負って登りきった。
「ありがとうございました。レキお姉さん」
光が笑顔で礼儀正しくお礼を言って、ちょこんと頭を下げてくるので、気にすることはないですよと手で制して到着した屋上を眺める。
「ようこそ、俺たち大阪解放団へ」
織田父が手を振って得意気な表情を浮かべる。
そこはペントハウスであった。草木はこの暑さで枯れており、ペントハウスも人気がなさそうな感じを受ける。だが、和風な家屋の中には人がいると感知していた。
「ここが拠点なんですか? 大阪解放団?」
「あぁ、ここはなんとかして猿たちから街を取り戻そうとする団さ」
なるほど、レジスタンスらしい。どうやら織田父は弱そうな見かけと違い、店をやりながらレジスタンスをしていた模様。
「はぁ、名古屋市でもレジスタンスはいたけど、どこもそういうのあるんだな。やっぱりだぶぐ」
瑠奈が軽い口調でそんなことを言うので、それはトンカツだよと瑠奈の口をちっこいおててで塞ぐ遥。
「駄目ですよ。私たちは謎の正義の味方。今のはトンカツですよ、トンカツ」
「それを言うなら迂闊だろ。なんで言っちゃいけないんだよ?」
瑠奈が塞いでいる遥のおててを跳ね除けて、疑問を口にするが、言わなくてもわかって欲しかった。
「裏切り者がいるかも知れません。持ち出す情報は最低限、受け取る情報は最大限ですよ。決してそっちの方が面白いからとか、そんな理由はありません」
「なるほどな。もっともな理由っぽいけど、お前の言うことだと後者じゃないかと思うんだけど」
ちっとも遥の言うことを信じていない様子で、ジト目で見てくるので、地面に伏してバタバタとクロールで泳ぐふりをするおっさん少女。嘘じゃないよ? 本当だよ?
目が泳ぐんじゃないのかよと、苦笑する瑠奈たちに声がかけられる。
「その子供たちはなんだ、織田? また引き取ったのか?」
家屋の中からまたもや男性が現れる。その手には猟銃を持っているが、身構えることもせずに、地面を泳ぐふりをしている子供とそれをジト目で眺めている少女を呆れた様子で見ていた。
本来ならば警戒するのだろうが、アホなオーラを出しまくっている少女たちなので警戒するまでもないと考えたのだ。
「ふふふ、計画通りですね。私の相手の警戒心を薄れさす踊りの効果がでたみたいでなによりです」
服についた汚れをぱんぱんと落としつつつ、むふふと笑い計画通りという遥。これが計画通りならば、すべての行動は計画通りになってしまうことは間違いない。
「素だろ、まったく……。まぁ、いいや、俺は大上瑠奈、こっちは朝倉レキ」
簡単な自己紹介をすると、男性も言葉を返す。
「……ペントハウスの男で結構だ。ずいぶん前から名前なんざ忘れちまった」
渋い男を演じるように自己紹介をしてくる男性。
「わかりました。ペントハウスの男だと長いので、ペンちゃんと呼びますね。よろしくお願いします」
「田中一郎だ。よろしく」
遥がにこやかな笑顔でペンちゃんと呼ぶのに決めましたと言うので、ペンちゃんはさすがに嫌だったのだろう、すかさず新たな偽名を伝えてくるおっさん。
「偽名じゃないぞ、こいつの名前は本当に田中一郎なんだ。偽名っぽいよな、ブハハハハ」
腹を抱えて笑う織田父。ありゃ、本当に本名だったのねと、偽名と思ってごめんなさいと内心で謝る遥の表情を見て、田中は猛然と異議を唱える。
「田中はファイアーボールや回復魔法、成り上がって、破壊神を倒したりする有名な苗字だからな! 憐れそうにこちらを見るな!」
おぉ、この人は小説に詳しいねと感心はするが、それらの主人公はおいしい思いをまったくしなかったような感じもすると少し思ったりする遥である。
「まぁまぁ、抑えろよ田中。それより朗報だ、彼女たちは外から来たみたいだぜ」
ドウドウと馬を宥めるように、田中を抑えつつ話を続ける織田父の言葉にピクリと反応する田中。
「本当か? おまえが引き取ることにした子供かと思っていたんだが、そうなのか? それならば外の情報がわかるということだが……」
ちらりと疑問顔でこちらを見る田中へビシッとポーズを決める遥。幼気な美少女のその姿はごっこ遊びみたいな癒やされる感じがして可愛らしい。この場合は不安を煽ることにしかならなかったが。
「まぁ、良いだろう。外はどうなっているんだ? どうやってここまで猿回したちに捕まらずに来れた?」
矢継ぎ早に質問をしてくる田中へと、チッチッと指を振って遥は告げる。
「もう疲れたので、その家で一休みしたいです。おやつの時間にしましょう、そうしましょう」
ルンルンと機嫌よく勧めてもいないのにペントハウスに入る少女二人を見て、本当にこいつら大丈夫なのかよと疑ってしまう田中と、その様子を見てゲラゲラと笑う織田父であった。
ペントハウスはまぁまぁ綺麗になっており、掃除がしてあるようだった。どうやら汚く見せるのは外側だけだったらしい。
ペントハウスに入ると同時に雲がモクモクと湧き出して豪雨となってきた。あれだけ晴れていたのに急に振り始めてきたので、なるほど熱帯エリアだからこそ、スコールが起きるのかと納得する。
「この街は雨がこんなふうにいきなり大量に降ってきてな。それだから水には困らない」
全員、リビングルームでテーブルを中心にソファに座り話をすることに決めたのだが、田中が外を見ながら説明してきた。
「バナナも熱帯植物もよく育つというわけだ。ほら飯だぞ、嬢ちゃんたち。バナナのザク切りサラダだ」
織田父が皿に乗せたバナナを持ってきて勧めてくるが、野菜はなくただバナナがザク切りで盛ってあるだけである。サラダの要素はどこかな?
「ただのバナナだが、なんとか風とかいうとあの猿たちからウケが良いんでな。悪いが飯はこれしかない」
「なるほど、それなら仕方ないですね、頂きま〜す」
バナナを一欠片手にして口に入れる。モグモグと咀嚼して、瞠目して
「種が多い! それに甘くないです。というか柔らかくもないですよね。これ原種じゃないですか!」
まずっ、と口を尖らせて言うと、苦笑をして織田父は答える。
「ここはこれが限界だ。栄養が含まれていて恒常的に食べれるのはバナナしかないんだよ、悪いな」
うげっ、と瑠奈も不味そうな表情を浮かべて食べるのをやめる。ちょっとこれは出されたからと食べきるのは難しい不味さであるからして。特に最近は舌が肥えているおっさん少女にはきつい。
「せっかく出されたのであとでなんとか料理したいと思います。なのでとりあえずはこれは置いておいて、話を始めましょうか」
あとでサクヤに食べさせようと思いながら、とりあえずは情報を仕入れようとする遥。何気にサクヤから愚痴を言われそうだが気にしない。笑顔で、あ〜んとしてあげれば生ゴミでも食べるだろうし。常にサクヤへのお仕置きを考えてもいるおっさんである。
「まず私たちはこの大阪府が立派な川に覆われており、かつ高くて頑丈そうな壁があるので、人々が安心して暮らしているコミュニティだと思って、なんとか瑠奈さんと二人でここまで来ました」
「そうなのか……。と、するとここの状況を見てびっくりしただろ、嘘つきさん」
ニヤリと面白そうに笑って織田父が懸命に考えた遥の設定にいきなり嘘つき呼ばわりしてくる。たしかに嘘だけどバレるのか早すぎるので、どうしてなんだろうと小首を傾げちゃう。
「疑問に思っているみたいだな。答えは簡単だよ、ここは猿たちと猿回しシステムをつけたボトル乗りが監視しているから、入ることも出ることもできないのさ。嬢ちゃんたちは本当はどうやって入り込んだんだ? 抜け道があるんだろ?」
ありゃま、抜け道から来たと思われたのね。でも、あの分厚い壁をパンチで壊して入場しましたよと言えば、ますます信用してくれないだろうと困っちゃう遥。
「俺たちは壊れた壁から入り込んだんだ、なんだかサルモンキーたちも慌てていたからスルーされたんだよ」
瑠奈が憮然とした表情でフォローしてくれて、ありがとうございますと感謝の視線を送る。さすがは私のパートナー、今度、戦闘用サポートキャラに立候補しない?
「外ではサルモンキーと呼ばれているのか、あいつらは。ほぉ〜ん、壁が壊れていたのか……」
織田父がその言葉が本当か顎に手をあてて思案する。嘘はついていなけれどねと遥たちは思う。嘘はついていない。入る時は壊れていたのだ。入る時は。入る前は壊れていなかったけどね。
「たしかにここからでも壁が壊れているのが見えた。いきなり崩れ落ちたのか、ヒューマンダストを動員して瓦礫を片付けているな」
田中がそう言って、割れている窓越しに外へと視線を向けると、たしかに渓谷のような崩れ方をしている壁が視界に入る。
「ふむ……そうなるとラッキーだったんだな、嬢ちゃんたち」
一応信じてくれたので、こちらも光に口直しにどうぞといちご大福を手渡しながら聞くことにした。
「ボトル乗りはなんとなくわかります。あの機動兵器に乗っている人たちのことですよね。猿回しってなんですか?」
「あぁ、猿回しってのはだな……。少し待ってろ」
よいしょと田中は立ちあがり、奥にいくとガザガサと探す音がしたあとに戻ってきて、なにかを机の上に放り投げてきた。
「これは……猿の剥製?」
テーブルに放り投げられたのは猿の剥製というか、皮であった。リアルであり、耳も尻尾もついていて本物っぽいが少し妙だと目を凝らす。
「妙な感じがありますね……。これはいったい?」
本当はダークマテリアルの力を感じ取ったのだが、そこは黙っておく。言っても電波な少女かと思われるし。私は水色の粒子は髪から出ないのだ。
「なんだよ、これ? なんか汚いし本物っぽいけど?」
瑠奈が汚そうな剥製だなぁと、嫌そうな表情になる。犬なので猿は嫌いなんだろうと勝手に瑠奈のキャラ付けをする遥は、こんな時こそサポートキャラだよねと、モニター越しにナインへと視線を向ける。
「マスター。少し待っていてください。すぐに解析しますね」
ジッと猿の剥製を見ながらナインが目を凝らす。可愛らしいからいつまでも待つよと遥は癒やされつつ織田父たちへと問いかけるような視線で見つめる。
「この猿の剥製はな、着ぐるみなんだ。不気味だろ? リアルすぎてドン引きだよな? しかしこれは呪われているんだ、いや、そんな物をつくりあげた化物が呪われているのか。まぁ、見えない仕掛けがあるんだろうが」
視線に気づいて説明を始める織田父。それを受けて田中も真剣な表情で忌々しそうに口を挟む。
「これを着たら最期、化物たちに操られる。文字通り猿回しというやつだ。しかもこれを着た人間は皮膚が同化しちまって剥すこともできないのさ。剥がしたら全身の皮膚が剥がれて、しかも神経にも入り込んでいるのだろう、激痛を伴って最後は死ぬだけだ」
「その代わりにこの猿回しシステムは着た人間の力を高める。あのスコープモンキーもこの猿回しシステムをつけていないと動かせない。以前に仲間が隙を見て、動かそうとしたが、ブリキの塊なだけで動かなかったんだ。どうも見えない力も働いているらしい。使い過ぎたら死ぬけれどな」
「この剥製も死んだ人間から剥ぎ取ったのさ。どうにかして、あのスコープモンキーを動かす機械だけでも取り出せないかと思ってな」
うげっ、と呻いて瑠奈が物珍しそうに手に持っていた猿の剥製を放り投げてしまう。
「この内側のどす黒いのは血かよ! 不気味すぎるだろ!」
うへぇ、と剥製の中身にびっしりとついている赤黒いのを見て背筋を震わせる狼少女。さすがに私もそんなリアルなのは嫌だなぁと苦笑しちゃうおっさん少女。グロすぎるのは少しアウトです。
「マスター、今の人間たちの説明通りです。どうやらこの猿の剥製は着る人間に内側から貼り付いて、ついている毛が神経へと侵入して支配します。そして人間の生気を無理矢理引き出して、先程のスコープモンキーを操るエネルギーとしているのでしょう」
ナインがフンスと鼻息荒く説明してくる。さすがはクラフト担当、すぐに解析を終えて教えてくれる優れた金髪ツインテールなメイドだ。どっかの銀髪メイドとはひと味もふた味も違うね。
ならば機械などどこにもない。どうやら織田父たちは機械が埋め込まれていると信じている様子だけれども。ナノマシンとかが入っているとでも思っているのだろうか。
「しかしどうして人間たちを使っているのですか?」
サルモンキーたちが人間を使う意味がわからないので、聞いてみると
「奴らは個体数が少ないのさ。恐らくは2000いるか、いないかだ。だから圧倒的に手数が足りないし、正直サルモンキーの下っ端はアホだ。ゾンビはともかくもっと強い毒を吐く奴らにも負ける」
「あぁ、グールにはサルモンキーたちでは勝てないでしょうね。まぁ、あくまでも最下位の猿たちでは」
彼らはファンタジーの雑魚だけれども油断すると苦戦するゴブリンみたいなものだ。グールには勝てないだろう。
「グールって、言うのか。ゾンビやグールたちは山ほどいるだろ? それを駆除していき、制圧地域を増やすために作ったのが猿回しシステム。そしてボトル乗り。……人間たちはヒューマンダストと呼ばれて塵扱いなのさ……」
「なるほど……ここの敵は生産タイプなんですね。それならば、かなり弱いでしょう。倒せるかもしれませんね」
希望を持ちましょうと。畜生と悔しがる織田父へと元気づけるように言う。
「どうにかして奴らを倒したいんだが、敵のボトル乗りは人間なうえに、あの兵器も俺らじゃ手も足も出ないのさ。なにか良い案があればいいんだが」
田中がボロボロのソファに持たれかけて、疲れたように息を吐く。
「ここの人口はわからないけれど、スコープモンキーは1万以上ある。猟銃片手に戦ってもすぐに鎮圧されるがオチだから、仲間はほうぼうに散らばって、もっと良い方法を手探りで探している」
ふ〜むと、その話を聞きながら、お姉ちゃんお代わり! と言ってくる満面の笑顔の光の頭を撫でで、いちご大福を追加で渡しながら考える。
猿回しシステム…、かなり厄介だ。このダークマテリアルを仕込んだ猿の剥製。そして皆がつけている首輪。これらには微小な仕掛けがあるのに気づいたからだ。
「僅かながら抵抗を感じます。これではテレポートは使えませんね」
少しでも抵抗があれば、テレポートは行えないのだ。これだから空間動術は使えないと舌打ちする。どうやら敵は馬鹿ではないらしい。偶然かもしれないけれどね。
「それに最近になって、ボスが増えたらしい。急に要塞化を進め始めたんだが、心当たりはないか?」
心当たりがあるよな? あると言ってくれと縋るような視線をぶつけてくる織田父と田中を見て、さてどうやって答えようかとおっさん少女は思案する。
それと織田って、どこかで聞いたことなかったっけ?
外は豪雨が続いており、この先の戦いを不安にさせるような天気であった。




