39話 おっさん少女はこれからの商売を考える
遥の前で、うーんうーんと悩んでいる女警官がいる。アインの手伝いをして商売品を売っているのだ。
ナナはこれまでの汚れた制服ではなく、お風呂に入ってさっぱりとしたせいだろう、小奇麗な服装に着替えていた。まぁ、防刃ジャケットを着ているのが服装を台無しにしているが。
周りを見ると、広げた商品の前で何を買おうかと悩んでいる人々は、同じように着替えており綺麗な服装になっていた。今までは汚れていても気にしなかったのに、お風呂に入ったことで自分が文明人だと思い出したのだろうか。布団も玄関に干している姿がある。不用心すぎるのではと、遥が心配するぐらいだ。
「これとこれを!」
コンロのガスとお湯で温めて食べる白米と牛丼セットを持って、ナナが遥に言ってくる。
「はいはい。お買い上げありがとうございまーす」
遥はお礼を言って、ビニール袋にナナが買ったものを手渡す。
「うーん、生鮮食品はないのかな?」
と、ほくほくとした笑顔で大事そうに袋を受け取り、ナナは聞いてくる。やはり生鮮食品に飢えているのだろう。
苦笑いをして首を横に振り、答える隣にいるアイン。
「はい。どれぐらい売れるかわかりませんでしたので、次は色々持ってきますよ」
がっちゃんがっちゃんと音を立てながらお辞儀をしている。遥はそれを見て、すごいぞサクヤ! 苦笑いと首を横に振るのを同時にアインにさせていると、すごい操作テクニックだと別なことに驚いていた。
おっさんでは無理なアクションである。同じことをやろうとしたら、たぶんまた踊る。
そっかそっかとナナは笑顔になっている。色々必要なものがあるのだろう。他の人々もアインに声をかけている。生鮮食品とかを用意できるコミュニティが気にならないのだろうか? まぁ、今更かとも思うおっさん少女。何しろ仮設お風呂を数秒で設置し、少女が手を掲げると人々の傷は治るという超常軍団なのだ。
きっとぞろぞろと超能力軍団がいるコミュニティと思われている可能性がある。
これらの物資の支払いは日本円である。またはドル。
こんな交換で大丈夫かと聞かれれば、大丈夫なのである。
調合スキルでマテリアルを通貨から取り出せるらしい。ゲームにありがちな方法だ。通貨は人々の喜びも悲しみもべったりくっついてなかなか浄化されないアイテムNo.1だと、ナインが教えてくれた。使えないのは作りたての通貨だけらしい。なので造幣局を制圧して無限に増やすアイテム無限生成の裏技は使えないのだという。
がっかりする遥。無限生成は得意なのだ。得意という言い方は変かもしれない。
以前言っていた採取系の素材に通貨があるらしい。採取なんてすっかり忘れていたおっさん脳である。後、他にも色々忘れているとも思われる。まぁ、それでも薄っぺらい紙とかである。取り出せるのは僅かなそうな。採取はドロップアイテム3倍効果がないし、面倒だしで興味がないおっさん少女。
ネットゲームではいつも素材は他人から買って、生産系スキルを上げていたのだ。金の力で強引に上げるスタイルの遥である。ちまちまとお金等集めていられない。レアアイテムドロップもないし。
しかし、それでも交換できる物資を作るには大きな黒字になるのである。料理系はマテリアル(小)でも大体の一般的食料を1個で大量に作成できるのだ。続いて、一般的なものは武器防具以外は装備作成で複数作れるのだ。優しい仕様なのだ。まぁ、ゲームでは複数作れないと消費系のアイテムは困るので当たり前ではあるが。ぼったくりの可能性が微レ存である。
人々の姿をよそに遥はもう片方の隣に商品を広げている、先ほど現れた女武器商人を眺めるのだった。
隣で様々な武器を売っている。火力の高そうなものであれば、ランチャー、小さいものであれば短銃である。全て銃系となっていた。弾丸も大量に売っているようだ。
ゴリラ警官隊長達が大量に貴金属と交換して買っている。すごい量の貴金属を受け取っている割には対価にあわない武器を売っているみたいだなぁ、ぼったくりだなぁと、自分のやっていることを棚に上げて思うおっさん少女。そんな遥が眺めていると女武器商人はこちらの視線に気づいてニヤリと笑った。
「もう少しで取引も終わるから、それからお話ししましょう」
女武器商人の商いが終わり、遥の商売はアインにまかせて、玄関脇の近くの花壇らしきものに座り、缶コーヒーとクッキーをお茶うけに出して遥は話し合いを始める。
相手を見ると20代前半の茶髪のセミロングのぼさぼさで天然パーマが軽くかかっているトレンチコートを羽織り、ワンピースを着ている女性である。ワンピースはボロボロだと以前聞いていたのに、きれいじゃないかと思う遥。後、3メートル近い箱を背負っているので、ますますゲームの武器商人っぽい。
「私の名前は五野 静香。しがない行商人よ。お嬢様のお名前は何かしら?」
尋ねてくる怪しすぎる静香。
私も怪しすぎる商人と見えるのだろうなぁと思いながら、遥も答える。遥の場合は、周りから怪しすぎるではなく、阿呆な美少女扱いをされているが、それは気づいていないおっさん少女である。
「私の名前は、朝倉レキです。どうぞよろしくお願いいたします」
ペコリとお辞儀をして良い子を演じるおっさん少女。
「よろしくね。お互いに行商人をしているのだから助け合わないとね」
ますます怪しい勧誘みたいなことを言う静香。私は絶対に勧誘なんて受けないぞと警戒する遥である。
サラリーマンの時も、声がかけられても無視をして通り過ぎていったのだ。話すところから選択肢にはない。そのため、勘違いをして財布を落としましたよと女性から肩を叩かれるまで気付かなかったこともある悲しい過去をもつおっさんである。
「まぁまぁ、警戒するのはわかるけど、商売の話よ? 私の拠点に水を売ってほしいの」
と、静香は取引を持ち掛けてきた。
水? と遥が聞いたところ、静香の拠点の水も空になりそうらしい。そのため、大量に水が欲しいとのこと。
「私の拠点まで案内するからどうかな? 対価の通貨は十分に出せると思うよ?」
ふむふむと頷いて、さらに聞いてみる遥。
「静香さんたちのコミュニティは何人ぐらいの場所なんですか? 拠点の場所を教えていいのですか?」
何しろ武器が大量に集積していると人々が考えている拠点である。場所がばれたら大変なのではないだろうか。
「何人のグループかは秘密よ。レキちゃんも秘密なのでしょう? 拠点の場所は、まぁ普通の人はこれないだろうから教えても大丈夫かな。でもレキちゃんだけだよ? 秘密にしてね」
静香がウインクをしながら答える。
「むむ、それならば私も行きますよ!」
と、なぜか隣に座っていたナナが言ってくる。ナナにも缶コーヒーを渡したのが失敗だったのかもしれない。むしゃむしゃとクッキーを食べまくっている。遠慮はないのだろうか。
「ふふふ、だーめっ! あなたは確実に足手まといになるわよ? 危険な場所にあるからね」
蠱惑的な笑顔で、ナナの同行を断る静香。むむむむ、レキちゃんコーヒーとクッキーお代わりとナナは言ってくる。久しぶりのコーヒーなのだろうか。やはり遠慮はないらしい。
「どうかしら? あなたはお金が好きなんでしょう? 私も大量に持っているから取引相手としては良いと思うけど?」
少し言い回しが気になった遥であったが了承をする。この女武器商人が気になったのだ。
「ありがとう。拠点の場所は伝えるから、都合の良い日に来てくれるかしら?」
遥は明日行きますよ。と静香にあっさり答えたのだった。相変わらず刹那な思考で答えるおっさん少女であった。
えー! もう帰るの? とナナがレキぼでぃの腕を離さんとするので、無理やり引きはがし、周りの人々のありがとう、また来てねとお礼と次の来訪を願う言葉を聞かされながら、遥は我が家に帰宅した。行きは5時間、帰りは1時間と短縮だ。道ができていれば早いものである。
「ただいま~っと」
庭付き、ガレージ付き、家庭菜園付きの、おしゃれなレンガ風の豪邸に帰宅し、可愛いレキぼでぃの声で玄関でただいまを言う遥。
「おかえりなさい」と二人のメイドが迎えてくれる。この出迎えがとても癒されるので、毎回ただいまを言う喜びを味わっているおっさん少女である。
おっさんぼでぃで、ただいまを言っても出迎えがないかもと怖くて確かめられない小心者の遥であるが。
疲れた~とソファにぽすっと体を横たえる。レキぼでぃなので可愛らしい。
その横にボスッと銀髪メイドが無理やり横たわってきたので、狭いだろと蹴り落とす遥。
段々扱いが酷くなる銀髪メイドである。今日は頑張ったではないですかと抗議してくるので、あとで一緒にお風呂に入ろうと言っておく。
サクヤは飛び跳ねんばかりのご機嫌な様子になり、お風呂を沸かしに行った。密かに自分も楽しみにしているおっさん少女。密かでも何でもない可能性もある。
はぁ~と疲れた溜息をつき、ソファに潜らんとゴロゴロとレキぼでぃがし始めたところに、ナインがテーブルに冷たい紅茶を置いてくれる。氷はコップにいれる前に洗ってあり、紅茶は透き通っており、美味しそうだ。
ごくごくと飲んで一休み一休みである。
一息ついてきたところで、サクヤがお風呂の湯沸かしをセットして戻ってくる。
そして珍しく真面目な顔で伝えてくる。
「ご主人様、あれはオリジナルミュータントです。お気を付けを。名前は五野 静香と名付けました!」
「わかってるよ。気配感知がミュータントだったからね。結構強そうかも?」
後、ミュータントの名前がそのまんまだろと突っ込んで考える遥。
「自我をもって活動するミュータントがいるんだねぇ、まぁ、ありがちな展開だからいるんじゃないかと思っていたけど」
ゲームや小説でも、そういう展開は腐るほど見たからね。とドヤ顔になるおっさん少女。
「そうですね、ご主人様のドヤ顔は最高です」
すでに遥の聞き返した内容は忘れたらしいサクヤ。
「自我を持っていても、どこかに歪みが生じているはずです。先制撃破を提案します」
ナインが役に立たない姉の代わりに、ついに戦闘までサポートをし始めた様子である。
「うーん、倒すと大変なことになると思うんだよね。五野さんが銃やらなにやらを供給しているんでしょ?」
武器系は少ないマテリアルで大量に作成できる仕様ではないので、自分では作りたくないセコイおっさんである。そして武器の供給が止まれば、各拠点とも大変なことになるだろう。
「それに普通の人っぽいからなぁ、倒すのはちょっとためらっちゃうよ」
確かに怪しい武器商人だ。しかし人の役に立っており、周りで謎の失踪事件とかがあり、夜な夜な人を食べているということもなさそうである。そんなに失踪事件があれば、小さいコミュニティだ、すぐに異常に気付くだろう。
「倒すとレアアイテムドロップをする可能性が高いですよ?」
非情なことを言うナインである。だが、それでも嫌なのだ。嫌なことは明日の自分にまかせるスタイルの遥である。仕方ない場合にならない限り放置することに決めた。
「念のためにポイントを保留しておきたいよね」
ステータスボードを見るとレベル11になっていた。稼いだミッションを見ると、いくつかの生存者に絡むミッションがクリアされていた。生存者の拠点に行く:2000EXP、生存者へ物資を分ける:2000EXP、生存者の拠点で命を助ける:2000EXPである。
これが3倍になってレベルが上がったのだろう。次は生存者の拠点を防衛する:2000EXPになっていた。
「しかし大丈夫でしょうか? 本当に気を付けてくださいね」
とナインが心配気に言ってくるが、
「大丈夫です。あの程度ならご主人様の敵ではありません」
むふーっという顔で、珍しくナインと反対のことを言うサクヤ。
「私もサクヤのいうことに賛成です。あれは11レベルのレキぼでぃの敵ではないと思うよ」
大丈夫大丈夫とナインの頭を撫でながら答える遥。小説などで、こういうパターンは腐るほど見てきた。後でピンチになる可能性No.1である。しかし遥はとりあえずは倒さないことにするのだった。