3話 おっさんは戦えない
秋葉原についた遥は久しぶりの休暇を満喫することにした。
秋葉原と聞くと昔はオタク御用達の町であったが、今は観光客御用達の町へと変化している。
昔は食べ物屋を探すのも大変なほど電気店しかない街であったが、今は大手電気店と、様々な食べ物屋がある町となっている。
外国人観光客もそこら中にいるのである。
そこに来た遥の目的はというと、
「やっぱ、金のある時はステーキだよな」
と、おっさんらしい思考で秋葉原を選んだのであった。
贅沢=寿司、すき焼き、ステーキである。
まさにおっさんの思考であった。
秋葉原には有名なステーキハウスがありそこに向かい食べることにする。店に入り、周りを見ると休みということもあり、結構お客が入っているのが見える。
店内にお一人様は、遥ぐらいであるが、そこを気にする遥ではない。
おいしいものがあるのならば、一人でも入るのが、遥である。
ちなみに居酒屋は友人と入ります。
おっさんが居酒屋一人呑みは少し寂しいので。
「松阪牛のサーロインとライス大盛で」
と、店員さんに頼んだ遥は昨日買ったくそげーを思いだす。
ロード時間が長いのがネックだ。と、いうかあれは長すぎる。
10分で5%ということは大体4時間はかかるのだろうか。
それまでは秋葉原をまわるかぁ。と遥は予定を考える。
ステーキを食べた後は電気店を見て面白そうなゲームを探す。
中古のセール品はダメだ。やはり新品でないと!とすでに昨日買ったゲームはやらないつもりのおっさん。
おっさんのあぶく銭パワーであれば、問題ないレベルなのだ。
だが、事前情報を集めないので、またくそげーを引いたらどうしようとおよび腰になる遥であった。
食後の散歩ついでに、電気店を見て回る遥であるが、どうもピンとくるものが無い。
ゲームが飾られている棚をみるが、いまいちやりたくなるものが無いのだ。どうやら昨日のゲームの衝動買いは酔った勢いであるようだった。
ざわざわとしたゲームコーナーの中で周りを見るが、店がおすすめしているゲームはネットワーク必須のFPSが多い。
「はぁ、昔のようなRPGでもないかなぁ」
昔は良かった。ターン制のバトルが多くてなぁ……と、もはやおっさんの中ではリアルタイムでの戦闘仕様RPGも今どきのゲームになっているのである。
もちろん今どきターン制のRPGなど、滅多に無い。特に事前情報なしで、気まぐれで店にきたおっさんが買えるような奇跡はないのである。
ターン制をやりたいなら、スマフォアプリで昔のゲームをやるしかないのである。
とぼとぼと店を出て、次に遥は本屋に向かった。
ここでも昔を思い出す。昔は推理小説や硬派な外国のSFやらを読みまくっていた遥。
今はラノベで簡単に読めるオムニバス形式のグルメ小説か、グルメマンガ、4コマしか見ていないのである。
今日は4コマという気分で、新刊を探していく。
「うーん、ここでもピンとくるのは無いなぁ」
と、今日は諦めて、クレープでも持ち帰りで買っていくかと考える。
もちろん持ち帰りは1個だとおっさんがいい歳して食べるのという目で見られるのが嫌なので、2個だ。
子供にお土産として買っていかないとなぁ。面倒だなぁ。という空気を出しながら買うつもりである。
そんな空気が出ているかはわからないし、店員もおっさんの事なんて気にしてはいないと思うのだが。
まぁ、少しばかりの見栄とプライドである。
結局、本を買わずに店を出ようしたところ、キャーという叫び声が聞こえた。
それも有名人がいたのを見つけたキャーではなく、危険にあった時のキャーという叫び声である。
「なんだ、なんだ?」
ちょっと野次馬根性がでた遥は、叫び声が聞こえた場所に向かうことにした。
周りの人もそこそこ、叫び声の場所に向かっている。
なんかあったら、休み明けの会社で話のネタになるかもと思いながら。
その選択は間違いであるとは気づかずに。
叫び声がしている場所に行くと、警官が何人もいて、誰かを押さえつけていた。
周りの野次馬もスマフォを掲げて、写真を撮っている。
恐らくは自分のSNSか何かに写真をあげるのだろう。
ちなみに、おっさんの遥はやり方すらしらない。
会社でもやっているLINなんちゃらはやり始めると、もれなく上司からの連絡が休日に来るというおまけがつくのが、判明しているので、管理職は皆やり方がわかりませんので。と言って断っているのだ。
まぁ、遥は本当にやり方すら知らないのであるが。
ともあれ、状況を見るに警官が介抱している人と押さえつけられている人の二人がいる。
介抱されているほうは血だらけで、警官が救急車を呼んだので道を開けるように道沿いにいる野次馬に怒鳴っている。
「何があったの~?」
と、遥の傍にいたチャラそうなカップルの女性の方が周りに聞いている。
おっさんである遥には難しいやり方である。
昨今の都内の事情だと見知らぬ人に話しかけると、大体ろくなことにならない感じがするからである。
聞かれた青年は、素直に返答をしていた。
「いや、俺は最初から見ていたんだけどね。押さえつけられている人は信号待ちをしていたんだよ。俺はその隣で青になるのを待っていたんだ」
興奮気味に俺はすごい体験をしてしまったいう感じで青年は話している。
「そうしたら突如ね、俺と反対側にいた人に噛みついたんだ! もう噛まれた人は血だらけになっちゃってさ! がぶがぶ噛まれていて、まるで映画のゾンビみたいな感じだったよ! すぐに警官が来て取り押さえられたんだけど俺も隣にいたから、一歩間違えれば、噛まれていたね!」
恐怖からではなく、これ一生物のネタを得ちゃったぜ!という感じで話している。
まぁ、確かに話を聞けば、一生物の体験だろう。
おっさんになっても、居酒屋とかで、俺さぁ昔危険な目にあってさぁ。とか尾ひれをつけて話すに違いない。
その話の中では俺が取り押さえてさぁとか創造された話になっている可能性もあるだろう。
ただ、聞いた話ではやはり危ない人だったのだろう。
薬でもやっていたのだろうか。
何せ、この信号前に交番があるのだ。そして地方の交番と違い観光客が多いこの秋葉原では、常に警官が数人待機している。
即座に逮捕されて当然である。
それどころか、きっとテレビニュースで扱われるのではないだろうか。それも警官はなぜ怪我人がでるまで目の前にいるのに動かなかったのかとか、そんな警官に可哀そうな方向で。
よくあるパターンだなぁ。とそこまで遥が思っていた時に救急車が来た。
ガタガタと担架を下ろして急いで、負傷者を乗せようとする。首から血がすごい出ているのが見える。
うわぁ、あれは死ぬんじゃね?と周りの野次馬の誰かがつぶやいたところに異変が起きた。
え?と誰かが言った。
救急隊員に負傷者が噛みついたのである。
「ぎゃー!」
すごい叫び声を出す救急隊員。
慌てて周りの警官が噛みついている負傷者を、救急隊員から引き離そうとするが、凄い力でしがみついているのだろう、なかなか離れない。
その様子を見ていると、また
「ギャー」
という声が別のところからあがった。
なんだなんだとみると、犯人を押さえつけていた警官のほうでも、犯人に警官が噛まれていた。首ではなく手に噛みついている。
「うごぉぉ」
と言いながら噛みついている犯人。
反対側では救急隊員に噛みついている負傷者がいる。
「俺、こんなの見たことある……」
誰かが言う。
まぁ、見たことが一度ぐらいはあるだろう。
但しその映像は映画の中だ。と遥は思った。
噛まれている負傷者が救急隊員に噛みつく。
そして助けようとしている救急隊員もまた誰かに噛みつく……そんなゾンビ映画だ。
「これはやばいかも……」
洒落にならなそうな雰囲気である。
遥は周りを見渡して、そっとその場を離れんとする。
走って逃げないのは、おっさんだからだ。
いや、日本人気質だからかもしれない。
負傷者も犯人もただの薬中で、シチュエーションがゾンビ映画と一緒だから走って逃げたおっさん。とか言われたら羞恥心がマックスになってしまう。
夕方のニュースとかで、アナウンサーが現場で、ゾンビと思って逃げたおっさんもいたそうです。
なんてコメントされて、逃げていく遥の姿がモザイクつきでもニュース番組に流れたら、ショックがでかすぎる。
そう思って、なんかやってるけど、俺は野次馬根性ないんで、立派な大人なんでという空気をみせてそっと逃げることにしたのである。
だが、それは致命的な遅さであった。
走って逃げるべきであったのだ。
そう思った理由は目の前で誰かに襲い掛かる人間を見たからである。
「キャー、ギャー」
とそこら中から叫び声が始まった。
慌てて周りを見たら、そこかしこの小道から走ってくる人間が、道路に立っている人間に襲い掛かっている。
ゾンビ映画でよく見るシチュエーションそのままである。
しかも最近流行っていた走るゾンビである。いや、走ってはいるが、小走りレベルではある。驚異的な速さはない。
だが小走りでも周りに次々と襲い掛かっているのを見ると、スルーするのは無理そうである。
「バイオ的なリメイク2では、そばを通るだけで、走れもしないゾンビにつかまっていたしな」
ようやく危険を察知して、皆逃げ惑う。
もちろん遥も逃げようとした。
しかし、ゾンビ? まぁ、もうゾンビで良いやと遥が思った矢先にゾンビが目の前に来たのである。
「うぉぉ」
と叫び、遥は軽く襲いかかってくる人を殴った。
なぜ軽くなのかというと、狂犬病か何かで、ただの人間である可能性がよぎったからだ。
その場合思い切り殴って、倒れて当たり所が悪くて死んじゃった。あんた前科持ちね。となる可能性が頭をよぎったからである。
まさに喧嘩もしない日本人気質。
平和ボケしているおっさんの考え方であった。
映画で、同じ場面を見れば、何やってんだ。この馬鹿なおっさんは! 俺ならうまくやれるね! と常に思っていた間違った対応であった。
だが、実際に現実であれば、こうなるという典型的なパターンである。
ぺちと軽い音がしてもちろん、ゾンビはひるまなかった。
普通に押し倒されて、マウントをとられる。
がぶりという音と首からすごい激痛とともにぶちぶちと、何かが千切れるような嫌な音がする。
「ははっ。バイオ的な終わり方だ。これは」
なぜか激痛の中で笑いがでながら、
目の前が真っ暗になりながら、
遥は死んだ。