395話 大樹の新通貨
そこは隠れ里たる人の決して入れぬ場所。神域たる広大な平原に宝石のような葉が生い茂る巨木がある。周囲は見えないが神聖なる粒子が漂い、広がる田園には瑞々しい作物や果実が常に実り、可愛らしい美少女や愛らしい幼女が楽しそうにお互いの家を行き来している。ここは楽園、天界であると言われてもおかしくない場所であった。
そう言われると凄い神秘的な場所に見えるが、実際は豪邸にくたびれたおっさんがメイドと共に住んでおり、庭には盆栽みたいに大樹を育てている感じ。周りには住み込みのお手伝いさんが家屋を建てて住んでいるだけだった。
そう言われると物凄いしょぼい感じだ。神秘的とはなんぞやと禅問答がなされるかもしれない。まぁ、おっさんの庭なので仕方ない。
そんな豪邸のリビングルームにて、久しぶりにゴロゴロしている美少女がいた。美しい艷やかなショートヘア、眠そうな目だが、その瞳は宝石のように輝いており、桜のような色での小さな唇、子猫を思わせる小柄な体格は保護欲を喚起させる子供のような幼気な美少女である。
その名は朝倉レキ。ふかふかの毛が長い絨毯に四肢を伸ばしてゴロゴロとしていた。そんな愛らしい姿を隣に寝そべりながら激写している銀髪メイドがいるがきっと気のせいだとスルー推奨。
そんなレキはゴロゴロしながらソファに座る四季をその幼気な顔で見上げる。
「バレてる?」
「はい、確実にヌスッターズの面々がエージェントだとバレているとドライたちから報告がありました」
キリリとした表情で、全てを統括しているかもしれない裏の権力者四季、おっさんがなんでもかんでも四季とハカリにふるので、仕事量が大変かもしれない美少女。
他のツヴァイたちも我先にと仕事をやるのでサビ残どころか、残業も滅多にないけれど。ちなみにサビ残とは仕事をしているのに、残業代が出ないというブラックな世界のことである。サービス残業、すなわちサビ残。
ふむと顎にちっこいおててをあてて、レキは考える。やはりあの戦いは酷すぎた。戦いがまずかったわけではない。戦いでの練度も兵士の能力も高すぎたのだ。その光景を見てセバスは違和感を感じたのだろうことは間違いない。
ちなみに新会社設立にヘッドハンティングされたのはリチャードとベッカを除く全員である。
金遣いが荒くいい加減な兵士であるはずなのに、極めて優秀な能力を持っているのだから、目端の効く人間ならおかしいと気づくはずだ。
「ヌスッターズに会社を設立するに際して、便宜を図ってもらえる人間を紹介して欲しいとの話ですね。元不良兵士に持ちかける話ではありません」
四季の言葉に苦笑を浮かべちゃう。しっかり者の人たちらしい。だが、潜入されているにもかかわらず、そんな話を持ちかけてくるということは変なことは今のところするつもりはないつもりなんだろう。
「木野の出番だね。木野を紹介してあげなよ、きっと詩音が気に入る相手だと思うよ」
権力と金を求める木野ならば詩音はほくそ笑んで気にいるだろう。可愛らしい狸であるが、腹黒いのだから木野が存分にからかってくれるに違いない。
「まぁ、精々金を稼いでサルベージギルドを盛り上げて下さいというところだね」
「了解しました。キノに命令を出しておきます」
サルベージギルドは護衛兵の合格基準を高くしすぎたせいか、あんまり人は増えていない。まぁ、遠出の場合は手に入れた物資の手数料も高いので成り手があんまりいないということもある。護衛兵が少なければ遠出は危険なので当たり前の話だが。
それが護衛兵が増えれば、自然と遠出に行けるようにもなるだろう。詩音の手腕にご期待である。
四季が金色のヘアピンをピカピカさせながら機嫌が良さそうに話を続ける。手元から数枚の紙切れとコインを取り出してテーブルに置いて
「これが大樹の新通貨です。そろそろ円を脱却すべきということで作りました」
「ほむほむ、これが新通貨ね」
いい加減、寝そべりながら話を聞くのも疲れるので、ムクリと起き上がってテーブルに置いてある通貨を手に取って見てみる。
三枚の紙切れ、金色、銀色、銅色の紙だ。コインも金色、銀色、銅色、赤色、黒色、白色がある。コインは穴が真ん中に空いており数字が書いてある。
「これらは円と同じ価値で等価交換を行う予定です。単位はマターとなります」
レキがまじまじとお札を見ながら疑問を口にして、お札をヒラヒラとしてみせる。
「ねぇ、なんて1万マターの金色のお札にはサクヤの顔が印刷されているのかな? どうして銀色はショートケーキ、銅色はドーナツが書いてあるわけ?」
納得いかないよとプンスカと頬を膨らませて抗議すると、起き上がって横にいたサクヤが、楽しそうにレキの頬をぷにぷにとつつく。
「ご主人様、政治家はお札に印刷すると問題なので博士とかを印刷するのが主流なんですよ?」
プシューと頰をつかれて、空気を吐き出す可愛らしい少女を見ながら言うが納得できない。
「おかしいよね? なんでサクヤなの? どこらへんに博士要素があったわけ?」
「私はレキ様を作り上げ、マテリアルを利用した技術の基礎理論を作り上げた美女博士として、大樹の資料に記載されているのです。世紀の科学者なので」
ペラペラと観光ガイドのような薄い冊子を胸元から取り出して、見せてくる銀髪メイド。もちろんその際に胸元のブラジャーをチラ見させてくることも忘れない。
「薄すぎるでしょ! ちょっと中身を見せてくれない? なんだか全然中身がないと思えるんだけど?」
「ダメです、ご主人様! これは大樹の秘匿資料なのでお見せすることはできません! 残念でした~」
サクヤが冊子をとられないように上に持ち上げて、レキがその小柄な身体ではおててを伸ばしても届かないので、ぴょんぴょんと飛び跳ねて取ろうとする。だが、届かないので、うんせうんせと可愛く懸命に手を伸ばす。
無論、高層ビルの屋上にも地面からのジャンプで降り立つことができる少女である。どう見ても演技であったが、そんな姿は愛らしいので問題はないと二人とも満足しているので問題はない。
アホすぎる二人であるので、そろそろレキレキ詐欺は厳しいので這い寄る邪神遥へと呼称を戻そう。
「なんだよ、この資料。ここにはサクヤはなんだか凄い博士としか書いていないよ? ちょっと酷すぎるというか資料じゃないよね? 設定すらされていない!」
「面倒なので、他はツヴァイたちに任せました。今頃、歴史資料を作り上げているはずです」
「歴史資料って、閑職がやる仕事じゃね? ちょっとあとで慰めにいかないといけないだろ!」
可哀想すぎるだろうと遥は思うが、大樹の歴史資料を捏造するのは結構楽しいとツヴァイとドライたちは喜んでやっている。ちょくちょく遥が今後慰労に来るので募集倍率も倍増するのは間違いがなかった。
「う~ん………。仕方ない、見た目は美女の銀髪だし、これで良いか。こんなクールで無口な美女とサクヤを結びつける人もいないでしょ」
ちょっとこの印刷された美女は違和感を感じるのだ。肖像画として似ているが別人をかいている感じ。仲が良い遥だから違和感を感じるのかもしれないが、仕方ないので気にしない事にする。
「で、次はショートケーキとドーナツだと変でしょ! これはなんで?」
「印刷をせっせとするドライたちが決めてしまったんです。もう大量に印刷されているので止めることができませんよ、ちなみに銀色の5000マターがショートケーキ、銅色の1000マターがドーナツなのはショートケーキ派が勝ったらしいです」
「くっ………。ドライたちが頑張ったのか………。それじゃ仕方ないね」
全然仕方なくないと思われるがドライたちに甘々の遥なので仕方ない。美幼女は正義なのであるからして。そしてやっぱりショートケーキ派が勝ったのね。ケーキはつよしか。民衆がどうこれを見るかは想像できない。
ぎゃぁぎゃぁとコントを続ける二人の前にコトリとカフェオレが置かれる。ナインがいつも通りに持ってきたのだ。
遥をニコリと可憐な笑顔で見ながら
「この通貨はたんに円の脱却の為ではないのです、マスター。これは今までの現金が吸収していたダークマテリアル量の17倍の吸収量を持っています。しかも吸収したダークマテリアルはその時点で浄化もされますので、そのままマテリアルとしても使用可能な優れものなのです。今までの円に比べると私たちが確保できるマテリアル量は大幅に上がりますので、利益率が凄いですよ」
フンスとそのほそっこい腰に手をあてて得意げに話すクラフト命な金髪ツインテールメイド。
おぉ、それは凄いねとナインの頭をナデナデしながら感心する。だが、あんまり広まることもないのではなかろうか?
「今は銀行カードでの決済が主流じゃん? 通貨って本当に必要なのかなぁ?」
もはやカード社会なのだからして。盗まれても使う事の出来ない銀行カードの方が全然使いやすいはずだ。
その言葉に四季が首を横に振り否定する。
「それが司令。物資調達をしたあとに預けないで保管したままの人も多いみたいなんです。何に使うかはある程度予測はつきますが。銀行カードは履歴が残るので表に出せない取引で使うとキノが言っていました。というか一番困っているのがキノこと木野みたいです」
木野は裏金をバンバンと使いたいみたいなのでと答える。
「なるほど、怪しい取引や裏金に使うにも履歴が残るから銀行カードは困るということか。それにマテリアル通貨ならば、どこに隠されているのか私たちならばわかるしね」
すぐにこの新通貨の利点がいくつもあるのに気づく。なるほど、これはなかなか考えられている。四季がそのとおりですと頷きながら話を続ける。
「円ですとマテリアル反応がないので見つけることが難しいですが、これならば安心です。無論我々が通貨の所在を探知できることは機密にします。これで来年から始まる税収で脱税行為も少なくなるでしょう。それに円を大量に持ち込まれても未来的には等価交換できないように噂も流します」
「あぁ、円を等価交換できるのは今のうちだけとかだね? 未来的にはただの紙切れとして扱われるとかか」
これ偽造は絶対にできないだろうしねとお札を見て思う。マテリアル反応があり紙幣の印刷内容も横から見たりしたらくるくると印刷されている絵が変わるのだ。サクヤが笑顔であったり、真剣な表情であったり、ショートケーキがチョコレートケーキに変わったり、ドーナツが穴あきから穴なしに変わったり、金額も浮き出てきてこれを作るのは不可能であろう。そして実にどうでも良いギミックをつけていると呆れもしちゃう。もちろんコインも同じようなギミックがついている。しかもある程度の物理耐性、各種耐性もついている。
「円を等価交換不可にするのは今のところ予定はありませんが、その噂を流すだけで貯めこんでいる人は慌てるでしょう。日本が使っていた通貨なので、新国家になったのだから使えなくなっても文句は言えないはずです。なにしろ違う国になったのですから」
「裏金も交換しないとまずいと慌てる人間を考えると面白いね。それに遠出をして物資調達をしても円は交換しないと使えない、なるほど全ての資産は大樹が管理できると。素晴らしい考えだね。四季はナデナデしてあげよう」
四季の頭をナデナデすると嬉しそうな表情を見せる。小柄な幼げな少女が目の前の美少女の頭をナデナデしている姿は可愛すぎて、サクヤがバシャバシャと写真を撮影しているのがうるさいです。
「司令! 私もアイデアを出したんです! ナデナデしてください!」
四季の座っているソファの後ろからがばりとハカリが現れて抗議してきた。どうやらソファの後ろに隠れていたらしい、いや、気づいてはいたけどね。なんで隣に座っていなかったのかと疑問に思っていたんだけど。
ふんふんと鼻息荒くウサギリボンをぴょんぴょこと動かして頭を突き出してくるハカリに苦笑をしつつ、ちっこいおててを伸ばしてナデナデしちゃう。私の撫で方にも年季が入ってきたかもと、内心でふふふとアホなことを考えて微笑むおっさん少女である。
おっさん時も最近はナデナデすることが多いんだけどと考える。ようやく退院できたのだけど、それまで何度ナデナデしたことやら。全員美少女であったので、他のおっさんが聞いたら血涙を流すことは間違いない贅沢な悩みである。
水無月姉妹、褐色少女、ナインとときたまサクヤも合わせてナデナデしていたのだ。美少女の頭をナデナデするというご褒美は凄い嬉しかったけれど、なんだか修羅場みたいな感じがして精神的には辛かったです。
気を取り直して新通貨を眺める。もはや人々の資産は管理できるのは間違いない。銀行カードはもちろん隠し持つ通貨も全て感知できるのだから。そしてそれは決して国民は知ることは無い。極めてわかりにくい構造であるために気づく人間はいないだろう。気づいても通貨なのだからどうしようもない。
貴金属や美術品でも良いだろうが、現在の人口が減った中で取引をするとなれば大樹を通すしかないだろう。
ふふふ、大樹は凄いねとほくそ笑むおっさん少女。闇の取引もこの通貨のおかげで大樹側では透明な取引になるはずだと。
「マスター、かなりの量産をしたのですが、この通貨が交換されるときは手元のマテリアルは10倍以上になるので、問題はありません。まぁ、普通の人は銀行カードに入れるので手元に残す人はあまりいないでしょうが」
ナインが冷静に現状を考えての判断を告げてくる。どうやらナデナデはおっさん時じゃないといまいち不満な模様。もはや、サクヤだけじゃなくてナインの気持ちもある程度わかっちゃう遥である。遥も成長したものだ。実にどうでも良いところで成長をするおっさんである。もっと他の成長をした方が良いと思うのだが。
遥はふむふむとその話を聞いて考え込む。なるほど、現在だとそのとおりであるが、露店などではカードは使えない。読み取り機を置いていないからだ。そこで使う事もあるだろうけれど………。
ぽむと手を打って、ニコリと笑顔を浮かべる美少女。愛らしい笑顔が素敵ですと銀髪メイドが騒ぐ中で良いアイデアを口にする。
「新通貨お披露目をしようじゃないか。それこそド派手にね。このアイデアはきっと良いアイデアだよ」
むふふと得意げに笑う遥。でへへと口元からよだれを垂らして写真を撮影するサクヤ。
コテンと小首を傾げてナインが何をするのか尋ねてくる。だいたいおっさんの良いアイデアは酷い時が多いので、当然の疑問であろう。
「祭りでもするのですか? ですが、それですとあまり新通貨をお披露目することにはならないと思いますが」
祭りで食べて飲んで騒ぐだけであろうとナインは思うが、その問いかけにかぶりを振って遥は周りにもわかるように伝える。
「もちろん、祭りはするけれどそれだけじゃない。新通貨のお披露目は人々の身近に感じてもらわないといけないわけなのだから」
そうしてアイデアを話し始めると、ほほぉ~と周囲の面々は感心の表情を浮かべる。なるほど、それならば問題なく新通貨のお披露目となるだろうと納得する。
「それじゃ準備をしようじゃないか。というわけで後は任せたよ、四季」
花咲くような可憐な笑顔で他人任せにすることを平気で口にする怠惰なおっさん少女であった。
 




