390話 おっさんは侍になりたくない
ザッザッと草木を踏みしめながらナナシことくたびれたおっさんは、いや違った。朝倉遥は銃を老人型ミュータントへと向けながら油断なく周りを見渡す。
見ればお爺ちゃんは倒れ込み、今にも死にそうだった。穂香と晶が趣味的な武器として気まぐれで作ってあげた薙刀と符を持って対峙をしている様子。
「まずは回復だな」
懐から注射器タイプの回復薬を取り出して、投擲スキル発動と意識しながら投げると、ヒュンと飛んでいき、サクリとお爺ちゃんの頭へ突き刺さり光の粒子が覆う。頭に刺さったのは痛そうだけど回復薬だから良いよね?
これでまだ息があったから取りあえずは大丈夫だろうと安堵して化物へと顔を向ける。
「失礼だが、ここは人間の世界でね。化物はお引き取り願おうか」
銃スキルアークション! と内心で意識しながら手に持つサイレンサー標準装備の超電導銃の引き金を弾く。超電導銃は引き金を弾かれるがままに銃弾を発射させて化物へと迫り来る。
その流れるような銃さばきはいつものおっさんではない。アワワワと狼狽えるのがおっさんのスキルのはずなのに、手慣れた様子でガンガンと撃つ。
しかも敵の急所どころか、足指や鎖骨、手のひらなど人体では命中すれば行動が阻害される場所に的確に。
上泉信綱は刀をひとふり煌めかせる。刃の光がキラリと光っただけで、遥の撃った数発の銃弾は斬られて地面へと落ちていく。
その様子を舌打ちしながら、アイテムポーチから取り出したマガジンを瞬時に入れ替える。
瞬きする間に交換した遥は再び撃ち込むが、全て先程と同じ運命を銃弾は辿ってしまう。
「カカッ、なかなかの腕前だねぇ。人体の動きをよくわかっているようだ。お前さん、凄腕だね」
上泉信綱は楽しそうに遥へと声をかけるが、全然楽しくない。レキならば楽しむだろうに、精神世界で旦那様頑張って! とちっこいおててをぎゅうと握りしめて観覧モードである。おっさんぼでぃなので手伝う気はないらしい。
レキの数少ないルールの一つだ。他のルールは睡眠は12時間以上するとか、精神世界では必ず旦那様の添い寝をするとか、碌でもないやつばかりであるが。精神世界でくつろぎすぎなニートなレキであった。
「銃無効か……厄介な相手だな」
鋭い眼光を飛ばしたくて、眩しいから目を細めているのと勘違いされるような目つきで呟く。
「ご主人様、上泉信綱は銃無効ですね。他の攻撃は効きそうです。剣の道を極めんとする剣聖上泉信綱を撃破せよ! exp70000、報酬? が発生しました!」
フンフンと興奮気味にサクヤがクエスト発生連絡をしてくる。いつもと違い全然嬉しくない。それなのにサクヤはポップコーン片手にコーラのLLサイズをもう片方に持って観戦モードで楽しむ気満々だ。本当はこいつ敵ではなかろうか?
ナインエモンヘルプミーとモニターを見ると、ボードにお風呂に入っていますと書かれており、チャプチャプとお湯の音がボードの向こうからしてきていた。チラチラとナインの可愛らしいおててや細くてか弱そうな足がモニターの端に映っていた。ボードがずれればナインが見れるかもしれないと期待するが、ナインも助けには来ないつもりらしい。
まぁ、お風呂に入っているんじゃ仕方ないよねと諦める遥。
「ご主人様? 明らかにこのタイミングでお風呂はおかしいですよね? なんで私は敵ではなかろうかとか思いながら、ナインには優しいんですか? 贔屓です、ひーいーきー!」
憤慨しながらなにかを叫ぶ銀髪メイドだが意味がわからない。私は常にナインの味方だよ?
なのでサクヤの叫びは放置して、上泉信綱がこちらを楽しそうな笑みで見ているのを注意しながらゆっくりと水無月家族に近寄り、落ちている流水刀を拾い上げる。
「水無月さん、申し訳ないがこの刀を貸してもらおう」
ひんやりとした感触がして、見た目よりも遥かに軽く使いやすそうだ。
刀術アークション! と内心で意識しながら手にとった刀を軽く振るうと、ピゥと鋭い風切り音がした。
これぐらいの刀ならば、私のステータスに合うねと安心して上泉信綱へと向き直る。
上泉信綱はその風切り音を耳にして嬉しさで破顔した。そのひとふりで凄腕の剣士だと見抜いたからだ。
「カカッ! いいねぇいいねぇ、いるじゃねぇかこの時代にも剣豪がゴロゴロとよ。こうでなくっちゃっ面白くねぇ」
「そうか……。すぐに嬉しくなくなると思うがな。刀など時代錯誤も甚だしいが、相手をしよう老人よ」
つまらなそうな表情で答えながら、遥は下段の構えを取り上泉信綱へと向き直る。
「拙者はついているようだ、天に感謝せねばならないな」
真剣な表情で呟く上泉信綱が威圧的な雰囲気を見せて刀を下段に構えて遥と対峙するのであった。
平原にて対峙する剣聖上泉信綱とくたびれたおっさん代表朝倉遥。両者とも称号は互角であろう。
それよりも遥が歴戦の剣士に見える方が不思議だと昔のおっさんを知っている人なら首を傾げるはずだ。
その理由は簡単にして明瞭。おっさん+5になりレキが持つ戦闘系スキルを遥も使えるようになったのだ。なので歴戦の剣士に見えるおっさんである。
だが極めて酷い問題があったりした。
「なんでパッシブじゃないの? ねぇ、なんで戦闘スキルはパッシブじゃないの?」
愚痴るおっさんはもりもりと口にポップコーンを頬張るサクヤを睨む。
「まだまだ神化するということですよ、ご主人様。頑張ってスキルを強く意識してくださいね」
そうなのだ、サクヤの言うとおりにパッシブのはずのスキルなのにアクティブ、即ち使うぞ、使うぞと強く意識をしていないと戦闘スキルは使えないのである。戦闘しながらスキルを強く意識するとは難易度高すぎるよと遥はスキルが使えるようになってから愚痴っているのだ。
なので、おっさんの集中力ではそんなに長くはスキルを保てない。短期決戦が必須であろう。
それならば支援を求めればよいのではという話なのだが、それは遥も水無月家族の戦闘音を、10メートルは離れて落ちた金ダライの音も感知できる鋭敏な知覚で気づいてから考えた。
だが目の前のミュータントは強い。マテリアル量を看破できる力を持った遥にはわかる。ヒュプノスはその量に対して特殊技に力を注いでいたので戦闘力は雑魚であったが、この爺さんは戦闘特化だ。アインでも負けるかもしれない。というか、たぶん負ける。
そんな敵へとツヴァイやドライをぶつけることはできないので、遥が嫌だけど助けに来たのだ。なにしろ友人が死にそうだから。
もちろん遥だって敵わないので、サクヤやナインの助けが必要だと思うのだが、サクヤはポップコーンはキャラメル味も用意しましょうとほざいており、ナインはチラチラとボードの影から手足をチラ見させるだけである。
ナインさんや、サービスシーンはちゃんと謎の光や湯気に包まれた姿をしっかりと見せてくれないと駄目だよと助けは諦めることにする。
たぶんおっさんでも勝てる可能性があると考えているのだろう。実は最近メイドたちはスパルタではないのかと疑う今日この頃です。
まぁ、水無月のお爺ちゃんがそこそこ戦えたところを見るに、人外の力を使わなければ、相手も使わないとかいうパターンなんだろうと推測する。人外の力を使ったら最後、つまらない敵だなとか言いながら敵も人外パワーで戦ってきて、くたびれたおっさんは簡単にやられる運命だと予測する。予測というか確実にそうなる予感。そういうのアニメや小説でたくさん読んできました。
なので、遥も正々堂々とスキルの力に頼って戦うことに決めた。辞書で正々堂々の意味を調べなくてはいけないかもしれない。
今のおっさんはおっさんスーツ改により、全体のステータスが+3なのだ。もはや強敵たるポメラニアンに噛まれそうになっても、手を袖に隠して撫でれるぐらいのパワーを持った戦士になっているといっても過言ではない。
覚悟を決めて、すぅと息を吸うと
「ナナシさん、わたくし達も戦います!」
「僕も戦闘継続できるよ!」
薙刀を構える穂香と符を手に持ち晶がお爺ちゃんが大丈夫だろうと判断して、後ろから声をかけてくるので、多少の威圧をかけて静かに告げる。
「君たちは逃げると良い。残念ながら、そこの爺さんと戦うには足手まといだ」
常日頃、レキの足手まといになっているかもしれないおっさんが告げるので説得力満点だ。そのおっさんの足を引っ張る銀髪メイドがいるという噂もあるが真偽は不明。
「で、でも……」
ビクリとおっさん如きの言葉にたじろぐ姉妹。その様子で自分たちでは勝てないとも理解しているとわかる。
はぁ〜、と息を吐きながら
「大丈夫だ、レキの友人を殺されるわけにもいかないからな」
ちょっとかっこをつけちゃう。死んでもきっと、おぉ、雑魚役よ、死んでしまうとは情けないとか銀髪のシスターがからかって言うだけだ。
だが、その表情を見た姉妹は黙りこくり、上泉信綱はカラカラと笑う。
「安心しな、女子供は襲いかかって来なけりゃ殺しはしねぇ。安心して戰いを眺めているんだな」
なんて気前の良いことを言うのだ、ミュータントなのに。そして、なんて余計なことを言うのだ、逃げてくれればおっさんもショートテレポートで逃げたのに。
くたびれたおっさんは殺しはしねぇとか言ってくれないかな? 駄目か、美少女とくたびれたおっさんでは存在自体の価値が違う。
「そんじゃ、始めようか!」
「仕方あるまい」
もうやるしかないと腹をくくる。仕方ない、これも戦争なのよねと内心で思いながら、多少目を細めて相手を観察する。近眼じゃないよ、観察しているんだよ。
上泉信綱。剣の開祖でも有名な剣聖だ。アニメとか小説では柳生が多いけど、実際に柳生はこの人の弟子だった。
太閤が立志伝を作るゲームでも、この人から多くの技を学んだものだ。勝てないので何回ロードをしたことか。
格ゲーではなく、カードバトルシステムのシリーズだったので勝てたのだが、今は現実。カードバトルにしようとか言える雰囲気ではない。
ならば格ゲーでおっさんが格上に勝つ戦法。即ちレバーをぐるぐると回して、ボタンをバンバン同時押しすれば勝手に技が出るだろう戦法しかない。
かかってこない遥にニヤリと笑みを浮かべると上泉信綱は踏み込みを強くして間合いを一気に詰めてくる。構えからして突きの模様。
やばい速さだと戦慄するが、人外の速さではない。いや、ちょっぴり人外かも? しかして人外の力はなくとも一気に詰め寄り迫りくるので遥は刀を握る力をほんの少し強めて向かい打つ。
「はぁっ!」
嗄れた烈拍の声と共に接近する敵を見ながら遥は技を繰り出す。
「龍尾返し!」
迫る白刃を下段から絡めるように振り上げる。太閤な立志伝で一番使ったカウンター技だ。無論本物がどういう技かは知らないのでオリジナルになっているのだが。
たぶん龍の尾っぽがビタンビタンと動く感じでしょと、敵の刀を跳ね上げて、体勢を崩したあとに振り下ろす。
刹那で二回の攻撃。弾き飛ばされた上泉信綱の身体が僅かに泳ぎ龍の一撃を入れようとするが、泳いだ身体を捻り下段へと身構える姿を見る。
「龍尾返し」
上泉信綱は振り下ろされた龍の一撃を絡め取ろうと同じ技でカウンターをしてきた。カキンと音がして弾き返される。そのまま振り下ろしてくるつもりだと予測する。
元々ゲームではこの爺さんの技だ。しかしカウンター返しのカウンターってずるいでしょ、ゲームの仕様ではないチートだよチートと叫びながら身体を前傾にして力を込めて弾かれた刀に力をいれる。
「碁盤斬り」
弟子の技、丸目なんちゃらの技を無理やり繰り出して振り下ろされる刃に対抗する。パワータイプの技、碁盤斬り。碁盤を一刀両断した技である。おっさんだってマグネットタイプの碁盤なら一刀両断できるよと振り下ろされる刀に対抗すべく繰り出したのだ。
力を込めた一刀は振り下ろされた龍尾返しの方が速かった。だが前傾姿勢で肉薄したので敵の刀は肩に深く食い込むだけであった。痛みを耐えて繰り出す遥。そのため碁盤斬りは止まらずに上泉信綱を袈裟斬りにせんとした。
だが、上泉信綱に肉薄しすぎた為にやはり肩に食い込むだけで刃は止まる。
バッとお互いは後ろに下がり間合いをとる。
お互いのダメージは人間ならば同程度であろうか。人間ならば。上泉信綱は再生する様子は見えないので再生能力はないか、抑えているのだろう。正々堂々と戦うつもりなのは明らかだった。さすがは剣の道を追求する剣聖なだけはある。尊敬できる剣士だ。
上泉信綱の肩からはドクドクと闇色の血が流れ落ちて行くのが目に入る。そして、遥の肩からもドクドクと赤い血が流れていく。でもおっさんは不死なので死んでも復活するんですと、やられたら速攻レキで退治しに来ようと考える正々堂々とは程遠い戰いをする遥。まったく尊敬できないおっさんだ。
達観したような平静な表情で上泉信綱がこちらを見ながら名乗る。
「拙者の名は上泉信綱と申す」
「……朝倉遥だ」
ナナシと名乗ろうとしたがやめておく。どうやらおちゃらけてはいけない場面のようなので。嘘です、かっこいい場面なので名乗りたかったのです。だって脇役なおっさんがかっこいいシーンなんてほとんどないのと思うので。
ハッと息を呑む音が後ろの姉妹からする。名前を聞かれたので、あとで口止めをしておかないといけないだろう。
上泉信綱は本気であろう。いや、先程から本気ではあったのだが、雰囲気が変わった。なんというか修羅の世界に入ったみたいに。
この上泉信綱に勝てる道筋がわからない。さすがは剣聖、隙がない。
精神世界でハラハラと心配な表情でレキが口を開く。
「旦那様、基本です。今の旦那様だと基本でしか倒せないです」
なるほどと頷く遥。基本か、重要だよ基本技は。斬る、払う、突くだっけ?
ならば基本技で倒すしかあるまいと覚悟を決めて力を込める。肩からはドクドクと血が大量に流れているし、クラクラしちゃうしとっても痛い。
侍の戦いなどこんなものだ。チャンチャンバラバラとはやらないのだ。数回刀を振るうだけで終わるのが侍の戦いだ。アニメみたいに刀を打ち合うとかないのだと遥は理解した。
遥の雰囲気が変わったのを上泉信綱も理解したのだろう。摺り足でこちらの様子を見ながら、恐ろしい程の威圧を込めて睨んでくる。
基本だ、基本で倒すのだ。やっぱり一番努力したのは基本だからと考える遥。いったいいつ努力したのかは不明だ。遥にしかわかるまい。
私は勝てるはずなのだ。サクヤがホットドックを食べながら眺めている。ナインがこっそりとボードの影から心配そうな顔で覗いている。レキが勝利を祈って見つめている。
自分に自信はないが、仲間は信じているのだ。負けることはないと信じる。サクヤだけ、なにかおかしいけど。
遥は基本を大事にして、必殺の攻撃を繰り出す。
「剣技剣聖」
遥の周囲が殺気に埋まる。長閑な丘に殺気が広がり、驚いた鳥が逃げていき、草木が風もないのにざわめいていく。
その殺気は水無月家族にも感じ取れる程の殺気であった。無形の殺気の刃を無数に敵に繰り出して、その中に本物の突きを入れる。太閤な立志ゲームで最強だった技だ。なんかキラキラして敵にダメージを与える唯一のファンタジーな技だったけど、現実で再現するならばこうかなと考えて繰り出したのだ。
基本じゃないでしょとのツッコミはいりません。おっさんの基本は最強たる技の連打で倒すのであるからして。ボスには最強技以外は使わない馬鹿の一つ覚えであった。
上泉信綱は目の前の男が自分の流派の遥かな未来の弟子だと悟った。先程から見覚えのある技であったのだ。
開祖たる自分の前に剣技を目指した者たちの未来の姿を見て嬉しく思う。剣の道を目指して、行き着く先が弟子だとはと。
殺気が無数の刀の形となって上泉信綱に襲いかかる。それは達人のみがわかる殺気の刃であろう。この無形の刃に体勢を崩されれば、真の刃が自分を貫くのだ。
馬鹿げた技だが、達人相手には強力無比な技だ。この男が行き着いた先、どれ程の修練と戰いを繰り広げたのかとニヤリと笑いながら、己も殺気を吐き出して相手の殺気の刃を打ち消していく。
そうして、踏み込みながら間合いを詰めてくる男へと、自身も持てる力で相手の突きを弾かんと合わせるように鋭い踏み込みから突きを繰り出して
弾こうとした男の突きが自身の突きを素通りしたのを見て驚愕する。素通りした自身の突きは相手の心の臓を僅かにずれて突き刺さり
自身の心の臓へと相手の見えない刃が突き刺さるのであった。
驚きながら理解した。殺気の刃の中に無心の刃を仕込んでいたのだと。無心にて繰り出した見えぬ刃が殺気の刃の陰にいたのだと。
「見事……。拙者も弟子をとった甲斐があったというものよ……」
未来の弟子がここまで技を極めているのならばと嬉しく思う。しかして、敗北した自分に残念がる。
あぁ、自分が人間ならばと考えて、胸を貫かれた上泉信綱はドサリと倒れ込むのであった。
遥は倒れ伏した上泉信綱を見て、安心して膝をつく。胸は貫かれて肩からは血が出ていて、もはや痛いどころではない。
回復薬を出さないとまずい。死んじゃうよ、死んだら私は二人目なのでと包帯を巻いて、知り合いに会うしかなくなってしまう。でも、それも楽しそうだなとアホなことを考えながらアイテムポーチから回復薬を取り出して、震える手から落としてしまう。
くそう、これまでかと視界が闇に覆われるのを感じながら、意識を失うのであった。
クエストクリアの報告がないなと嫌な予感をしながら。




