38話 おっさん少女は女武器商人と邂逅する
わいわいとにぎやかな声が下から聞こえてくる。
あれから怪我人を全て治した遥は高層ビルの中層にかかっている梯子がある窓にちょこんとすわって地上を見ていた。
すでに拠点周りはゾンビたちを片付けているのであろうが、それでも不安はあるはずだ。いつ敵が襲い掛かってくるか、わからないだろう。玄関周りに銃を構えて見張りが数人、外を警戒している。
その中でも不安より久しぶりのお風呂が嬉しいのだろう、人々がわいわいとお風呂を出入りしているのが見えた。仮設風呂の周りには洗濯機がゴンゴンと音を立ててフル活動している。周りでオバサン連中がたむろしているのが見える。水を提供している給水車の側にはサクヤが操るアインが商品を広げて、お客様に何かを売っていた。
さっぱりとした姿でお風呂からナナが出てきて、お~いと窓に座っている遥を笑顔で見ながら手を振ってくるので遥もニコリと笑って手を振り返してやる。
「本当に助かった。人々はぎりぎりの生活をしていたからな。久しぶりの文明を感じているのだろう」
遥の横にいるゴリラ警官隊長が、そうやって話しかけてくる。
あれから、他の拠点にも余裕があれば行ってほしいと頼み込まれたのだ。問題ない。大丈夫だ。と装備が万全な遥は快諾した。どちらにしても行くつもりであったのだ。
ここらへんはヒャッハー系なコミュニティが無いので、コミュニティ同士の連携がうまくいっているらしい。というかヒャッハー系のコミュニティなどあるのだろうか?
ふむふむなるほどと、現状をゴリラ警官隊長から説明してもらいながら、遥はお昼ご飯を取り出した。お昼も食べずにここまで来ていたのだ。
お腹が空いているのだよと、レキぼでぃのお腹がくぅくぅ鳴るので、食べないとステータスにバッドペナルティがつくことを恐れる遥である。
何しろチートな可愛いレキぼでぃは、ゲームキャラなのだ。飢餓に対するペナルティもありそうである。
パクパクと先ほどアイテムポーチから、こっそり出したナインが作成した有難いサンドイッチを食べる。レキぼでぃは、小さい口で啄むように食べていく。今日は卵とハムのサンドイッチ。デザートはカスタードクリームのサンドイッチだ。
なかなかおしゃれなお昼ご飯だなと、いつもお昼はラーメン屋とか牛丼屋なおっさんは思う。いつもは牛丼大盛だ。サンドイッチは意外と高いし食べることは少ない。
半分ほど食べたときに周りに子供がうろうろ集まってきた。どうやらサンドイッチが食べたさそうである。
「食べたいの?」
勿論、食べたいから周りにいるのだろうとは思ったが一応聞いてみる。まだまだ大量にサンドイッチは入っているバスケットにぎっしりと詰めてあるのだ。食べきれなければ、アイテムポーチに戻せばいい。
10歳ぐらいの子供たちであろうか、お風呂に入った後の濡れた髪の毛を見せながら、うんとうなずいてくる。
「ほい。食べていいよ。仲良くね」
と、おっさん少女は、今のは主人公ぽい振る舞いであったと心の中でほくそ笑みながら、子供たちに残りのサンドイッチをバスケットごと渡すのであった。
「どうだろう。やはりそちらの拠点とは交流できないのだろうか?」
ゴリラ警官隊長が、わーいと喜びながら、バスケットをもって部屋に入っていく子供たちを横目で見ながら聞いてくる。
首を横に振り遥は返答した。
「残念ながら、こちらは交流を求めていません。あくまで商人として交易をするだけです」
悪魔みたいな返答だろうと、遥は思いながら申し訳なさそうに伝える。
何しろ、遥のコミュニティはかなりの食料や生活物資を持っているだろうことがわかっているのである。その証拠がお風呂に給水車なのだ。ゴリラ警官隊長の言い分もわかる。
だが、残念ながら遥の拠点は認識もできまい。何しろ拠点聖域化があるのだ。チートな拠点なのである。
まぁ、拠点聖域化が無くても教えないけどと、心の中で呟く遥であった。防衛力が3なのだ。あっという間に略奪されてしまう。
「あの武器商人と言い、どうやら超常の力をもつコミュニティが存在しているみたいだな」
探るようにゴリラ警官隊長は聞いてくるが、そうかもしれませんねと適当に相槌をうちスルーする。
「あんまりしつこいと、ここに来ないかもしれませんよ?」
と釘もさしておく。
そうだろうなとゴリラ警官隊長は頷いた。武器商人の前例があるからだろう。あっさりしたものだった。
ゴリラみたいな人間と話すことに圧迫感を持っていた遥はそっと安心の溜息をついた。
ただでさえ、警官は苦手なのだ。何もやっていなくても声をかけられただけで不安になるおっさんである。
昔はその挙動不審のせいで、何回も職質をうけたおっさんである。近づかれると緊張して挙動が不審になるので、警官がすみませんちょっとお話を聞いてもいいですか? と誘蛾灯で釣れる蛾の如く集まってきたのだ。それが筋肉ゴリラではますます緊張をしてしまうのである。社会人になってからはスーツを常に普段着としており生活していたのだ。スーツ姿だと怪しまれにくいのである。
遥はゴリラ警官隊長を見ながら、この人は怪しげな研究所でも探しに行ってボス的存在と戦っていろと、心の中でつっこんでいた。なんか、そこらへんのハーブを食べれば回復する力をもっているんでしょと偏見も持っている。
そんなくだらないことを考えていたら、アインの側が何か騒ぎになっている。何か言い合いになっているらしい。
しょうがないなと、遥は窓から直接ジャンプして降りるのであった。
ストンと軽い音を立てて着地である。中層からジャンプして降りれば普通は死ぬ、死なないにしても大けが間違いなしだ。周りがぎょっとした顔になっているが、もう散々超常の力を見せている。気にしないでアインに近寄ってみる。
なんだなんだと思って近寄ってみたら、偉そうなおっさんが商品をもって何か叫んでいる。価格に不満でもあるのだろうか。
「ただで譲りなさいと言っているんだ! 今はこんな時代だぞ、助け合いだ!」
叫んでいる偉そうなおっさんの声を聴いて、あぁ、こんな人いるよねと遥は面倒そうな匂いがしてきたと思うのであった。
見ると日本酒だろうか、偉そうなおっさんがつかんでおり、アインに譲れと迫っている。
「申し訳ありません。そちらのお品は一律1万円となっております」
アインは澄ました顔で断っている。ぼったくりの値段にも聞こえるが、この崩壊した世界では良心的でもあろう。何しろ無価値に近い日本円で交換していると言っているのだ。というか、お酒など持ってきていたのかと、それにびっくりした遥である。
「金等とらないで、分けなさいと言っているんだ! そちらのコミュニティは物資が余っているんだろう!」
怒鳴る偉そうなおっさん。狐みたいな顔をしているので、狐男と心の中であだ名を遥はつける。
第一、医療品や食料ならぎりぎり同情できるかもしれない。何故この狐男は酒を手にして言っているのだろうか? そして物資が余っていると分けないといけないのだろうか? 崩壊前の世界で有り余っているだろうお金を無償で分けてくれる人なんていなかったぞと、珍しく遥はムカッとした。
「君みたいなロボットでは話にならん! 責任者を出しなさい! 私が直接そちらのコミュニティに行ってもいいぞ!」
そうだそうだと周りの取り巻きらしき数人も囃し立てる。他の人々は困り顔だ。
このようなパターンを映画や小説は何度もやっているのだ。同調した人々の哀れで不幸な結末も知っている。これは現実なのだ。映画や小説を読んでこのようなパターンを見たことがある人が多いのだ。誰もかれもどうやって止めようかと困っていた。
遥は、また別の考えを悟った。この人たちは別に物資が欲しいわけではない。遥たちの拠点に来たいのだ。その理由をなんとかつけてついてこようとする。何しろ物資の豊富そうな遥の拠点なのだ。来たいに決まっている。一度入れば、あとはなんだかんだと理由をつけて居座るつもりなんだろう。
頭が良いのか、悪いのか、なんでお酒を選んだのか迷うが遥の対応は決まっていた。
こんな人々への主人公の対応も、映画や小説で知っている。大体が武力で脅してなんだって?とその後に聞き直す。それか殺してしまうのだ。世紀末なハードボイルドの対応はこんなパターンであったと遥は思う。
なれば、この体はレキぼでぃ。そのスペックを使うしかないのである。狐男を殺すべく行動をした。
遥は狐男を指さし叫んだ。
「きゃぁぁぁ! この人、女湯を覗いてるー!!」
大きな声でショートカットの黒髪の眠たい目をした子猫を思わせる小柄なレキぼでぃを活用して叫んでみる。
「え?」と狐男は慌てる。どう考えても仮設お風呂からは場所が遠い。
しかし慌ててしまう。何しろ相手は可愛い少女なのだ。これがおっさんが叫んだら無視されるか、偉そうな狐男の味方に人々はなったかもしれない。しかし可愛い少女が叫んでいるのだ!
「何を言っているんだ! 君は! お風呂場なんて遠いじゃないか。見れるはずがないぞ!」
若干動揺しながら、慌てた感じで怒鳴ってくる。
「わたしぃ、みましたぁ。この人がうへへと変態顔で女湯を覗いていたのぉ~」
ちょっと間延びした喋り方で叫んでみるおっさん少女。
狐男には効果はバツグンだ!
周りの人々がひそひそと言い始める。焦る狐男。取り巻きもドン引きで離れていく。
「見ていない! 見ていないぞ! こんなの嘘だ!」
狐男が一生懸命抗弁する。
その肩をポンと叩き、笑顔で狐男に問いかけるゴリラ警官。
「議員。少し奥でお話ししましょう」
強引に肩を掴んで拠点に連れていくのであった。勿論、今設置された仮設お風呂で覗きなんかできないことは警官も知っている。これ幸いと日ごろもうるさかったのであろう。排除を狙って狐男を連れていった。
冤罪だ。陰謀だと叫びながら狐男は引きずられていく。
あれで社会的には死んだでしょう。ましてや狭いコミュニティである。すぐに噂が広まって肩身の狭い思いで暮らしていくことになるだろう。真実か嘘かなんか関係ないのだ。どうやら議員さんだったようだが。選挙にかけらも興味がない遥は、もうこないでね。と狐男に手を振りながら、さようなら~と見送るのだった。
パチパチと拍手をする音が狐男を見送る遥の後ろから聞こえてきた。
「いやいや、見事だねぇ。お嬢ちゃん。良かったら私とも商売をしないかしら?」
うっすら笑ったでかい箱を背負っている女性がおっさん少女に声をかけてきたのであった。