388話 おっさんと美術品
ホテルのエレベーターに乗ると詩音がエレベーターのボタンを押さずに、メンテナンスなどで使うボタンの下にある蓋を開く。
その中にもボタンがあり地下3階と表示されたものを詩音は躊躇いなく押下する。
よく映画とかで見るギミックだ。実際にあるんだと感心しちゃう。私にも触らせてほしいとアホなことも考える遥。
流れるような戸惑うこともない行動に、これでよく自分は無関係だと言い張れるなと遥は内心で苦笑をしながら詩音を見つめて思う。
その視線に気づいたのだろう。詩音が申し訳なさそうな表情で答える。
「父がもしもの時に備えて、この場所を教えてくれたんです。まさか、こんなに美術品が仕舞われているとは考えもしませんでしたが」
かなり無理がある説明だよねと、遥は思いながら一応尋ねる。
「その倉庫には銃も仕舞われていたとか。なかなか興味深い事柄だな」
アサルトライフルとか仕舞われていたよね? この人たち傭兵でしょ? 自衛隊が持つアサルトライフルじゃないよね? 密輸だよねという皮肉を込めて言う。
詩音は苦笑しながらも、困ったように可愛らしく小首を傾げて瞳を潤ませて
「そのとおりです……。恐らくは父は危ない商売をしていたんだと思います。ですが、この美術品も資産として崩壊した今なら活用できると考えました。大樹でもサルベージギルドなるもので、物資を調達しているとか」
それと同じことですという遠回しの言い方で返答する。なるほど、そう言われたらこちらも抗弁できない。たしかにこちらも人がいなくなった建物から物資を調達しているのを犯罪ではと言われたら、崩壊した世界なので仕方ないと答えるからだ。
「それとこの状況はまったく違うと私は考えるが……。まぁ、良いだろう。遺産として自由に使えば良い」
「ありがとうございます! お話の分かる方で良かったです」
ポムと両手を合わせて嬉しそうに微笑む詩音。なんという面の厚さでしょう、どこかの銀髪メイドと匹敵するかもしれません。
「ご主人様? 今酷いことを考えませんでした? 面の厚さが凄いとか」
プンスカとモニター越しにサクヤが文句を言ってくるので、優しい声音で言い訳をする。
「ごめん、サクヤの方が面の厚さは上だったよね」
言い訳ではなかった。
「もぉ〜! あとで私の顔は柔らかいことを試してもらわないと駄目ですね。帰ったらレキ様にチェンジして、指でつついたり、頬ずりしたり、舐めてみたりして下さい! 私もしますので」
「ごめん、変態度はサクヤがナンバーワンだよ」
さすがはサクヤ、まったくめげずに変態発言をしてくるメイドなのであった。即ち、いつもどおりな感じ。
それはともかくとして、詩音はなかなかのやり手かもしれないと警戒をする。先程よりもワンランクアップの警戒度。おめでとう、ドライに監視をさせるのは確定です。
犯罪だとバレているのを逆手に取るやり方は少女の歳には似つかわない。こんな少女もいるんだなぁ、私が子供の頃は何をしていたっけ? たぶんゲームをしていたかな。
地下室を歩くと、重厚な鉄の扉があった。これが金庫の扉なのだろう。なんというか怪盗が狙いそうな金庫だね。これぞ金庫って感じの直径4メートルはある丸い扉なので。
既に大樹の鑑定士もどきが数人暇そうに待機していた。中身は当然幼女なドライであるが。
詩音がピッピッとキーを押して、虹彩認証をしているのを見て思う。もうアウトだよね? なんで虹彩認証までできるわけ? 登録済みにするには、崩壊前からここに来ないといけないと思うんだけど?
ちなみに金庫の電源だけは別なそうな。まぁ、停電で開いたら意味ないし、そこはわかります。もうツッコミは良いや。この娘はにこやかな笑顔で誤魔化してきそうだし。
ゴゴゴと金庫の扉が開き始めるのを見て、少しワクワクする。こんな光景はアニメでしか見たことがない。中にはなにがあるのかしらん?
そんなワクワクする表情はもちろん表には出さずに、中へと入る。
カツンカツンと金属音をたてながら中へと踏み入ると予想以上に広い金庫であった。
金属の棚や、貸し金庫みたいなロッカーが並んでおり、梱包されている絵画や、宝石箱みたいな物が置いてある。映画みたいに札束が置かれていたり、金のインゴットが積まれていたりは残念ながら無かった。
そこまで絵画や宝石箱も多くはない。見る限り秘密の倉庫的に使ってはいたが、一時的な集積場所だったのではなかろうか。ホテルでオークションでもしていたのだろうと推測する。
それにシェルター代わりになっていたのは本当であったのだろう。奥行きにベッドやら食料品が置いてある。
脇にガンロッカーもあるのが、この物品がまともではないと教えてくれる。そしてそれを隠しもせずに堂々と置いておく詩音に対しても開き直っているなぁと苦笑してしまう。
そして、フラフラと宝石箱へと近寄る女武器商人。マタタビかな? 静香さんにとってはマタタビかな?
まぁ、それは予想通りなので驚かない。問題はドライたちである。まず見に行ったのが保存食が入っていた箱なのはどういう理由だろうか。ドライは食い意地がはっていると思います。
しょうがないなぁ、静香もドライもおかしいでしょ、その行動はと混沌としてしまう光景になるので、コホンと咳をして冷え冷えとした声音で指示を出す。
「よろしい、それでは値段を出し給え。市井松さんには悪いが、崩壊後の値段となるのを了承してほしい」
「私はなんの力もない小娘ですので、詩音で結構ですわ。それと崩壊後も相場に変動がないなどとは考えておりませんし」
詩音ねぇ、名前呼びはなぁ、申し訳ないけれどお断りしておきますと内心で思いながら詩音へと視線を向ける。
「市井松さんが物分りが良くて助かる。では、安心して鑑定ができるというものだな」
むぅ、と多少頰を膨らませて私は不満ですと可愛らしく魅せる悪女っぽい詩音。
だが、つまらなそうな目で詩音を見てくるその様子に自身の可愛らしい姿に影響されないと理解したのか、そのまま沈黙をするのであった。演技スキル万歳である。
絵画等の美術品を手袋を嵌めて、似非鑑定士のドライたちが持ち上げたり、裏を見たりとそれらしく鑑定をする。
「ふむふむ、ドーナツが書かれている絵はないでつね」
「ふふふ、こちらはケーキが書かれていまつ。高価買い取りにしましょう」
ドライたちの呟きに、こらこら真面目にやりなさいと、知覚系がますます上がった遥。この間の雑魚ボスとの戦いで遂におっさん+5になったのだ。ステータスはまったく変わらないけれど知覚系等が上がったのである。鋭敏すぎる知覚なので、鈍くもできるけれどね。
できなかったら、うるさすぎて気が狂っちゃうだろう。最初からおっさんは狂っているでしょうと言われたら、さすがに狂ってはいないよ、適当なだけなんだよと反論する予定。
「このダイヤモンドは、2カラットだから2万円ね。このネックレスはダイヤモンドを中心に宝石を散りばめているから10万円ぐらいかしら」
静香がなにか戯言を言っているがスルーである。というか、安すぎでしょ、どんだけぼったくるつもりなのか。
「宝石がバラバラにされて素の状態もあるな……。元の装飾品から追跡されないようにバラしたのだな」
お爺ちゃんが鑑定しないで、裏の目的を推理して楽しんでいる。いやいや、鑑定してよ、そのために呼んだんだよ?
誰一人まともには鑑定していないが、真面目な表情で美術品を見ているので、真剣に鑑定しているように見える不思議な光景があった。
これはあれである。実際に仕事はないから暇しているけれど、上司に怒られるので仕事をしているふりをしているようにする従業員とかと一緒だ。おっさんが得意な技である。仕事を片付けた下旬とかに暇だとまずいのでよく使った技だ。やり方は簡単、資料整理をしているフリをパソコンの前で行えばよいのだからして。
というわけで、実際の価格はどう決めているかというと
「これは245万、その絵は400万にしますので。理由はその絵画の作者が有名で……」
金髪ツインテールの美少女のナインがドライたちにモニター越しに指示を出しているのだった。ちらりと見ただけで金額を決める凄腕鑑定士ナイン。さすがはできる娘なナイン。信頼度ナンバーワンなメイドであった。
ドライたちは小声でお菓子の絵の方が高いと思うのでつがと呟きつつも価格を決めていく。付箋に金額を書いて、美術品にペタリ。その動きは本物にしか見えない。
詩音はチラチラと付箋の金額を見つつ、多少不満な物などはチェックを入れて鑑定士と話し合いをしていたりする。
凄いなぁ、この娘はと感心しながらモニター越しに私もサクヤ画伯と呼ばれたいと銀髪メイドがクレヨンで紙に落書きをしているのが見えるが、幻覚であろう。間違いなく幻覚だと思います。
そうしてしばらくしてからようやく鑑定が終わり、ポケットに宝石をガメようとする女詐欺師を止めて金額を算出する。
「結構な金額になったが、話し合いはどこでするのかな?」
ようやく終わったよと一安心して詩音へと尋ねると
「先程のレストランでよろしかったのでしょうか?」
と、詩音が確認してくるので同意する。なんというか私は目付け役だったなと思いながら。おっさんでなくても案山子でよかったのではと思う今日この頃。誰も気づかないと思うよ?
詩音はレストランに戻り、コーヒーを一口飲んで緊張を少し解す。体が強張っているのがわかる。その理由も明らかだ。
つまらなそうな表情をしながら、対面でコーヒーを飲む男。今まで出会った大人たちの中で、こんなに緊張する相手はいないだろう。
目つきは鋭く相手のことなど利用できるか、できないかで判断していそうな感じを受ける。その口元に冷笑が浮かぶの見るとびくっと心が冷える。纏う威圧的なオーラが違う、今までの凡百の人間たちとは。
これが本当のエリートの中でもエリートなのだろうと詩音は自分が井の中の蛙であったと痛感した。今までもパーティーなどで会社の社長や取引先のエリート幹部と会ったことは無数にある。
しかし自分が年若いことと、見かけが愛らしいこともあり、ニコリと微笑みを浮かべて多少頭が良さそうな会話をするだけで感心してくれたものだ。しかも年若い少女であるので背伸びをしているのだなと油断して欲しい情報をペラペラと喋ってくれる人までいた。
自分にとっては与し易いのが当然であったのだ。
しかしこの男は違う。私が微笑んでも冷笑を浮かべてこちらの意図を見透かしているように振る舞う。いや、実際に見透かされているのだと感じる。
あのつまらなそうな目で見られると、体がゾクリとして震える。男にとっては有用な相手ではないのだ。悔しいことに。
「それではこの金額でよろしいかな? 不満であったら意見を欲しい」
空中に浮かぶモニターには鑑定された金額が記載されている。その金額は億にいっているが、崩壊前ならばこの数倍の値段で取引ができただろうと予測できる。
だが、生存者が少ない今の世界では買う人間など限られている。巨額な金額を動かせるのは恐らくは大樹だけなのだ。もっと安くてもおかしくはなかった話なのだから、不満は見せないことに決めた。
「問題はありません。この金額であれば起業も可能ですし」
大樹は本部が海の上空にあり、そこは安全かつ豊かな生活が約束された場所らしい。特権階級が住む天空都市……。なんて甘美な響きかしらと集めていた情報の中にあった話に陶然となった。
崩壊前ならば非難を受けそうな場所だ。どうせ、無知な貧乏人が特権階級が専用に住む場所など許さないと騒ぐだろうが、話を聞いた限り独裁政権に近いらしい。それならば問題はないだろう。
そして、そんな素晴らしい場所に住みたいと強く詩音は思った。私こそが特権階級として住むに相応しい場所だと。下界の民を見下ろせると考えただけでゾクゾクしてしまう。
その夢を叶えるべく、まずは金を稼ぎつつ大樹にとっても必要な企業にならないといけない。私と歳は離れているが、この男性は結婚しているのだろうか? 結婚指輪はしていないみたいだけど……。まぁ、エリートなのだから妻はいなくとも恋人はいるに違いない。そこは諦めよう、もっと若い幹部を探すべきだと考える。
ナナシという男に恐怖を感じ、緊張状態になるがそれこそが特権階級に相応しい態度だと、媚びへつらうことに決めた。効果は今のところ出てはいないが、めげずに微笑みを見せていくのだ。魅せていけば色々と良いことはあるはず。
「私の手元には偶然ですが元傭兵や自衛隊員の経歴がある者が多いので、サルベージギルドでしたか? そこで活躍できる専用の団体を設立したいと思います。護衛から探索まで様々な活動を支援できるようにするのが目標ですね」
「耳が早いな。もうサルベージギルドの話まで仕入れているのか。サルベージギルドは新設されたばかりなのだが」
ピクリと僅かに眉を動かすナナシを見て、私の評価は上がったかしらと、内心で手応えを感じて手を僅かに強く握りこむ。
「はい、皆さん親切な方ばかりでしたので、色々と教わりました」
貴方と違い馬鹿な男ばかりであったので。幼い風貌で儚げに微笑むだけでペラペラと教えてくれるのだから、こんなに楽なことはない。色仕掛けすら私の歳では必要もないの。
フッと冷笑を浮かべて、私を見つめるナナシ。その瞳にはなにが映っているのか興味がある。目の前の少女は役に立つかもしれないと考えてくれるかしら。
「サルベージギルドを支援する団体か。悪いがその場合は監査も入れるぞ? 私の管轄で黒い団体は作らせる気はない。その代わりと言ってはなんだが便宜も図ろうじゃないか」
「素晴らしいですわ。元々そんな黒い団体を作る気もありませんでしたし、多少なりとも便宜を図って頂けたら望外の喜びですわ」
監査ということは、一枚噛ませろという意味だ。便宜を図るという美味しい話を交換条件にしてくれるのは明らかだった。
ナナシは私を年若い小娘ではなく、対等とは言えないが普通の取引相手と考えてくれている。そのことが少しばかり嬉しい。
「よろしい。若木シティに戻り次第それでは起業に必要なことに詳しい者と家屋やその他諸々の物資の用意ができる者を紹介しよう。まぁ、一人は会っているがな」
「若木シティですか。畏まりました、それでは後ほど」
「うむ、それではな。お疲れ様だったな」
つまらなそうな目で、軽く頭をさげてくるので、慌てて私も頭を深く下げる。カタンと音がして椅子から立ち上がり去っていく足音が耳に入りホッと安堵の息を吐く。
肩を軽く回すとセバスへと視線を向けて小声で尋ねることにした。
「どう思う? ナナシという男は?」
「油断ならぬ相手ですな。立ち居振る舞いに隙がありませんでしたし腕も立ちそうです」
緊張からだろう、珍しく冷や汗をハンカチで拭いながらセバスが答える。やはりセバスも同様の意見みたいだ。
「どうやら私たちの意見は奇しくも同じだったみたいね。人を見る目が曇っていると言われずに安心したわ」
それでも食い込むことはできそうだと考えると、これからサルベージギルドを支援する団体をどうやって作ろうかと詩音は思案するのであった。
二人共ラーメンの湯気で曇ったメガネ並みに目が曇っていたが、全然そんなことは気づかない詩音とセバスであった。




