383話 現状を説明するおっさん少女
チュンチュンとスズメは鳴かないが、外から明るい光が射し込んできて目を覚ます。霧に覆われてはいるが、太陽の光を防ぐほどではないのであろう。
むにゃむにゃとあざとらしく可愛げに呟きながら寝ぼけ眼で起きる美少女なレキである。
くしくしとちっこいおててで、目を擦りながら可愛らしいお口を小さく開けて、ふわぁとあくびをして起床する。
私は可愛らしいんですと、全力でアピールする小賢しさを見せて幼気な少女は周りを見渡す。
「そういえば、今日は外泊をしたんでした。もう少しフカフカなベットでも良かったですね。ん? これも以前に言った記憶が……。まぁ、ありがちなセリフですし気にすることはないですか」
つまらないことは思い出さないで良いやと呟いて、寝室を出ると既に静香はテーブルに座っていた。缶コーヒーを飲みながらまったりとしていて、遥が起きたことに気づきこちらへと視線を向けるが、格好を見て苦笑いを見せる。
「おはようございます。静香さん」
「おはよう、お嬢様。ちょっと髪がボサボサよ? 顔を洗ってしっかりと……水がなかったわね、このスイートルーム」
「私たちが泊まるスイートルームは常にこんなもんなのでしょうね。まぁ、水ならいくらでもありますし問題はありません」
アイテムポーチからではなく、可愛らしい人差し指をたてて超能力を発動させる遥。
「アイスレインとファイアレインの融合技。周りが濡れないお湯のシャワー」
しゃわわわわとおっさん少女の頭を温かい霧が覆い、髪を濡らしてすぐさま乾かす。あっという間に可愛らしい寝起きのレキの出来上がり。
実に無駄なことで複合術を、しかも極めて繊細な技で範囲指定をして発動させた遥を見て、呆れる静香。
「はぁ……たまに、お嬢様は普通の生活をしたほうが生活が楽になるかもと考えてしまうわ。それじゃ三階のレストランに行きましょうか。テレポートは使えるの?」
「謎の超能力美少女は使用可能超能力はアポートまでなんです。残念でした」
テヘペロとちっこい舌をちろりと出して可愛らしく微笑む。
「まぁ、テレポートが使えると周りにバレたら脱出させてくれだのなんだの忙しいでしょうし仕方ないかしら。それじゃ歩いて行きましょう。さっきセバスさんが朝食の準備ができたと、知らせに来たわ」
「ありゃ、それはお気の毒ですね。20階までご老人を歩かせちゃいましたか」
老人では、毎回この階段を登っていくのは苦労したのだと思うと少しだけ哀れであるかが。
「あまり苦労して登った感じはしなかったわ。どうもここの連中は胡散臭いわね。どこからアサルトライフルを持って来たのかも気になるし」
「ふむ……それは私も思っていました。見張り役がやけに銃に手慣れているというか、兵士の立ち番に慣れているといった所作だったんですよね」
体幹を揺らがせることもなく、力を必要な分だけ抜いているといった感じであった。2年であれだけ手慣れた感じになるのだろうか。
「でも、まぁ、それは特に今は気にすることを止めましょう。今は霧に潜む敵を効果的に見つけることですね」
「そうね、次は裏世界でもカメラになっているサングラスをかけようと思っているの。それなら良いわよね? 防護服でなんとかならない?」
「むぅ……できないことはないです。あとで分解してサングラスへと改造しておきましょう」
少し悩んだが仕方ないであろう。状況が状況である。せっかく作ったばかりなのに廃棄されるとは勿体無いけれどもね。
そうして二人とチビシリーズはレストランへ向かうために移動し始めたのであった。
3階のレストランに到着すると、詩音がのんびりとコーヒーを口にしているところであった。てこてこと歩いていくと、周囲の人々からどよめきが生まれる。
なんで、朝食に来ただけでどよめきが? と不思議がる遥たちへと詩音はゆっくりとした口調で微笑みながら、挨拶をしてくる。
「おはようございます。五野様、朝倉様」
「おはよ〜ございます。詩音さん」
「どうしてどよめきが起こったのかしら?」
静香が周囲を見渡しながら、驚きの表情でヒソヒソ話をする人々の態度に不審を見せて尋ねる。
クスリと微笑みながら、詩音は一緒のテーブルへと座るように案内してくるので、素直に座ると説明を始めてきた。
「簡単な話ですわ。昨日、貴女たちは神隠しを受けたのでは? サイレンが鳴って外に出たにもかかわらず、平気な表情でレストランに顔を見せたから驚いているのです。なにか進展がありましたか?」
あぁ、なるほどと納得する。あのレベルの敵が出てきたら人間たちではひとたまりもないと理解できるからだ。あれは単体でオスクネーレベルであったのだからして。
「昨日は残念ながら、廊下の様子を見にいっただけです。もぉ、不気味な廊下でした。リアルであんな光景はあまり見たくないですよ」
うぇ〜と嫌そうな表情になる遥。
「こんな蠢く肉塊が出てきたんです。こーんな大きさの。悍ましかったですよ。サイコロでのSAN値チェックで大失敗を出さないか心配するほどでした」
両手をブンズンと振り回して、怖さをアピールする遥であったが、遊園地のアトラクションを説明する小学生にしか見えないのであった。幼気な美少女なので仕方ないであろう。
「まぁ、次に招待される前に対応装備を作る予定よ。この娘はこう見えて工作も得意なの」
「5段階評価で、いつも5だったのでドーンと任せてください!」
胸をポムと叩いて無邪気に笑みを浮かべる遥であるが、レキでなければ元来不器用なので、実際は工作は3である。2の時もありました。酷くもなく良くもなくといった実に平凡なおっさんに相応しい数字だろう。
「あら、レキさんは頼りになられるのですね。それでは戦闘は?」
「もちろん、そこのロボットたちよ。頑丈だしね」
自分は指揮官よと言外でその雰囲気をさり気なく見せる嘘つきな静香である。指揮官ではなく詐欺師が似合いだと思う。
「とりあえずサイレンがなった後の世界は確認できたから、あとは対応する装備を本部から送ってもらうだけかしら」
肩をすくめて、多少面倒な仕事な風にしか相手に見せない女武器商人。そういう相手が誤認するような言い方は得意中の得意であるのだ。
「まぁ! 素晴らしいことですわ。あっという間に解決の道筋を作るなんて慣れていらっしゃるのですね」
いかにも箱入り娘ですといった感じで、称賛の光る瞳を見せながら両手を合わせて褒めてくる詩音。
胡散臭いことこのうえないなぁ、と遥はその様子を見て内心で呟く。静香も同じ気持ちなのだろう、その表情は冷ややかに見える。
なぜならば、2年という期間を箱入り娘のままで生きていける環境ではないからだ。崩壊前ならばいざ知らず、リーダーシップをとっている少女が箱入り娘ではないはずだ。というか、霧の中で出会ったのだから、メンタルは鉄の如しだろう。アクションを間違えているよ、箱入り娘さん。
まぁ、なにか企むというか、自分の立ち位置を気にしているのかもしれないのだろうけど。なにしろお金持ちのお嬢様だしね。
「それはどうも。私は自分ができることをするだけなの。相応の給料を貰っているから、それぐらいは働かないとね」
ハードボイルドだ。朝からハードボイルドだ。私も私もといらんことを考えようとするおっさん少女であったが
「同感ですな。人間、貰っている給料分ぐらいは働かないといけません」
と、声をかけて渋い声音の老執事がテーブルに朝食を置いてくる。
皿を置く音をたてずに、優雅にテーブルに置くのは昨日渡した支給品を調理したものだった。蓋を開けば食べれるお弁当以外にも缶詰がけっこう入っていたのだ。ついでにコンロも。
今の缶詰は色々入るんですねと叶得のプレゼンの時に驚いたものだ。食パンは当たり前、野菜やら肉も保存できるというから驚きであった。感心して、すぐに缶詰を使い料理を作ったのは記憶に新しい。
「頂いた食料で、コックが久しぶりに腕をふるいましたの。どうぞお食べください」
こんがりと焼けたトーストにパリパリベーコンとスクランブルエッグ、コーヒーとなんというか古き良き朝食といったものだ。あんまり朝食をパンにはしないので、いただきますと小さいお口を開けて、サクサクと食べる。
小動物が食べるような愛らしい美少女なレキの姿を見て、ニコニコと微笑む詩音。
「今日はどうするのでしょうか? それと……後続の方々はいついらっしゃるのか教えて貰えればと……」
「今日の予定はサイレンのなる場所を調査に行くわ。それと後続は申しわけないけれど霧の原因を調査するまでは来ないわね。危険過ぎて、軍は二の足を踏むわ。しばらくは渡した支給品で頑張ってもらえるかしら? ごめんなさいね」
もちろん追加の支給品もいくらでも置いていくわよと答えながら言う静香である。
がっかりと気落ちするんだろうなぁと、容赦のない返答をする静香の言葉を聞いた詩音を哀れに思い見つめていたら、予想外にも目をキラリと光らせて口を開く。
「軍……軍ですか。最初から気になってはいたのですが、日本には軍はありませんし、救助の方が国ではなく財団からというのも気になっていたのです。なぜ国が助けに来ないのでしょうか?」
少ない情報で現在の状況を知ろうとする抜け目のない人だと遥は驚く。こんな少女なのに頭の巡りが良い。学校の成績とかではなくて、実践できる知恵を持っている優秀な人だ。私と同じだねと頷くおっさん少女だが、どこらへんが同じなのだろうか。たぶん生命体という広義で同じだと思われる。
「あぁ、どうも以前の名称の方を口にしてしまうわね。ごめんなさい」
フフッと妖しく微笑む静香に対して、詩音は昔所属していた会社を誤って口にしたのかしらと予想したが、その予想をあっさりと覆す。
「私は企業国家大樹のエージェントよ。財団は昔の話だったわね」
その衝撃の言葉に目を見開き、驚きを示す詩音。そばで立っていたセバスも片眉をピクリとあげる。
「そ、それは国家名? 企業? とすると日本は?」
何を質問して良いのか迷い、とりあえず疑問を口にする動揺の激しい詩音。
「日本はもうないわね。少なくとも東日本はないわ。もう新たな枠組みができているという訳。貴女が日本という国に固執するならば」
大樹の支援は望まない方が良いと伝えようとしたところで、身を乗り出して興奮気味に頬を紅膨させて詩音は口を挟む。
「企業国家! 名前からも素晴らしそうですわね! まだまだ人材は足りていないのでは? 現在の美術品や貴金属の価値は? 私たちが食い込める状況なのですかっ?」
なんというか、本当に凄いなぁと遥は眠そうな眼で眺める。日本が無くなったことによる衝撃よりも、これからの立身出世を考えているらしい。この少女の素の姿なのだろうと遥は直感した。おっさんの直感は二分の一の確率で当たるのだ。たぶん間違いないだろう。なんという高確率な直感力。さすがはおっさんである。野球でも3割の打率で一流なのに5割の確率とは。
「美術品の価値は下がっているわ。需要が少なくなっているからよ。貴金属も下がっているから私が引き取っても良いわよ?」
「ありがとうございます。大変有り難い申し出ですが、避難が終えてから考えますわ」
しっかりと貴金属を安値でぼったくろうとする詐欺師な静香へと、それを読んでいる詩音は丁寧に断りを入れる。まぁ、見るからに怪しいからね。妖しく怪しい静香の申し出はハッキリと断られた模様。これが凡人ならば引っかかっていたかもしれないけれど。
ギラギラとした目つきになっていた詩音は、自分の姿にハッと気づきコホンと咳をして気を取り直す。
「想像以上のことが起きていたのですね。まさか日本が無くなっているなんて……」
「先のことを考えるのも良いけど、とりあえずはここを脱出しなくてはいけないわ。それじゃ、私たちは探索に向かうわね」
詩音の様子に、クスッと口元を小さく笑みに変えて、朝食を食べ終えた静香は席を立つ。自分の様子を見られて、一瞬だけ悔しそうな表情になる詩音だが、にこやかに見送るのであった。
「むむっ、お代わりをしたかったのですが。酷いですよ静香さん」
慌ててトーストを口に咥えて、蚊帳の外にいた少女がちょこちょことついていくのであった。次は話に加わろうと野望を持って。実にいらない野望である。
てってと静香のあとをついていくと、追いついてきたおっさん少女をちらりと見て、静香はニヤリと嬉しそうな、なにかを企んでいそうな笑みを向ける。
「聞いた? 貴金属や美術品がここにはあるらしいわ。しかもあの口調だとたんまりあるわよ」
「駄目ですよ、静香さん。それはあの人たちの物です。……でも、こんな田舎に大量の美術品? 少しどころではなくおかしいですよね」
「そうね。霧をなんとかしたら、次はお宝探しをしましょう。なにか良い情報があるかもしれないわ」
相変わらず貴金属に弱い静香である。それでも霧の対応を先にしているのは、さすがにまずいと考えた様子。
「それじゃあ、目覚まし時計を探しに行きましょう。最初はどうしますか?」
「まずは屋上に行きましょう。一時的なら霧をなんとかできるでしょ?」
確信めいた物言いであるが、たしかにそのとおりだ。こんな霧は簡単に消せるが、復活するからやらないだけであるからして。
「まぁ、どれぐらいの速さで霧が回復するかにもよりますが、大丈夫ですよ」
フンスと息を吐いて、胸を反らし気味に得意気に答える。ヨユーヨユーであるのだ。おっさん+4は伊達ではないのだ。おっさんの時には使い物にならないけれど、レキならば十二分に活用できるのだ。美少女しか活用できないのは、格差だから仕方ないよね。
「さすがはお嬢様、そうだと思ったわ。それじゃ昨夜に響いたサイレンがどこらへんか目処をたてて行くわよ」
「は〜い。静香さんの仰るとおりに〜」
素直な子供なのだよと、無邪気な声音でついていく。
少しして屋上へと登ると、柵がない剥き出しのコンクリートだった。ドアには鍵がかかっていたが、開錠しちゃいました。
屋上も濃霧に覆われており、先がまったく見えない。
「ほいっとな」
遥が紅葉のようなちっこいおててを翳して、クルンと身体を回転すると突風が巻き起こり、その風は周辺の霧をかき消していく。回転した際の速度は見えないレベルの速度で動いており、人間扇風機になったのだった。
屋上周辺の霧は消えて、一応は視界がクリアになる。
「準備OKね。それじゃ、たしかあっちの方角から聞こえてきたわよね」
しっかりと目覚ましの音を覚えていた静香。スッと目を細めて遥へと言う。
「それじゃどれぐらいの大きさの目覚まし時計か確認しましょうかしら」
「わかりました。それでは私の力を見せましょう」
深い光を目の奥に湛えさせて、入れ替わったレキが呟くように静香へと了承の意を示すのであった。
 




