381話 サイレン響く霧の世界を探索するおっさん少女
わ〜い、と下の階層から歓声が響き渡るのを耳に入れながら遥たち一行は階段を登っていた。セバスの案内で客室まで案内されているのだ。
目指すは最上階のスイートルーム。エレベーターが使えないのに20階まで登る遥たち。
二人共人外の体力を持っているし、ホテルに泊まるならスイートルームだよねとお互いの意見が一致したので、セバスの案内で階段をてこてこと登っている成金なアホの二人である。体力ゼロなのでおっさんならば諦めて犬小屋でも良いので一階でお願いしますと言うだろう。
「けっ! スイートルームに行くってアホかよ姉御! なにかあったらどうするんだ?」
憎まれ口を叩くチビカイン。たしかにおっしゃるとおりですと思うけれども
「スイートルームは外せないんです。なぜならばそこにスイートルームがあるから」
「お嬢様の言うとおりだわ。私たちは贅沢をしたいんじゃないの。贅沢な風景を見たいのよ」
どちらにしても贅沢をしたいんですと、成金まるだしな遥と静香のアホな発言に
「なんとなくおっしゃる意味はわかります。スイートルームとはホテルごとに違いますし興味を持つのは当たり前ですしね」
セバスが人の良いことを言ってくるので、さすがは執事、フォローも完璧だと感心しちゃう。メェ〜と鳴けばいいかしらん。
成金でも良い。見てよあの二人、成金だわと陰口を叩かれて悔しい思いをするような体験の方が嬉しい二人である。貧乏よりも全然嬉しい。
「それにあれ程のトランクケースをいくつも持ってきて頂きありがとうございます。これならばしばらくはやっていけるでしょう。皆に変わってお礼を申し上げます」
恭しく礼をしてくるので、焦ってパタパタと手を振って照れる美少女なレキ。そろそろレキに戻したい今日この頃。
あれから100個程トランクケースを置いてきたのだ。このコミュニティは300人程度の集団らしいので、しばらくは持つだろう。
「しかし超能力者というのは本当にいるのですな。レキ様には申し訳ありませんが、この目に見るまでは信じられませんでした」
「いえいえ、私は両手で抱えれるぐらいの重量の物を手元に持ってこれるだけですので、たいした力はありませんよ」
ムフフと笑い、最近のトレンドは謎の超能力者、でも無機物を手元にアポートできるだけな雑魚なんですという設定を話すおっさん少女。どうも前回の成功で味をしめたらしい。
「最初はどうしてレキ様のような少女がこんな危険な地域にと思いましたが、そのような理由があったのですね」
ウンウンと頷き納得する様子のセバスを横目に、どーよどーよ、この華麗なる偽装はと得意気な表情で静香を仰ぎ見る。
「まぁ、今日一日ぐらいはそれで通ると良いわね」
「とおります! とおりまーす! もぉ、変なことを言うんですから」
静香の未来予知に近い言葉に頬を膨らませて可愛らしくアピールするのであった。一日持つかなぁとかは、遥は考えないのだからして。
そんなことを話しているうちにスイートルームへと到着して中へと入る遥たちであった。
セバスがごゆっくりと頭を下げて出ていくのを確認してから、静香が周りを見渡す。
「なかなか良い部屋じゃない。どうやら大急ぎで掃除したみたいだけれども」
「見る限りは、上品でいて広々とした部屋ですね。一泊の値段がどれぐらいか気になるところではありますが……さて、静香さん。どうしてこんな最上階を選んだんですか? まさか本当にスイートルームを見たかった訳ではないですよね」
おっさん少女は本当にスイートルームを見たかっただけなんだけどね。やっぱり宿泊では贅沢をしたいのだ。それは内緒にしてハードボイルド風で話しかけるけど。
ムフフとソファに座り込んで、そのフカフカさにズブズブと身体ごと沈み込んでしまうアホさも魅せる。
その様子を見ながらも、アホな行動はいつものことねと気にしない静香は置かれていた高級そうな花瓶を人差し指でチンと鳴らした。
「このスイートルーム、都内でも通用しそうじゃない? まぁ、崩壊前のとは前置きがつくけど」
「たしかにどこの金持ちが宿泊するんだって感じですよね。寝室は別れていますし、床に敷かれている絨毯もゴロゴロしても大丈夫なほど毛深いです。実際50万とかいきそうですね」
そろそろヘルプと言った方が良いかしらんと沈み込んで身体が見えなくなるかもしれない美少女。
天井には小型のシャンデリア、小さいながらも部屋の隅にはバーがあり、元は酒瓶が並んでいたはずだ。お風呂にはアメニティグッズが置いてあって……。
あれれと首を傾げて困惑する。以前もこんなやり取りを静香としたことがあるような気がする。
「ねぇ、静香さん? なんとな〜く同じようなやり取りを以前しませんでしたっけ?」
お風呂からアメニティグッズを持ち出してバングルにせっせっと仕舞っている静香へと尋ねる。アイテムポーチ型バングルを作ったので、渡したのは失敗だったかもしれない。
「ん〜? デジャヴじゃない? 私は覚えていないわ」
「なるほどデジャヴですか」
納得してこの記憶の追求は終了する刹那を生きるおっさん少女。まぁ、必要だったら自然に思い出すだろうと、いつもそんなふうに約束を忘れてしまうおっさんでもある。
たしかにスイートルームなんかに泊まるイベントなんてないし、デジャヴだろうと納得する遥へと、ガチャガチャと音をたてて、アメニティグッズを入れながら静香が語り始める。なぜかシャンプーなども残っていた模様。
「ねぇ、別に差別とかではないけれど、こんな田舎に都内でも通用するスイートルームなんて作って使うことはあると思う?」
「あぁ、……たしかに静香さんの言うとおりですね。本来は田舎のスイートルームなんて、なんちゃってスイートルームが良いところ。一泊10万の部屋もないでしょうしね」
ふふっと妖艶に笑う静香の言葉に腕組みをして考える。たしかに変だ。このホテルは新築とか言っていたし、スイートルームはあるしと不自然なことしかない。挙げ句の果てにはここのリーダーは美少女ときてる。
ふむふむと顎に手をあてて、どうしてスイートルームに泊まるのか理由が判明した。たんにスイートルームに泊まりたいと思ったおっさん少女と大違いな模様。
「それじゃ、探索パートに入ります?」
「そうね、ここの人々に不自然な点はなかった?」
「なかったですよ。皆さん普通でしたので、敵の気配も感じませんでした」
ふむふむと頷きながら、持っていける物は全てバングルに入れ終えた静香。ほっそりとした人差し指でポリポリと頬をかいて、困惑してしまう。
おっさん少女の答えはなにか想定外だったらしい。
「ここの人々はゾンビとか、ダークミュータントが化けていて私たちを騙していると思ったのよ」
「こんな近距離で看破ができないほど、私は節穴ではないので大丈夫ですよ」
節穴ばかりかもしれない美少女は自信満々に平坦なる胸をはる。さすがにいくら化けていてもこの距離ならば気づくはずだ。
「う〜ん、そうなのね。少し考えと違ったわ。ここの避難民は普通、おかしいところは武器をどう集めたかという点ね」
「それになんといっても、イベントがありますしね。サイレンが鳴ったら外に出てはいけない? 私は映画版も見ましたけれど、ここも同じなのでしょうか?」
考察の海に入ろうとする静香へと、勢い込んで話しかける。だってサイレンだよ? おっさんは第一シリーズをお巡りさんに追いかけられるチュートリアルで怖がってやめた人間だよ? その明晰な頭脳と金剛石でできている心臓のみせどころのはず。
「とりあえずは夜まで待ちましょうか。サイレンが鳴れば目覚まし代わりになるでしょうしね」
「それじゃ、夜まで休憩ですね。お休みなさ〜い」
ついにソファに沈み込んでしまったので、そのまま寝ちゃうおっさん少女であった。そんな姿も愛らしかった。
ジリリリリと目覚まし時計の音が鳴って、遥はピョンと飛び起きた。
「わぁ、寝坊した! 起きないとまずい!」
仕事、仕事に行かないとと焦るが、周りを見て心を落ち着ける。薄暗くなっているがスイートルームに泊まっていたんだった。結局寝にくいのでフカフカのベッドで寝直したのだ。
久しぶりの目覚まし音に仕事かと思って起きてしまったのだが、もう仕事はないんだっけと安堵の息を吐く。もはや目覚まし時計に苦しめられる生活とはオサラバであるからして。
というか、この鳴り響くジリリリリという目覚まし音はなにかな? もしかしなくてもサイレン?
寝ぼけ眼で、ちっこいおててで目をクシクシと拭いながら、ようやく正気に戻って叫ぶ、
マジですか。サイレンじゃなくて目覚まし音じゃん! これじゃ恐怖感はゼロだよと歯噛みしてしまう。
「おはよ〜。もう朝かしら」
多少の寝癖を見せて、ベットから寝ぼけ眼で静香も起き上がる。まぁ、そうだよね。これじゃ全然怖くないというか、うるさいだけだしね。朝かと思うのは無理もない。
「朝ではないですが、活動時間のようですよ」
「もう少し情緒のある音を望んでいたのだけれども仕方ないわね」
少し待っててと静香が身支度をするので、遥もせっせと準備を開始する。久しぶりの探索なのでワクワクと期待感MAXであるからして。
「これが一人用のダンボール、これは二人用、これは戦車に変形できるダンボールで……」
たくさんダンボールを取り出すので、なにかのごっこ遊びをする子供にしか見えないが問題はない。愉しさを追求するのが、私の人生なのだからと、そのスタイルを曲げることはしないのだ。アホっぷりを追求する人生のような気もするけれど。
「さて、行きましょうか」
パンツルックにジャケットを着た、まさしく女スパイの姿になる静香。その姿は凛々しくて格好良い。
「準備は万端です」
ダンボールをちっこいおててで抱えている、まさしくこれから遊びますという姿になるおっさん少女。その姿は幼げでアホ可愛らしい。
これから探索パートだねと、遥はドアノブに手をかける。静香は慣れているので、そんな姿にもツッコミは入れない。
ガチャリとドアノブを捻り、外の風景が目に入り
「やっぱり寝ませんか? 朝まで寝ていませんか?」
ソッとドアを閉めて静香へと振り向く。ちょっと今の光景がよく理解できなかったので。というか理解したくなかったです。極めて不気味な光景が目に入ったのだ。
「名前が似ているゲームだからですか? そんな繋がりは私はまったくこれっぽっちも期待していなかった光景なんですけど」
静香もドアの隙間からちらりとその光景を目に入れたので苦笑を浮かべて額に指をつけて答える。同じく静香も今の光景が予想と違っていたのだとわかる。
「これは裏世界? 現実で目の当たりにすると……気持ち悪いわね。これなら木の板で巣を造っているゾンビたちの方がマシだったわ」
「趣味が悪すぎます。ここのボスはホラーゲームでも、グロいほうが好きなんですね。私はあまり好きじゃないです、こういうの」
嫌そうな表情で、もう一回ドアをソッと細めに開けて覗くが景色は変わってはないなかった。当たり前だけれども。
「ほら、お嬢様。さっさと行きましょう。パーティーのお誘いを受けているみたいだしね」
「むむ、わかりました。お洒落をして主催者に会いに行くとしましょうか」
ハードボイルド風で言われると、勝手に口が動いて颯爽とドアを開けて外に出てしまう。まさか静香さんの洗脳術! とかアホなことを考えて現実逃避したいが……。
「駄目ですね。なんですか、この錆びた世界は。いえ、錆びているのはまだ良いでしょう。問題は肉塊が蠢いて侵食している感じが凄い気持ち悪いんですが」
おっさん少女の言うとおりの光景が眼前にあった。ホテルの通路は錆だらけで、なおかつ肉塊が蔦のように壁な床を這っていて、奥の方は肉塊だけの通路となっているみたいだ。正直歩くのも嫌な感じの光景であった。
「これはダークファンタジーでもなく、たんにグロイホラー系ですね」
「お嬢様、この通路とかがなぜできたかわかる? あの目覚ましが原因かしら?」
遥へと静香がこの光景の解析を聞いてくるので、目を凝らす。僅かに目が光ってマテリアルの流れが、どのような力が使われているかを看破する遥。おっさん+4は伊達ではないのであるからして。
「空間結界に空間歪曲、そして目に見えないレベルの霧によるトラウマの鏡ですね。ダンジョンに近い構成です」
いつもの無邪気な様子はなく、真面目な表情で看破する遥へと、ふふっと悪戯そうに微笑む静香。
「真面目なお嬢様も素敵よ。なるほど、ダンジョンね……しかも後戻り不能なやつ」
後ろを振り向く静香は出てきたはずのドアが消えていることに嘆息する。なかなかよく考えられた空間らしい。
「仕方ないので探索を開始って、もうなにか来たみたいですね」
遥は感知系がある程度働くようになっているので、すぐに敵が近づく音に気づき感知した方へと視線を向けて警戒する。
「あぁ〜」
ランナーゾンビが勢いよく2体、ホテルの通路を全力疾走で走っているのが見えた。しかもどうやらマテリアル量からいってかなり強化されている模様。
静香がピクリと眉を顰めて、僅かに動きを鈍くするので、なぜだろうと思いながらも遥は軽く腕を横薙ぎにする。
ピシリと空間が一閃されて、身体を半分に斬られて走る勢いのままランナーゾンビは床へとバラバラに落ちていくのであった。
「で、静香さんは今度はなにを見たんですか?」
眠そうな目で淡々と問いかける遥を見て、静香は肩をすくめて答える。
「別に、また両親が結婚はいつにするんだと迫ってきただけよ」
「そうですか、今度は記憶に合わさるようにミュータントたちを重ねてきたんですね。なるほど、少し厄介な場所ですね」
同情するわけでもなく、慰めるわけでもなく、淡々と事実のみを口にする冷静な遥へとニヤリと悪そうな笑みを浮かべる静香。
「そういう冷酷なところも私は気に入っているわよ、お嬢様」
からかうように、そんな事をいってくる静香へと、微かに口元を笑みへと変えて方針を伝える。
「この空間結界。どうもある程度以上の攻撃を壁などに放つと崩壊してしまうようです。崩壊したらスタート地点に戻されるでしょうから少しばかり厄介な場所ですよ」
「乱暴なお客様はご退場願いますといったところかしら」
「壁などに当たり、崩壊させると元に戻ります。なので、ここの敵は近接戦闘を主にもしているでしょう。遠距離武器ですと捕まえた餌を逃すことになりますしね」
二人は淡々と話し合いながら、今後の方針を考える。なにこれ、私は今凄い格好良くない? とか考えているおっさんはきっといないだろう。
「近接戦闘ねぇ。要するに壁へ武器を当てなければ良いんでしょ?」
「そうですね。正直、この肉塊から産まれてきそうな化け物へ刀を振るうのも嫌ですね。汚れがとれるか不安ですし」
「それじゃあ、主催者には悪いけれども、私たちは銃でお伺いしましょう」
ふふっと妖しく笑みを浮かべて、マグナムを取り出す静香。
「このマグナムは無限弾。結構強力なのよ」
「私も無限弾が欲しいのですが。まぁ、私はこれでいきましょうか」
マグナムの無限弾は羨ましいなぁ、あとで作ってくれないかと考えつつも、遥も銃を取り出す。昔懐かしの超電導銃だ。この壁ならば数発は当たっても大丈夫だろうし。
「さて、ではいきましょうか。華麗なダンスを踊らないとね」
「舞を魅せるチャンスですし、それで行きましょう」
二人は銃を構えてニヤリと悪そうに笑いながら、血塗られたダンジョンへと足をむけるのであった。




