37話 聖女なるおっさん少女
どんどんと給水車のドアが叩かれる。人が死にそうなのと聞き覚えのある声がしたと遥が思っていたら、ガチャリとドアが開けられて女警官が入ってきた。
薄汚れた防刃ジャケットを上にはおりボロボロの制服を着ているストレートロングな黒髪の女警官荒須ナナであった。
そういや、鍵をかけていなかったかと、迂闊な行動しかとらないおっさん少女が思い出している間にも、運転席から、後ろのレキぼでぃに向かって声をかけてくる。
「人が死にそうなの。レキちゃんが来るのを待っていたんだよ!」
なんでばれたんだと遥の思いが顔に出たのだろう。
「監視所から車を見たら、もぞもぞ後ろで可愛いお尻を揺らす少女が運転席の後ろにいるのが見えたんだよ! レキちゃんしかいないと思って急いできたの!」
どうやら全て見えていたらしい。羞恥心で真っ赤な顔になるレキぼでぃ。真っ赤な顔も可愛い。
「まさに顔を隠して可愛いお尻を隠さずですね。ご主人様」
と、カメラドローンでふりふり揺れる可愛いレキぼでぃのお尻を遥に黙って撮影していたサクヤがしれっと笑顔で教えてきた。
ちくしょう、このメイドを少しでも見直したのは失敗だったと後悔するおっさん少女である。
その間にも運転席の間から手を伸ばして毛布をはぎ取ろうとするナナである。
ぐいぐいとおっさん少女が被っている毛布をはぎ取ろうとするナナ。その姿は、起きてこないお寝坊な少女を起こさんとする母親のようである。
もし、おっさんぼでぃならいつまでも寝ていないで! この粗大ごみ! とか妻に言われる姿かもしれない。
「わかりました。わかりました。今から行きますから、少し待ってください。私は謎の行商人Bなんです」
阿呆なことを言い抵抗する遥である。一生懸命に横に置いておいたホッケーマスクを被ろうとする。
「なら、今日は行商人に教会のシスター役もやってみようよ」
私がレキ教の教祖やるからさ、とぐいぐいと毛布をはがすのを諦めない怪しい宗教団体を起ち上げようとする職業女警官である。
仕方ないですねと、遥はようやくホッケーマスクを被って、ナナに引っ張られながら外に出る。
アインの操作はどうしようとサクヤを見ると、ウィンドウからサクヤが予備のコントローラーを持ち上げて見せてくる。
「ご主人様、お任せください。私がアインを操作します」
珍しく役に立つサポートキャラのようなことを言うサクヤである。
「私についてくるのはダメだよ?」
一応釘をさす。後ろにカメラ片手についてこられたら、操作する意味がない。給水車に待機させておくだけである。
「問題ありません。アインで上手に商売を商っておきます」
真面目な顔で笑顔をみせるサクヤを見て、ますます不安になったが選択肢がないので任せるおっさん少女であった。
外に出てから、ホッケーマスクは顔が見えないよ、可愛い顔なのに勿体無いでしょと、ひょいとナナにせっかく被ったマスクを取られてしまう。これは顔を隠すためなんですと言っても、みんなに顔を覚えてもらわないとと空気を読まずに伝えてくる女警官である。
もういいやとあきらめるおっさん少女。何もかも諦めた感じになっている。
中層からビル内に入った遥は、ズルズルとナナに可愛くてちっこいおててを握られて、小柄な体をひきずられて移動していた。
引きずられながら周りを見ると、かつては新築ピカピカなオフィスであったろう部屋から生存者がレキぼでぃをチラチラと覗いていた。女子供から爺さん婆さんまで年齢層はバラバラのようだ。
部屋には埃や泥に覆われて汚い布団やマットレスが敷かれている。放置された空きボトルなどもそこかしこに放置してある汚い部屋と化している。まさに崩壊した世界に生きる人々みたいな感じである。人々は疲れた顔をして現状の絶望感に慣れ始めている感じに見えた。
崩壊した世界みたいな感じというか、崩壊している世界なので当たり前なのだが、新築の豪邸にすむ遥にとっては初めて見る暮らしぶりだった。気分はテレビでみる中東の貧しい国にいる感じだと、遥は失礼にも考えていた。何しろジャグジーバスもついている豪華で贅沢な朝倉家だ。
行き止まりにある元は会議室であろう部屋にナナに連れられて入ると、10数人が怪我をしてマットレスに寝かされていた。うぅぅと唸って苦しんで寝ているようである。数人が周りに立ってお世話をしている。
饐えた腐ったような人間の死臭が漂う部屋であった。
「この間、火炎放射器をもっている猿軍団たちと戦ったの。死者はいなかったんだけど、大火傷やケガをした人が多くでたの」
ナナが申し訳なさそうに伝えてくる。どうやら以前に会った猿軍団の別装備バージョンと会敵したらしい。激闘となったそうな。
なんとか撃退できたそうだが、怪我人が多数発生したとのことである。怪我人だけで死人が出ていないことに彼らの練度が窺える内容である。
そしてレキが来れば全て解決するとナナは周りに伝えていたらしい。なので、レキが来るのを待ちわびていたそうな。
ちゃんと報連相ができている女警官である。レキぼでぃの個人情報は漏れ漏れだったらしい。
まぁ、口止めもしなかったしな。と溜息を遥はついた。映画とか小説なら、このような時は私たちだけの秘密だねと主人公の力を隠してくれて、怪我人を治すときはヒロインが何とか誤魔化してくれるというパターンではないだろうか。
今は、ナナが「はいはい。皆さん傷を治せるレキちゃんが到着しましたよ!」と寝込んでいる人たちを励ましている。隠す気はゼロみたいである。
現実ならこんなもんなんだろう。そりゃ、こんな世界だ。希望はなんでも欲しいのだ。周りにそのことを隠す気にはなれないだろう。ましてや女主人公気質なナナである。レキぼでぃの力を説明し、人々に希望を持たせようとしたのは間違いないところである。
まずは、この人を治して。とナナが一番ひどい火傷の人の前に遥を連れていく。
見ると、火傷はかなりひどく包帯がグルグルと巻かれている。ケロイド状になった顔が見えてかなり痛そうな感じだ。よく生きていると思えるほどである。
可愛いおててを掲げて久しぶりに治癒を使うレキぼでぃ。
「ヒール」
と呟くと発動した治癒により、大火傷をしていた男を光が包んでいく。
光が治まった後は、健康そうな肌をした男となっていた。
周りの人々が息をのんで、驚いている中に回復した男は遥に向かって言ってくる。
「俺が死んだら、妻に愛していたと言ってくれ」
感謝ではなく、ボケようとしていたみたいである。元気な火傷男であった。
周りから、ワッと歓声が上がり男を軽く殴って回復したことを喜んでいる。お前、独身だろと言いながら。
喜んでいる人々を見て、遥も少しうれしくなった。なんだかんだいって、こんなシーンは好きなのだ。ハッピーエンドが好きなおっさん少女なのだ。
「ありがとうレキちゃん!」
と、レキぼでぃに抱き着いてくるナナ。ふよんとしたメイド達とは、また違う感触の胸を味わいながら女警官にニコリと笑って言う。
「ナナさん臭いので、お風呂に入ってきてくださいね」
多少なりとも、ナナにやり返したおっさん少女であった。