376話 超能力少女の大冒険
空中に浮かぶホットケーキの建物の一つ。来客用の豪勢な高級ホテルの一室に置いてあるトランクがガタゴトと動いていた。ゆらゆらと揺れていたと思ったらバタンと倒れる。
ガタゴトと揺れて、チャックがジーッとトランクを開いていき、ニュッと中からちっこいおててが突きだされて、宙を探すようにゆらゆらと揺れて、しっかりと蓋に手をかけて身体を出していく。
「むぅ、トランクに隠れて潜入成功。もはや妹を越え、蛇の潜入員を上回った」
完全にトランクから出たのは可愛らしい少女であった。フンスと息を吐き、腰に手をあて胸をはる。金髪おさげの荒須ナナの養女にして天然の超能力者なリィズだ。
周りをきょろきょろと確認して自分のいる場所を確認する。どうやらホテルの部屋らしい。テーブルにはキーカードが置いてあった。オートロックを出入りするのに必要なのだろう。
「これは頂いていく。リィズにも必要だし」
ムフフと悪戯そうに笑うその姿は妹と極めて似ていた。血が繋がらないのに、最近はそっくりだねと言われる姉妹である。そっくりなのはアホな行動ばかりしていたからなのだが。レキは順調に悪影響をリィズに与えていたりするかも。
「ちゃんとリィズ様のキーカードですと付箋も貼ってあるから問題はない」
なぜリィズの分もキーカードが用意されているのかが少し不思議でコテンと首を傾げて考える。
が、多分バレていたのだと気づく。ナナではないだろう、本部に行くと言っていたので、リィズも行きたいと言ったのだが断られたのだ。お仕事なので仕方ないとは理解していたので、大人しくトランクに隠れて潜入したのだ。
おかげでナナの着替えやらなにやらは全て置いてきたが別に問題はないはず。ここならいくらでも洋服なんて買えるだろうし。
地味にお金持ちの思考になってきたリィズである。洋服なんて安いものだと、一般人には安くないがお金持ちの荒須家には安いものなのだ。
金銭感覚がおかしくないと聞かれれば、自分自身で働いている給料でお小遣いはやりくりしているリィズ。まだ高校生になっていないのに子供にとっては大金な給料なので、そこらへんでも感覚が少しずれていた。
キーカードの横に紙が置いてあるので手を取ると、やはり予想通り気づかれていた模様。
「貨物室にトランクで入られていたら、気圧や空調の調整がないのでかなり危険なことになります。今後は同じことをしたらお姉ちゃんでも許しません。謎の客室乗務員より」
ふんふんと書いてあることを読み、なるほどと頷きバツの悪い表情を浮かべて反省する。危ないことだったらしい。小説や漫画などでこんなテンプレがあったから試してみたが怒られた。
「ごめんなさい、謎の客室乗務員さん。今度やる時は謎の客室乗務員さんにお願いする」
空港があるだろう方向へとペコリと頭を下げて反省。反省だけなら猿でもできるだろう適当さであった。
「ん、では大樹本部を探索する! 妹の家はどこだっけ?」
教えてもらったが地図がない。それにお見舞いの時にも行ってないし。
まぁ、ホテルの人に聞けば良いかと、てこてことドアを開けて外に出る。絨毯が敷かれた廊下が伸びており、きょろきょろしながら歩き出す。
エレベーターがあったので、一階へと移動。その間も周りを観察していたが、その上品で豪華な内装に感心してしまう。
「凄いホテル。まるで博物館みたい」
なんだか感想が少しズレているが、無駄に神殿みたいな柱や、お城みたいな垂れ幕がたくさんあり、それが綺麗に纏められて配置されているのだ。
ほぅほぅ、さすがは大樹本部と一階ロビーに辿り着き、受付へと足を運ぶ。隠れて入り込んだ筈なのに物怖じしないリィズなのだった。
受付の女性がニコリと笑顔で頭を下げてくる。
「いらっしゃいませ、荒須様。お出かけでしょうか?」
「ん、リィズはお出かけする。妹の住んでいる場所を知りたい。どこにある?」
いきなり妹と言っても相手はわからないのではとか、ちゃんとお客として認識されているとかは気にしない。
そして受付の女性も戸惑うことはなかった。
「レキ様の家ですね。本当は教えてはいけないのですが、リィズ様はレキ様の姉でいらっしゃるので問題はないでしょう。車を使わずに移動すると少し遠いので、この通りを進んでください。バス停がありますので、それに乗ってレキ様の家前という停留所で降りれば目の前ですよ」
色々とツッコミどころ満載な説明である。レキの家前という停留所があるのかとか、それだと個人情報漏れまくりじゃない?とか。
他の人ならいざ知らず、リィズはそんな些細なことにはこだわらないが。気にしないのだ。妹に会いに行くのだ。そして面白そうなところを案内してもらおう。
「ですがレキ様は現在会議場の護衛任務についているはずです。終わるのはお昼すぎになりますし、それまでは観光をなさってはいかがでしょうか?」
「なるほど、護衛任務……格好良い響き。遠くない日に姉妹での仕事に入れる」
ふんふんと興奮して、妹は相変わらず仕事をしているのだなぁと思う。少し仕事をしすぎではないだろうか? お姉ちゃんとして遊びに付き合わせないと駄目だと考える。ストレスを解消しないと倒れちゃうかもしれない。そんなことになったら、リィズは悲しい。
考えただけで鼻がツーンとなり、悲しくなるリィズであったが相手の話に気を取り直す。
「この表通りを進みますと、色々なお店がありますので、様々な美味しい物が食べれますよ。お土産屋も少しですがあります」
食べ物屋かと目を輝かす。本部の食べ物は美味しいので楽しみだ。ちゃんと銀行カードも持ってきて用意は万全だ。
「裏道から食べ物屋に行きますと、少しだけ危ないかもしれませんのでお勧めはしません。治安は悪くありませんが、やはり人の目が入らないので、少しだけ危ないイベントが用意されているかもしれません」
裏道から行くことに決めた。
なんだか受付のおねーさんが教えてくれる話の内容が少し変だったような気もするけれど気のせいだろう。お勧めはしませんと言いながら、受付のおねーさんは裏道のここをこう行くと面白いかもしれませんねと親切に教えてくれたので良い人だと、話の内容を理解して頷く。
「ん、ありがとうございました。これから裏道を通って食べ物屋に行く」
「わかりました。それでは良い冒険となることをお祈りしています」
深々と頭を下げる受付のおねーさん。お勧めはしないと言っていたのは何だったのかとツッコミをいれる人間は不在であった。
ばいば〜いとちっこいおててを振って、可愛らしい足音をパタパタとさせて、リィズはホテルを出るのであった。
外の風景はビルでもそんなに高くなく広く場所をとられており、緑が計算されて配置されており、癒やされる風景だった。初めてきたときは、もっとビル群がひしめき合う場所だと思っていたのだが、自然と融和しているこちらの方が良いとリィズは感心したものだ。
ここらへんは来客用地区なのか、それでも家屋が並んで他よりも街っぽい。道を歩く人たちはのんびりとしており、和気藹々と話しながらなにかの店へ入って行くのが目に入る。
なんの店なのだろうかと、看板を見るとエステサロンであった。まだまだ若いというか、いまの年齢よりも明らかに若いと見られる小柄でお肌もぴちぴちなリィズに関係ない代物だ。
スルーして、教わった裏道へと入っていく。
ビルの間にあり影が道を暗くしている場所。ゴミなどは散らかってはいないが、それでも雰囲気がある。ちなみに家屋が少ないので、こんな場所は極めて少ない。
受付のおねーさんはそんな場所を案内する不自然さを見せたが、もちろんリィズは気づかない。気づいても裏道に行こうとするだろうから問題はない。本当に問題はないかは不明であるが。
「この先にケーキ屋があると教えてもらった。なにを食べようかな」
食いしん坊なリィズはケーキは何個まで食べようかなと考えて歩く。たくさん訓練をしているので動いているから太らないし、大樹のケーキは絶対に美味しい。
ムフフと小さく口元を笑みに変えて歩いていると、細道から誰かが飛び出してきた。勢いよくリィズへと体当たりをされる。
相手はリィズよりも小さな少女であったが、それでも結構な速度で小柄な体躯のリィズはその勢いで倒れ込むかと思われた。
だが、飛び出してきたのを確認したリィズは素早く一歩下がり軽く手を突き出して受け止める。
ふわりと勢いを消されて受け止められたので相手は驚きの表情を浮かべて口をぽかんと開けてしまう。え? なんで受け止められたの? という不思議な表情だ。
「え? なにが?」
想定外だと思って呟く少女へとリィズは声をかける。なにか変なことをリィズはしたのだろうかと。
「ん、大丈夫? リィズだから受け止められたけど、他の人だと無理だから走らないほうが良い」
優しい笑顔を向けて注意をしてあげる。
「は、はい、ありがとうございました。えっと、体当たりでこんがらがるように転がる予定はなしになりました。」
「ん?」
頭を下げてお礼を言いながら、最後は小声になった幼女に対して小首を傾げる。最後はなんて言ったのだろう?
「あぁ、いえいえ、なんでもないです。一緒に捕まって、怪しい研究所に閉じ込められて、二人で脱出ゲームをすることが無くなっただけですから」
アワアワと顔の前で手を振って、物凄く怪しいことを言う少女だ。だがリィズは気にしなかった。訳のわからないことを言うのは子供ならば当たり前だ。いつまでたっても子供っぽい妹を思い浮かべる。思い浮かべて参考にしてはいけない妹だとは普通なら思うのだがどうだろうか。
気にしないで話を聞こうとするリィズを見て、上手く誤魔化せたと胸を撫で下ろす少女。リィズ以外には通用しない方法である。
そんなアホな出会いから、気を取り直す少女をリィズは観察する。ショートヘアの銀髪でリィズよりも少しだけ背が低い。成長期というイベントがなかったリィズよりも背が低いのだから、幼女と言っても良いかも知れない。可愛らしい顔立ちだが眠そうな目をしておりぼんやりしていそうだ。どことなく妹に似ている。小学生だろうか? リィズも小学生にいつも間違えられるけど。
「なにを焦っていた? こんな細道じゃ、危ない」
年長さんとして、ちゃんと注意しないとねと説教を言う。どこかの誰かさんはトランクに忍び込み、中身は全て置いてきて飛行機に乗るという荒業を使っていたような気もするが。
自分のことは棚に置いておく。どこかのおっさん少女と同じである。本当に血が繋がっていないのか極めて疑わしい。
「えっと、そうですね。台本が、ではなくて、これ適当すぎます。なんでぶつかって捕まるとしか……。はい、はい、りょーかいでつ」
あたふたと焦る少女はペコリと頭を下げてくる。なぜか宙を見て返事をしながら。
「気をつけますね。助けてくれてありがとうございます、私の名前は千冬と言います」
「ん、私は荒須リィズ。凄腕の超能力者」
むんと薄い胸をはって威張っちゃう。人形みたいな可愛らしい姿だからこそ許される自己紹介。おっさんならばそのまま病院行き確実である。
「超能力者! それは危険です! 私も超能力者なんですけど研究所から逃げてきたんですよ! 早く逃げないとって、あぁっ、もうおいつかれた〜」
若干棒読みくさかったが、千冬は自分が来た方向を指し示すと、バタバタと何人かがこちらへと走ってきた。細道を上手く走りながら近づいてくるのは黒服にサングラスをかけたワタシタチ怪しいですといった面々だった。
千冬は怯えるようにリィズの後ろへと隠れる。それを見た黒服たちはリィズの前で立ち止まる。合わせて三人、全員ガタイが良い男性だ。
「千冬さん、こんなところにいたんですか。さぁ、さっさっと研究所に戻りますよ」
ぶっきらぼうに声をかけてきて、手を伸ばそうとする黒服たちを見て、ビクッと肩を揺らして怯える千冬。
スッとそれを手を伸ばして制するリィズ。一度こんなことをしたかったのだと、フンフン鼻息荒く興奮してしまう。妹と行動原理がほとんど一緒だ。
「嫌がってる。ここは諦めて帰るべき」
口元をニヨニヨさせながら制止の言葉を言うので、男たちは顔を見合わせて苦笑いして、この娘はなんなんだという表情になり、凄味を効かせてリィズへと顔を近づける。
「お嬢さん、悪いが君のことは知らないんだ。さっさとここを去ってくれないかな? 怪我をする前に」
最後の言葉を強調して、凄むその姿は一般人なら泣いてしまうかもしれない。もちろん黒服たちも泣かれたらどうしようと思っていた。
「怪我をするのはそちらだと思う」
冷たく言いたいが、興奮して熱気が感じられるリィズが言葉を紡ぐと同時であった。
ズルリとリィズの前にいた男が力が抜けるように倒れ伏してしまう。そのまま力なく倒れる男の姿を見て驚く黒服と千冬。
「何をしたっ! このガキッ!」
その様子を見て素早く身構える男のたちの姿は手慣れており、暴力の世界にいる者だ。なぜか千冬まで身構えて、あ、つられちゃったと構えを解くが。
フッ、と男たちを見渡してリィズはフンスと胸をはる。もう得意満面な表情で、小柄な金髪おさげの少女のその姿は、可愛らしくてカメラ撮影必須な光景だ。
「リィズの名前は荒須リィズ。朝倉レキの姉にして、強大なる超能力者。いずれレキと一緒に戦う者」
ゆらりと顔の前に手をあげると、その手のひらが僅かに揺らぐ。まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺らぐその様子に黒服たちは驚きの表情を浮かべる。
「まさか……超能力者? 朝倉レキの姉? 成長タイプか?」
怯む黒服を見て、素早くリィズは千冬をひょいと持ち上げて、お姫様だっこする。その腕には重力軽減のバングルがあり、その力だろうと思った千冬は再度驚く。
タンタンとリズムよく足踏みをしたと思ったら、鋭い蹴り足で地面を蹴ると、勢いのままに黒服たちをそのまま余裕で飛び越えたのだから。
唖然とする黒服たちは軽々と男たちを飛び越えていく少女を眺めて動かない。恐らくはその高さは5メートルはあるだろう。世界一は間違いない。
その姿を見ながら、リィズはフッとクールに笑いたくて、フンフンと興奮しちゃう。というか、さっきから興奮してばっかだ。こんなことをしたかったのだと嬉しい気持ちでいっぱいであるのだからして。
倒した男もすぐに目が覚めるだろうとふんで、てってこと駆ける。ビュンビュンと周りの風景が凄い速さで過ぎていくのが気持ち良い。ナナには隠しているように言われたけれど、人助けなのだから仕方ないのだ。
「あ、あの! 本当に凄いんですね!」
「ん、リィズは凄腕の超能力者。このまま護衛するからどこに行く?」
驚いて聞いていないよと呟く千冬にリィズが走りながら声をかける。その速度は速く一般人では不可能な駆け足であった。
「えっとですね、通信ができるところで両親と連絡をとりたいんです」
千冬は指を外縁部分を指差す。その先には森があり、奥から高圧受変電所みたいな建物が空へと伸びていた。
「あれは放棄された通信設備です。えっと、これなんて読むんでつか? 廃棄? ハイキング? あぁ、廃棄でつね。えっと、初期に廃棄された通信設備ですね」
なぜか宙を見ながら、セリフを読むように教えてくれる千冬。なぜなんだろう、不思議だよね。
リィズは不思議に思わない。
「天ぷら! よくあるパターンだから驚かない!」
なぜならば天ぷらだからだ。天ぷらは美味しいので問題はない。
「うわぁ、姉であると納得しました。テンプレですよ、テンプレ」
呆れる様子の千冬を見ながら
「私はナスの天ぷらが好き」
意外と渋いチョイスの返答をして、通りを走り抜ける天然超能力者であった。
 




