374話 おっさんの偽本部紀行
海が一面に広がる中で、ポツンとホットケーキが空中を漂っていた。ホットケーキといっても美味しい食べ物ではなく、偽大樹本部である空中拠点ホットケーキだ。もちろんシロップはかかっていない。
住んでいる人々は極少数、いつもはメンテナンスのためだけに管理人がお掃除をするぐらいである。もちろん管理人は幼女なドライとその主人であるツヴァイだ。
使われるのは大規模な茶番をする時だけと決まっている。世界中からやってくる空中輸送艦が港に軒を並べて停泊して、大勢の人間がせっせっと働いているように見せかけるのだ。ドライがもはや2000人どころではないと感じるのは気のせいだろうか。たぶんツヴァイたちはもっと増やしていると思う。
どうもツヴァイたちはおっさんの言うことで都合が悪いことは忘れる癖があるようである。まぁ、くたびれたおっさんの言うことなので、美少女が話を聞いてくれないのはいつものことだと諦めている。
パタパタと可愛らしい幼女たちがそこら中をかけまくり、てってとはじめてのおつかいよろしく色々な準備をしているのが目に入る。
幼女の住む天国はここにあったんだと、紳士な人が見たら目を輝かすだろう。きっと空中には幼女が住む都市が在るんだよという伝説が広がれば、絶対に探そうとする者はいるだろう。
その場合はヒロインは一緒に行かないと思われる。主人公がいつか父さんの目指した幼女が住む天空の城を探すんだと目を輝かせて話せば、死んだような目で頑張ってくださいと答えてそのままフェードアウトする可能性が大。
そんな天空の幼女の城に警報が鳴り響く。ツヴァイの真面目な声音で放送が始まり、幼女たちは手を止めて聞く態勢をとる。
「若木シティの面々がそろそろ到着予定です。認識妨害フィールドを五分後にオフとしますので、全員与えられた役柄になるように。繰り返します……」
放送を聞いてお互いの顔を見合わせてコクリと頷く。
「変身するでつ!」
「変化パン屋のおばちゃん!」
「はらほろひれはれ、エリートの姿にな〜れ」
「今日の演目はなんでちたったけ?」
キャッキャッと楽しそうな笑顔で変身していくドライたち。あっという間に、大勢の人々が住む世界へと塗り替えられていくホットケーキ。
学芸会のノリで楽しみながら準備をするドライたちの目に、遠く水平線の彼方から空中高速輸送艦トビウオが飛行してくるのが目に入ってきたのだった。
今日もきっと面白い劇ができると目を輝かしてドライたちはトビウオが到着するのを今か今かと待つのであった。実にしょうもない幼女たちであるが、おっさんの眷属の眷属なので、楽しいこと大好きな性格は直しようがないのである。
あと、別に可愛らしい幼女たちだから、それでも良いよと大多数の人々は言うかしれないし。
これを可愛らしい幼女の法則という。
空中高速輸送艦トビウオ。毎回違う輸送艦を作るのは毎回ナインが大幅な改修をするからである。原型を留めない改修をするので、もはや新造といっても良いだろう。そんなトビウオが空中を泳ぐが如くスイスイと飛行する。
その中で豪族は疲れたような顔で眼の前の男へと視線を向けて口を開く。
「やれやれ、本部の会議に俺は必要なのか? 若木シティだけで会議とかはいっぱいいっぱいなのだがな」
嫌そうな声音でのセリフに苦笑いを浮かべて、ナナシと呼ばれる中身が確定でくたびれたおっさんの遥は同意する。
「同感だ。こんな会議などテレビ会議で良いと思うのだがな。崩壊しても顔を合わせての会議は重要だと考えている者たちが多いのだよ」
こんな会議はもうやりたくないと、レキの体で床に転がり駄々をこねた遥。もう嫌だ〜、と泣き真似もしながら反対したのだ。
だが、こんな会議をやりたいんです〜と、サクヤが床に転がり駄々をこねたのだ。しかも自分の体勢を充分に理解しながらスカートを翻し、ピンクの可愛らしい下着を見せながら。見せながらというか、魅せながら。
会議をしてくれないと、私は遥様のぼでぃの時にも同じことをします。その時に下着が危ない感じになっているかもしれません。それを見たいんですか? 見たいんですね、このえっち! とか妄言を放つので、美少女の断頭台を食らわせたのだが。悪魔な将軍よりも強力な技であったのに、悔しいことにピンピンとしていたサクヤであった。ムチウチにもなる様子は見えなかったので、とても悔しかった。
なので仕方なく、またもやサクヤの人形劇を見ることになった遥である。サクヤはあれかな? 常に人形劇をやらないと死んじゃうマグロみたいな存在なのかな?
当時を思い出し悔しそうな表情になる遥に、玲奈がふふっと可愛らしく笑って話に加わる。ギャップ萌えを狙っている可能性があると警戒するおっさんを笑みを浮かべて見ながら
「ナナシ様でも、そう思う時があるのですね。ですが、大会議の後にはパーティも催される予定ですし、皆さん人脈作りと兼ねているのではと思います」
「う〜ん……それなら俺たちは浮いちゃいますね。一兵士ですし」
仙崎が腕を組みながら、困った表情になって言う。
「たしかにそのとおりだな、俺も最近は息子がハイハイができるようになってきて、目が離せない時期になってきましたし」
写真を取り出して見せてくる親バカな蝶野。そういえば蝶野は息子が産まれたんだっけと思い出す。時の経つのは早いものだ、みーちゃんは息子ばかりにかまけている両親を見て拗ねていないだろうか。
だが、おっさんの体でその問いを口にすることはできない。プライベートでの付き合いがあまりないのに変だからね。
「たしか蝶野さんは娘もいたはずだな。多感な時期だ、あまり息子ばかりを構うと拗ねてしまうぞ。娘は大切にしたほうが良い、息子は放置したほうが強くなるぞ」
美幼女優先なのだ。男なんぞは放置していても逞しく生きるのだから問題はないはずだ。たぶんね?
「まったく……馬鹿を言うんじゃない。大佐が出席してもおかしくはないだろう。ナナシの言うことは…、まぁ、わからんでもないがな」
「……ナナシ様は独身でしたよね……もしかしたらバツイチとかですか?」
「……いや、バツイチではないな……。まぁ、雑学からの知識だとでも思ってくれ」
豪族が呆れたような表情で話し、玲奈がナナシの結婚歴が気になると尋ねてくるが、肩をすくめて煙に巻く。どうせ独身なんですよと。
「今回の大樹の会議はなにが主題なんですか?」
黙っていたナナが冷たい口調で話しかけてくるので、相変わらず遥には厳しいなぁと寂しく思いながら答えることにする。
「……今回の主題は超能力者、その中でも量産型の扱いについてだ。クーヤ博士が満面の笑みで会議を開くように要請してきた。君たちにも無縁の話ではないと思うのだがな」
遥の酷薄なぬるま湯も冷えるかもしれない冷たい視線と口調に、ハッと、息を呑む面々。玲奈だけはピンとこないのか小首を傾げているのだが。
皆が快適なはずの飛行機の中で、空気が冷たく凍るような感じがした。約一名を除いて。
快適すぎる飛行機の中なので、空気がポカポカと暖かくておっさんは眠くて仕方なかった。
今回の哀れな演目の出演者。豪族とゴリラ二人、ナナと玲奈である。
彼らは大樹の全体会議に呼ばれた面々だ。まぁ、名目上なんだけどね。
そうして皆が沈黙する中で、大樹偽本部へとトビウオは到着するのであった。約一名はウトウトしていたが。
ホットケーキに到着して、車に乗り込み数十分後。やはり車での移動だとホットケーキが狭いなぁと遥は思いながら、四人を連れて本部会議場まで歩く。
荷物はホテルへと運ばれていた。ナナの持ってきたトランクだけは丁重に運ばれていたが。なぜかトランクが誰も触っていないのに微かに揺れているので。もぉ〜、アニメとかと違い本物の飛行機の貨物室は危険極まりない場所なのにと思いながら、客室乗務員に飛行機に運ぶ前から丁重に扱われていたのだが。
まぁ、それは後で良いだろう。大冒険になると良いのだけど。それとナナが気づかないのが地味に気になる。あとで聞いておかないとまずいかも。
「あの……銀髪の少女たちの扱いはどうなるんですか? これまでは戦場からは遠ざけられていたのですよね?」
もっとも気になるであろうかことをナナが眉を顰めて不安げに尋ねてくる。ナナとしてはレキと境遇が同じような少女たちだ。気になることは当たり前であろう。
そんな量産型超能力者の少女たちはどこにいるのかな? 悲劇の少女はもしかしたら家で平和に掃除をしているか、魔力の宝珠でなにを作ろうかと考えているかもしれない。精神世界にて戦う以外で動いたら負けだと思いますとか可愛らしいことを言って寝ているかもしれないね?
まぁ、どこでもいいや、ナナさんの心の中で生きているよと答えたいが、おっさんなのでふざけたら殴られるかもしれない。
「今まではちょっとした超能力実験以外は普通に生活をしていた。だが、クーヤ博士はめげなかった。妄執とでも言えばよいか? 信じられないことに量産型を使う道筋を見出してきたのだよ」
「普通の生活をしていた少女たちをまた戦争に使おうと言うんですよね? 私は断固反対します! 今まで引退して平和な生活をしていた少女たちを戻す必要なんかないです」
ぎゅうと拳を握りしめて、ナナは怒りを込めて遥を睨む。
おかしいな、なんでこんなにおっさんとレキとの扱いが違いすぎるんだろう? これもおっさんだからか。おっさんはなにをしても好感度は上がらないからなぁ。ナナとの相性は最悪だと再認識しちゃう遥である。
「そのことを今から話し合うのだよ、荒須社長」
そういえばそうだったと思い出し、表情を緩めるナナ。そんなナナに忠告をしておく。
「一応忠告しておこう。感情からの反対は誰からも受け入れられない。この会議場に集まっている者たちは利己的であり合理的だ。彼らの感情面からの同情は得られないと覚えておいてほしい」
ドーナツ一つで賛成意見を確保できるかもしれないけれどね、と内心で呟く。ドライたちは幼女らしく甘い物が大好きなのだ。教えないけど。
むぅ、と唇を尖らせて言葉に詰まるナナ。まさしく感情面からの同意を得ようとしていたのだろうことが丸わかりであった。
「仕方ないですわ、荒須さん。この点は私もどうかと思いますけれど、たしかに世界を復興させるという目的を持っている方々には感情面からだけでは同意を得るのは難しいでしょうね。ここの方々はその点は私たちよりも遥かに苦労をしてきたのではないでしょうか?」
気遣うような玲奈の言葉にますます言葉が出なくなったのだろう。俯き何かを言いたいのに堪えるナナ。
豪族が優しい笑みでポンとナナの肩を叩き、慰めるように話しかける。
「まぁ、超能力者の少女のことは、まずは流れを見るとしよう。ナナシならば何か考えてはいると思うしな」
「買いかぶりすぎだな。それは気のせいだ」
「そうか? それなら俺の勘違いだろうが……まぁ、結果を見せてもらおう」
意味ありげに肩をすくめて会議場へと歩みだす豪族。本当に買いかぶりすぎだよ、私は半額セールでも高いと思われるおっさんなので。
全員会議場へと入り、案内人に先導されて決められた場所へとナナシを残して行くのであった。
ナナシことおっさんは平和な会議でありますようにと、幹部用スペースへと向かう。
会議場は国会議事堂みたいな部屋だ。まぁ、大勢が集まり会議をするとなると、どうしても似たりよったりになるのだろうけど。少し違うのがモニターを空中に浮かすことができるのが未来的な感じか。
200名ぐらいの偉そうな老若男女問わず座っていて、ガヤガヤと話し声が聞こえてくる。驚くことに人種は様々で言語も違う。多分宇宙語だろう。え? 英語? おっさんにとっては英語も宇宙語も同じなので気にしません。
というか、ドライたちというか、銀髪メイドが設定に凝り過ぎである。モニターへと視線を向けるとプラカードに乙女休憩中と書いてあり不在にしていた。どこのプロジェクトの少女だ。
はぁ〜、とため息を吐き幹部席で会議が始まるのを待つ。
隣のエリートたちが開会までに時間があるので、腹黒そうな笑顔で話し合う。
「パパさんが作ったドーナツを発見したでつ」
「なんと、あれだけ探しても見つからなかったのに、どこにあったのでつか?」
「盲点でちた。なんと若木シティに送る食料品倉庫の隅に隠されていまちた」
「やりまちたね。あとは襲撃の計画を練るだけでつ。ではこれはドーナツ派のアタチたちが主導になって」
「ケーキ派には負けられないでつ。ここは一つ……」
凄いや、腹黒そうな感じなのに話している内容は酷すぎる。豪族たちが遠くの席だからって、会話が酷すぎるぞ。まぁ、幼女だから許しちゃうんだけどね。あと、何気に派閥ができていない?
幼女の姿で話し合ってくれれば、ほんわかするんだけどなぁ、癒やされるんだけどなぁと考える遥。
そこにマイク越しに声が議事堂に響き渡る。見ると壇上横にマイクが置かれており、司会らしきものが立っていた。
「ようこそ、本日は復興支援統合会議へ。お忙しい中で出席していただきありがとうございます。では開会のご挨拶を那由多代表にお願いします」
わぁっ、と歓声が上がり、ぱちぱちと万雷の拍手が巻き起こる。さすがサクヤ、こういった細かな凝った演技は外さない。
横合いから現れた那由多代表が壇上へと立つ。
皆を睥睨しながら、出席率に満足したのだろう。ウンウンと頷いてから口を開く。
「本日は不定期ながら行っている会議だ。皆の素晴らしい意見、提案、そして成果を発表する場でもある」
相変わらずのよく通るバリトンの深い声音。そして目つきは鋭く自信に満ち溢れた様子だ。さすがは独裁者という風格を感じさせた。おっさんの場合は風格じゃなくて風船でしょとか意味不明なことを言われるが、那由多は違った。
あれが中身がサクヤだなんて、誰も思わないし考えつきもしないに違いない。まぁ、当たり前なんけど。
「世界の復興を目指し、これからも良き世界を作るために、今までの崩壊前の失敗した事柄を反省の鏡として、我々はこれからも頑張っていこうではないか。以上だ」
軽く頭を下げて、壇上を降りる那由多に惜しみない拍手が起きる。
「今日の日当はパパさんの作ったおやつシリーズでつからね。頑張りまつよ」
「たまにはチープな味も欲しいところでつ」
「パパさんにお強請りするでつ。粉を使えば作れるチープなプリンをお強請りしましょう。あれはたまに食べたくなるでつからね」
ヒソヒソと話すドライたち。ほんっとーに豪族たちに聞かれないでよと願いながら嘆息する遥である。
それから数個の適当な提案を聞いて時間が過ぎていく。
もぉ〜、眠いなぁと思いながらも一応は幹部なのだからと寝ないで頑張る遥。
そこに目を覚ますような声が聞こえてくる。
「次はクーヤ博士の成果ですね。クーヤ博士どうぞ」
サクヤが那由多から早着替えを行いクーヤ博士へとチェンジして壇上へと自信満々な笑顔で向かう。一人で何役もやりすぎであるからして、果たして大丈夫なのか不安しか感じない。
量産型の利用を肯定的に話すのが今回の目的だが、クーヤ博士はにやりと笑いながら自信満々な様子で、こちらへと視線をちらりと向けた。
周囲からは自信満々な態度での挑発に見えてしまったのかもしれないけれどね。どうでも良いだろう、サクヤだし。
「さて、本日の儂の成果はこれだ! 今までの不遇を帳消しにできるほどの成果だ!」
フハハハと高笑いをしているマッドな博士を前に、くたびれたおっさんは不安に思うのであった。
 




