370話 金狐対銀狼
インターバルは終わり、口元についた生クリームを拭いながらここら辺だったっけ、さっきの場所? いや、そこらへんじゃなかった? と二人は先程対峙していた場所まで戻る。
なんだか物凄くアホなやりとりに見えるが陽子は気にしなかった。ポンコツ風味なクール系狐娘は多少のことでは動じない模様。多少のことかどうかは本人の意識による。
「良いだろう! 第二ラウンドの始まりだ!」
さっきまでインターバルなのでと、クレープを食いまくっていたアホな姿はなく、シリアスな言い方であった。
「二人共がんばって〜」
インターバルが終わり、気楽そうな可愛らしい声音での応援がどこからか聞こえてくるので、瑠奈は戦う前から疲れていたかもしれない。
「第二ラウンドの始まりだな! 俺の力を見て驚くなよ!」
もう陽子のポンコツさを見せてもらい驚いている瑠奈は不敵に告げる。気を取り直して戦う心へと変えないと負けそうだからだ。ポンコツでもこいつの力は本物なのだから。
「ふっ、こちらのセリフだ。ゆくぞっ!」
クンと手首を捻ると陽子のチェーンブレードがまるで生き物のように、蛇が首をもたげるように浮かび上がる。人外の筋力をもつとはいえ、手首の返しだけで重量のある金属の塊をこうまで容易く動かすのは血のにじむような練習が必要だったろう。
「切り裂け! チェーンブレード!」
ついに腕を振り上げて、チェーンブレードをダイナミックに動かす陽子。ビルの中をまるで大蛇が激しく動くが如く縦横無尽に振り回す。
コンクリートをまるでプリンのようにサクサクと抵抗なく砕き地面には溝を、壁には亀裂を、柱は砕き、うねって瑠奈へと迫る。
「ちっ、少しだけやばいか」
チェーンソーのように小刻みにチェーンブレードが震えながら迫ってくるのを見た瑠奈はその威力を見て舌打ちする。まさか、あんな趣味武器がここまでの攻撃力を発揮するとは考えてもいなかったからだ。
瑠奈は右手に風を集めて多少の質量をもたせるように念じる。風が集まったと思ったら緑色の手甲のように右手を覆う。
瑠奈が懸命に練習した風の超能力だ。微小ではあるが質量が発生して、敵を斬り裂く刃となる。
チェーンの軌道はうねる蛇のような動きで見極めることが難しい。それでも目の前まできた刃には対抗はできると狼少女は迫る攻撃へと右手を振るう。
カチンと金属音がして弾くが、ゆらりと弛むだけであまり距離はとれなく、しかも先端ではなく、長く伸びる刀身の部分も一瞬弛んだと思ったら勢いよく迫ってくる。チェーンならではの攻撃だ。
「くそっ! 厄介だな」
瑠奈は空中に風の足場を作りながら、連続で腕を素早く振って続く敵の攻撃を弾き返す。
「やるなっ!」
「当然だ! 死角は私にはないっ!」
得意気な声音での返答を陽子はしながらも、チェーンブレードの力を存分に使うが如く腕を振るう。
周囲は砕かれ、削られたコンクリートの破片が散らばり、砂埃が舞う。チェーンブレードがうねり、破片が散らばるそれらの光景を見て、瑠奈は拳を握りしめグッと歯を食いしばり叫ぶ。
「これならどうだ! 瞬動拳!」
足元に風の力を集めて爆発させる瑠奈。その風の勢いでブレるように身体が掻き消えて、次の瞬間には陽子の前へと移動していた。
「たりゃー」
左腕を引き絞り拳を繰り出そうとする瑠奈であったが、その光景を見て陽子は眼前に指輪の嵌められたおててを掲げる。
「突風よ!」
ズンと陽子を中心に突風が巻き起こり直線状にいた瑠奈は風に当てられてしまう。それでも好機を逃すまいと地面へと力強く足をつけてやり過ごそうとする瑠奈。
靴が擦れて熱さを持つ中で再びの瞬動拳を使おうとする瑠奈であったが、離れないと見てとった陽子はさらなる魔法の力を発揮する。
「拘束せよ、魔法の糸よ!」
ブワッと瑠奈を簡単に覆う大きさの白い網が陽子の手のひらから放たれる。謎の少女にとっては見覚えのある魔法である。見覚えがあるというか記憶にある魔法だ。
「魔法の網! 紙のゲームではお世話になる魔法ですね。リプレイ小説でたくさんプレイヤーが使っていました!」
呑気にそんなことを言う謎の少女であるが、正面からまともに受けた瑠奈にとっては致命的であった。粘着力のある白い糸が身体に巻き付き拘束してくるのだから。
不思議なことにピッタリと身体と地面を繋げるようにくっついて動きを阻害してくる魔法の網。
「動けねえ! このこの!」
手足を振り回そうとして、ムリヤリ動こうとする瑠奈へとチェーンブレードが鞭のようにしなりながら頭上から迫りくる。謎の少女はそれを見て、僅かに腰を落として介入しようとするが、瑠奈は気合いの叫びを上げて制止してくる。
「まだだっ! 俺はまだ戦えるからなっ!」
瑠奈は極限状態にある自分の力を信じていた。その力を内包するレジスタンスとして活動していた頃の戦う力を信じていた。
ならばこそ気合いを入れて、身体に超常の力を凝縮するように溜めていく。
そうして臨界に達したと瑠奈は両手を振り上げて、その力を爆発させる。
「でやあっ!」
竜巻とも思われる風が瑠奈を中心に吹き荒れて、チェーンブレードの軌道をずらし、その風圧は部屋を吹き荒れていくのであった。
瓦礫を吹き飛ばし砂埃を巻き起こす。その竜巻が発生したような風圧で瑠奈の姿が消えて、その威力に思わず陽子は腕で顔をガードして呻く。
「まだこんな力を! 稲妻よ!」
ビシャリと陽子の掲げる指輪の一つから一条の稲妻が弾けて瑠奈のいた場所へと向かうが手応えはなく、拘束が破られて消えていく魔法の網のみが陽子の視界に映る。
「クッ! どこにいった?」
慌てて敵の姿を見ようと狐の耳を使い気配を感知しようとする。
慌てて狐の耳がピクピクと可愛らしく動くのを写真に撮ろうとする謎の少女。
陽子が瑠奈の姿を感知する前にビルの崩れて吹き抜けになっている中階から声が聴こえてくる。
「ここだ、狐娘」
むぅ、と中階にいつの間にか移動していた瑠奈へと仰ぐように見上げる陽子。
「いつの間に? いや、なぜそんなところに?」
疑問を口にする陽子を見て、瑠奈は手に持つ物を掲げてみせる。
それは大判焼きのような大きさの可愛らしいデフォルメされた狼が彫られているメダルであった。
「仕方ねぇっ! 少しだけずるいかもしれないが、そっちはたくさん魔法とかいうのを使うしな。使わせてもらうぜ!」
多少不満そうな表情だが、瑠奈はこのままでは負けると考えて奥の手を見せることにしたのだ。
ガシィッと力こぶを見せるように手を折って狼少女は部屋に響き渡るように叫ぶ。
「超変身! ムーンモフモフ〜!」
そして手に持つメダルを変身ベルトへとシャキンとつける。子供が好きそうなギミック付きの変身ベルトはメダルが嵌まると同時に光り輝き銀色の粒子の奔流となり広場を埋め尽くす。
「これは!」
陽子はその光を見て、その眩しさに目を眇める。周囲を覆うその粒子の光はすぐに消えたが、瑠奈のいる場所から声が轟く。
「月光の力を手に入れたウルフガール、銀の輝きと共にただいま見参!」
右手を伸ばして、ニカリと笑い
左腕を掲げて、視線を鋭く
足を構えて、はいポーズ。
「夜道の安全を守る狼戦士瑠奈とは俺のことだ!」
決まったねと、きりりとキメ顔になり登場した狼戦士瑠奈。
その髪の毛も耳も尻尾も美しい白銀となり、宝石のような輝く黄金の瞳。頭には鉢金をつけて、手甲、脚甲をつけ、武士のような武者鎧を装備していた。武者鎧といっても背中にはメカニカルな小型バーニア、胸はビキニタイプの装甲でよくこの製作者はわかっているねと感心する。だが、やっぱり服の上からなので肌色は少ない。服がなければおへそが見えたかもしれないが。
「説明しよう! 大上瑠奈は武装戦士である。その力は常には可愛らしい狼少女だが、真の力はKO粒子を内蔵した武装装甲ワンちゃん一号を着装した時なのだ!」
謎の少女が立ちあがり、フンフンと興奮しながらキャッキャと無邪気に説明をする。説明係も楽しそうだったので、一度やってみたかったのだよと嬉しそうだった。そして相変わらずネーミングセンスが酷い。
「クッ! なんとかっこいい。私も欲しい! だが、魔法の力は機械などには負けはしない!」
悔しがりながらも、陽子はさらなる魔法でポーズを決めた瑠奈へと指を指す。
「魔力の理により矢よ敵を貫け!」
三本の白く光る魔法の矢が指輪から勢いよく放たれて、高速で瑠奈へと向かう。それを見てとった瑠奈はジャンプをして身体を翻して躱そうとするが
「無駄だっ! 絶対必中の魔法の矢だ。逃げられはしない!」
陽子が瑠奈の動きを見て、得意気な声音で叫ぶ。その言葉通りに魔法の矢は瑠奈の動きに合わせて飛翔するその軌道を大きく変えていく。
それを見た瑠奈は怯まずに反対にニヤリと笑い脚甲のバーニアを使用して大きく飛翔する。バーニアから吐き出された銀色の粒子がキラキラと輝きながら尾を引く。
高速で瑠奈を追跡していた魔法の矢はその粒子に触れると同時にふらりと揺らいで、そのホーミング機能を失ったのか直線的な軌道となり壁へとぶつかり大きな穴を空けるのみであった。
その様子を見て驚く魔法少女。
「馬鹿なっ! なぜ魔法の矢が?」
「またまた説明しよう! KO粒子は善なる粒子、魔の力はその退魔の粒子により威力を減じるのだ!」
再びの謎の少女の説明である。かなり嬉しそうで、もはや顔が輝いていた。周りに黄金の粒子が見えるかもしれない嬉しさだ。
瑠奈はバーニアの噴射で空中を移動しながら、おててをピッと手刀の構えにする。
力を手に込めると先程と違いはっきりと形作る風の刃。
「今度はこっちの番だぜ!」
手刀を牙にみたてて、瑠奈は拳を構えて陽子へと突撃する。
「クッ! 唸れチェーンブレード!」
陽子は近づく瑠奈へと腕を振りかぶり、手に持つチェーンブレードを翻す。ギャリギャリと周囲を削りながら大蛇が喰らいつくように襲いかかるチェーンブレード。
迫るチェーンブレードへと今度は力を込めた手刀で迎撃する瑠奈。先程と同じく弾くのみですぐに態勢を立て直すつもりの陽子はチェーンブレードを握りしめる力を強くするが
「ファング!」
叫ぶ瑠奈の手刀は硬質な超合金でできたチェーンブレードを反対に斬り裂く。素早く二回、三回と振り抜きバラバラへとその姿を変貌させるのであった。
そのままバーニアを噴射させて、一気に陽子へと肉薄する瑠奈。陽子はその姿を確認しながらも、なぜか周囲を気にして隙を見せていた。
隙を見逃す瑠奈ではない。矢のように飛び込むと右手を霞む程の速さで突き出す。
「龍の鱗が肌とならん!」
なぜか隙を見せていた陽子はすぐに防御の魔法を使用する。あっという間に毛皮が、その肌が、服がすべて龍の如き硬さへと変じる。
気にせずに瑠奈は陽子の胴体へと拳を突き刺す。ふわりと魔法少女の身体がその威力で浮き上がり吹き飛ぶが、その感触は硬くダメージを与えたとは思えずに瑠奈は舌打ちする。
ビルの壁をぶち破りながら吹き飛ぶ陽子であるが、苦々しい表情ではあるが動きに障りはなくスックと立ちあがりパンパンと埃をはたく。
そしてキッと責めるような視線を瑠奈へと向けて抗議する。
「ファングと言ったじゃないか! 遠隔操作のビットが襲ってくるだろうと予測していたのに騙したな!」
「なんじゃそりゃ? ファングって言ったら牙だろ? 遠隔操作のビット?」
なにを言っているのか理解できずにコテンと首を傾げてしまう瑠奈。
「たしかにファングと言ったら、遠隔ビットですね。その抗議はわかります。陽子さんに有効!」
ちっこいおててを陽子へと掲げて、わかるわかると頷く謎の少女。ロボットアニメでそんな武器があったのだよと。そして柔道のルールにいつの間にか変更されたのだろうか。
アニメを知らない瑠奈だけ置いてけぼりであったが、気にせずに陽子の手元を見てフフンと笑う。
「ずいぶん指輪が輝きを失っているみたいだな。魔法の力が尽きてきたか?」
「……そうだな。そろそろ決めないとまずいだろう。月光にて獣は踊る!」
陽子はその挑発を受け流して次なる魔法を使う。月の光が指輪から仄かに零れ落ちて魔法少女の身体を覆うと、ミシミシと少女の身体から軋むような音がして、その姿を狐人へと変えていく。
可愛らしい狐耳と尻尾だけの少女はいなくなり獰猛そうな爛々と金色の瞳を輝かす猛獣がそこにはいた。二本足で立つ狐は口から舌をだして涎が零れ落ちる。
「これこそ私の最終形態! 貴様に勝ち目は万の一つももはやない!」
グハァ、と息を吐いて瑠奈へと告げる陽子。
「あわわわ、魔女化、魔女化しちゃいましたよ! 浄化するには概念化した魔法少女が必要です!」
可愛くない獣になっちゃったと、口元に手をあてて慌てるアホの少女は放置して瑠奈は陽子を観察する。
先程よりも力があるだろうし、その前にかけた魔法の防御は有効そうだ。自分の力では倒すことができないだろうと予測する。
「昔の俺なら倒せなかっただろうな! いくぜっ、最後の攻撃だっ! リミットブレイク、わんわんモード!」
その言葉を合図に武装装甲ワンちゃん一号に貯蔵されていたKO粒子がすべて吐き出されて、瑠奈の身体を覆うと同時にその姿を掻き消す。
いや、掻き消すような速度で瑠奈が移動し始めたのだ。粒子の残像を残しながら高速移動する瑠奈。
「グッ、負けるかっ!」
陽子もコンクリートの床を蹴り砕き高速で移動を開始する。
二人の金と銀の光が混じり合い、廃墟に戦いの音が響き渡っていく。一般人では視認もできないかもしれない速度で殴り合う二人。たまに残像が残り、戦いが行われていると理解できるだけだ。
だがその戦いも長くは続かなかった。銀色の粒子に蝕まれていき動きを段々と鈍くする陽子へと瑠奈が連撃を叩き込んだからだ。
パパパパと陽子の身体が銀色に輝く。瑠奈の攻撃により打ち込まれた箇所に銀色の粒子が残っていく。
ダンッと床を砕き着地する陽子へと瑠奈はトドメの一撃を繰り出す。
「狼牙風神拳!」
右手に宿した風の刃を陽子へと振り下ろす。淡い残光を残しながら、その手刀は陽子の金色の毛皮、先程はあっさりと防いだ強大な硬さを持つ毛皮を袈裟斬りに斬り裂くのであった。
手刀での一撃を受けて、グラリと身体をよろめかせて膝をつく陽子。カハッと血が吐かれて、獣と化した姿が元の少女へと戻っていく。
「カンカンカンカン、35分51秒。決め技は狼牙風神拳! 大上瑠奈のKO勝ち〜!」
謎の少女がぴょんぴょんと飛び跳ねて、手に持つトライアングルをキンキンと鳴らしながら勝負が決したことを宣言する。
「それやめろよな、なんだかプロレスを思い出すぜ」
瑠奈は粒子が無くなり、ただの重たい荷物と化した装甲をパージしながら疲れたようにツッコミをいれてくる。プロレス嫌いだったっけ? と謎の少女はコテンと首を傾げてしまう。
「ま、まだ負けていないっ! わ、私は死んだ両親や友人のために、この世の妖魔という妖魔を滅するために、強くならねばならんのだ! 炎よ、敵を」
まだ輝きが残る指輪を掲げて戦いを続けようとする陽子。だが、その身体は限界にきていたのだろう。ふらっと身体が揺らいで倒れようとするが
「かなりのアホウぶりであったが気概は感じられた。まぁ及第点としておくか」
後ろに倒れ込む陽子を支えた者が現れた。先程までは影も形もなかったはずなのに。
老齢に見えるお爺さん。見るからに魔法使いという感じの老人がこちらを見ながら口を開く。
「久しぶりだな、小さき女神よ」
「……久しぶりですね、魔法使いのお爺さん」
緊張感を漂わせて謎の少女は突如として現れた魔法使いへと真剣な表情で返答する。
内心で危険な相手だと感じながら。
なぜならばこのお爺さんは誰だっけと、魔法使いらしき相手をさっぱり覚えてなかったので。




