369話 激闘!獣たちの戦い!
瑠奈と陽子は立ちあがり、戦いの予感に緊張の表情となって、少し離れた場所でお互い間合いをとる。
謎の少女は戦いの予感に恐怖に慄いて、少し離れた場所でビニールシートを敷いて、おやつを取り出す。慄いているに違いない。コップにジュースを注ぐ手が震えているかもしれないし。
なんだか、なんだろう、少し変じゃねと瑠奈が謎の少女を横目で見てくるがスルーである。だって自分で戦うと言ってきたのだから止める気はない。いや、死にそうになったら止めるけれどね。
陽子はふてぶてしい態度で、冷酷な声音で瑠奈へと最後通告をする。
「これが最後だ、降参したといえば戦いはしないぞ。どうするんだ?」
もちろん瑠奈の答えは決まっていた。どうやらこの相手は普通ではないと感じ取ったし、最近は平和なので腕が鈍るからどうしようと悩んでいたところでもあるのだ。
なのでニヤリと犬歯を見せて答える。
「戦うに決まっているだろ。俺が勝ったら総合格闘技グループわんわん隊に入ってもらうぜ!」
なにその可愛らしいグループ、私も入りたいと謎の少女がキラキラと目を向けるが
「入ったら明日からみっちりと練習だぜ! そして勧誘と他にお金を稼ぐために仕事な!」
瑠奈の言葉にやっぱりいいや、遠慮しますと目を逸らす怠惰な謎の少女である。練習? ステータスボードをポチれば良いよねという、世の努力家が怒るようなチートなぼでぃなので。
「良いだろう! 私の力を見て恐れ慄くが良い!」
バッと陽子はローブを脱ぎ去るとその下は革ジャンGパンであった。形から入る少女なのだろうとわかる姿だ。
だが、その姿に似合わない物があった。中世のバイキングが着ていそうな荒い作りの毛皮のマントを羽織っていたのだ。
ん? と瑠奈は陽子に似合わないゴツい毛皮のマントを見て警戒する。明らかに普通じゃない。
得意気な表情でマントを掴んて叫ぶ陽子。
「見よ! 我が師に頂いた最高の魔道具、その名も金色の獣」
バッと両手を振り上げてグルンと回してポーズをする陽子。
「月光の輝きは毛皮に宿り、羽織るものに獣の力を与えん!」
叫ぶそのセリフに謎の少女は恰好良いと目を輝かしてクッキーをリスのようにカリカリと齧る。その姿は愛らしさ抜群である。
邪魔しかしない謎の少女は放置して、空間に超常の力が満ちていく。闇夜に輝く月の光。日が落ちて来て暗くなってきた周囲をその光は照らしていく。
そうして陽子の姿は変わっていく。毛皮のマントから動物の毛がぞわぞわと伸び始めて身体を覆っていく。長い髪の毛は金色へと変わっていき、その瞳が金色となる。
ピョコンと髪の間から獣の耳が覗き、お尻からは毛が長い尻尾が生えてくるのであった。
「ふぅぅぅ〜、これこそ私の力! 魔導戦士陽子とは私のことだ!」
キリッとした冷酷な視線で瑠奈へと告げる魔導戦士陽子。
ポトッと手に持ったクッキーを落として、その姿に恐れ慄く謎の少女。まさか、そんなと呟くその姿に陽子はフッと笑みを浮かべて胸を張る。
「どうやら私の異形の姿に驚いたらしいな。少女には悪いことをしたか」
ニヒルにクールに呟く陽子を見て、ついに恐怖からか叫び声をあげる謎の少女。
陽子はピンと張った狐の耳、ふさふさの尻尾にビキニタイプの獣の毛皮が胸と腰を覆っている。なんと、この魔道具を作った人はよくわかっていると感心してしまう。惜しむらくは、服の上から獣の毛皮で覆っているので肌色は少ないというところだろうか。
「キャーキャー! 狐っ娘です! 狐ですよ、瑠奈さん! ふさふさの尻尾です! 触らしてください!」
恐怖の叫びで混乱したのか叫びながら、フラフラと陽子にちっこいおててを突き出して近寄ろうとする。
「待て待て、俺だって凄いんだぜ! 変身、モフモフ〜!」
俺だって可愛いんだぜと、変身する瑠奈。同じではないが耳と尻尾が生えて狼っ娘へと変わった。謎の対抗心で変身する狼っ娘である。
「何ということでしょう! 私の身体は一つだけ! むぅ、どちらを愛でれば好いのか……。二人共私の前に並んでくれませんか? かわるがわる愛でたいと思いますので。ブラシもありますよ」
フンフンと鼻息荒くなんとなくエロチックなことを言う少女がブラシを手に持ち提案するが、陽子は謎の少女の襟を掴んで片手で持ち上げてビニールシートの場所へと運ぶ。
「恐怖に包まれた心を落ち着けるが良い。少し力を見せつけてしまったか」
私の力は罪だなと、勝手に納得してウンウンと頷く陽子。ビニールシートの上に置かれたので、一所懸命におててを伸ばして陽子のふさふさの尻尾を触ろうとする謎の少女。
こいつ全然周りを見ていないのな、と呆れてしまう瑠奈。どうして無邪気に尻尾を触ろうとする少女の姿を目に入れないのか。なに、この人は近眼?
ひらりと陽子は人間では不可能なジャンプをして、再び瑠奈の前に降り立つ。
「狐と狼、どちらが強いかわからせるとしよう。ん、そういえば、貴様は先程瑠奈と呼ばれていたような……」
「リングネームだぜっ! 戦うときは大上瑠奈と名乗っているんだ!」
「なるほど、リングネームか。たしかに戦う人間にはありがちだな」
謎の少女のうかつな発言を雑に誤魔化す瑠奈であったが、陽子はあっさりと信じた。ポンコツなクール少女だと理解できた瞬間でもあった。
そんなポンコツ少女はポケットからなにかを取り出す。見ると宝石がつけられた指輪であり、合わせて十個、すべての指へと嵌めてしまう。
「ん? なんだよそれ? ナックルのつもりか?」
それにしては豪華な指輪だとコテンと首を傾げて不思議な表情になる瑠奈であったが、陽子は口元を曲げて答える。
「気にすることはない。魔導戦士の装備というやつだ。そしてそこの少女よ、おとなしく座っていなさい、ここは危険になるからな」
懲りずにぽてぽてと陽子へと歩き出した少女へと注意をするので、渋々とビニールシートの上におとなしく坐って見学モードになる。そして瑠奈は尻尾を振って、少女へとモフモフさをアピールしていた。
「さて、では行くぞっ!」
まったく謎の少女の妨害を気にしないマイペース狐っ娘は身構える。やれやれようやく戦いかと瑠奈も真剣な表情へと変えて身がまえて、お互いの死闘かもしれない戦いは始まるのであった。
「二人共がんばれ〜」
鈴を鳴らすような可愛らしい応援の声がシリアスをぶち壊しているかもしれないが。
ドンッと少女の小柄な体躯に似合わない力を込めた踏み足の音をたてて陽子が瑠奈へと迫る。アホな言動のわりに訓練された動きだと瑠奈は判断して身体を半身にして迎え撃つ。
「私の力を見よっ!」
陽子はギュギュッと足を踏み込んで、ピュンと風を切るような音をたてて左拳からの鋭いジャブを放つ。
「チッ! ボクサーか?」
放たれたジャブは練習を積み重ねた重みを感じる鋭さであり、瑠奈は左腕でガードをしながら左足から牽制の蹴りを入れようとする。
軽くても獣人の力を込めた蹴りだ。陽子のジャブも強力で恐らくはヘビー級世界王者の渾身の力を込めたストレートよりも強いだろうが、蹴りの分その力はより強力であった。
だが瑠奈の蹴りを少しだけ身体を下げて右足をスイっとあげて、上手に躱すとそのまま持ち上げた右足で瑠奈の頭へとハイキックを放ってくる。
「うおっ!」
蹴りを透かされて体勢を崩した瑠奈は左腕でカバーするが、受け止めきれずに吹き飛んでしまう。
ザザッとコンクリートの地面を擦りながら転がる瑠奈。だが、転がった勢いを利用してそのままコロコロと転がり間合いをとったあとに立ち上がる。
「いってて……。まさかボクサーじゃないのか?」
擦れた箇所を擦りながら、瑠奈は陽子へと尋ねる。
今のキックも手慣れていた。あまりにも素直に蹴りを入れてきたのだ。ハイキックなんてかなり練習しなければ放つことはできない。漫画などと違い、練習しなければ足をもち上げるだけでもひと苦労なのだからして。
「そのとおりだ。私は崩壊前も今もキックボクシングの練習を欠かしたことはない。……いや、師に助けられるまでは欠かしていたか」
フッと、悲しそうな表情を一瞬浮かべるが、すぐに怜悧な表情へと戻す陽子。
「チッ! 今度はこちらの番だなっ!」
ドンッと地面を蹴り上げ、散らばる破片を踏みながら突進する瑠奈。ひゅっ、と息を吐きながら右腕を引き絞り突きを繰り出す。
陽子は左腕でその攻撃をガードすると、瑠奈はそのまま左腕を引き絞り突きを繰り出し、ガードされるや右足を振り抜くように陽子の顎へと攻撃する。
だが陽子はスウェーをして、瑠奈の右足が目の前で振り上げられるのを冷静に見ながら今度は左足を支点に鋭い動きで右足からのローキックを入れてきた。
「ぐっ!」
瑠奈はその攻撃を躱しきれずに受けてしまう。最初の一撃が命中すると見るや、ミドルキックで胴体に、体を揺らす瑠奈の足へと再度のローキックを繰り出してくる。後ろへと押し下げられる瑠奈。
強力な連続攻撃に思わず地面に手をつけてしまう。
「くそっ、足癖が悪い奴だぜ」
痛さで呻く瑠奈へと冷ややかな視線で陽子は声をかける。
「見たところ拳法家か。フッ、テレフォンパンチなぞキックボクシングの相手ではないな。それでいてよく総合格闘技を始めると言ったものだ。連戦連敗は間違いないな」
「へっ! よく聞く話だな、こんにゃろーめ! だけどな、力なんてのは練習の積み重ねだ。その重さがそのまま力になるのさ、どちらがつえーなんてそんなもんだ!」
自身の努力は裏切らないと信じる重みのある言葉を紡ぐ瑠奈。ペッと血の混じったツバを地面へと吐く。
さすがは瑠奈さん。そうだよねと、ボタンをポチリでパワーアップする努力という辞書を知らない少女が、ウンウンと軽く頷く。その頷きはどんな物質よりも軽いに違いない。
フッと笑みを浮かべる陽子であったが、そこには翳りが見えた。苦々しい声音で瑠奈に対して返答をする。
「私も昔は信じていたさ。だが、人間如きの力では足りないのだ。人間を超える力が必要なのだ! 私が異形となって力を手に入れるように、貴様もその姿になれるのならばわかるだろう」
「……たしかにこの力はすげえ。たしかにわかるところもある。だがそれでも俺は自分の力が根本にあると信じているぜ!」
ニッカリと快活な太陽のような笑顔を浮かべる瑠奈。それを見て、眩しいものを見るように目を細める陽子。
ギャーと吸血鬼のように心が傷んで目を覆う謎の少女。
「だからお前も練習をしてきたんだろ! そんな悲しいことを言うお前の目を冷まさせてやるぜっ!」
「良いだろう! 拳法家如きに負ける私ではない!」
二人は足元を蹴り、凄い勢いでぶつかっていく。
その青春映画のような二人だったが、またもや右腕を引き絞る瑠奈。その様子を見て、受け流そうと立ち止まり身体をずらそうとする陽子であったが、瑠奈は右拳を放つのではなかった。
ダンッと右足を踏み込むと同時に右肩を突き出して、肩から身体ごと突撃する。
「はっ!」
瑠奈の予想外の攻撃に今度は陽子が身体をよろけさせる。その隙を狙い違わず、今度こそ右腕を引き絞り再度の踏み込みを強くする。
強き踏み込みでコンクリートにヒビが入り、瑠奈は右拳を陽子の胴体へと突き刺すのであった。
「ぐうっ!」
今度は陽子がコンクリートの地面へと叩きつけられて吹き飛ぶ。瓦礫を蹴散らしながらも吹きとび壁へと叩きつけられる陽子を見てビシッと指を突きつける瑠奈。
「どうだっ! テレフォンパンチでもそれなりに痛いだろ」
今の突きは会心の入り方をしたと瑠奈は確信していたがそれでも立ち上がるのが獣人だとも理解していたので警戒は緩めない。
「そうか……なかなかの攻撃だった。たしかにテレフォンパンチでも強力だな。認識を改めることにしておこう」
フラフラと立ちあがり、それでも獣人の再生能力でみるみるうちに回復していく。恐らくは毛皮の超常の力が尽きるまでは格闘が続くと考えていた瑠奈であったが、その考えは間違っていた。
「……今度は魔導戦士としての力を見せよう。剣の指輪よ、その力を解放せよ」
陽子の言葉を合図に右手につけられていた指輪の一つが光り輝き、次の瞬間にはその手に剣が握られていた。
しかもその剣は見覚えがあると、謎の少女は気づく。
「あぁ〜! ドロボー! ポニーダッシュのチェーンブレードじゃないですか、小さくなってますけど、私は騙されませんよ!」
プンプンと頰を膨らませて怒る謎の少女。どこで拾ったんですかと尋ねると陽子は剣を持っている手首を返す。
それと共に剣はチェーンへと変形してシャラシャラと金属音を奏でながら地面へと流れるように伸びていく。
「これは蟻の巣で拾った物だ。悪いが返すつもりはない。交番もないしな」
最後の一言がどことなく余計な感じはするが、陽子は不敵な笑みで返答するのみであった。
そうして瑠奈へと凍えるような声音で自身の意思を伝える。
「私は魔法の力を手にする。その第一歩がこの魔導戦士としての姿だ。悪いが私の踏み台となってもらうぞ」
シャランとチェーンをまるで生き物のように操りながらの言葉に冷や汗をかく瑠奈。チェーンブレードを扱うその姿もかなり手慣れており、かなりの練習をしたのだろうと理解したからだ。まったくこの相手は力が欲しいと言いながらもかなりの努力家だと感心する。
「瑠奈さん、あの指輪はたぶんすべて強力な超常の力を持っています。気をつけてくださいね。というかギブアップしますか?」
謎の少女がさすがにシャレにならないかもと、小首を傾げて警告をしてくるが、ニヤリと獰猛な笑みで返答する。何しろ答えは決まっているのだから。
「俺は総合格闘技を目指しているんだ。それなのにちょっと変な力を使う対戦相手だからって逃げていたらきりがないぜ!」
「痩せ我慢にしてもその答えには感心する。良いだろう、この夕月陽子がお前の最後の相手になるだろう!」
「へっ! 痩せ我慢でもなんでもねぇよ。なにしろ俺も超常の力を使うからな!」
瑠奈は体に力を集中すると、自分の周囲に風が逆巻き集まっていく。髪の毛を風でなびかせながら陽子へと不敵な笑顔で言う。
「第二ラウンドだ。今度の俺は少しばかりつえーぞ」
「フッ、先程までとは違うと言うことか。良いだろう、魔導戦士の真髄を貴様に見せてやる!」
瑠奈の周囲に風が急速に集まっていくのを見て驚いたが、直に気を取り直す陽子。
超常の力を使った第二ラウンドが今始まったのであった。
「その前に休憩を入れましょう。第二ラウンドを始めるならインターバルは必要ですよね、スポーツドリンクがありますよ。あと、生クリームたっぷりのクレープも」
始まらなかった。謎の少女が邪魔をしてきた。
「そのとおりだな、頂こう! クレープはどんな種類があるんだ?」
強く頷き、てこてこと謎の少女の元へと歩いていく陽子。
はぁ〜、と深くため息を瑠奈は吐いて、その様子を見る。
「おい、インターバルは五分な? きりがないから、お前もあんまりおやつを出すなよな?」
瑠奈は肩透かしをされて、なんだか疲れたなぁ、でも総合格闘技にもインターバルは必要だよなと思い直しながらおやつを食べに謎の少女の元へと行くのであった。
10分後、超常の力を使った第二ラウンドが始まった。たぶん。




