36話 おっさん少女は行商をする
何階建てだったろうか、新市庁舎は高層ビルに入っている。確か上層階は全て新市庁舎だったはずだ。
崩壊した世界でも人が住んでいるせいなのだろう。新市庁舎は周りのビルと比べると明らかに綺麗である。周りのビルが窓が割れて薄汚れる中に、その高層ビルだけはガラスの窓もピカピカに光り、崩壊前の世界を思い起こしている。
だが、よくよく見ると間違いだ。窓は下層は窓ガラスにガムテープが張られており割れた時に、ガラスが砕けた際散らばらないようにしている。新築ビルの正面門は机やらロッカー。そして車をバリケード代わりにしているのだろうか。受付ロビーに突っ込んで外からの侵入を防いでいる。
ちらほらと中層辺りから視線も感じるので、監視をしているのだろうと遥は思う。中層からは梯子が伸びており、そこから出入りしているのだろう。
崩壊したゾンビが徘徊しミュータントが人を殺さんと周りを探す中にある人々のコミュニティがそこには存在しているのであった。
そんな新市庁舎の前にどでかい給水車が来たのだ。プシューっとエアブレーキの大きな音を立てて停止した。もしもガソリンを積んでいるトラックならば、そのまま突っ込んで大火事になり、何かゲームのOPになっていたのかもしれない。
しかし、この車は水を積んでいる。ついでに給水車の牽引しているタンクローリーの上には、山と色々荷物を積んでいた。アイテムポーチに入れるわけにはいかなかったので、全部積んできたのだ。
もしも高性能レキぼでぃではなく、おっさんであれば、その重量でトラックは動かなかったかもしれない。おっさんぼでぃで来なくて正解だった計画性のない遥である。
周りのビルにも監視がいたのであろう。バラバラとビルの陰やら、入り口から銃を持っているゴリラと見間違う筋肉軍団が給水車に集まってきた。
給水車で移動中の生存者に見えるからだろう。武器は構えていないが緊張した顔を見せており警戒はしているように見える。
そんな人々の前でおっさん少女は謎の行商人をやるべくアインを起動させた。
毛布の中でコントローラーを起動する。よくよく考えれば仮面は邪魔なだけで必要ないなと横に脱いでおいた。
どっかのニートの如く毛布を被りながら、ゲームをしようとする遥。おっさんぼでぃならば、ニートか何かだと思われても間違いない。
しかし、この体は小柄で可愛いレキぼでぃなのである。外からみてもかくれんぼをしている子供にしか見えないだろう。
「ご主人様、周りにはかなりの人数が集まってきました。準備はOKかと」
サクヤが伝えてきたので、ならば作戦開始だと、ちっこいおててで、ギュッとコントローラーを握りしめてアインを車の外に出す。
「アインでるよっ」
余計な掛け声を上げながら、給水車のドアをガチャリと開けて外にでるアイン。音声をoffにする設定はないのだろうかと探し始めるおっさん少女。
「設定は初期設定固定なのです。すみません、マスター」
左ウィンドウからナインの謝る声が聞こえるので、大丈夫、問題ないよ。きっと元気な健康少女と思われるさと、自分でもかけらも考えていないことをナインに伝える遥である。
ドアを開けて、地面に足をつけるアイン。
うぃーんがしゃん、うぃーんがしゃん、とロボットですよとアピール音を立てながらアインが動く足音がする。
もう、このオペレーションは失敗だねとコントローラーを投げ捨てたい遥であるが、ぎりぎり我慢した。まだまだ、開始もしていないのだ。
「誰だ、お前は何者だ!」
警戒心溢れる姿で、いつか見たゴリラ警官隊長がアインに近づいてきて聞いてくる。
「私は、人類お助けロボット、名前はアインです」
うっすらと笑顔を浮かべて話すアイン。というかうっすらと笑顔を浮かべるのが基本なのである。後はアクションエフェクトを選ばないといけない。
そして、アインが人間ですアピールは最初から諦めたおっさん少女であった。だって動くたびにうぃーんがしゃん、うぃーんがしゃん、と駆動音を立てるんだものと嘆息する。
なのでお助けロボット、アインとする設定をたった今考えたのである遥。大体その場で考える設定はろくでもない事が決まっているおっさん脳である。というかお助けロボットとは昭和時代が匂うネーミングである。なにかヤッターとか聞こえるヒーローのアニメにでるミニメカみたいな感じだ。
「ロボット? 何をしにきたのだ?」
頑張って返答してくれるゴリラ警官隊長。
「はい。私は謎の行商人です。この拠点と商売をするためにやってきました」
なぜか頭文字に謎をつける遥。かなりテンパっている。
ふぅ~と呆れたような溜息をしてゴリラ警官隊長が聞いてくる。もう警戒心は無いようだ。アインを囲んでいる周りも呆れた顔でこちらを見ている。
「何を売っているんだ?」
「はい。まずお風呂ですね。次に水ですね。お風呂に入ればきれいになりますよ。石鹸は勿論、リンスやシャンプーもありますよ」
他に色々役立つものを持ってきたのであるが、遥のお勧めはお風呂である。知力がマイナスに突入していそうなおっさん脳だ。
はぁぁ~と周りも呆れた溜息をついた。ちょっと囲まれているのがマシンドロイドでなく人間であれば可哀そうな空気である。
「水を売っているのか? 何を対価に売っている?」
水と聞いたからだろう。何しろ給水車で来ているのだ。大量にあるのはわかっている。眼光が鋭くなりゴリラ警官隊長が腕を組んで尋ねてきた。
「円で結構です。ドルは100円のレートで扱いますよ」
うちはドルも対応しますと、できるお店をアピールする無駄に設定にこだわる遥である。
日本円で交換できるとびっくりするゴリラ警官隊長。周りも、まじかよ。未だに通貨を使用できるのかと騒然とし始める。
「いくらだ?」
どうやら、意外と楽に商売できる模様であるとゴリラ警官隊長が聞いてくるその姿をウィンドウ越しに見ながら、おっさん少女は毛布に潜ったまま思っていた。
ごぅぅんという音がして、それからバシャバシャと水が給水車に設置した給水ホースから高層ビルの注水バルブに流れていく。
給水車に設置されている蛇口にはタンクが繋げられて、満タンになったら差し替えていく。
せっせと周りに笑顔で働く人々がいた。
「助かった。これでしばらくはもつだろう」
安心した顔でアインに感謝を伝えてくるゴリラ警官隊長。どうやら水の確保が最近は遠出をしないと難しくなってきたと教えてくれた。今回の給水はだいぶ助かったみたいである。
「いえいえ、お助けロボットとしては当たり前のことです」
感謝しろよ、首を縦にふりながら語るアイン。アクションエフェクトの動作を首を横に振り、大したことありませんよアクションをしようとして、選んだアクションエフェクトを縦に振るを選択してしまった遥。
まぁ、よくあることである。ネットゲームではお礼を言おうとしてなぜかいつも踊るアクションを選ぶおっさんである。大した違いはないとスルーすることにした。
「お風呂、お風呂はいかがですか?」
そして、水しか買ってくれないので、お風呂アピールをする遥。お風呂に生存者を入れることに使命感でも持っているのだろうか?
「ふむ、それだけ言うならば仕方ないか。次回も水の給水は可能なのかな?」
無駄に水を使うことを嫌っているようだ。まぁ、当たり前だ。朝倉家のようにじゃんじゃか使って、最近はジャグジーバスもある家とは違うのだ。
「勿論です。お求めならばすぐにお持ちしますよ」
アインが横に首を振って行動と言動をちぐはぐにして答える。もう機械操作スキルが仕事をしていないなぁと、自分のせいではないと思い込むおっさん少女。どうやら感情をしめす動作はlv2の機械操作では補佐していないようである。
「そうか、それならばお願いしよう。まずは玄関周りにバリケードを築くので少し待ってくれ」
ゴリラ警官隊長も、しつこく言ってくるアインに妥協した模様。後、アインのちぐはぐな行動にも妥協した模様。できる大人である。
玄関周りにどんどこバリケードを設置していくゴリラ軍団。かなりパワフルである。路駐してある車を玄関周りを囲むようにぐるりと設置した。
「では、お風呂を設置しますね」
給水車の前までアインを移動させて丸ボタンを押す遥。
ひょいと給水車の上に登ってお風呂セットを持ち出すアイン。
うぃーんがしゃん、うぃーんがしゃんと駆動音を立てながら、玄関前に移動する。
玄関前でお風呂セットを使用するを選んで丸ボタン。
そうしたところ、ウィンドウが真っ暗になってガサガサっと音がしてくる。
なんだろうと遥が思っていたら数秒後、災害設置用の仮設お風呂が新市庁舎の玄関前にテントと一緒にできていた。
「えぇぇ~。いやゲームではそうだけどさ!」
驚愕するおっさん少女である。なんで仮設とは言えお風呂が数秒で設置できるのだ。何が起こったのだ。ウィンドウ越しなので何が起こったか、わからなかったのだ。
わかることは、なにやら超常的なことが起きたぐらいである。
周りも驚愕してアインを見ていたのだった。
まぁ、そうだよね。とおっさん少女が可愛く嘆息したところ、給水車のドアがどんどん叩かれた。
なんだなんだと遥が思っていたら、聞き覚えのある声がした。
「レキちゃん、いるんでしょ? お願いがあるの! 死にそうな人がいるの!」
どっかの女主人公の声である。