368話 収穫祈願祭の狼っ娘
接木シティでも収穫祈願祭は派手に行われていた。大通り周辺には多くの屋台が軒を連ねて人々が笑顔で買い物に興じている。岐阜で救助された人々は、僅かだがこの接木シティにも受け入れられた。僅かなのは自分たちもまた救助されたばかりなのと、まだ受け入れられるほどの余裕がなかったからだ。受け入れられたのは親戚が生き残っており合流できた人々だけである。
そんな悲哀の混じったお祭り騒ぎの中を、大上瑠奈はフランクフルトを齧りながら、のんびりと街はずれへと移動をしていた。バリケードが設置されている場所まで来ると、周囲に人がいないのを確認してから素早く乗り越えて外へと出る。
外は闇夜であり、殲滅したといってもまだまだゾンビたちは隠れている可能性が高い。近場であれど危険であると注意を受けている場所だった。
だが、瑠奈は気にせずに慣れた様子で懐中電灯を使い、周囲を照らしながら、てこてこと歩みを進める。
「え~っと………。書いてあったのはここらへんか?」
目の前には薄汚れたレストランの看板があった。なんとか名前を読み取れる感じだが、問題の場所に間違いないと確認する瑠奈。
フランクフルトの残りを口に放り込み、むしゃむしゃとかみ砕いて食べ終わる。
「こんちわ~。呼ばれたから来ました~」
のほほんとした緊張感のない声音で暗い店の中を見抜くように目を凝らす。
その声と共に店の中からローブを羽織った少女が、散らばるガラスの破片をパリパリと踏みながら歩み出て来た。
鋭い視線を向けて歩いてくるのは、ロングヘアーの黒髪、鋭い目つきに引き締められた小さな唇、顔つき全体で見ると凛々しい少女であった。背丈は150センチほどで、15歳ぐらい。背筋を伸ばして歩く姿は凛として美しい。そして鍛えられた風格を少女であるにもかかわらず強く感じられて、瑠奈は気を引き締める。
「逃げずによく来たな」
こちらを見ながら尋ねてくるので、瑠奈は胸を張り意気揚々と口を開く。
「当たり前だ。この俺様を呼び出したんだからな。俺は逃げも隠れもしねぇっ!」
ビシッと指を相手に突きつけて怒鳴る。
「呼んだ理由を教えてもらおうかっ!」
祭りの最中に壁に書かれた落書きを見て来たのだ。どうやら誰も気にはしていなかったみたいだが、瑠奈だけは気になったのだ。
「クククッ! さすがは我が師が気にするだけはある。朝倉レキッ、この私が倒す! 夕月陽子がなっ!」
「へっ、受けて立つぜ、この朝倉レキがなっ!」
瑠奈が気になった落書き。それは朝倉レキへ向けた果たし状と書いてある落書きであった。ここで待つと書いてあったのだが、接木シティの人々は崩壊前に書かれた落書きかなにかだろうと気にしなかった。
なぜならば接木シティでのレキの名は無名に近い。知っているのは親友の俺だけなのだから、と瑠奈は誰が待っているかを確認しに来たのだった。
チンピラ如きなら少し痛い目にあってもらおうと考えていたのだが、相手の様子を見るに少しばかり違う感じがする。なんというか、自分の力に自信がある人物なのだ。しかもレキの力を人伝であったとしても知っているようだし。
バサァッとローブを翻し、真剣な表情で陽子は言う。
「勝負だっ! と言いたいところだが少し待て」
ビシリと瑠奈が身構えるのを見て、手で制する陽子。
「なんだよ! 喧嘩をするんじゃないのか?」
師とやらは知らないが、この少女は身の程知らずにもレキへと喧嘩を売りにきたらしい。ソレならば軽く捻ってやろうと瑠奈は身構えたのだ。人相手ならば変身ベルトを使う必要もないしなと。
だが、止められて肩透かしになる。それを見て陽子は重々しく頷きながら
「すまないな、戦いの立会人もいるのだ。少し待て、そろそろ来るはずだ」
なんつーか、いちいち演技のような仕草をする少女だと考える瑠奈であるが、立会人がいるならば待たないとなぁと律儀に身構えるのをやめる。
「数分ぐらいで来るはずだ。もうそろそろ来ると……」
てってってっと小さな足音が聞こえて来るので、そちらへと視線を向ける陽子。
「む、立会人が来たようだ」
瑠奈も足音の方へと視線を向けてから口元を引き攣らせて、陽子へ気になることを確認する。
「……なぁ、あの立会人はどこで知り合ったんだ?」
「ふっ、祭りの中で出会ったのだ。立会人をしたいという立派な心がけの少女だったのでお願いしたのだよ」
「へー、そんなに適当に立会人を決めたんだ……」
ジト目で近寄ってくる少女を見つめる。少女は両手にうんしょうんしょと一生懸命に荷物を持っていますという風を見せて、たくさんの何かを入れたビニール袋を持って走っていた。
なんというか手伝わないで大丈夫かなぁという危うい感じの保護欲を喚起させる可愛らしい小さな子供にも見える少女であった。そして瑠奈はその少女をよく知っていた。
陽子も同じように危うい感じがしたのだろう。慌てて近づいて少女へと声をかける。
「そんなに大荷物を持って危ないじゃないか。なにを持ってきたんだい?」
優しく声をかける陽子へと、テヘへと小さく舌を出して愛らしさ抜群の笑顔で少女は荷物を陽子へと見せる。
「お土産を持ってきました! 焼きそばに、お好み焼き、たこ焼きも買ってきました! ケバブもありますよ、全部熱々です」
褒めて褒めてと言う小さな少女の無邪気な笑顔に、ウッと胸を抑える陽子。可愛すぎるその姿に撃沈された模様。
キリッとした表情で陽子は瑠奈へと鋭い視線を向けて、手は謎の立会人の少女の頭を撫でながら
「熱々だそうだ。今食べないと、この少女の頑張りが無駄になる。暫し待て」
「へーへー、わかりましたよ。俺にもなにか食べさせてくれよなっ」
なんか気合いが抜けちまったと、瑠奈はそこらへんにある瓦礫へとストンと座るのであった。
「あれ? あの人は?」
コテンと首を傾げて不思議な表情になる少女。自身も見覚えがある相手だと気づいたのだろう。
よっ、と片手をあげて挨拶をする。少女もこんにちはと笑顔で会釈をしてくる。
陽子はその様子に少女からたこ焼きを受け取りながら尋ねてくる。
「知っている相手か? まぁ、有名なのだろうからな。朝倉レキは」
「あー、るーるーるー、朝倉レキさんですか、あのらくが、いえ、果たし状を見て来たんですか」
瑠奈と同じく苦笑をする謎の立会人の少女であった。
もしゃもしゃもしゃもしゃと、熱々のたこ焼きやらなにやらを頬張る陽子。クールに決めたい様子であるのに、なぜに口いっぱいに頬張るのかと謎の少女は苦笑いをする。
レ…、謎の少女は、ウロウロしていたローブ姿の怪しさ爆発の人物を見かけ、気になって声をかけたのだ。なにしろこの間、ローブ姿の中に厨二病患者と出会ったので。
この間まで接木シティはローブにフードを深く被る人ばかりであったが、ようやく安心できる環境になったので、今度は反対にローブを嫌ってフードを被る人はいなくなっていたりする。
極端すぎるが、それだけストレスが貯まる環境であったのだから、その反動なのだろう。そんな中にあって、フードを被りローブを着込んだ人間は必然的にとても目立ってしまうのだった。
なので怪しさ爆発の人の横を通りすぎて、わざと財布を落としたのだ。ネコババされたらどうしようと大金持ちという括りを超えた金持ちなのに、ケチ臭くそう考えた謎の少女である。
件の人物は素直に落としましたよと声をかけてくれたので心底安心した笑顔でお礼を伝えて、屋台のなにかをお礼に奢りますと言ったら、ここには朝倉レキを倒しに来たのでそんな暇はないと答えてきた。
お腹の音をグーグー鳴らしながら。
そうだよね、焼きそばのソースの焼ける音や匂いはお腹を空かせちゃうよねと思いながら、解決策を提示したのだ。
即ち、果たし状をそこらへんの壁に書いて、外で待つ。立会人も必要でしょうから私がやりますね、あとお礼になにか買ってくるので待っていてくださいと。
普通なら少女の提案を頷かないだろうが、謎の立会人の少女は交渉スキル持ちであった。相手に利益があり、お腹を空かせている状況では断ることなどできなかったのだ。交渉スキルは関係なしに頷いたかもしれないけど。グーグーお腹の音がうるさいしね。
それに果たし状は絶対に朝倉レキは見るのだから問題はないのだからして。嘘はまったくついていない。
なので、まずは餌付けだねと大量に食べ物を買ってきた謎の少女であるが、まさか瑠奈が来ているとは思わなかった。果たし状はすぐに消すべきであったと悔やむ。瑠奈のジト目の視線が痛い……。
でも私の、いやいや朝倉レキの代わりに来てくれた事は嬉しい。危険であると予測できたのに来てくれたのだから。
なのでニコニコと笑顔で口パクでありがとうございますと言うと、瑠奈は照れるようにケバブを頬張ったのであった。
食べ終えて陽子はキリリと怜悧な表情で瑠奈へと告げる。
「お腹いっぱいに食べたのだ、少し休もう。30分ぐらいは必要だ、食べてからすぐに動くのは体に悪いしな」
無駄に表情だけはシリアスな雰囲気を出す陽子である。なんだろうこのポンコツぶり。誰かを思い出すような感じがするよ。
謎の立会人の少女も瑠奈も嘆息して頷き合意する。そして気になっていることを確かめることにして、陽子へとここに来た理由を聞く。
「陽子さん、なんで朝倉レキを倒しに来たんですか? 師って誰ですか?」
この間のローブ姿の敵だろうか? でもなんでこの娘が来たのか理由がわからない。
陽子は秘密にするでもなく、簡単に口を開く。口が軽すぎやしないか?見た目と中身が合っていない少女である。
「我が師は魔法使いだ。そして私は師に助けられたのだ。その時に魔法の力を知った、魔法使いになりたいと、力が欲しいと、そして師の力になりたいと強く願っているのだ」
「なるほど、魔法少女になりたいと願うのは少女なら当たり前ですよね」
ウンウンと頷く謎の少女。瑠奈もウンウンと頷き
「俺も助けられたからな。助けてくれた相手には恩を返したいしな。んで、そこからなんで朝倉レキを倒すことに繫がるんだ?」
「いや……私は魔法使いになりたいのであって、魔法少女になりたいわけではないのだ。人をゾンビにするナンとかベーとかとも契約もかわしたくないしな」
物凄く嫌そうな表情を浮かべる陽子。
「魔法を使える少女なんですから魔法少女でよいのでは? 魔法少女陽子!」
謎の少女がワクワクと期待と悪ノリをして聞くが、やはり魔法少女という響きは嫌らしい。魔法使いだと強調をしながら陽子は話を続ける。
「師とは安全なコミュニティを見つけるまで保護して頂く契約だった。今までは安全なコミュニティなんて見つけることはできなかったし、反対に私たちの集団が大きくなってきたから、その契約は成されないと思っていたんだよ」
肩を落としながら、残念そうに言葉を紡ぐ陽子を見ながら謎の少女はその話の帰結する場所が簡単に予測できた。
「私たちのコミュニティを見つけたから、契約は終わりというわけですね?」
その師って誰だろう? 人を助ける魔法使い? なんという格好良いキャラなのだ。私も人を助ける魔法使いになりたい。なんか格好良いよねと目をキラキラさせるアホな美少女である。
たぶん魔法少女には簡単になれるだろう。そしてアホなのでいつまでも絶望しないで魔女を全滅させてしまい、ナンとかベーを困らせる可能性がある。
「そのとおりだ。一目で見ればわかる、豊かな復興を開始したコミュニティ。しかもここは最近解放されたばかりで、もっと復興した拠点が東京にあるとも聞いた」
はぁ〜、と深くため息を吐きながら陽子は瑠奈へと視線を向けて呟く。
「もはや契約は完了した。だが私は弟子になりたいし、師の手伝いもしたいんだ。だから師が呟いていた敵、朝倉レキを私が倒して力を示したいのだ。悪いが貴様には痛い目にあってもらう」
「あ〜……、その手品師は知らんけど、俺を倒せると本当に思っているのか? 悪いが俺は強いぜ、ここに配備されている兵士たちよりもな!」
フフンと胸を張りながら、得意気に答える瑠奈であるが謎の少女は少し不安に思う。目の前の魔法少女は漲る自信を持っているからだ。
フッと皮肉げに口元を曲げて陽子は瑠奈のその言葉を鼻で笑う。
「それは当たり前だろうな、なにしろ兵士たちが救世主と祈っているのを見たことがあるからだ。羽の形をしたネックレスを手に持って熱心に祈っていて驚いたものだよ」
まさか新しい宗教が生まれたとは考えたこともなかったよと肩をすくめる陽子。
ムッとその言葉に眉を顰める瑠奈。たしかにそのとおりだ、この少女は自信を持ちすぎている。
この接木シティに来たということは、軍隊も見たのではなかろうか。戦車にヘリ、空を飛ぶバイクと強力な兵器群。敵ならば不安に思って良いはずなのに、ためらいが見られない。
その答えは簡単だ。自分がそれを上回る力を持っていると確信しているからだ。
どうやらただの厨二病のチョロインではないようだと気を引き締める。
「食後のデザートをそろそろ食べませんか? ミニカステラも買ってきたんです」
はい、これをどうぞとちっこくて丸い砂糖に覆われたミニカステラを陽子へと手渡す。お茶もどうぞと水筒を取り出してコップにトトトと入れる謎の少女。準備万端すぎる少女だった。
キリリと怜悧な表情で瑠奈へと伝える陽子。
「デザートだそうだ。これを食べてから戦おう」
「ほんっとーに戦う気あるの? お前。というか、レレレ、立会人の少女がさっきから邪魔してない? なんか次におやつタイムにしそうな感じなんだけど?」
ついに瑠奈は陽子をチョロインではなく、アホインだと確信して声を荒げる。
謎の少女はバレたかと頬を膨らませて瑠奈へと確認することにした。
「るーるー、朝倉レキさんは戦いたいんですか? バトル希望?」
「あぁ、もちろんだぜ! 強かったら総合格闘技に誘うつもりだしなっ! それに最近腕が鈍ってきたかもと思っていたしなっ!」
ムフンと息を吐いて宣言する瑠奈。最初に来た時と目的は変わったような感じもするが。それでも師とかいうのも気になるし、親友の手伝いができるならやぶさかではない。
「良い心がけだ。私は総合格闘技には興味はないと断ってはおこう。それと私もお前を殺すつもりはないがな。降参すれば、戦いはしないぞ? 私は師の手伝いがしたい、魔法を覚えたいだけだしな。ムグムグ」
陽子が真面目な表情でミニカステラをリスみたいに大量に頬張りながら告げてくる。ちょっとだけ食べるのをやめたらどうかと瑠奈と謎の少女は呆れたりもした。
「なぁ、お前は空気を読めないって、誰かに言われたことはないか?」
聞いちゃったと、口元をちっこいおててで抑えながら瑠奈を見る謎の少女がいたが気にしないことにする。
ムグムグごくんと食べ終わり、コップのジュースを一気に飲み干す陽子。
「どうしてそのことを知っているのだ? ふっ、さすがに救世主と言われるだけはあるな、素晴らしい洞察力だ。それとも魔法かな?」
クックックッと笑みを堪えるようにする陽子。だめだ、この少女は完全に厨二病末期だと思い知る瑠奈と謎の少女であった。もう話をしても無駄だろう、説得するなら大規模なイベントシーンが必要かもと思う二人であった。
「さて、そろそろミニカステラも無くなってきたし、戦いの時間だな」
ニヒルな笑みで立ち上がる陽子。瑠奈がもう邪魔すんなよという視線を謎の少女へと向けると、今度は大福を取り出していたので視線で制する。
仕方ないなぁと大福を袋にしまう謎の少女。
それを見て、ようやく戦いかとピョンと立ち上がる瑠奈。
「へへっ、どんな力を持っているのか見せて貰おうじゃねぇか」
「フッ、見た瞬間に貴様は後悔するだろうがな」
ようやくシリアス風オレンジソースがけみたいな感じになり始めた二人はお互いを睨みながら身構えるのであった。




