367話 収穫祈願祭の続き
収穫祈願祭は三日続いている。それはどこの地方でも同じであり、若木シティから少し離れた場所にある水無月シティも同様である。
目の前には建て直した神社があり、その舞台でシャランシャランと神楽鈴を振りながら舞う巫女姿の二人の少女が見える。美しい少女たちは姉妹であり、おでん屋をしている少女たち。即ち穂香と晶だ。
朗々と祝詞を口にして舞う姿は艶やかで周りで見ている観客たちは目を奪われる。
太陽は沈み始めて篝火が周りでぱちぱちと火花を散らす。大勢の人々がいるにもかかわらず、舞台の舞を見ているために、皆は声を潜めて静かに眺めているのであった。
舞が終わり、巫女たちがお辞儀をすると観客は拍手をして今の舞の凄さを話し合う。美しい巫女たちの舞を見に来て良かったと穏やかな表情で。
次に舞台にあがってきたドサ回りのお笑いアイドル銀髪少女は空気と化していたが誰も気にしなかった。
「ねえ、お爺さん? なんで舞のあとにアレをプログラムに入れたんですか?」
頑張って観客から受けをとろうとなぜか手品を始めた、どの路線でいくか迷走している真琴を見ながら嘆息するレキ。レキというか祭りを楽しむレキに取り憑く魑魅魍魎の遥が言う。
「う〜む……現代のニーズに合わせたつもりだったのだが……駄目だったか? 後半の舞までの中継ぎとして入れたのだが」
水無月志郎は首を傾げて失敗したかのぅと言っているが、誰も舞台を見ずに話し始めたこの空気を見てほしい。そういえば、水無月のお爺ちゃんはこんな性格だったと思い出して、真琴が可哀想すぎるよと嘆息する遥である。ある意味ドサ回りのアイドル未満には相応しい場所かもしれないが。
仕方ないなぁ、ちょっとだけ可哀想だしお手伝いをするかな。
一生懸命に手品を見せている真琴を見て、ドサ回りの運命とはいえ美少女がスルーされているのはなんだかいたたまれないのだ。
「とうっ!」
席を立ち上がり、観客を飛び越えてふわりと舞台へと舞い降りる遥。知っている顔が舞台に突如として降り立ったので、観客は驚き、真琴はもっと驚いた。
「お前っ! レキじゃねえか、久しぶりだな、私とついにアイドルコンビを組むことを決心したんだな」
おっさん少女を見ながら、ウンウンと頷きながらやっぱりいつかコンビを組むと思っていたぜと妄言を吐く銀髪巫女である。あ、もう元巫女か。
常にポジティブ思考な羨ましい人だなぁとクスリと笑い
「ディーさんはどうしたんですか? あの人が脚本家なのにそんなつまらない手品を見せるなんて」
「酷いことを言うなっ! これでもトランプ手品は一生懸命に練習したんだぜ? あと、ディーは私がおでんコントをしたら辞めるって言って去ってったんだ。後で土下座して謝るつもりだぜ、っとと、ですわよ」
「ディーさんにもなにか譲れない線引きがあったんでしょうね、それでそのつまらないトランプ手品ですか。少なくとも舞台の周りは暗いですし、観客からは見えないことをお教えしますよ」
しょうがない人だなぁ、アイドルは仕事を選ばないと。どうしてこんなにポンコツなのだろう。
「でもこの間の佐渡のフィクション映画はどうしたんですか? 結構ヒットしたと思ったのですが」
「ノンフィクションな。あれは売れたから、ほら三部作にするって言っただろ? 第二部は甲府の金山にしたかったんだけど、外出許可が降りなくてうちの近所で撮影したんだよ、そうしたら映像がしょぼすぎてコケた。稼いだお金がパーになっちゃった。やっぱり後ろで見学していた子供たちが映像に映りこんだのが失敗だったかと思う」
「なんで甲府の金山から、自分ちの近所へと撮影場所を変えたんですか。稼いだらすべて失わないと気がすまないんですか」
はぁ〜と嘆息して肩を落としてジト目で真琴を見ると、観客がワハハと笑い始める。どうやら漫才を始めたと思われた模様。
違う、違うんです。こういう助けをしにきたんじゃないんだよ。こら真琴、目をキラキラさせるんじゃない。
「せっかく厳粛した雰囲気なのに台無しじゃないですか。今日は皆さんに私のイリュージョンを魅せましょう」
遥が手のひらをヒラヒラと振ると、それに合わせて水晶のような仄かに輝く蝶が無数に現れる。
ヒラヒラとその蝶の群れは観客の頭上へと羽ばたき暗闇を淡く照らしていく。それは極めて神秘的な光景であった。
「おぉ〜! これは凄い!」
「写真撮らなくちゃ」
「レキちゃんは巫女服に着替えないのかなぁ」
最後の発言者の言葉には、私も巫女服姿を見てみたいかもと頷きながら、さらなるイリュージョンを見せていく。
まぁ、イリュージョンといっても、サイキックウェポンと人形作成、人形操作スキルを使用した単なる超能力の物体なのだが。
サイキックで作った蝶は色付けしなくても美しく神秘的だ。さらにちっこいピクシーへと蝶を変化させていく。
人々はその神秘的な光景に固唾を飲んで見惚れた。ピクシーはそれぞれ可愛らしい少女で手をフリフリしながら空を飛んでいく。
「次は真琴さんの百変化です。変幻自在な真琴さんの服装を見てください。とやっ!」
遥が紅葉のようにちっこいおててをフリフリと振ると、ぽんと煙が巻き起こる。煙が晴れたあとにはバニーガール姿となっている真琴。
「おぉ〜!」
周りがその姿に驚いて拍手をするので、どうもどうもと両手を振って楽しむおっさん少女。真琴もメンタルはダイヤモンドなので、どうもどうもと頭を下げたり踊ったりする。
厳粛とはどこにいったのだろうか。たぶん大気圏を突破して星空へと消えていったのだろう。
そうして次から次へと変化していく真琴や、時折現れる幻の蝶を見て観客は楽しむのであった。
ようやくアホな舞台を終わらせた遥は、苦笑している水無月の爺さんと、水無月姉妹と一緒に薄暗い裏山へと続く道を歩いていた。
「まったく盛り上がるのは良いが扇情的な服装はいかんぞ」
お爺さんが苦言を呈してくるので、そっぽを向く。盛り上がったのだから良いよねと思っているおっさん少女である。とりあえず盛り上げておけば良いよという社会人の時の経験が活きている。本当に活きているかは不明だが。
「バニーの次は猫っ娘に、犬っ娘。耳も尻尾も可愛かったよね~」
てこてこと歩いている晶がアハハと快活に笑いながら感想を言う。可愛いは正義だよね。そうだねよと、うんうんと頷くおっさん少女。
「ふふっ。レキさんのおかげで真琴さんはだいぶ助かったみたいですし良いのではないしょうか?」
お淑やかな雰囲気を見せる穂香がおっとりとした声音で話しに加わるので、水無月のお爺ちゃんはため息を吐いて諦めた。まぁ、自分が用意した演目であるので仕方ないかと。
「仕方ない。来年は儂の刀を使った演武を中継ぎに入れるか」
「いやいや、なんで仕方ないから演武になるんですか。少し方向が違いますよ」
さすがに呆れてツッコミをいれる遥である。演武はないでしょ、演武は。そんなことをしたら、最終的に空手の演武とか拳法の演武とかも入りそうな予感がする。祈願祭とはなんだったのかという話になっちゃうよ。
それは残念だと肩を落とすお爺ちゃんなので、結構本気だったのかもしれない。水無月姉妹も苦笑をしているので危ないところだった。
「それで、こんな裏山になにがあるんでしょうか? 伝説の剣でも岩に刺さっているのでしょうか?」
そうしたら剣術スキルを取得しなきゃと思うおっさん少女。もしも剣が抜けなかったら刺さっている岩を破壊すれば良いよねの精神なので持ち帰らないという選択肢はない。
星の光と後ろの祭りの明かりのみで薄暗い道を歩きながら、水無月のお爺ちゃんがこちらへと視線を向ける。なにか違うみたいだ、本当に何かがあるのかな?
「見てほしい物は残念ながら剣ではないな。剣ならば儂が抜けると思うし、抜けなければ抜けるまで精進するつもりだ。そうではなく、見て欲しいのはこれなのだ」
話しながら歩いていたら、水無月のお爺ちゃんが立ち止まり、前へと指を指す。
遥は指をさされた場所へと視線を向けて、口をぽかんと開けて驚く。
「おぉ~。これは御神木というやつですか? 見て欲しいのはこれですか」
ほぅほぅと感心しながら、目の前に映る光景に感動する。
目の前には注連縄を幹に結ばれたそこそこ立派な木が聳えていた。神木という感じだが、そこまでの大木ではない。子供数人で囲めば胴回りを囲める程度だ。
問題はその周りであった。
周囲には水晶がたくさん生えていたのだ。地面から突き出すようにあちこちに生えている水晶は仄かな光を纏っており、夜に見ると幻想的光景であった。
なるほど、これを見せたかったのねと遥は納得した。ついにうちの庭以外でもファンタジーな世界感が生まれ始めたかと。
あの広大な大樹の聳える大地を自分の庭と言う心をもつ遥である。だって、自分の家だしねと。
パチパチと紅葉のようなちっこいおててで拍手をして、水無月のお爺ちゃんへと声をかける。
「これは幻想的な光景です。凄いです、凄いですよね。この光景を見せたかったんですね、ありがとうございます。良い観光になりました」
「いや、観光をして欲しくて見せたわけではないぞ? この水晶がなんなのか嬢ちゃんなら知っているだろう? 最近光井の娘が集めているそうじゃないか」
苦笑混じりに水無月のお爺ちゃんがツッコミを入れる。
観光して欲しかったわけではないらしい。それに叶得が見つけたのは、ついこの間だ。情報網が凄すぎる。何気に侮れないお爺ちゃんである。
「僕はつい先日サルベージギルドってどんなのかな? って見に行ったんだ。そうしたら薬草じゃないけど、近場でこの水晶を集めるクエストが常時クエストとして張り出されていたんだ。クエストというか買い取り推奨で。水晶だけに?」
晶が頭の後ろで両手を組んでのほほんと言う。どうやら凄い情報網じゃなかった模様。なんだ、関東圏内に情報を集めるシステムを作っていると思ったのに、残念である。あと、寒いギャグは美少女だから許されるんだよ、晶さんや。
「これはなんなのでしょうか、レキさん。不思議な石です。突如生えてきたのもそうですが、美しい水晶なうえに、不思議な物ですし」
「これは関東圏内に生え始めたライトマテリアルの粒子を持った水晶ですね。恐らくは大樹がダークミュータントを入れないようにライトマテリアルを使用してのフィールドで関東圏内を覆ったので、その余力が水晶になったんでしょう」
あっさりと教えてくれる遥に、多少なりとも驚く水無月家族。こんなに簡単に教えてくれるとは思っていなかったらしい。
「余力が水晶になるのか? これは人体に害はないのか?」
水無月のお爺ちゃんが遥の言葉を気にして尋ねてくるが、気持ちはわかる。突如として地面に生えてくるんだもんね。たしかに不気味な感じもするよね。
「大丈夫です。元々、これは善なる粒子です、人体に害はないし、害どころか活力を与える粒子です。ただ、この水晶は微量な力しかないので、気休め程度になりますが」
「そうか。それならば安心だ。人体を傷つけることもないのだしな」
水無月のお爺ちゃんが生えている水晶を手に取り、ポキリと折って遥へと見せる。
なにをするのだろうかと、小首を傾げる遥を横目にお爺ちゃんは自分の手のひらに水晶を勢いよく叩きつけた。
「おぉっ! 豪快な検証ですね」
検証の仕方が雑すぎると呆れる遥。お爺ちゃんは水晶を手のひらに叩きつけたはずなのに、水晶は肌を傷つけることはなくさらさらと砂のように崩れて、仄かな光を周りに漂わせて消えていく。
「この間、子供が誤って水晶を踏んでしまってな。踏んだにもかかわらず、水晶は砂のように消えてしまったのだ。どうも多少の衝撃でも消えてしまうのかと思ったのだが、人体を傷つける時に限って、砂のように消えていくのでどうやら違うらしいと、不思議な物質だと首を捻っていたのだ」
「その子供は僕なんだけどね。転んでそこの水晶に突っ込んじゃったんだ」
てへへと晶がばらして、穂香がやんわりと窘める。
「あの時は肝が冷えたものですよ。尖った水晶の山に転がっていくんですもの。大怪我したかと思ったら水晶が消えてしまい、たんに晶が泥だらけになっただけだったんですけど」
「善なる粒子か。なるほど、物質ではないということじゃな。エネルギーが結晶化しただけという訳か」
さすが老いても厨二病の心を忘れないお爺ちゃん。遥のちょっとした説明だけでピンときたらしい。
「そして、この粒子は貴重な素材ともなるのではないか? 光井が集めるほどに」
目を細めて眼光鋭く尋ねてくるお爺ちゃん。察しが良すぎて怖い。
「微量しか含まれていないので実用には合わないと思うのですが、それでも使い道は色々あるみたいです。ほら、これが粒子を練りこんだ玩具です」
見て見てと目をキラキラさせて砂筏の玩具をアイテムポーチから取り出して、周りへと自慢をする子供な美少女がそこにいた。手に持つ砂筏は軽くはないはずなのに、風船みたいに軽く突くだけでふわりと空中に浮くのだ。
「おぉ~、これは凄いね。僕にも遊ばせて」
晶が近寄ってきておねだりをするので、一緒に遊びましょうと笑顔で頷く遥。
子供たちがキャッキャッと遊び始めるのを水無月のお爺ちゃんは見て、砂筏のミニチュアの力に驚く。
「なるほどな、大樹の技術革新はこの粒子が原因か。微量でもこれほどの力を発揮できるとはな」
「これは養殖は可能なんですか、レキさん?」
穂香が気になることを尋ねてくる。まぁ、それはそうだろう養殖できれば問題はないのだからして。
まさしく金の生る木ならぬ石となるわけだ。
「いえ、これは善なる粒子です。人があまり多いところでは人の心が発する負の力で消えてしまうでしょう。しかるべき保管の仕方が必要ですし」
「そうか………。ここは御神木扱いの水無月の家族以外は立ち入り禁止の場所じゃ。たまに掃除をするぐらいであったが、それが良かったのか?」
水無月のお爺ちゃんが予想をして尋ねてくるが、正解すぎる内容だ。たぶんその通りなのだろう。さすがアニメや小説を読み込んでいるお爺ちゃんなだけはある。
「そうですね、御神木として扱われていた神聖な概念と人があまり出入りしなかったという好条件が粒子を集めやすくして、このような水晶に変じさせたのでしょうから」
叶得からあの水晶を見せられてから慌てて調べたのだ。その結果わかったのは、大樹の粒子が関東圏内に広がり、人がいない地面にちょこんと結晶化して生えてきたと判明している。
「そうか………。ならば、しっかりとした囲いを作っておかないとまずいのぅ。小遣い稼ぎに入られても困るし、これほど水晶が集まっている場所は他にあるのか?」
「人が多いところでは結晶化しないですし、神聖化されていても人が多少は出入りしないと概念としては形成されないので、ここ以外となると難しいですね。ぽつりぽつりと生えるぐらいでしょう。ここの量を見るに数トンはありますよね?」
遥は周りで生えている水晶を見て思う。水晶の森と言っても良いのかも。そして何故この光景へと変じたのに、水無月は放置していたのかなと。
「そうか、ならば鉱脈代わりじゃな。まぁ、光井に精々恩を売っておくとするか」
「あんまり人が入るとこの水晶は溶けるように消えちゃいますよ? そういう物質なので」
「ふふっ、まるで善良な人間しか入れない神域みたいですね。それならたまに持っていくこととしますね」
穂香がクスクスと笑いながら、この場所の感想を言う。神域とは大きくでたねと思うが、たしかにそんな感じもする場所だ。
「う~む………。観光名所として考えていたのだが、人の出入りが激しくなると駄目ということは、観光名所計画は中止じゃな」
はぁ~とがっくりと肩を落とす水無月のお爺ちゃん。そんなことを考えていたのね、だからここまで相談をしてこなかったのねと理由が判明して呆れる。たしかに観光名所となったら、大評判になることは間違いなしだったろう。
「まぁ、これは水無月家だけが楽しめる光景で良いんじゃないですか。あ、たまに私も見に来ますね」
友人と一緒にとニコニコ笑顔で言うおっさん少女。こんなに幻想的な光景はあまり見られないし。
「保管できる機器を用意しておいて欲しいところだ。そのへんはナナシ殿に頼むか………。まぁ、仕方ないのぅ、秘密の場所とはこういう場所を言うのだろうしな」
腕を組んで穏やかな表情で言う水無月のお爺ちゃん。
「たしかにそのとおりだよね~。えへへ、私たちだけの秘密の場所かぁ~、なんだか良いね」
「そうですね、今度お弁当を持って花見ならぬ水晶見をしましょうね、レキさん」
水無月の姉妹もニコニコと笑みになり追随してくる。
「良いですね。その時は私は美味しいお弁当を用意しますよ。たっくさーん用意しますね」
花咲くような笑顔を浮かべる遥。その喜びの心に反応して、結晶の光が強くなり周囲を昼間のように照らし始める。まぁ、元々遥から生まれる粒子なので力に反応するのは当たり前だ。
しかし、その光はシャワーのように周囲に降り注ぎ神秘的な光景となり、見る人を感動へと誘う。
なので、水無月家族は感動して息を吐く。光が強くなった理由を勘違いして遥へと視線を向ける。
「ふむ………。善なる粒子が一層輝くか………。嬢ちゃんは善人すぎるのだな」
「あはは、さすがレキちゃんだね」
「ふふっ、そうですね、良い光景を見させていただきました」
水晶が周りを照らしだす中で軽やかに穏やかに優しく水無月家族は笑い声をあげるのであった。
なんだかいたたまれないおっさん少女だけがいたりしたかもしれない。




