360話 トロッコにのるおっさん少女
地面や壁面にびっしりと貼り付いていた卵は兵士たちがもつ火炎放射器の放つ炎により燃えていく。
ごぉっ! と豪炎が巻き起こり次々と卵を焼き尽くす、その赤い光を目に反射させながら、状況を確認に来ていた昼行灯はのんびりと宙に浮かぶモニターへとなにかを入力している老人へと話しかけていた。
「……ありがとうございます。クーヤ博士の救援で部隊が壊滅せずにすみました、改めてお礼を申し上げます」
頭を下げて感謝を示す昼行灯をちらりと横目で見たあと、興味がなさそうに手をフリフリと振ってやるクーヤ博士。
「気にするな、こちらも量産型の戦闘経験が積めたしのぅ。この経験をフィードバックさせるのに儂は忙しい。ほおっておいてくれ」
実際はレキ様の撮影シーンを編集しているだけなのだが、昼行灯にはわからない。
「それはなによりですが…」
はぁ〜と嘆息する昼行灯。戦闘内容が役に立つということは、これから先に大樹から離れることができる量産型の少女たちが連れ戻される理由となりえるからだ。
「粒子貯蔵型アーマーはかなりの力を発揮することがわかった。これから先の戦闘では主流となる可能性を秘めておる……いや、主流となってもらわんと、儂の量産型の英雄伝説にはならん……」
顎に手をあてて、ブツブツと呟きながらクーヤ博士が考え込むのに水をさして昼行灯は気になることを尋ねる。
「すいません、クーヤ博士。貴方の力を見せて頂き幸いでしたが……もう一人の少女はどこに?」
クーヤ博士の後ろに二人居た筈の少女は一人しかいなかった。倒されたという情報も聞いていない。ならばどこかでなにかをしているはずだ。自分としては暗躍されては困る、暗躍するのは自分だけで良いのだ。
その話題に興味が無さそうに昼行灯へとちらりと視線を向けたクーヤ博士は飄々と答える。
「あぁ、もう一人は線路の先へ偵察に行かせたぞ。戦闘経験のフィードバックは一人いれば事足りる、スタンドアローンでの探索でも役に立つか試したかったからのぅ」
クーヤ博士のなんでもないような言いっぷりに昼行灯は目を剥き驚きを示す。
「一人で行かせたのですか? この先にどんなトラップがあるかも、どれぐらい敵がいるかもわからないのに!」
信じられないと、声をはりあげて確認をする。一人で探索など危険という言葉も優しく感じられる程の気の狂いようだ。蟻の数から、この先の敵の防衛網の厚さを推測するに生半可ではあるまい。
「あぁ、大丈夫じゃて。危険な状況であれば退却するように命令はしておいた。死なないようにも気をつけるようにな」
手をひらひらと振って、自身の考えが正しいとばかりに答えるクーヤ博士。その姿は戦場を知らずに数値だけで見ている上官のような姿を幻視をさせる。
「……気をつけるだけで探索できるならば、誰でもできると僕は思いますがね……。わかりました、こちらも援軍を送りましょう」
この博士に戦場のことを話しても聞く耳を持つまいと理解する。その時間を無駄にするより、他の策を考えた方が良い。
すぐに昼行灯はバングルを操り、通信を行う。大樹のパワーアーマー隊に先行した少女を回収してもらうように。
全くもって戦場とは思い通りに事が運ばないなと、昼行灯はため息をつきながら、通信に出たパワーアーマー隊に依頼をするのであった。
線路の前に佇む二人の少女。一人は銀髪のロングヘアーの小柄な無表情の少女。もう一人は燃えるような赤毛のポニーテールの活発そうな少女だ。ニカッと微笑むその姿は元気溢れる笑みであった。
「は〜い、という訳で支援に来てくれたパワーアーマー隊の人アインです、この探索は謎の量産型少女とアインの二人でしま〜す」
パフパフドンドンと鈴の鳴るような可愛らしい声音で楽しそうに口ずさみ、パチパチと拍手をする銀髪少女。またの名をアホの遥。いや、違った、謎の量産型少女である。名前はまだ無い。
無表情とはなんだったのか。霧氷と消えて、無邪気な笑顔で微笑む銀髪少女である。
周りをキョロキョロと確認してから、遥はおもむろに頷き、アチアチと呟いてカツラをとっていつもの黒髪ショートヘアの眠そうな少女へと戻ってしまう。
それを見たアインが首を傾げて尋ねる。
「なぁ、ボス? 今日は謎の量産型少女になるんじゃないのか? カツラをとるとまずいんじゃないか?」
ボスの演じている量産型少女のキャラはどうするのだろうかと不思議に思い疑問を口にするが、遥はムフフと口元に手をあてて悪戯っぽく微笑む。愛らしい笑みを浮かべる美少女だ。やはりおっさんは次元の彼方に葬られた方が良いと思う姿だ。
チッチッチッと指を振りながら、遥はアインに自身の考えを伝える。重要な考えなんだよと、眠そうな目をアインに向けて多少真面目な声で秘密な感じで。
「カツラって蒸すような感じがするから嫌いになりました。私は帽子とかネクタイとか大嫌いなんです」
真面目な表情で、しょうもないことを言うおっさん少女であった。
だって仕方ないのだ。帽子をかぶると何だかんだムズムズ痒い感じがするし、ネクタイをすると首を絞められているような感じがするのだ。本当に崩壊前は社会人であったのか疑わしいおっさんである。
今は美少女でも、その感覚は失ってはいない模様。アチアチと暑い感じもするし、仕方ないのだ。偽装する気が本当にあるのか頭の中を覗かないといけないかもしれない。
「でもわかったんです。理解したんですよ。なんと偽装スキルならば普通にしていても、銀髪少女に周りは見えるということが! ミュータントにも見破られることは多分ないです。見破ってきそうな敵の前ではカツラをつけましょう。早着替えというやつですね」
フンスと胸をはって、完璧な作戦だねとドヤ顔になる遥。穴だらけの作戦のように感じるが、いつもどおりではあるスタイルだ。
アインは、ボスがそう考えているなら別に良いかなと、気にしないことに決めた。実際バレてもどうでも良いと思われるし。それに難しいことは考えない事にしている。
なぜならば難しいことを考えるのが苦手ということもあるけれど、久しぶりのボスとの冒険だからである。ツヴァイたちより強いのに、何故か自分は影が薄いのではと常に考えていたので、今回の旅は楽しみなのだ。
ウキウキとした表情で、ボスへと適当感の極まったわかったよという頷きを返して、目の前の光景へと意識を向ける
「了解。それじゃそろそろ冒険へと行こうぜ。この線路の先になにがあるか確認しに!」
線路を見て、アインは遥に話しかけた。目の前には横幅10メートルぐらいの坑道があり、線路が敷設されていて先がどうなっているかはわからない。簡単な空間結界が施されており感知できないからだ。
正直感知スキルって、戦闘以外には役に立たなくなってきたかもしれないと遥は思うが、この先になにがあるかわからないというのもワクワクドキドキ物だと期待で目を輝かせる。
目を輝かせる美少女の可愛さで周囲が照らされそうな感じもするが、明かりがまったくないので真っ暗ではある。暗視持ちの二人には意味がないけれど。
「このトロッコに乗れば良いんですよね。エンジンがないですが」
線路の放置されているワクワク感を感じさせるトロッコを眺めて思う。大きめの荷運びに使うタイプだ。遥とアインが中で寝そべっても余裕な大きさである。分厚い鉄板で作られた全長七メートル、全幅三メートルぐらいの鉱石運搬用の巨大なトロッコだ。
「正直二人が乗ってギリギリの大きさが良かったんですが、このタイプのトロッコにも何回も乗ったことがあるので大丈夫だと思うけど」
もちろんゲーム内のお話だ。
分厚い鉄でできた重量のあるトロッコをヨイショと重たい荷物は持てなさそうな紅葉のようなちっこいおててで掴み持ち上げて、線路にドカンと置く遥。常人が見たら驚く光景であるが、これぐらいなら楽勝なのだ。身体の調子も戻ってきているしね。
戦いの中で慣らし運転をするが如く、身体の調子を取り戻し始めたおっさん少女である。バトルジャンキーと呼ばれてもおかしくはないだろうことは間違いない。どこの野菜人だろうか。
「たぶん蟻に運ばせていたんじゃないないか? ほら、線路に比べて坑道の横幅がやけに広いしさ」
アインが推測を口にするので、多分その推測は正しいのだろうと遥も首肯する。
そうなるとエンジンが無いよねと困っちゃう。まぁ、これで良いかなとアイテムポーチに仕舞っておいたバイクを取り出す。
「これをこうして……っと。これで良いでしょう」
バイクをカチャカチャと分解して、ハルエモンはトロッコをバイクの部品を取り付けて改修する。
そうして片手をトロッコへと指し示して、愛らしい声音で新しくなったトロッコのお披露目だ。
「ジャッジャーン! トロッコバイク〜!」
ネーミングセンスが銀髪メイドと同レベルであるおっさん少女であった。
トロッコの前面にはバイクのライトが取り付けられており、後部にモーターボートのエンジンよろしくバイクのエンジンを取り付けてあり、タイヤへとコードがウニョウニョと繋がっていた。暗視があるのになぜライト?と聞かれれば暗闇を照らすライトは雰囲気満点でしょと頭の悪い回答が返ってくるので聞かないほうが良いだろう。
「とやっ! 搭乗開始です」
んせんせと、トロッコをその小柄な体躯でよじ登り、スッテンと転がり入る遥。頑張ってトロッコに入りましたという美少女であるので、そういう小細工というか、可愛らしく健気な様子を見せるのが得意なおっさん少女だ。
「了解だ、ボス!」
トロッコの取っ手を掴み、ひらりと華麗に飛び込むアイン。そっちのほうがカッコ良かったかもと、指を口に咥えて眺める美少女。でもレキならばか弱い感じが良いよね、アインとは違う体格だからして。
そう思う遥はヨイショとアイテムポーチから冒険セットを取り出す。
つばひろのヘルメット、白い服装。よく冒険家が映画で着ているやつだ。なぜ秘境に入るのに白い服を着ているかは理由はわからない感じ、着ていることが重要なのだ。
先程帽子は嫌いと言っていたのに、もう発言を翻す美少女がここにいた。
即ちサファリジャケットとサファリハットを用意していたおっさん少女である。必要なものは用意しておかないで、余計なものは用意しておく、常に用意周到な遥なのだ。用意周到という意味を履き違えているかもしれないが。
「アインの分もあるよ。はい、どうぞ」
ニコニコと満面の笑顔でサファリジャケットをアインに手渡す遥。その意味するところはパワーアーマーは冒険の雰囲気に合わないから脱いでおいてねという鬼畜ぶりであった。
しかしアインは戦力ダウンするでしょと反論するどころか嬉しそうな表情を浮かべてサファリジャケットを受け取り着替え始める。
「へへっ、ボスからのプレゼントだぜっ! 一生大事にするからなっ!」
アインもツヴァイと同じく末期なドロイドであった。なにが末期かは秘密にしておこう。
パワーアーマーを仕舞って、パイロットスーツをがばりと脱ぐ男らしさを見せつけるアイン。きれいなおヘソが視界に入ったと思ったらピンクの下着姿になるので、豪快すぎでしょとそっぽを向いて、自分もうんせと着替えるのであった。むぅ、とアインが少しだけ不満そうな素振りを見せるが、おっさんぼでぃではないので別に良いかと気にするのをやめる。
そうして着替えが終わったら、軍用の水筒を肩にかけて、鞭とハンドガン、大型ナイフを腰につけて、背中にKO粒子加速型自動小銃を背負う。
準備かんりょ〜と楽しげな遥はフンフンと鼻息荒くエンジンをかけようと後部へと移動する中で、アインは物珍しそうに粒子加速型自動小銃、略してアサルトライフルを手にとって尋ねてくる。略してアサルトライフルは酷いと思うのは厳禁だ。舌を噛みそうな名前の武器なので仕方ないのだ。
「なぁ、ボス? このKO粒子加速型自動小銃って威力は高いのか?」
舌を噛みそうな名前だからアサルトライフルで良いでしょと遥は思っていたのに、平気な表情でKO粒子加速型自動小銃と口にするアインへと答える。
「そうですね〜、レベル3程度の武器かな? ただ敵がミュータントの場合は命中すればするほど、粒子が毒のように敵の身体を巡っていくので、ドンドン弱体化していくよ。その点を考慮するとレベル4の超電導タイプのウェポンよりも良いかもね」
「ちなみに人間だと、ちょっぴり元気になるかな。まぁ、銃弾の威力で死んじゃうだろうけど」
怖いことを平気な表情で宣うおっさん少女であった。銃弾が命中して痛いのに、苦痛の中で体がちょっぴり元気になる……どんな拷問だろうか。
まぁ、この銃を人間に向けることはないだろうとアインはリュックにアサルトライフルを懸架する。
じゃあ出発だねと遥が号令をかけようとすると、アインが手で制してバングルを見せてくる。
チカチカと光っているので、通信がきていると気づき、ちっこい両手で口を抑えてチャックする遥。
それを見て、アインはかぽんとパワーアーマーのヘルメットだけかぶり、通信を始める。なるほど、顔しか映らないからヘルメットだけで良いのだ。
自宅でテレビ通話する時に、下半身はパンツ一丁で上半身だけスーツを着込むような酷さだ。適当すぎるアインである。誰かさんに似ている感じもするが気のせいであろう。
「あ〜、もしもし? こちらからパワーアーマー隊アイン。なにかようか?」
「こちら飯田です。探索に向かった少女を確保できたでしょうか?」
探索に出た少女の回収がうまくいったか尋ねてきた昼行灯であったが、横耳でその内容を聞いた遥はそろりそろりとアインよりも少しだけ前に出て口パクする。
その内容は先行しましたと答えてと訴えていた。本当のことである。アインよりも2メートルは先行しているしねと。
子供の言い訳でも、もう少しマシな考えをするだろうに、平気な表情で子供以下の言い訳をアインにさせようとする遥であった。
ちらりと遥を見て、その言い訳を了解したアインは残念そうな声音で返答をする。
「こちらが到着した時には既に誰もいなかったな。たぶん少女は先行したのだろう。これから追跡し発見次第、回収する手配をする」
「申し訳ありませんね。どうも僕と頭でっかちの博士との相性が悪いみたいでして。ではお手数とはなりますが、よろしくお願いします」
頭を軽く下げながら、申し訳なさそうにする昼行灯。パワーアーマー隊にとっても危険な探索となる可能性があるので心苦しいのだろう。まぁ、実際はサファリジャケットを着込んで、ノリノリで冒険する気満々だった。
「わかった。これより敵勢力範囲内に入るため通信は帰還してからにさせてもらう」
渋い声音でのアインの返答を見ながら、どんな偽装をしているのだろうと遥は興味を持つ。渋いおっさんとかかな?私みたいに。
何種類もの偽装を使い分けているアインらしいので、そこはわからない。わからないがくたびれたおっさんには偽装していないのは間違いないだろう。
通信が切れると、アインはかぽんとヘルメットをとって、こちらへと犬歯を見せつけて笑う。
「オーケーだぜっ! これて問題なく探険可能だなっ!」
「了解ですっ! では秘境を求めて出撃だ〜!」
えいえいおーと片手をあげる遥。ぴょん、とその小柄な体でジャンプもしちゃう可愛らしさだ。
お〜、とアインも手をあげて掛け声に合わせ元気よく叫ぶ。
「では朝倉探検隊、秘境へ向けてしゅっぱーつ!」
鈴のなるような声音でおっさん少女はご機嫌でエンジンをかける。
ドルルルとエンジン音が洞窟内に木霊する中で二人は暗闇が広がる坑道へとトロッコに乗り入っていくのであった。




