357話 防衛隊と謎の博士
ピチョンと水滴が腰にぶら下げている水筒から滴り落ちる。その水滴は乾ききった赤土と岩で構成されている地面へと落ちていき吸い込まれていく。
ここは大渓谷の作られた坑道、即ち蟻の巣へと現在兵士たちは探索中だ。ほとんどの蟻は撃破したが、まだまだ坑内には蟻がいる。倒した蟻の群れの数に比べると微々たるものだが、それでも人間たちにとっては脅威の数が残っている。しかも卵は未だに孵化していないのだから、早急に撃破する必要があった。
そのために暗闇が広がり、蟻の足音が不気味に反響する中で恐怖を抑えて兵士たちは探索をしているのだ。
暗闇が前面に広がる中で不安を感じながら兵士は緊張の息を吐きながら進んでいく。その手には生物を効率よく倒せる炸裂弾を籠めたアサルトライフルを持ちながら。
小隊の隊長がドローンを操作している兵士へと声をかける。
「どうだ? 敵を感知したか?」
「はい、隊長。現状の敵分布を探索中ですが、そろそろ敵の勢力内に入ります」
「よし、お前ら聞いたとおりだ。武器を構えて戦闘に備えろ」
周囲の部下へと指示を出す小隊長。緊張の表情で兵士たちは武器を構える。
「なんだって蟻共はこんなところに巣を作ったんだ」
「蟻だからだろ」
「こんなゲームやったことあるぞ……」
「俺たち若木防衛軍! てっきを倒すぞ〜」
お喋りをしながら少しずつ歩みを進めると、ドローンを操作している兵士が周りに焦った声音で伝える。
「ドローン消失! 破壊されたようです! 敵接近!」
その言葉に膝立ちになり、前面へと武器を構える小隊。
「安心しろ、このスーツは蟻の酸を防ぐ!」
「駄目ですよ、隊長! その言葉通りに防げたゲームはないんですから!」
「来るぞっ! 無数の足音だ!」
「救援の通信をしろ!」
兵士の注意する声と共に、坑内をガチャガチャと金属音が無数にしてくる。その金属音が死を呼ぶ音だと兵士たちは知っている。
強力なパワーライトが坑内を照らす中で、通路の奥から巨大な蟻が顔を出す。しかも奥からは次々と蟻たちが走りながら近づいてくる。
坑内を埋めるように壁にも天井にもへばりつきながら、顎をカチカチと震わせながら複眼をパワーライトの光に照らされながら。
控え目に言っても不気味であり、恐怖で背筋を震わせる光景であった。鍛えられた兵士たちでもその光景には恐怖を覚えるが怯みはしなかった。
「撃てっー!」
隊長の指示にて一斉にアサルトライフルの引き金を弾く。炸裂弾が銃口から放たれて、近寄る蟻へと命中していく。小爆発を起こしてその装甲を破壊していく炸裂弾。
バラバラと数発で氷が砕けるように蟻たちは爆発して倒れていく。
「炸裂弾効果あり!」
「蟻だけに!」
「リロード!」
すぐに弾が尽きて弾倉を入れ替える兵士たちへと他の場所から支援に来た兵士たちも加わり激戦が始まった。
倒しても倒しても無数に屍を乗り越えて現れる蟻たちと兵士たちの戦いが。
離れた場所までその銃声は聞こえてくる。坑内だからだろう、方角はよくわからないが、既に探索の終わった箇所はマップが作られており問題はない。
昼行灯は坑内でも大きな広場となっている場所を拠点にして、慌ただしく通信をする部下たちへと指示を出し続けていた。
「第三小隊に支援の部隊を。パワーアーマー隊は第七隊を支援。中央付近の坑道には敵が多く集結しているので、5部隊を移動させて下さい」
常にのらりくらりとした表情をしながらも的確に指示を出していき、その指示のもと兵士たちは蟻の大群との戦いを繰り広げる。数は圧倒的に人間たちが不利だ。銃が、兵器がなければあっという間に喰い殺されていくだろう。
なにせ2メートルから5メートルまでの大きさを持つ蟻の大群だ。人間の身体をあっさりと引き裂く強靭な顎に口からは蟻酸を吐き大地を溶かす。
だが、今や強力な銃に、敵の攻撃を防ぐフィールド、そして大型の高火力兵器と揃っている。兵が少なくとも戦えるのだ。そして昼行灯は無数に増殖する危険な蟻たちを見逃すつもりも負けるつもりもなかった。
「どうやら戦いが始まったようじゃのう。どうじゃ苦戦するところはないかな?」
嗄れた声音の老人が作戦室となっている広場へと入ってくるのを昼行灯は目を僅かに細めて見つめる。
「いえいえ、クーヤ博士。御大が出るまでもなく戦いはこちらの優勢で進んでいます。これも優秀な兵器群のお陰ですよ」
「皮肉かな? 兵器などよりも優秀なのは人なのじゃよ。まぁ、のんびりと待つとしようか。すぐにわかるじゃろうからな」
昼行灯の皮肉に平然とした表情で肩をすくめて答えるのは白衣を着た白髪の老人であった。片眼鏡のモノクルをつけており皺だらけであるが、その表情は極めてふてぶてしく目つきは熱を持った様子である。背筋は曲がっておらず、まっすぐに立っており歳を重ねていても、その力を感じられた。
その名をクーヤ博士と言う。
老人の後ろにはメカニカルな各所を覆う軽装甲のパワーアーマーを着込んだ二人の少女が付き従っている。銀髪のストレートロングヘアー、美しい髪の毛であり、その顔立ちも幼い感じだが美しさを感じさせる、小柄な体躯でそっくりな双子のような美少女たちであった。
その無感動な目を見なければ。まるで感情が無いようにその眼球はガラスのようであり、ピクリとも動かない表情は表情筋がないのではと心配させる。そしてなにより人形のようで哀れさを呼び起こす。
何より彼女たちの雰囲気はあの少女を思い起こさせて、昼行灯の心に苛立ちを呼び起こすのであった。
「そんなことは起こりませんよ。もはや兵器と十分に訓練された兵士たちで戦況は覆せるようになったんです」
昼行灯にしては厳しい声音で伝えるが、手をフラフラと振ってクーヤ博士は部屋の隅に座ってニヤリと笑うのであった。
「わかっておらんな。儂はミュータントたちを研究した。そして兵器だけでは完全に敵を駆逐できんと考えて、世界を救う英雄たる超能力者を作り出したのじゃ」
「その英雄を作ったのが貴方なら、自身を改造すれば良かったのでは?」
皮肉げに問いかける昼行灯にクーヤ博士は不機嫌そうに顔を顰める。
「ふん、できればそうしとる。だが、年若き子供たちでなければ超能力は強力に定着はしなかったのだ。仕方あるまいよ」
ふんぞり返るように後悔も罪悪感もないように言ってくるクーヤ博士に昼行灯は密かに嘆息をするのであった。
そもそもも大樹がパワーアーマー隊を供出する条件として出してきたのが、目の前の狂気を感じさせる博士と博士が連れてくる兵士たちの受け入れであった。
最初は兵器の実験でも行うために送られてきたのだと考えていた。恐らくは強力な新型兵器を使う兵士たちと共に来るのではと。
それならば問題はない。精々こき使ってやろうと考えていたのだからして。
だが、その考えは半分正解であり、半分間違っていた。
部下に指示を出しながら黙って座っているクーヤ博士と、座ることもせずに佇んでいる少女たちをちらりと見て思う。
クーヤ博士は哀れで悲しき超能力者を生み出してきた権威だと自己紹介で言ってきた。自己紹介でである。自己顕示欲の塊のような男であった。
そして老人は自分が作り出した超能力者の少女たちを危険な状況で使うようにと言ってきた。どうやら新型兵器と合わせた少女たちを実戦で検証するべく送り込んできたらしい。
「知っとるかね? 私が超能力の基礎を作ったのだよ。理解者である那由多代表の豊富な資金がなければ不可能であったろう。今の大樹のエリート兵士たちは少なからずその基礎の力を利用した強化をされている」
ニヤリと笑いながらベラベラと己の偉業を話し始めるクーヤ博士。
「まぁ、副作用のない、たんなるちょっとした身体強化に過ぎんがね。私としては無駄な可能性があっても超能力者へと変われる可能性があるならば、超能力者への施術をした方が良いと思うのだが、それは許してくれんかった。数を熟さなければわからないこともあるというのに。貴重な人材に危険なことはできないそうだ」
その点は残念だと呟き、かぶりを振るクーヤ博士に昼行灯は那由多は極めて合理的な考えをしたのだろうと推測した。さすがに己の部下を危険な実験の素材にはさせなかったのだろう。そのようなことをしていたら、きっと今頃は反乱も起きていただろうに。
その場合の人類の復興はかなり遅れたとも思えるので、その点が歯がゆい。悔しいが那由多の力は大きいのだから。
その点はこの博士はわかってはいない。自分の業績をひけらかすのに懸命で、あとのことなど考えてもいないだろう。
しかし、ふと気になることが心に生まれる。なぜかこのクーヤ博士はふてぶてしい態度の中でどこか悔しさというか、引け目を感じてそれを覆そうとするような人間にも感じたのだ。
もしやと思い、クーヤ博士へと確認するべく軽い口調で話しかける。
「クーヤ博士が超能力者の基礎を作った素晴らしい方だとは理解しました。たしかに朝倉レキは素晴らしい力をお持ちですからね。あれ程の力を持つ者を作るとは感服しますよ」
褒める昼行灯に、クワッとクーヤ博士は目を見開く。
「朝倉レキ! 忌まわしき名だ! あれは偶然にできたものに過ぎん! 誰も彼もがその功績を認め、最初は馬鹿にして閑職に就かせた娘を研究所に呼び戻そうとしている! あやつはプロトタイプも含めて二体しか成果を見せていないというのに!」
ギロリとこちらへと狂気を感じさせる目つきで、怒鳴る様に怒気を纏わせながら
「儂の! 儂の功績がなければ超能力者は作れん! 基礎を作り量産を決めた上の連中はそれをわかっておらん! 儂は娘に負けた哀れなものではない! ガラクタであったこやつらのさらなる改造された力を見せつければ、それを理解するじゃろうて!」
少女たちを見ながら語るその姿に、なるほどなと昼行灯は理解した。ゴップが話していた内容。量産された超能力者はそこそこ強力な力を持っていたが、進化する兵器の前には敵わなかった。
きっとそのままであれば、超能力者に進化する計画は中止となり兵器のみでの開発と戦いとなっていただろう。だが、それを覆したのが朝倉レキ。成長する超能力者、今や五万人を一気に救うことができる少女。大樹がその結果に狂喜して、兵器開発派は一気に権勢を取り戻されてしまったのだとか。
なるほど、朝倉レキを作ったのは別の博士、話を聞くにこの博士の娘だったわけだ。調べたところ、最初のうちのお嬢ちゃんはかなりの強さを持っていたが、それでも少し人外の力をもっているという感じだったと聞いている。だが、成長する少女はあっという間に兵器を超える力を持ってしまった。
皮肉だなと考える。あのお嬢ちゃんは自らの力を示すことで、超能力者の価値を知らしめて、さらなる戦いを強いられることになった。もしも成長していなければ、もはや戦うことはなく、街で普通の生活をしていたのかもしれない。学友たちと笑い合い幸福を感じる優しい世界で暮らしていたのかもしれない。
だが、その力がなければ自分も助からなかったのだが。
「聞いとるのか? 朝倉レキなど偶然の産物! 再現不可能な者だ。研究するならば、足元を固めながらでないといかんのじゃ!」
「それは立派な考えとは思いますが、そこに子供たちを研究材料とするとなれば、非道な事だと思いますよ?」
「はっ! 物資の欠乏していた当初ではこやつらは活躍していたのだ、さらなる研究にも必要だ! 非道とはちゃんちゃらおかしい、仮想シミュレーションでの成果も入れており、無闇に人を殺すわけでもないのだぞ!」
昼行灯はクーヤ博士を少しの間見つめて、さらなる言葉を紡ごうとしてやめた。この博士はきっと話を聞かない。自分の正しさだけを見つめてこれからも生きていくのだろうから。
「飯田隊長! 敵の中で強力なミュータントを確認! 支援要請が来ました!」
すぐに気を取り直して状況を問いただす。
「場所は聞きましたか? 敵の種類は?」
「はい、第八小隊が敵の卵がある部屋を確認。ドローンを進めたところ、下半身が蟻、上半分が人間タイプを発見したと報告あり。オスクネーに似ているようですが、それよりも強力な個体とのこと!」
その報告に考え込む。オスクネーよりも危険な個体ということはパワーアーマー隊を送る必要があるだろうが……
「現在展開しているパワーアーマー隊の場所と反対側です。しかも敵を食い止めるのに必要です!」
「仕方ありません、予備兵力を支援に向かわせて」
「無駄じゃ無駄じゃ! 強きミュータントには超能力者で対抗するのみよ! ゆくぞ、我が量産型たち!」
椅子から老人とは思えない様子で立ち上がるクーヤ博士はそのままマップを確認して作戦室を出ていく。もちろん後ろには少女たちが付き従う。
「待ってください! 未だに戦況はこちら側が有利。このまま戦闘を続けて行けば私たちが」
「その戦況を確実にしてやろう。儂の力でな!」
フハハハと高笑いをしながら去っていくクーヤ博士を見て、昼行灯はギリッと歯噛みをする。
「仕方ありません、先程の場所には戰いを終えた場所から支援の引き抜きをします。通信を密にしてください。……くっ、お婆ちゃんたちをバイクの修理に後方へ回したのは失敗でした……」
苦々しく自分の判断を思いながらも、再び気を取り直して昼行灯は部下へと指示を出し続けるのであった。
作戦室から抜け出して三人は坑内をてこてこと移動する。
周りには誰もいなくなり静寂と暗闇に覆われてきたところ
「あ! モノクルを落としました。これどうやってまぶたで抑えていたんでしょうか?」
片目にモノクルをつけていた狂気なる博士が、またモノクル落ちちゃったと呟く。そうして少女の一人がコロコロと地面に転がるモノクルを眺めて嘆息する。
「ねぇ、サクヤ? こんなんしなくても普通に潜入できる作戦あるでしょ?」
呆れた声音で尋ねる銀髪の少女。ふぃ〜、アチアチと暑がり少女が頭に手を添えると、カポンと頭がとれる。いや、銀髪のかつらがとれて、いつもの黒髪のショートヘアとなる。
見た目も変わり、いつものレキへと姿が戻った美少女がいた。
「仕方ないじゃないですか。ご主人様がレキとして潜入したら、彼らの頑張りが無になるというので、仕方なくこの設定にしたんです」
クーヤ博士の背中が割れて、中からサクヤが出てきて、楽しそうな嬉しそうな表情で返してくるので、そのノリノリの様子に全然説得力がない。
「マスター、姉さん、周りに人が来たらちゃんと偽装しないと大変ですよ?」
「了解だけど、なんだかサクヤをリスペクトしている話のような感じがしているんだけど? 娘がなんだって?」
「大丈夫です。私にお任せください! ドーンとこの台本通りにしてくれれば大丈夫です」
台本をヒラヒラさせながら、得意げに嘯くサクヤ。
「ちょっと台本見せてくれる? なんだか最初の方の頁に登場人物だけが細かく書いてあって、あとは白紙だったような?」
サクヤに近づき台本を渡してもらおうと、ウンセと小さいおててを伸ばしてぴょんぴょんと飛び跳ねて見せてもらおうとするが、サクヤは渡さずに完全ガードの構えだ。どうやら後ろ暗いというか、なんというか……
「設定厨だろサクヤ! お前小説とか書く前に設定を考え抜いて作り終わったら満足するタイプでしょっ!」
「しーりーまーせーんー。営業妨害! 営業妨害ですから、離れてください!」
ワチャワチャと台本を取り合うコントを始めたマスターとサクヤを優しい視線で眺めつつコントをいつ止めようかと悩むナインであった。
 




