352話 患者さんなおっさん少女
窓からはそよそよと気持ちの良い風が入り込み、白いカーテンが風により煽られている。光が零れ落ちるように部屋へと入り込み、気持ちの良い春の空気がその部屋にいる人を寛がせるだろう。
部屋の内装は上品な木目も美しい目に優しい雰囲気の木造の部屋に見える。高価そうな調度品もその雰囲気を壊さないように配置されており、住んでいる人は金持ちですねと、キランと一般人ならば目を輝かせるはずである。
そんな上品そうな部屋で寛がせていたというか寝込んでいた。スヨスヨと可愛らしい寝息をたてているのは、可愛らしい庇護欲を喚起させる美少女だ。艷やかな黒髪のショートヘアの子供の様な体格の少女は広々としたキングサイズのベッドに寝ていた。
よく見るとピンク色の患者服を着ており、疲れて寝ている様子から患者さんなのだと、周りは考えるだろう。
世界一可愛らしい少女かもしれないと、ベッドの傍らでそばにいる男はその姿を見ながら思った。キリリと厳しそうな顔つきの目つきが鋭いおっさんである。おっさんであるというかナナシであった。
なんと一応遠目に視力が悪い人がその男性を眺めたら二枚目な渋いおっさんかもしれないと思うほどの顔立ちであった。もしや、いつもと違うその様子に遂に整形をしたのだろうか? おっさんは整形って、なんか怖いよねと小者の心を大事にするので整形の可能性はなかったりするはずなのだが。
だとすると、何なんだろうか? 目の前には愛らしいほっぺがぷにぷにの美少女レキが寝ている。なのでおっさんはこの場所にいれるはずが無いのに存在した。遂にお祓いを受けて憑依が解けたのか? それともスライムみたいに分裂したのだろうか。それとも合体できる耳飾りが壊れたとかだろうか?
遥は軽くため息をついて、レキを見ながら悲しそうに呟く。
「やっぱり人形憑依は駄目なのね。私が操ってもゲームみたいにモニター越しにしかならないや」
がっかりだよと愚痴を吐く。身体が動かないので、暇を持て余してくたびれたおっさん人形を作ってみたのだ。実にいらないと思えるロボットだ。
若干ナナシの姿がかっこいいのはそのせいである。少しばかり格好良い顔つきに密かに変えたのである。そうして操ってみればもしかしたら憑依みたいな感じになるかな?と思ったけど同化とまではいかなかった。
運転スキルで手足のように動かせるが、感触はない。感触がなければ意味がない。そしてレキぼでぃで操らなければいけないので、悲しさしか生まれない。なぜ私はくたびれたおっさんロボを操っているのかと、くたびれたおっさんは思うのだった。
「馬鹿な真似をしたものだ……」
本当に馬鹿なことをしたとロボに呟かせる。人間そっくりに作ったのに、まったく役に立たないとわかったからだ。なので、思わずマイク越しにナナシロボの口から後悔の言葉を発する。せっかくなので、悲しむため息アクションの動作もさせてみる。色々とアクションを取り入れたロボなのだ。
そっと寝ているように見えて、実はくたびれたおっさんロボという世界で一番いらないロボを操る美少女の頭を撫でる。
うん、まったく感触はないね。これはつまらない。なので、精神世界でレキと戯れるしかないと決まった。
もういいや、倉庫にしまっておこうと遥は悲しげにため息を吐くナナシ人形を見て思う。エモーションを悲しみながらため息を吐くしか設定しなかったのもまずかったかもしれない。やはり踊るを入れるべきだったか。
くたびれたおっさんの踊る姿は忘年会での隠し芸でもいらないなと思って、アイテムポーチに仕舞おうとするが、そこでドアの外に誰かが来ているのが感知できた。
ありゃりゃ、これでは仕舞えないねと、とりあえずは自宅に向かわせるべく外へと出るように操作する。ちなみに操作方法は精神世界であるのに、家庭用ゲームのコントローラーである。なぜコントローラーで操るとわかったときに、失敗だと考えなかったのであろうか。
それにはおっさんの深遠なる水たまりよりも多少深い考えがあったのだろう。常に素晴らしい計画をたてるおっさんなので間違いない。
え〜と、椅子から立つは丸ボタンで、レバーを倒して歩き出すと。
コントローラーを操作して、せっせと操る遥。精神世界なので、レキが旦那様に甘えるべく膝枕をしてもらってゴロゴロと子猫のようにくっついている。
遥の自爆ボタンはないのだろうかと、この光景を見たら誰しもが思う羨ましい光景で、ナナシロボは動き出す。
「良いよ良いよ。やはり歩かせるぐらいなら問題ないよね。赤ん坊を抱えながら世界を繋ぐゲームでは転げまくっていたけど、これが私の力なんだよ」
嬉しそうに呟くが、今はレキぼでぃなので、運転スキルや人形操作スキルと様々な恩恵を受けているので、簡単に操れるのは当たり前であった。
崩壊前の世界ではゲームでコロコロ転がっていたが、あれは主人公が柔なのだ。たった150キロ担いで斜面を登ろうとしただけなのにと愚痴りながら歩みを進ませる。
ナナシロボはシュインと未来的な自動ドアを開けて外に出る。
「なんだ、お姫様が起きるまでそばにいてやらないのか?」
尋ねるように重々しい声をかけてくるのは、豪族であった。レキの見舞いに来たのだろう。ナナシロボが中にいたからか、何故か遠慮して壁に持たれて腕組みをして待っていた。
「起きたらどうなると? 私はただのナナシだ。彼女にはただの上司でしかないのさ」
悲しげにため息を吐くナナシロボ。だってそれだけしかエモーションがないのだもの。仕方ないよね。
あと起きたら、ナナシロボを操りながら、レキとして話さないといけないので混乱することは確実。レキの可愛らしい口調でナナシが言葉を発したら、さらばおっさん、社会の外へとフォーエバーだ。ならばおっさん、もはや表舞台には出ないですと引き籠るだろう。
「やれやれ不器用なことだ……。まぁ、俺も変わらないかもしれんがな」
かぶりを振って、ナナシロボの発言に対して哀しそうな表情をする豪族。私が不器用なことは解っていますと内心で呟き、ボロが出ないうちに退却させる。撤退ボタン押下! ゴー、くたびれたおっさんロボ! と精神世界で言いながら豪族を尻目に帰っていく。
そして通路の角で待ち受けていたサクヤがテキパキと分解してトランクに仕舞って退却だ。くたびれたおっさんを解体するメイド。猟奇的なキラーであろうか。
「窓から華麗に脱出! 素敵怪盗サクヤ、完全犯罪成功、貴方の大切なものを奪いました!」
ノリノリで退却するサクヤ。真昼間の病院の窓から脱出するメイドは怪しいことこのうえないが、何故か目撃者はゼロである。いや、わざわざモニターで遥に自分の勇姿?を見せつけての行動にはもはや感心するしかない。
さすがメイド、目撃者がいたら他人のフリをしようと決意する強い信頼関係で結ばれている主従であった。
とうっ、とスカートをはためかせてわざとらしく下着を見せつけるようにしながら窓から飛び降りて自宅に帰るサクヤであった。ちなみに縞パンでした。ナインとは趣味が違う姉である。ナインは黒を中心としたえっちぃ下着なので。なんで知っているかは秘密である。
とりあえずはナナシロボは無事に回収されたので、膝に寝転んでいるレキをひと撫でしてから身体へと意識を戻す遥。
「いってらしゃいませ、旦那様」
紅葉のようなちっこいおててで振りながら、無表情にも見えるその顔に照れる様子を見せてレキが見送ってくれるので、この奥さんは可愛くて仕方ないなぁとおっさんの照れる姿はモザイクになりレキの身体へと戻るのであった。
豪族はナナシが去っていくのをため息を吐きながら見送った。内心では苛つく気持ちもある。あの馬鹿は自分の娘の見舞いに来ながら、起きるのを待たずに去っていくのだから。
偶然とはいえ、同じタイミングで姫様の見舞いに来ていたのは驚いたが、悲しげに姫様の頭を撫でるその姿と呟きには胸をうつものがあった。
なんとかならないかと考えもするが、自分の頭の悪さはなにより自分がわかっている。良い考えなど浮かびようもない。
ううむと腕組みをして考え込む豪族に若々しい声がかけられる。
「百地隊長、なにを唸っているんですか? レキちゃんはいましたか?」
振り返ると荒須ナナとリィズに織田椎菜と不破結花がこちらへと歩いてくるのが見えた。
「そこはレキちゃんの部屋ではなかったんですか? 違いました?」
ナナは不思議そうにコテンと首を傾げて尋ねてくる。なぜ百地が部屋へと入らないのかと思ったのだ。
「あぁ、いや、お姫様の部屋で間違っていない。どうやら寝ているようだから見舞いをどうしようかと思ってな」
「あぁ、レキちゃんは寝ているんですね。無事で良かったです。入院したと聞いたときは青ざめましたから」
「そうですよね、レキちゃんが倒れたって聞いてびっくりしました」
椎菜が胸を抑えて本当にびっくりしましたと言う。たしかにそれは誰もが驚いた内容だ。誰かと間違えているのではと伝言を告げに来た人へと聞き返したものだ。
「ん、妹がいるのがわかれば良い。突撃〜!」
小さな腕を掲げて突撃と叫びながら、可愛らしい身体でトテトテと走って部屋へと入っていくリィズ。
「こら、病院なんだから待ちなさ〜い」
ナナが慌てて追いかけて、その後ろにぞろぞろとついていく面々。
シュインと自動ドアが開き、全員が入ってくるのを感知した患者さんの美少女はチラリチラリと細目を開けて、皆を見ていた。
ウズウズと早く来ないかなぁと待っていた。だって患者さんというのは暇なのだ。しかも空中戦艦で力を無理して使ったので悪化した。もう重病人へと進化した。進化しなくても良いところで進化した。
「ふぉぉぉ! なんか格好良い自動ドア! もう一回開けてみる!」
早くもリィズは自動ドアの未来的な開き方を気に入って、出たり入ったりを繰り返し始めた。もちろんナナにコツンと頭を叩かれて怒られてもいた。
遥は動かない身体を無理矢理に動かしてパタパタと脚を振ったりもしちゃう。その姿は病気の子猫が飼い主を見て、なんとか尻尾を振って喜びを見せる様にも見えた。
「むぅ、お姉ちゃんは酷いです。私の見舞いに来たのではなかったんですか?」
むむぅとムニムニほっぺを膨らませて口を尖らせる。何歳でしたっけ?と聞かれれば、ろくちゃいと答える予定のおっさん少女なので問題はない。たぶんないはず。
「ん、見舞いに来た! 可愛い妹よ、大丈夫?」
慌てるように遥へと近寄って来て、ベッドの横に立ちコテンと首を傾げるリィズ。あんまり心配げでないのは信頼感の表れであろうか。
まぁ、可愛らしい美少女なので問題はない。お見舞いに来てくれるだけでも感涙ものだ。おっさんならば……言わないでもわかる結果だろう、美少女がお見舞いに来てくれるなんて都市伝説だと信じているのだからして。
しかもわざわざ遠く離れた大樹空中偽本部まで来てくれたのだ。
そう遥は今は空中偽物本部ホットケーキに建てられた病院で患者として入院しているのだ。
「大丈夫ですよ、お姉ちゃん。ちょっと身体が動かしにくいだけですし、少しの間入院していれば回復するので」
んしょと上半身を起こそうとする遥にリィズがおててを突き出して支えてくれる。すまないねぇと、弱々しいお婆ちゃんをしようとする遥にリィズが先んじて微笑む。
「ん、お姉ちゃんにすべてを任せる。しばらくこの部屋に住むから問題はない」
ニッコリと平然とした当然という表情で告げてくるリィズ。学校は良いのだろうか?
「ダーメ! リィズは学校があるでしょ? 私が暫くは介護するから安心してね。もうホテルもとってあるし」
本部にホテルなんてあったっけ?と首を傾げる遥。基本的に来客を考えて作った偽本部だからあってもおかしくないけど。
「だからレキちゃんは安心してね。私がドンとなんでもするから」
「やれやれ弱々しい感じの姫様を見るなんて珍しい光景だな」
「レキちゃんが無事でよかったよ。これお見舞いの果物盛り合わせ」
豪族が人の悪そうな笑みを浮かべて、椎菜が手に持った林檎やらなにやらが入っている籠を手渡してくる。
「凄い! 果物盛り合わせの籠なんて初めて見ました。ありがとうございます、椎菜さん」
入院したこともないし、入院した知り合いへのお見舞い品も普通の缶詰とかだった。果物盛り合わせ籠は凄い高いし、あんまり高い品は相手のお返しも大変なので出さないのだ。
しかし、今の美少女レキちゃんはお金持ち。全く問題はありません。ドンドンと来いなのである。
「私、本部って二度目だけれども、前回は緊張してよく周りを見ていなかったんだ。見渡すと自然が溢れた平和な街並みだね。この果物盛り合わせも凄い美味しそうだし!」
結花が目を輝かせて、身体を乗り出してくる。レキへの心配気な様子はそこにはあまりない。
おかしい、せっかくお見舞いに来てもらおうと誘ったのに、本部行きチケットとお見舞いに来てねという可愛らしいマル文字でお手紙も添えたというのに。
そんなことをするので、あんまり心配はしていなかった面々であったのだが……。
「それじゃ、林檎を剥きましょう、いえ、ここはメロン?」
果物を取ろうと元気な声音でおっさん少女が手を伸ばして、ぽろりと林檎を落とす姿に驚きを見せる。
僅かに手が震えている遥の姿をみてとったからだ。話には聞いていたが、どうやら何時もの悪ふざけではないと本当に具合が悪いのだと、皆が再認識をした。
「ありゃりゃ、落としてしまいました。ちょっと失敗でしたね」
変わらない様子で手を伸ばして拾おうとする遥を優しく身体を手で抑えて、ナナがひょいと林檎を手に取りウィンクをしてくる。
「病人なんだから、私がやるよ。ほらほら寝た寝た。病人は寝るのがお仕事だよ」
優しい労りの声に、遥はむぅと口を尖らせる。
「暇なんです。暇なんで、遊びたいんです。そうだ! 本部にある美味しいクレープ屋さんを案内しましょう」
「うっ! それは魅力的だけどレキちゃんが元気になったらね」
結花が身体をのけぞらせて抵抗を示し
「それじゃあ、ホログラム人生ゲームをやりましょう。装備したバングルで姿が人生ゲームに合わせた恰好に変化するんです」
「むむむ、今日はリィズは妹の添い寝をするので我慢する」
めげずに誘惑をする大人気ない遥に、リィズも未来的なゲームを我慢する。
なかなかやりますねと、それでも色々と提案をしていく懲りない小悪魔な美少女に、他の面々も笑顔ではしゃぐ。
少しばかり騒がしいが、レキが元気はあるみたいなので、励ましもこめてお喋りをしていく中で
「随分と騒がしいのではないか? ここは病院だと思ったのだがね」
部屋の空気を冷え冷えと凍らすような声での注意がかけられる。
誰が来たんだろうと、面々は振り向いてドアの方を見て、驚きで目を見張った。
そこには重厚なスーツを着込んだ厳しそうな顔つきの老人が後ろに秘書らしき女性を連れて立っていた。
「ふむ、レキ君。元気そうでなによりだ」
口元を僅かに曲げて言うのは、誰あろうこの本部の代表那由多であった。




