342話 おっさん少女とメカクレ少女
オロオロと目の前の少女は狼狽えてこちらを見ていた。視線を揺らすことなくこちらを見つめるその姿は目を逸らしたら殺されるとでも思っているのだろうか。
蟻の巣にて出会った薄汚れた少女。やせ衰えて、今にも倒れそうな感じを受ける。髪はセミロングで肩までかかっているがボサボサで土やら砂やらがこびりついていて、同じように顔も泥だらけだ。
服装も土まみれでほつれどころか、大きな穴も空いているので替えなどないのだろうことがわかる。ボロボロの服から漏れ見れる胴体の肋骨は浮いており、手足も物凄い細いガリガリだ。目元は髪の毛で隠れていて、いまいち顔の輪郭はわからない。
だが、その視線は向けられているとわかるし、心が恐怖に覆われていることも簡単に予想できるのだ。
正直、哀れすぎてふざけることもあまりできないと遥は思う。既に着ぐるみを着てふざけているだろというツッコミは無しでお願いします。
「あぁ……私は死んじゃうんだ……。囚われてからどれぐらいたったんだろう……結局助けは来なかったんだ。うぅ、ひっくひっく」
恐怖に耐えかねたのか座り込み、手で顔を覆い泣き始める少女。
やばい泣き始めたと慌てる着ぐるみ少女ことレキ。レキと見せかけてくたびれたおっさんかもしれないが、とにかく慌て始める。何気に泣かれたのは初めてかもしれない。
常に強気な僕っ娘少女や肉食系な褐色少女、デビューをしようとする銀髪少女や元気溢れる獣っ娘とかが多かったからである。ごめんナナさん、そろそろ少女の枠には入れられないと内心で謝りつつ、遥は膝を落として少女へと近寄る。
「どうでしょう。飴ちゃんはいかがですか? チョコレートもありますよ、あ、もしかしてショートケーキが良いでしょうか」
少女を慰めようと甘味を次々にアイテムポーチから取り出すおっさん少女である。甘い物を食べれば元気になるよと、おっさんらしい短絡的考えであった。
それでもひっくひっくと泣きながら目隠れ少女は恐る恐るショートケーキへと手を伸ばす。何気にショートケーキを選ぶとは図太い神経かもしれない。
「ひっくひっく、むぐむぐ、美味しいっ! ひっくひっく、もう一切れ……ひっくひっく」
口の周りを生クリームだらけにしながら、こちらへと呟くように言うので、少女の涙なんて他人に見られたら私の運命は終わりだよと思っていた遥はさらに生クリームたっぷりのショートケーキのホールを取り出す。
地べたに置くわけにはいかないので、ササッとさり気なく綺麗な布を敷いてくれるナイン。さすがは私のメイドだねと思う遥がナインと目を合わせて、ありがとうと会釈を返す。
目隠れ少女はひっくひっくと泣きながら、気が利くナインにおしぼりを渡されて、綺麗に手を拭いたあとにムンズと手づかみでショートケーキのホールを掴み、クワッとめいいっぱい口を開けてかぶりつく。
「あぐあぐ、むぐむぐ、な、なにこれと不夜城灯里は思いますのです。美味しいですが、久しぶりというだけではありませんです。なんだか力が湧いてくる〜!」
ムシャムシャとハグハグとホールにかぶりついたので、顔を生クリームだらけにして叫ぶように言う少女。そして少女の名前は不夜城灯里らしい。違ったら、また驚きの芸風である。
むむむむ〜と叫ぶように言う灯里の身体がどんどんショートケーキを食べることに変わっていく。
ボサボサであった髪の毛は艷やかに、痩せこけた頬はぷよんと若々しさを取り戻してふくよかに、穴だらけの服から見えていた肋骨は見えなくなり、肉がついていき、細い骨と皮ばかりの手足は健康そうに変わっていく。
みるみるうちに健康体へと変わっていく目隠れ少女を見て、驚きの表情となる遥。
「マジですか。レベル5の淡雪のショートケーキ、体力+20なだけの回復食料アイテムなのに、こんなに一気に変わるんだ」
「あぁ、今までレキさんは健康体の人にしか配らなかったから、わからなかったんですね」
一応ナインが人目があるので、マスター呼びをやめて食料の効果を微笑ましそうに伝えてくる。
これがゲーム仕様というやつかと久しぶりに驚く遥であった。正直凄すぎる効能だ。
ちなみに灯里の隣にちょこんと座り込み、ひっくひっくと嘘泣きをする銀髪のアリンコはスルーした。賢明な判断だろう。
どうやら人心地ついたらしい灯里。ふへぇ〜と満足そうにしながら顔を緩ませる。どうやら年若い少女だ。恐らくは14ぐらいだろうか。今まで出会った少女の中では特異な部分も持っていたので少しチラ見してしまう。
「レキさん、気持ちはわかりますので、あとで持たざる人の触り心地も良いものだとナナシさんに教えてあげますね」
ニコリと目は笑っていないのに微笑むナイン。その視線の先には年に似合わない胸を持っている少女がいた。背丈は140ぐらいなので、ロリ巨乳という存在だ。たぶん今まで出会った中では一番大きい。褐色少女の天敵みたいな娘である。
というか、平坦なる胸の知り合いは多い遥だ。目の前のナインしかり、レキしかり。大切な人程、その割合は多いのかも。
「大丈夫、充分わかっているよ。漫画や小説と違って、本当はもにゃもにゃも変わらず灯里さんのような胸と同じぐらい触り心地が良いと!」
アホなフォローを恥ずかしげもなく言うおっさん少女であった。いや、少し頬を赤らめているので恥ずかしいことは恥ずかしいらしい。
でも本当のことなのだ。漫画や小説だと洗濯板だとか、触っても気持ちよくないとか思う主人公が多いが、女の子の胸は貧乳でも気持ち良いのだ。
満足そうに頷くナインを横目にしつつ、遥は灯里へと声をかける。
「あの〜、謎のアリフォーマーズな朝倉レキと申しますが、貴女たちはいったいここでなにをしているんですか?」
アリンコの着ぐるみを脱ぐつもりはない遥はせめて安心させないとと偽装を解いて話しかける。なぜ安心させるために偽装を解くかは遥の脳内を検索しないとわからないだろう。
ギョッと驚いて、後ろへと仰け反りながら灯里が着ぐるみを見つめる。周りの二人へも視線を送り、二人共偽装を解いた着ぐるみになっていたので、更に驚く。
「ふぇぇぇっ? 灯里さんは驚くのです。な、なんで着ぐるみ? どうして美少女が着ているの?」
恐怖の色は消えたが、どうやら安心させる効果は、なかった模様。まぁ、こんな恐ろしいミュータントアントの巣に着ぐるみを着て、ちょこんと可愛らしい顔を突き出している娘たちを見たら安心はしないだろうことは間違いない。
というか、不夜城灯里は混乱した。もしかしてお腹が空いて夢でも見ているのかとも考えて頭をぶんぶん振り始める。
「大丈夫です。アリフォーマーズと伝えたと思いますが? 私たちは人間の因子を取り込んだアリンコなのです」
「ぜ、全然大丈夫じゃないと灯里さんは思うんだけど……。だって、手触りが柔らかくて着ぐるみにしか思えないのです」
混乱しながら、ペタペタと遥の着込む着ぐるみに近寄って触る灯里。
「そうですね、レキさんの頬はムニムニのもちもちだとサクヤさんは思うのです……。手触りが心地良くて胸を触っているとしか思えないのです」
混乱はしていないはずなのに、ドサクサに紛れて遥の着込む着ぐるみではなくて、突き出している美少女の顔を触るサクヤ。
とうっ! とアリンコアタックで変態銀髪メイドは吹き飛ばして、灯里へと向き直り優しく伝える。
「とりあえず、この地球を支配するアリンコたちを撃破して支配者に成り代わろうとはるばる来たのですが、なぜ希少な人間たちがこんなところに住んでいるのですか? ワシントーン」
ワシントーンと叫び、泣き止んだ少女を見て安心したおっさん少女はまたも遊び始めるので、たちが悪かった。ちなみになぜワシントンなのかは、不明ということで一つお願いします。
混乱している不夜城灯里は、たぶん私は夢を見ているんだと現実逃避した。
まぁ、当たり前だろう。以前に見た漫画とアリンコが合体して、さらに着ぐるみを着込んだ美少女に変わっているのだ。しかもショートケーキを食べただけで私は健康体へと変わったのだ。こんな混沌とした状況は夢以外にあり得ない。
それならば夢らしく楽しい夢にしようと決意して、前髪で隠れている目に力強く光を灯す。
「ここは人間たちを捕まえて、蟻の世話をさせている悪魔の巣なのです。いや、比喩的表情で実際は蟻の巣なのですがっ!」
急に元気になって、遥へと近寄ってくる灯里。顔を突き合わせるようにおでこをコツンと当ててくるので慌てるが、ドウドウとナインが宥めて肩を少し押して下がらせてくれる。
それに少し落ち着いた灯里は周りを見渡して、辛そうな表情を浮かべる。
その言葉にコテンと首を傾げて不自然な状況に疑問を呈する遥。
「はて? なんで蟻たちは人間たちを使っているのですか? それこそ蟻なんかいくらでもいます。黒い虫に負けたのはそもそも運用が間違っていたからです。数で圧倒するのが蟻なんですから。なんで群体行動をする虫なのに単体で戦いを挑むのやらと思いました」
「えっと、漫画の感想も混じっているような? たしかに女王蟻の因子で無限に蟻を増やせばとか思うのですが、それはおいておいて」
「はいはい、それはおいておいて」
二人でちっこいおててを使い可愛らしく手振りで荷物を横に置くようにして、話を続ける。なんだか学芸会をしているみたいな二人である。
「どうやら蟻たちは食べ物として、ある植物が必要なのですが、その植物を自分たちでは育生できないみたいなのです。灯里たち人間の手が必要みたいなのですよ」
「ふむ……。人間たちでないと無理? とりあえず案内してもらってよろしいでしょうか?」
期待感ワクワクですよと目を輝かせておっさん少女は灯里へと尋ねる。なんとなろうと楽しさを見つけるのが旅の醍醐味なのだからして。植物! なんだかさっきサクヤがネタバレをしていた感じもするが気のせいだろう。
謎は私が解く! アリンコの名にかけてと内心で思いながら言う遥へと灯里はハッと気づいたように慌て始める。
「まずいかもです。サボっていたら蟻人に酷い目にあわされるのです。最悪は殺されて蟻たちの餌へと変えられますのです」
ブルブルと震えながら、周りを恐る恐る見渡す灯里だが、少しして奇妙なことに気づく。
「……なんだかおかしいのです。いつもなら少し行列を離れただけでも蟻人が走り寄って来るのですが……?」
灯里が見渡す通路には蟻の幼体がウジャウジャといた。たが不思議なことにそれを見守っているはずの蟻人たちの姿が見えない。
見えるのは虚ろな目をした仲間たちがバケツに水を入れて水飲み場まで運ぶ姿だけであった。こちらへと興味を見せてくるわけでもなく、のそのそと疲れた足取りで歩くだけだ。
あれぇ? と首を傾げて不自然に思うが
「灯里の夢だし、都合の良い部分もあるよね……うんうん」
無理矢理、不自然に思うこの光景を夢だからと納得させる。本当に夢なのだろうかと、口元についていた生クリームをペロリと舐めて一瞬思うが。
甘い舌触りが口の中に広がる中で、とにかく夢だからと灯里はレキと名乗る着ぐるみ少女へとお願いをすることにした。だって夢なのだもの、問題はないはずです……。
不自然はないはずです………。なぜか今まで忘れていたことを思い出してくる。段々と思い出すその内容に青褪めてしまう。
「助けて欲しいのですっ! 灯里さんは助けを求めているのですっ!」
必死な様子へと表情をいきなり変えてお願いをしてくる灯里。深々と頭を下げて、その声音には熱意が籠もっていた。
そして先程までにはなかった目の光も感じる遥。
う〜んと小首を可愛らしくコテンと傾げて、その様子を観察するが、どうやら灯里はどんどん元気になっていくみたい。たぶん消化が進んだかして、効果が完全に発揮され始めたのではないか。
「もちろんです。アリフォーマーズはいつでも正義の味方ですので。任せてください」
ぎゅぅと灯里の手を握って、キラキラと正義の味方を演じたいおっさん少女であるが、残念無念、蟻の着ぐるみなので、でっかいアリンコのフカフカな腕で握るのであった。間抜けなアリンコである。そしていつの間にか正義の味方になった模様。
「こっち、こっちだよと灯里さんは案内するのです」
敷いてあった布を風呂敷代わりに飴やらチョコレート、残りのショートケーキの箱を包んで背中に背負って歩き出す灯里。どうやら生存本能はかなりな高めだねと、その様子に苦笑する。
「わかりました。ついていきますから安心してください」
着ぐるみの手をグイグイと引っ張る灯里についていく三人。てこてこと薄暗くキノコの発光のみの洞窟。四人は歩く中でバケツを持った人たちとすれ違うが、みんなはやはり虚ろな様子で気にする様子はない。
そんな人たちを見ながら、淡々としたその様子を恐れるように灯里はこちらへと言う。
「灯里さんもたぶんあんな感じだったのです……。自分では正気を保っているつもりだったのですが、たぶん同じような感じだったと思いますのですよ」
「ふむ……。そうなのですね、少し失礼します」
再びすれ違った新たな男性の腕をナインが掴み、少し手を捻るだけで、男性の身体をふわりと浮かして地面へと優しく倒す。達人すぎる体術だ。
男性は倒されたのにも気にする様子はなく、そのままうめき声をあげて、再びノロノロと立ち上がろうとするのを軽くアリンコの腕で抑えて確かめるように観察するナイン。
ひょいとただの飾りのはずの複腕をも動かして抑えると、ふむふむと頷いて遥へと視線を向ける。
「マ、レキさん、どうやらこの人たちは超常の力に汚染されています。助けないとまずいかもしれません」
「ほうほう、ならナインは少し調べてくれるかな? すぐに戻ってくるから」
遥のお願いを断ることなどないナインはニコリと小さな唇を可愛く微笑ませながら
「わかりました。ついでにこちらを通る人たちも捕まえておきますね」
遥の考えを予想したナインの発言に、ふみゅと可愛らしく頷き頼み込む。助ける人たちなので捕まえておくのが早いのだ。
「んじゃ、さくっと行きますか。大丈夫、すぐに戻って……なんかこれフラグっぽくない? 映画とかでよくあるパターンのような?」
助けに来た中で医者が残って、怪物に襲われて死んじゃう映画とかにありそうなパターンではある。常にフラグを気にするおっさん少女でもある。
「ふふっ、大丈夫ですよ。でも不安なのですぐに戻って来てくださいね」
花咲くような笑顔でナインが答えるので、ナインは可愛らしいなぁと思いながらどうしようか迷う。ちょっとフラグを建てまくっている感じがするのでナインを大事に思うので離れがたい。
「旦那様、このメイドが殺られることは無いですから大丈夫です。先に進みましょう」
レキが念話でいつになく頼もしい答えを伝えてくるので、それならばと離れるのであった。なんか寝る時の精神世界ではいつも争っているしね……。
段々と洞窟の壁が蔦に侵食されているのが見えてくる。なんとなく暑さを感じつつ歩みを進めると
「なるほど、これはなかなか頭が良いですね」
サクヤが感心したように、その光景を見て呟く。
「たしかにそのとおりだね。どうやら悪辣さでは敵はこれまでの奴らと同じ感じだよね」
はぁ〜と嘆息する遥の視線の先。
そこにはトレントが使っていた木の檻が無数に生えていたのだった。
洞窟の天井はぶち抜かれており、そこから太陽の陽射しが入ってくる中で、不気味なる木の檻は洞窟に這うように蔦を伸ばしながら生えていた。




