333話 迎撃する侵攻軍
熱帯雨林の中を荒須ナナはスレイプニルと称する空中飛行型バイクのポニーに跨って疾走していた。
以前と違いバイク周りに装甲や大型パーツが追加されており、さらなるギミックを搭載された改修型である。
レーダーは相変わらずのノイズだらけで役にはあまり立たず、近距離での感知システムに頼るのみだ。ここは胞子が常に舞っており、その力は寄生でなく敵のレーダーを防ぐものらしい。
「あ〜、暑い。これだけ暑い中で走ると汗が目に入って怖いよね」
ぼやくように言うナナへとスレイプニルが得意げに言う。
「大丈夫です。ナナ様が例え寝ていても、私の方で戦闘その他全てを運用するので問題ありません」
「そんなこと言って、敵だ! とか言ってネズミを殺そうとして全弾使ったでしょ? あれ事務員になんでこんな無駄弾を使ったんですかって呆れた顔で怒られたんだから」
「ナナ様、あれは死なないネズミがおかしいんです。命中したはずなのに平気な顔でウッキーと言いながら走り抜けていったのですから、新種に違いありません」
スレイプニルがおどおどとしながら反論する。司令部の横を走り抜けていったネズミが怪しかったので、全力で攻撃したのだが、質量変化弾はあっさりと弾かれてしまったのだから。
そう伝えても誰も信じてはくれないで、挙げ句の果てに荒須のバイクのAIは凄い力は持ってはいるが、あほであると評価が確定してしまったのであった。まるでどっかの美少女と同じ評価である。まぁ、美少女は冤罪だと叫ぶかもしれないが。
さらにスレイプニルへと注意をしようとするナナへと緊急通信が入り、目の前に参謀の顔が映し出される。
「緊急命令だ。荒須大佐。偵察にでていた第八小隊が帰還中に敵と遭遇。極めて危険な状態だ。至急急行せよ」
「了解! 荒須隊員はこれより第八小隊の救援に向かいます」
「うむ、急いでくれ。頼んだぞ」
モニターの参謀が消えたために、すぐに後ろについてきている二人へと厳しい表情で声をかける。バングルをつけると、そのバングル越しに高速飛行中でも相手に伝わるというシステムになっているので、技術の進歩には感心するしかない。
「緊急事態よ! 二人共これより第八小隊を救援に向かいます」
その言葉を聞いて、二人共ニヤリと笑う。
「ええ、楽しみにしてましたわ。 せっかく空騎兵隊に入ったのにあまり活躍できなかったのですもの」
縦ロールをしてそうなお嬢様っぽい話し方をするが、普通のセミロングで可愛らしい顔たちの部下の雨宮伍長が嬉しそうに笑う。なぜその口調なのかは、組んだばかりなので聞けていない。もう少し仲良くならないとねと思う。
「へっ、ようやく戦闘かよ。飛行訓練ばかりで嫌になっていたところだぜ」
生意気そうな口調で言うもう一人の新米男兵士の相良伍長。こちらはそれなりに鍛えているのだろう。元バイカーと言っていた。この間兵舎でジャンガリアンハムスターに頭を齧られていたのを記憶している。なぜあんなところにジャンガリアンハムスターがいたのだろうか?
たしかにいうとおり。50機程量産されたので、新米兵士を入れて訓練ばかりしていたのだ。戦っても、遠距離からの航空支援が主であったので、不満が溜まっていたのだろう。
「それじゃ飛ばすからついてきてね」
「了解しましたわ」
「おぅ、反対においていかれないように気をつけな」
ナナの言葉に不敵に笑う新米を見て、大丈夫かなと少し不安に思うが、そのまま速度を上げて救援に向かうのであった。
音速に近い速度で飛行するバイクの前に木の葉や小石、昆虫などが飛んでくる。通常はそのような速さで飛行中に当たれば、運転手もひどい目に合うだろう。そのような物がなくとも、風だけでも前を見ることができない風圧を感じるはずだ。
しかし、慣性制御システムの搭載されているフィードバックで完全に抑えられていた。歩いている最中に当たるような感触しか障害物は感じないし、そよ風のような気持ちの良い風にしか音速に近づく風圧は肌に感じない。このおかげで恐怖なく飛行できるのだから、凄いものだと改めて感心するナナ。
繁茂する樹林帯をジグザクにくぐり抜け、あっという間に救援地帯まで辿り着くと、兵士たちがなんとか戦い抜いている。
どうやら怪我人はいるが死人は出ていないようで、ホッと胸をなでおろす。緊急救援と聞いたので、かなり厳しい状況だと予想していたが、たしかに周囲には化け物がいるが、上手く捌いたのだろうことが推測できた。
「今助けるぜっ! 死にくされっ、化け物共が!」
指示を出す前に相良伍長が勢いよく加速して、近づくファンガスへと突撃を仕掛ける。フィールドが発生しファンガスを押し潰すように吹き飛ばすと、そのまま新型のシステムを作動させる相良伍長。
「コンバットフォームだっ!」
大型のバイクが変形を始めて、パイロットを包み込みその姿を3メートル程のロボットへと変えて、地面へとその重量を示すような音と共に降り立つ。
両肩にバイクに備え付けてあった大型ガトリング砲、パワードアーマーと違い、機動兵器であるため、手足は内部のパイロットより長い。マニュピレーターでの操作を可能としている地上専用重装甲ロボットへと早変わりしたのだ。
腰に装備されている鞭にもなり剣にも変形可能なチェーンソードを展開させて身構える相良伍長。
「てめえらなんざ、一欠片たりとも残さねえ!」
一気に斬りかかる相良伍長を見て、慌てふためくナナ。性急に接近しすぎている。これでは周りの兵士と連携が取れない。
「相良伍長! 下がりなさい、中距離戦での戦闘を命じます! 下がりなさい!」
強めな言葉で指示を出すナナであったが、相良伍長は鼻で笑い
「俺はコイツラを許さねぇ! 全部たたっ斬ってやるぜ!」
そのまま上段の構えで、目の前のファンガスを唐竹割りにしてしまう。2つに割れたファンガスを蹴飛ばして、次へと遅いかかるのであった。
「私も続きますわっ! 華麗な闘いをお見せしましょう」
雨宮伍長も相良伍長の活躍に当てられたように、コンバットフォームを行い、戦闘ロボットへと変形して、両肩のガトリング砲を撃ち始める。
ドラララと轟音が響き、周囲には空薬莢が排出されて、目の前の敵へとシャワーの如き銃弾が撒き散らされるのであった。
「あぁ! もう、まったくいうことを聞きなさいっ!」
顔を真っ赤に怒気をオーラの如く見せて、ナナが怒鳴るが二人は聞いてはいなかった。
夢中になって、周囲の敵を倒していくだけだ。そのために防衛に穴が空き、第八小隊へ襲いかかろうしたグールを手に持つアサルトライフルで倒しまくるナナ。
兵士へと近寄っていたグールがアサルトライフルで吹き飛び助かったと手を振るのを見て安心するが、事態はまったく安心できない。
「ナナ様。彼らは新型の力に酔っています。なにを言っても無駄でしょう」
そんなナナが統率に苦戦している中で、スレイプニルが厳然とした事実を伝えてるので嘆息で返すのであった。
空中飛行バイクポニー。そのコストは戦車やヘリに近く、その火力や速度は戦車やヘリに劣る。良いところのない機動兵器のために量産は取りやめとなっていたのだが、そこで褐色少女が余計な一言を某おっさんに言ったそうな。
「ロボット変形したら使えるんじゃない? と」
なんとロマン溢れるアイデアだとおっさんは感激して改修をしたのがポニーである。
これにより、高速での支援から大型兵器の入り込めない場所へと行き変形して戦う高火力の機動兵器というコンセプトの元、生まれ変わったのが可変型空中機動バイクポニーダッシュである。名前については諦めてもらいたい。コストについても諦めてもらいたい。この一機で戦闘ヘリが作れるとだけいっておこう。
新たに選抜された兵士を訓練してきたナナであったが、偶然にも緊急救援に近くにいたために選ばれたのであった。
まぁ、結果はご覧のとおりであった。
無敵とも言える外骨格装甲に覆われた機動兵器に乗り込み、初戦を迎えるのだ。ハイテンションになって、目の前の戦闘に夢中になる新兵たちだった。
全体の様子を俯瞰すると、既に多くのゾンビたちが向かってきているのがわかる。これだけ音をたてているのだから当たり前だ。数千単位で集まってきており、かなりまずい状況へと移行している。このままだとゾンビ取りがゾンビになってしまう。
「スレイプニル! さっさとファンガスを倒して、デカゾンビを片付けるからね! その後に撤退を開始で」
一気にアクセルを吹かして、雨宮と相良が戦っている場所まで近づき、常に持っている十文字槍をバイクから外す。
力を込めると光っていき、超常の力が集まるのが認識できる。そのままファンガスと無駄に殴り合っている雨宮の側へと接近して槍を振りかざす。
「クロスジャベリン!」
槍から生み出される光を受けてファンガスが怯む中で、空気を割くように振り下ろすと、光る粒子をばら撒きながらファンガスの頭を切り裂き燃やしていく。
瘤だらけの手で頭を抑えて苦しむファンガスを横目に離れているところで、ちまちまとチェーンソードでファンガスを斬り裂いている相良を確認して、戦っているファンガスへと投擲をする。
空気を裂きながら、烈風音を出してファンガスの胴体へとブヨブヨの粘土へと刺すように、あっさりと串刺しにしてしまう。
ボンと爆発して肉片となって周りに飛び散るファンガス。
あっさりと倒されたファンガスを前に驚きでようやく動きを止める二人。カメラアイがこちらへと怯えを感じさせる風に見つめてきた。
「いい加減にしなさい、雨宮、相良! 既に敵の大群が来ているわ。友軍を回収してこの地域から離脱します」
怒ったナナの声音に慌てふためき怒らせてはいけない人を怒らせたと気づいた二人はロボットの背筋を伸ばして
「はいっ! 申しわけありません、大佐!」
「すいませんでした、隊長!」
正気を取り戻して落ち着きを見せるのであった。
二人の様子を見て大丈夫だと確信したナナは第八小隊へと指差して指示を出す。
「デカゾンビは私が倒すから、二人は友軍を運んで。抱えればなんとか6人運べるでしょ?」
「えっと、腕に二人? 背中に二人?」
「怪我人を運ぶから、一人だけを俺が運びます。雨宮、残り任せた」
二人が顔を見合わせて相談を開始するが、ナナは口を挟む。
「冗談だよ、ヘリが来たから護衛していて。それじゃあね」
バイクを加速させて、一気に飛び立つ。ようやくヘリが救援に来たのが見えたが人数的にすぐに回収して撤退だろう。
ならば自分は一番近い強敵であるデカゾンビを片付けることにする。
既に殆ど目の前までデカゾンビは近づいてきていた。自分の力で作り出した鉄球を鉄鎖にぶら下げながら。
あの鉄球が当たるとポニーはもちろんヘリもただではすむまい。フィールドも連続的質量攻撃には弱いのだから。
「ナナ様! では私たちの出番ですね。可変ロボットスレイプニルゴッドの力を見せるとき! ビクトリーロードがはっきりと見えます! 見えちゃいますね!」
ふんふんと鼻息荒くAIなのに自己主張するスレイプニル。どうやらここからビクトリーロードとやらができるらしい。
「ねぇ……スレイプニル? 私はパワードスーツで戦った方が強いと思うんだけど? 他の人よりアジャストしているから性能が段違いだってメンテナンスの整備員さんも言ってたし」
「うぎゃぁ〜! 気づいてはいけないことに気づきましたね! これだから英雄は困るんです! さっきの雑魚新兵を見てくださいよ、感心してくださいよ。ちょっと火力と装甲が上がっただけでなんでもできると勘違いするんですよ? ナナ様も少し勘違いしましょうよ」
「あ〜、やっぱり私だとパワードスーツだけの方が強いんだ? 槍も使えるし超能力もちょっぴり使えるし」
ナナは正直すぎるスレイプニルの言葉にクスリと口元を笑みに変える。この子はどうも他のポニーと違いすぎる。個性がありすぎだが、嫌いではない。
「それにワッペンもそうだけど、ロボットもバイクもパイロットが最初の頃はハイになるよね? なにか副作用でもあるの?」
「私としては前線に出る大佐の存在が気になるのですがお答えします。一般人では一定のマテリアルエネルギーの力を受けた場合、精神的高揚からハイになる傾向が多いようです」
「ん〜? 副作用とかないのかな?」
その言葉に少し不安げになるナナへとスレイプニルは否定の言葉を紡ぐ。
「微少ですし、受けても体が良くなる、精神的高揚が多くなるぐらいですね。ナナ様たちはほんの少し他の一般よりも吸収量が多いので強いのです」
「あれで微少かぁ……大量に受けたら大変そうだね」
「……もしも最初から大量のマテリアルエネルギーを吸収できる人間がいた場合、ソレハ……」
話を止めるスレイプニルにナナが疑問の表情となる。
「それは? なにかな?」
「いえ、デカゾンビが接近中です。本当にコンバットフォームへと変形しないんですか? 私の存在意義を無くしてしまうつもりですか?」
泣きそうな声音で聞いてくるので、思わず笑ってしまう。
「仕方ないなぁ〜、それじゃ、コンバットフォーム!」
「了解しました、ナナ様! 遂に伝説のスレイプニル乗り! 新人類ナナ様が生まれるときですね!」
はしゃぎすぎな様子で、ワハハと高笑いをするスレイプニル。子供だなぁ。
バイクが変形していき、ナナを包み込みながらロボットへと姿が変わり、地面に降り立つ。
ヘッドディスプレイのモニターはクリアであり、まるで画像越しに外を見ているとは思えない。
視線での照準ができる脳波感応型ガンカメラを利用して、まるで手足のように動かせるロボットの体を動かして地面を蹴る。
ズシャッと泥が弾けて、スレイプニルが足を踏み出す毎に加速する。疾走していくと樹林が凄い勢いでモニターから流れていく。
デカゾンビが視界に入り、その鉄球を投げようとしている姿がわかる。
「出て来なければやられなかったのに!」
ノリノリでセリフを言うスレイプニルだが、こちらから向っているのに、その言葉は相応しくないと思うのだけどとナナは首を傾げるが、まぁ、スレイプニルの言うことを一つ一つ真に受けたらキリが無いのでスルーだ。
ブオンと音がして、重量のある鉄球をデカゾンビが投げる。ジャラジャラと鎖の音がなり、周りの木を掠り砕きながら迫る鉄球。
「ふぅ〜〜」
息を吐き目を細めて、飛来する鉄球へとロボットの手を前に出して受け止める。ギシリと音がしてモニターにスレイプニルの右腕の耐久力が減少したことを示す表示が出るが気にしない。
そのまま押されるように僅かに後ろに下がるが、少しして地面にめり込みながらも止まり、今度はナナがスレイプニルの足を踏み出させる。
鉄球を回転させるように、手のひらを捻りながら押し投げると、勢いよく鉄球はデカゾンビまで飛んでいき、その様子を回避もせずに眺めていたデカゾンビの胴体に風穴を開けるのであった。
「よし、次だよ!」
そのままぐらりと倒れ込むデカゾンビを無視して次のデカゾンビへと照準を向ける。
「了解しました。ダブルガトリングガン、発射!」
僅かにスレイプニルが前傾姿勢となり、両肩のガトリングガンが火を吹き、残る二人のうち前にいたデカゾンビを穴だらけにして倒す。
「変形解除。クロスジャベリン!」
前傾姿勢のままバイクへと戻らせると、ナナは再び槍へと力を注入して、その投擲で最後のデカゾンビを吹き飛ばすのであった。
「えぇ〜! なんで最後は変形解除するんですか! これじゃ私は脇役じゃないですか」
「まぁまぁ、あとでオイル交換と洗車をするから」
「絶対ですよ? 今の私は踏まれて死んじゃうキノコよりも弱い精神なので、約束を破ったら動かなくなるかもですからね」
うるさく騒ぐスレイプニルへと笑顔で返しながら、撤退が終了したと通信が来たので、ナナは退却を開始するのであった。
 




