32話 おっさんの冒険は常にハードモードである
静かな閑静な住宅地。平時であれば、隣人のオバサン連中のしゃべり声が聞こえてくるかもしれない。時々キャッキャッと子供が遊んでいる声も響いたかもしれない。
そんな住宅地は、今やうめき声をあげるゾンビたちがうろついている。周りの家々を見ると窓ガラスが割れている家や、大量の血がついて壊れかけて歪んで玄関にひっかかるように傾いでいるドアも見える。
アスファルトの隙間からは雑草がそこかしこに生えてきており、生者が住んでいた風景は風化し始めている。
そんな乾いたアスファルトを踏みしめて走る男がいた。
男というか、くたびれたおっさんであった。小奇麗なジャージを着て、リュックを背負っている。片手にはショットガンを持っている。ごついブーツを履いており、走るのには大変そうな姿だ。
はぁはぁと息を荒らげながら、汗だくになり疲れた顔をしながら走っているおっさんである。
「うぉぉぉ! 運動をしておけばよかった!」
常日頃、会社の健康診断のたびに医者から注意を受けていたちょっとメタボなおっさんである。
はい、もちろん、前向きに検討をして善処します。ペコペコ頭を下げながら政治家ばりの受け答えで誤魔化していたおっさんである。
移動は常に電車であり、たまにタクシーという暮らしの運動というイベントはお断りである。そういうのはゲームの中だけでいいのだ。そしてゲームの中でもオートモードにしていたおっさんである。
こんなおっさんの名前は、朝倉遥という。ダメなおっさん代表を務めることができるだろう。
タッタッとアスファルトを踏み込みながら、のろのろと本当に走っているのかという遅さで走る遥。もう歩いても同じだと思うレベルである。
しかし、恐怖からか走ることはやめないおっさん。後ろを汗だくの顔でちらりと見てみる。
うぉぉ~とぞろぞろとゾンビが追いかけてくるのが見えた。
「やめときゃよかった! ロードだよロードするよ! ロード希望だよ、サクヤ!」
自分の右前のウィンドウに映る銀髪メイドを見ながら叫ぶ遥。
「安心してください。自動蘇生がありますので24時間後にはロードされます」
それまではずっとレキ様の姿になりますねと、にこやかに安心できないことを言うサクヤであった。
こんな状況に陥った原因は少し前にあったのである。
まぁ、困る原因は大体おっさんのせいではあるのだが。
駅前ダンジョンの主を撃破して宝箱をすべて回収して意気揚々と帰宅したおっさん少女。
隣5件を巻き込んで、庭付き、ガレージ付き、家庭菜園付きという豪邸に帰宅する。一見茶色のおしゃれなレンガ建て風にみえる雰囲気の良い上流階級が住むであろう豪邸である。
ベランダから親子が笑顔で手を振っているCMが撮れそうな家であった。維持費が0のため、インフラ関係は不思議な力で使い放題、敵が潜入も攻撃もできないというチートな拠点聖域化もおまけについている遥の素敵なマイハウスである。
中身はおっさんと可愛いレキぼでぃにメイド二人が住んでいる。メイド二人が住んでいるという時点で素晴らしい。
重厚なドアをカチャリとノブを開けて入ってみると、目の前にはメイド二人がお帰りなさいと可愛くお辞儀をして待っていた。
一人は銀髪セミロング、鋭い目つきのクール系無口に見える、見た目はできるメイド、中身は変態な戦闘サポートキャラかもしれないサクヤである。もう一人は金髪ツインテール、可愛いぽやっとした見た目の猫が甘えるような可愛い声の、いつも頭を撫でたいクラフトサポートキャラである可愛いナインであった。二人とも上品なロングスカートのメイド服を着て、仕立ての良いだろうエプロンドレスをつけている。
すでにメイド二人の評価は固定しているおっさんである。
お帰りなさいと迎えられるだけで疲れがとれるなぁと全然疲れていない可愛い高スペックレキぼでぃに頼り切っている遥はそう思った。
「ただいま。今日は疲れたよ」
最近、ようやく高価そうなソファになれた遥は、ストンとソファに座り込む。フカフカの柔らかさのソファはレキぼでぃを沈ませるようにその体重を支える。可愛く座ったその姿はどこかのお嬢様に見えた。
おっさんの場合はドッカと音して、座った姿は下品な成金に見えるかもしれない。ガハハと笑うとすごい似合いそうである。
カチャカチャと音がして、コーヒーミルを使用してコーヒー豆を挽いて丁寧に入れたのだろう。いい香りがするコーヒーをナインが持ってくる。そっとレキぼでぃの前に、お疲れでしょう。お飲みくださいと置いてくれた。
「うん、ありがとうナイン。いい香りだね」
頭を撫でて良いかなと思いながら、遥はコーヒーを上品に飲み始める。
可愛いおててでコーヒーカップをちょこんと持ちながらコーヒーを上品に飲むレキぼでぃの姿は完全にお嬢様である。
素敵です。ご主人様とカメラ片手に撮影をしている銀髪メイドは、こちらをいたわるつもりは全くないらしい。常に己の欲望を最優先しているようである。
コーヒーを飲みながら、これはブルーマウンテンかな? とコーヒーの銘柄は自動販売機に高々と宣伝されているものしか知らない遥。さすがに自分の知識のなさを披露することはなかった。
そしてブルーマウンテンではない。
あと、ブラックって苦手なんだよね。カフェラテにしてくれないかな? 微糖でいいからと、コーヒーを入れた人間の苦労を無視してそう思う残念な味覚のおっさんであった。
一休みをした後に遥はメイド二人に、自分が考え付いたナイスアイデアを披露した。ナイスアイデアはほとんど壊れているアイデアであったがおっさん的にはナイスアイデアだったのだ。
詳細はメイド二人に決めてもらおうと、詳細どころか根本も決めていない、相変わらず人任せな遥。
「謎の行商人ですか?」
可愛く首を傾げてナインが尋ねてくる。
コーヒーを片手に遥は答える。
「うんうん、自分の力や正体がばれずに人々を助けるいい考えだと思うんだよね。力は隠しておきたいんだよ」
後、中身がおっさんであるとは絶対にばれたくない遥。力の方はすでに女警官の前で散々見せているが、自覚のないおっさん。
ナナから逃げる際には、銀色のはぐれたスライム並みの速さで逃げたのだが、気づいてもいないおっさん少女であった。
レベルを見ると久しぶりに上がっていた。駅前ダンジョンのクリア報酬で10になったのだ。ステータスポイントは保留としておく、何しろDLCのスタートボーナスと3倍ポイント取得で、ステータスに割り振らないでも恐らく何も補助のDLCがないステータスの場合だとレベル50相当であろうと思ったからだ。
使うのはスキルポイントである。レベルが上がって3もある。これを使ってうまく行商人がしたいおっさんである。使い方はサポートキャラに頼る予定でもある。自分の判断はごみ箱かどこかに捨ててきているらしい。
「う~ん、何を販売するつもりなのでしょうか?」
とナインが尋ねてくる。返答をする遥。
「お風呂なんかいいんじゃないかな?」
移動式がいいね。とまずお風呂がでてきたおっさん脳。さすがのレキぼでぃでも補佐できない。何しろ知力の項目はステータスになかったのだ。後、たとえあってもスキルにおっさん脳とか表記されて大幅に知力にマイナスがかかったかもしれない。
「なんでお風呂なんですか?」
優しいナインである。阿呆なおっさんを頑張ってフォローしようとする。その後ろでは、お風呂良いですね。私と一緒に入りましょう。と賛成している銀髪メイド。あんまり姉さんは頼りにならないとナイン頑張ってます。
「いや、出会った女警官の体臭がね、ちょっと気になったんだよね。お風呂があるとかなり助かると思うんだ」
レキぼでぃの可愛いどや顔で考えを語る遥。飲み水があるほうが、絶対に助かると思うがそこをナインは突っ込まない。優しい少女である。後、どや顔がレキぼでぃだから良かったかもしれない。
「う~ん、ならば給水車と災害用の簡易設置お風呂ですね」
と、ナインは教えてくれるのであった。
そして状況は冒頭に戻る。
あれから、遥は給水車を作成して、簡易お風呂をアイテムポーチに入れたのである。
問題は誰が売りに行くかだ。
「申し訳ありません。私たちは拠点周り近くしか外に出られません。直接のサポートは、もっと拠点のレベルが上がらなければできません」
とメイド二人に断られたのだ。
ゲーム的だなぁと、残念な遥である。確かに直接外出してサポートできるのであれば、絶対にサクヤはついてきたであろう。
勿論、遥を助けるためではなく、スカートの中のスケスケ黒下着を生の目で覗くために。多分ガン見であり、戦闘の邪魔をすることは間違いない。敵へのサポートキャラになる可能性があるのだ。
それは絶対だと確信する遥。拠点のレベルを上げる際には気を付けようと決心した。
「他にサポートできる方法がありますが、スキルポイントを使いますよ?」
ナインが提案してきたときに、もっと良いアイデアを考え出した遥。
「俺が行けばいいんじゃないかな?」
レキぼでぃの姿はすでに見られている。しかしおっさんぼでぃの遥は見られていないのだ。
スキルポイントを使わずにいける良いアイデアである。決して遥がケチであるはずがないのだ。
そうして給水車を作って移動を開始した遥。10トンはあるであろう大きさの大型車両である。
エアブレーキって、凄い音がするんだなと国道に運転して移動中に遥は思った。
ゴールドで違反が0な遥である。
大型車両を運転したらどうなるか?
すぐに路駐してある車を避けようとして、歩道に乗り上げて移動できなくなったのであった。
知力も0なおっさん脳であった。
周りには、給水車のドルルルというでかいエンジン音でゾンビが集まってきていた。
くそぅとばかりに周りのゾンビを片付けることにした遥である。
おっさんぼでぃで、戦闘は初めてである。念のため、ゾンビへの最強武器であるショットガンを作成して持ってきていた。
「ご主人様、気を付けてください。敵が続々と集まっています」
レキぼでぃではないので、撮影用のカメラドローンを使うことがない、暇なのであろうサクヤがキリッとした顔で忠告してくる。
まかせろとショットガンを構える遥。近づいてきたら、頭を狙って一発だ。頭じゃないと倒せないのだ。
と、ゾンビが近づいてくるのを待つおっさん。
ずるずると足を引きずりながら来るゾンビ。もはや腐敗が進んだのだろうか? 小走りするゾンビはいなかった。
ゾンビは白目を剥き、顔の肉ははがれている。歯茎が見えているゾンビ、目玉が取れてぽっかり黒い穴が目のある場所に広がっているゾンビ。服もボロボロであり、血らだけだ。体の各所から骨が覗いている。片手がとれていたり、よくよく見れば、上半身だけでこちらに這って近づこうとしているゾンビもいた。
「ゾンビってこんなに怖かったっけ?」
ぶるぶる震え始める遥。おっさんの精神力ではSAN値抵抗に失敗したみたいである。そもそも正気が残っているのか不安なおっさんであるが。
たしかにバイオ的なリメイク2では、歩いているにもかかわらずゾンビは怖かったと遥は思い出した。
うぁぁぁと近づいてくるゾンビ。もはや怖くて仕方ないおっさんはゾンビの体に向けてショットガンを撃ち始める。
ガンガンと撃ちまくる予定であった。
しかし、ゾンビを狙った最初の射撃は見事に外れた。
ガンという音がして銃口は大きく跳ね上がったのだ。おっさんの技術では銃の反動に耐えられなかったのだ。ジーンと撃った腕が痺れている。
散弾のため、多少は当たったかもしれないが、まったくひるまずにゾンビは近づいてきた。
速攻逃げるおっさんであった。
アスファルトを蹴るつもりで歩いたほうが速いだろうおっさんは、道をどんどん逃げていった。
しかし、お決まりである。住宅地のコンクリート塀がある先が見えない道角から、新たなゾンビが現れたのだ。
「来るなぁ来るなぁ!」
ガンガンと映画でよく見る、やられ役のおっさんのセリフを言いながら、なんとか前方のゾンビを倒そうと撃ちまくる遥。
4発しか入らないショットガンはあっさり弾切れとなった。
あわわわ、リロード、リロード、リロードするのは四角ボタンがいいと思い慌てる遥である。
服に入れておいた弾丸を取り出して装填しようとするが、あわわわと慌てて周りに弾丸は散らばって落ちていく。
群がるゾンビ。
「うわぁ~、またバイオ的なやられ方だ、これ!」
余裕があるのかないのか、そんな叫び声を上げてゾンビに倒されてマウントをまたもや取られるおっさん。
そしてゾンビに食われて死んだのであった。
24時間後、おっさんぼでぃではハードモードであるとゾンビを蹴散らしながら給水車の回収に向かうレキぼでぃの姿があったのである。